第115話 戦いの日々

 甲子園三日目が始まる。

 白富東はこの日、大阪の二大強豪と言われる理聖舎との練習試合を組んである。

 センバツにも出ていた理聖舎であるが、初戦で瑞雲と当たって敗北していた。


 選手たちが合同練習をしている中、秦野は理聖舎の監督と揃って、テレビ中継などを見ている。

 コーチ陣の目があるので、問題なく調整は出来るだろう。


 この日の第一試合は、地元兵庫の帝都姫路が勝利した。

 帝都一とは兄弟校であり、帝都大学の傘下校の中では、西の横綱と言われている。もちろん東の横綱は帝都一だ。

 そして第二試合では早大付属が勝利し、二回戦で帝都姫路との対決となった。

 帝都一はこの一年は早大付属との対決成績が悪かったので、監督としてはここで代わりに早大付属を叩いておきたいだろう。

 もっとも戦力分析によると、早大付属の方が優っている。ただし帝都姫路には地元の応援という地の利がある。


 理聖舎は大阪のチームなので、帝都姫路との対戦は近畿大会だけでなく練習試合もある。

 話を聞いたところ、まずまず妥当な代表であるとのこと。

「野球留学はおかしなことになってるさかいなあ」

 理聖舎の下妻監督は簡単に説明する。それは現在の高校野球の、生徒たちの動きでもあった。


 白富東が現れるまで、あの上杉勝也を春夏連続で決勝で下したのが大阪光陰で、全国から選手を集めている。

 もっともそれでも関西より西が最も多く、関東は関東の学校の縄張りとなっている。

 また大阪自体は全国への選手の供給地となっており、東北地方は関西と関東からの野球特待生が多い。

 割と地元志向であるのは四国である。確かに瑞雲も地元の選手ばかりで構成されている。


 外国人と、完全に学力でしか選手を取っていない白富東が異常なのである。

「佐藤と白石が揃ったんが、奇跡みたいなもんや」

 それは秦野も思うところである。

 直史がいないということは、武史もいないということだ。今の二年生で入部したであろう人間は倉田のみとなる。

 この最後の大会に、ようやく勝ち残ってこれたかどうかというところだろう。

 しかし直史も大介も、ジンがいなかったらチームの中心選手としては使われなかっただろう。


 世の中というのは、本当に巡りあいなのだ。

 もう二度と関われないと思っていた高校野球の監督をして、伝説のチームを率いて全国制覇を目指している。

 そして考えるのは目の前の大会だけでなく、来年の体制。

 来年もどうにか、本命ではないにしろ全国制覇を狙える。

 再来年どうなるかは、淳とトニーの成長次第と、あとは新入学の戦力確保である。




 第二試合は早大付属が順当に勝ち、二回戦で帝都姫路との対戦を決めた。

 早大付属は近藤を中心に主に攻撃力を上げ、岐阜県の井ノ口高校を終始圧倒した。

 これはベスト8に残るのは、明倫館か早大付属のどちらかであろう。


 昼食を食べてから、少し食休みをしてから練習試合となる。

 それはいいのだが、合同練習中から気になっていたことが一つあった。

「なんで古田、ここにいんの?」

 ジンの質問に、古田は鼻息荒く答えた。

「進路決まったようなもんやしな。練習に混ぜてもらいに来たんや」

「それなら普通は三里の方でやらない?」

「言わせんなや。最後にもう一回だけ佐藤と対戦したかったんや」


 県大会の決勝。

 最後の打席、古田は見逃し三振で、高校野球最後の打席を終えた。

 あれがトラウマとなって、ほとんど毎日夢に見る。

「監督の許可は取ってるし、混ぜてもらうで」

「そっちがそう決めてるならいいけど……」

 今日の試合、本来なら直史の登板予定はない。

 淳―岩崎―武史の左・右・左のリレーで継投するはずだったのだ。

 だが岩崎はもう投げているので、直史であっても問題はない。

(怪我とかしないよな)


