第120話 甲子園の日常的な非日常

 甲子園に来てから、時間が早い。

 一年生たちの感想である。

 あと、自由もない。

 これは二三年生も、去年に比べてひしひしと感じている。


 佐藤直史と白石大介はスーパースターである。

 それも全国区のスターというレベルではなくて、日本ならプロ野球関係者もおおよそ知っているし、世界でも野球の盛んな地方では相当に知られている。

 特に「ザ・ダイ」と呼ばれる大介は、アメリカでの評価の方が高い疑惑まである。


 その中で、一般的な天才である一年生の日本人三人は、テーブルを囲んで麻雀などをしていた。

 残りの一人は珠美である。

 もちろん金などは賭けていないが、半荘ごとに一位の命令を最下位が聞くというルールなどが存在している。

「しかしまあ、去年の秋はここまで強いとは思ってなかったんだよな。それポン!」

「俺たちが入らなくてもシーナさんは選手登録されるわけだしな。あ、俺もポン」

「野手はいいんだよ。ピッチャーは上がたくさんいるからな。リーチ」

「ロン! あんたら一々うるさいのよ」

 メンタンピンサンショクで親の満貫を直撃され、淳が沈んだ。


 弱すぎて話にならないと去っていく珠美であるが、彼女が強すぎるだけである。

 淳も孝司もこういった、相手のあるゲームは強いのだが、珠美は引きが強すぎる。理不尽である。

「……ピッチャーもだけどキャッチャーも上に二人いるからなあ」

 話の続きになる。

「そういう意味ではテツが一番有利なのか? シーナさん引退したらセカンド固定だろ」

「でも全体的なバランスを考えると、俺がサードの方がいいのかも」

 こんな時でも話題は野球の野球バカたちである。


 その後三人は、ふわっとしたルールしか知らない大介を引きずりこんだ。

 なんでもプロでも麻雀などは必須教養らしいので、大介はツインズを教師に卓につく。

 佐藤家は人数が多いので、こういったゲームはだいたいルールは知っているのだ。


「麻雀って今どきの若いのはやってんのか?」

 大介としては別にどうでもいいのだが、後輩たちに誘われれば参加しないでもない。

 東一局。親は大介。

 いきなりの長考である。

「う~ん……」

「あの、どれ捨てたらいいかぐらい、教えてもいいと思うんですけど」

 孝司の言葉に、苦笑いのツインズである。

「これ、もう全部出来てるよな?」

 ツインズに確認してから、大介は牌を倒した。

 天和。親の役満16000オールである。


 あまりの豪運に、相手にならない。

 抜けていく一年生に代わって卓を囲むのは、ぶつぶつと文句を言う直史に、戻ってきた珠美、そしてなぜかイリヤである。

「お前、麻雀のルールちゃんと分かってるの?」

 武史の質問に、イリヤは胸を張る。

「大丈夫、咲は阿智賀編までちゃんと読んでるから」

 それ、真似したらあかんやつや。


 大介の無欲の豪運と、ラスだけは避けようとする直史の技術が激突し、そしてなぜかイリヤが漁夫の利を得て勝利した。

 麻雀はある程度運の入るゲームではあるが、こういう面子で囲めばこういう結果になるらしい。




 宿舎においてはそんな平和な時間が過ぎていくのだが、甲子園の試合も消化されていく。

 八日目、桐野(群馬)対上田学院(長野)の試合は、両者相手の隙を突く攻撃的な応酬で、桐野がかろうじて勝利。

 明倫館(山口)と正岡(愛媛)は、明倫館がロースコアながら完封勝利。

 帝都姫路(兵庫)と早大付属(西東京)は、早大付属が終盤一気呵成の連打で勝利した。


 九日目。明日はいよいよ白富東の三回戦である。

 第一試合は東名大相模原(神奈川)が、敦賀八幡(福井)を破って勝利。これはある程度予想されていた。

 しかし二試合目で、白富東にとってはいささか意外な結果が出た。

 南北海道代表蝦夷農産高校が、9-8で桜島実業を破ったのであった。


 両者共に、強打のチームではあった。

 徹底した過酷な練習に、素振り毎日千回を義務付けられた桜島実業。

 それに対する蝦夷農産も、実習という名の農作業によって、体は鍛えられている。

 北海道の大地の鍛えた肉体が、鹿児島のチェストを上回ったのである。ジャガイモ野郎がサツマイモ野郎に勝ったのだ。

 開拓民の子孫を侮ってはいけない。いや、もちろん侮ってはいなかったのだろうが。


 素直に驚いた白富東の一同である。

 てっきりここは東名大相模原と、桜島実業が当たると思っていたのだ。

 名徳が負けたのとは違って、あの桜島実業との殴り合いを、正面から受けて立ち勝ったのであった。

「道産子パワーか」

「エゾノーって公立なんだな。そのくせ寮はあるのか」

「まあ北海道は広いからかな」

「農民ってつえーのか?」

 はっきり言ってノーマークだったので、他のチームに負けてほしいと思わないでもない。

 あと、農民は強い。


 残りの二試合のうち、大阪光陰は相変わらず、全く隙のない内容で京都の静院を一蹴。

 広島と岡山のご近所さん対決は、岡山奨学館が僅差で勝利した。




 これでベスト16が出揃った。

 準々決勝の組み合わせはまた行われるが、そこに至る対戦相手は決まっている。

 二日間で行われる試合。 


 一日目

 一試合目 白富東 対 石垣工業

 二試合目 熊本商工 対 帝都一

 三試合目 春日山 対 弘道館

 四試合目 春日部光栄 対 城東


 二日目

 一試合目 花巻平 対 桐野

 二試合目 明倫館 対 早大付属

 三試合目 東名大相模原 対 蝦夷農産

 四試合目 大阪光陰 対 岡山奨学館


 ここまで来るとさすがに、どのチームであっても楽勝の相手などというものはない。

 白富東を除いては。

 石垣工業がもし金原が投げられるようになっているなら、ある程度は苦戦するだろう。

 だが既に新聞などでも明らかになっているのだが、石垣工業の練習グラウンドに現れる金原は左腕を吊っており、本当に一球も投げていないし、練習にも混ざらない。

 これが実はフェイクだとしたらたいしたものだが、さすがに優勝候補との試合に向けて、全く投球練習をしないなどということはありえない。


 金原は投げられない。もしも手を吊っているのがフェイクだとしたら、さすがに性質が悪すぎる。

 ならば二番手ピッチャーの情報はと言えば、石垣工業は沖縄県大会を全て金原が投げて勝っているので、二番手の情報がないのだ。

 春以前の情報も、探してもすぐには出てこない。もちろん練習試合である程度は当たっているチームもあるのだろうが、わざわざスコアを調べてまで攻略するほどのピッチャーがいるなら、どこかで投げさせているはずだ。

 権藤明日美のような選手が、二人もいてはたまらない。


 秦野としては降って湧いたこの楽勝な甲子園の試合を、一年生たちの経験に使いたい。

 もちろん甘く見すぎて負けては意味がないが、今の戦力なら簡単に勝てるのは間違いない。

 あとは純粋に、体力の消耗という点がある。

 一試合少なく、練習も短めにしてあるが、それでも体力というか、決勝まで勝ち残る耐久力は必要になる。


「ここはさすがに帝都一だろ」

「一年めっちゃいいのが入ってたよな」

「ただまだピッチャーが弱いか?」

「水野だろ。てか帝都一は二番手三番手が良すぎるんだよな」

「俺らが言ったらダメだろ、そりゃ」


「やっぱここは春日山が上がってきてほしいよな」

「弘道館とはセンバツでやったしな。春日山にリベンジしたい」

「バッテリー抜けたら県内強豪レベルにまで落ちるだろうしな」

「上杉の調子次第か」

「それ言うなら弘道館も江藤の調子次第じゃね?」


「春日部光栄は……まあ手の内分かってるしな」

「つっても城東もそんな搦め手上手くないだろ」

「島をどう打ち崩すかが問題になるか」

「でも石垣工業ほど、攻撃も島任せじゃないしな」


「花巻平、大滝がやっと覚醒だな」

「なんだかんだ言って初めての甲子園か」

「でもここは確かに大滝が大黒柱だけど、監督の能力が高いんだよ」

「どっちにしろ大滝か。エースで四番も大変だ」

「桐野のびっくりどっきり監督に負けたら笑える」


「明倫館と早大付属か」

「どっちが来ても難しい相手だよな」

「また親子対決とか煽られるなら、先に負けてほしいって」

「どっちが勝ってもおかしくないな」


「エゾノーはさすがに相模原には勝てないだろ」

「打撃力はあるチームだけど、そういうチームの対処法、相模原ならあるはずだしな」

「エゾオーも打撃自慢のチームだけど、ピッチャーも球速は出てるんだよな」

「四球多すぎだろ。俺が監督なら切れるね」


「大阪光陰は……勝つだろ」

「岡山奨学館も侮れないぞ。組織的な守備とか」

「でもそれ大阪光陰もやってることだもんな」

「まあ大阪光陰有利ってことは間違いない」




 好き放題に話す選手たちだが、仕方がないとも言える。

 金原が復帰するならともかく、それ以外では石垣工業はチームとして弱すぎる。

 唯一他に甲子園レベルに達しているのは守備力だ。それもスーパーファインプレーの出来るプレイヤーがいるわけではない。

 だがどうしても、緩んだ緊張感をある程度元に戻す必要がある。

 中一日の調整日はあるが、ここから先はかなり連戦となっていくのだ。


 決勝まで進み、そして優勝する。

 そのためには単に試合に勝つ以外に、コンディションを万全に整えておかなければいけない。

 下手に試合に勝つより難しい。秦野も分かっているつもりだったが、実感したのは初めてだ。

 そういう視点で見れば、白富東のセンバツの対戦相手は、まさに理想的であった。

 初戦が江藤というピッチャーのいた弘道館、次が地元の高徳、関東大会で知られた早大付属に、瑞雲、明倫館という順番だ。

 どこもそれなりに特徴があり、気を抜くような展開はなかっただろう。


 いや、それも少し違うか。

 人間というのはどうしても、調子の上下はあるものだ。それを承知の上で、決勝に一番良いポテンシャルを発揮できるように持っていかなければいけない。

 プロだって調子の波がある。一年中完全に実力を発揮出来るような選手は、おそらくその低い状態でも他の選手より上なのだ。


 石垣工業との戦いで、一度落とす。

 そこから準々決勝、準決勝、決勝と上げていく。

 しかし準々決勝で大阪光陰などと当たった場合、全力を発揮出来ない可能性がある。

 どんなチームであっても、トーナメントが確定しない夏の大会では、テンションを一番難しい試合に備えて上げていくのは難しい。

 そういう意味では最後までトーナメントが決まっているセンバツは、そのままの実力がはっきりと出る大会と言える。夏とは違う。

(センバツが投手有利っていうのは、そういうあたりもあるんだろうな)

 だが過去には、春夏連覇や、五大会連続ベスト4以上といった、継続して強いチームがいた。大阪光陰などはまさにその一つだ。


 豊富なベンチメンバーをそろえて、調子の悪い選手を見極めて、いい選手と代えていく。

 または調子の上下があまりない選手なども、きっちりと揃えておく。

 それが出来る監督がいる。

(全国制覇するためには、それぐらいは必要なわけか)

 その観点で見た場合、白富東には調子を落としている選手が確かにいる。

 そして調子の上下が、少なくとも高校野球レベルでは見られない選手もいる。

 全てを総合的に考えた上で、次の試合のスタメンは決める必要があるだろう。




 大会10日目。

 その日の第一試合、石垣工業のスタメンピッチャーは、金原ではなかった。

 バッターとしても入っておらず、完全に戦力外になっている。

 もしも出番があるとしたら、代打で出るぐらいだろう。

 一応吊っていた手は普通の状態になっているが、まず間違いなく案山子だ。


 これに対する白富東も、かなり思い切ったスタメンで来た。


1 (中) 中根 (三年)

2 (二) 椎名 (三年)

3 (遊) 白石 (三年)

4 (右) 鬼塚 (二年)

5 (一) 倉田 (二年)

6 (捕) 大田 (三年)

7 (左) 沢口 (三年)

8 (三) 諸角 (三年)

9 (投) トニー(一年)


 不動の一番であったアレクを外したのは、単純に調子が悪いからである。

 もちろん甲子園にきてからも練習試合を含めて打率は四割近くあるが、それでもパフォーマンスは低下している。

 二度目の夏に対して、まだ体が適応しきっていない。

 それはトニーもより顕著なはずだが、彼の場合はまだ出てる試合数が違う。

 アレクは外野の中心として、そして先頭打者として、一番多く走っているのだ。


 ジンを中心として守備を固めるため、鷺北シニアのメンバーは、最も自分に相応しいポジションへ据えた。

 体力お化けで調子の浮き沈みがほとんどない大介は、やはり打線の中心だ。

 石垣工業の二番手がどんなピッチャーかは分からないが、この打線でも充分に捕まえられるだろう。

 トニーが捉えられ始めれば、直史に交代する。

 中一日空いて準々決勝に進めるので、どこと決まっても投げてもらうことになるだろう。

 孝司と哲平は、とりあえず休ませた。特に哲平は、甲子園ではまだ一試合だけだが、県大会ではかなり多く出場していて、少し疲れが見えなくもない。


 このスタメンはもちろん、理想的なそれよりはかなり劣る。

 だがトニーの巨体はそれだけで相手を警戒させることが出来る。

(さて、どういう結果になることか)

 ある意味最低に最高な、実験としての三回戦が始まる。

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