 秦野もそれは了解していた。

 純粋に監督としてだけを考えれば、古田の無念など知ったことではない。

 だが野球指導者として考えれば、そういった思いは酌んでやりたいのだ。

「いいか、怪我だけはするなよ? フリじゃないぞ? 本当にするなよ?」

 そして練習試合が始まる。




 新チームとして始動した理聖舎は、確かに普通の県代表になってもおかしくないぐらいの強さを、既に身につけていた。

 古田は一番バッターとして打線に入っていた。三里では四番であったが、理聖舎の中では四番ほどのパワーは期待されていない。

 そして県内で研究をしっかりとしていたこともあり、打ちにくい淳のボールを、最初の打席から内野を抜くヒットに持っていった。

「大人げないなあ……」

 いきなりノーアウトのランナーであるが、落ち着いている淳である。


 古田は三塁まで進んだが、この回の得点はなし。

 そして白富東は、練習試合ということもあって大介への敬遠がなく、存分に点を取っていく。

 古田が直史と対戦したのは、六回のワンナウトランナーなしから。

 状況が全く違うので、ここで打っても仕方ないだろうなと考える直史である。


 だいたい直史は、この試合はあくまでも調整と位置づけている。

 この後に最後の大会があるのだから、怪我でもしたら大馬鹿者以外の何者でもない。

 だから、打球に当たって負傷しないように、積極的に三振を取りにいく。


 ツーツーの並行カウントからの五球目。

 アウトローからわずかにボールに逃げていくスライダーを、古田は思いっきり空振りした。


 試合自体は11-0と白富東の完勝であった。

「弟の方がまたすごいアガってるなあ」

「センバツも夏も、かなりの強敵や」

 引退した三年も、試合自体は見にきている。

 古田の最後の勇姿を見に来たのと、あと追い出し試合というのが秋の大会後にあるのだ。


「そんでどこに決まったん?」

「愛知の実業団チームや。夕方まで普通に仕事して、そっから練習って感じやな。給料も出るし野球部には特別に手当ても出るし、備品まで買ってもらえるんやから、正直助かったわ」

 もう二度と対決する機会もないことが多い人間もいるので、白富東も集まって話し合う。

 この甲子園の行く末もだが、古田の進路が主な話題となった。

「苦労させて野球やらせてもらったけど、それで就職も決まったし、なんなら大会もあるし、ほんまに良かったと思うわ。妹の学費出せそうやねん」

 生活の苦しさの中から、それでも野球をやる。

 私立の理聖舎に通っている人間や、なんだかんだ言って恵まれた白富東の人間は、なかなか共感しにくいものである。


 だが、一人いる。

「野球、やってて良かったよな、ほんとに」

 大介が呟いた。

「俺もさ、千葉に引っ越してきたから、野球続けるの迷ってたんだよな。お袋一人だったし。まあ実際は爺ちゃんちで暮らすことで、暮らしは楽になったんだけど」

 この最強のバッターが、野球をしていなかった可能性。そんなこともあったのだ。

「野球部見に行ったのも、振り切るつもりだったからさ。ナオとキャッチボールしてて、最後に三年間だけやろうって気になったんだけど」

 それでここまでの評価を得て、おそらく契約金一億超えの目玉選手となったわけだ。


 本当に、人生というものは分からない。

 野球がなかったら、この場の人間たちは、どういう人生を送っていたのだろうか。

 おそらくほとんどの人間にとって、野球は人生を良い方向に変えてくれた。

「まあ俺らもセレクション受けるけどな」

「社会人決まってるやつもいるよな?」

「古田とは今度は全国で対戦やな」

 野球をやる舞台は、プロや大学だけではないのだ。




「そういえば」

 と理聖舎のあるメンバーが言い出した。

「お前らんとこの前の監督、なんか独立リーグに手ぇ出してるらしいけど、なんなん? 何人か声かけられてたよな?」

 社会人野球は、一時期ほど急激ではないがチーム数は減っている。

 その受け皿になるものの一つが、独立リーグである。

 ここはプロを引退した人間の受け皿の一つでもあるし、またプロへの人材の供給源ともなっている。


 野球というスポーツが日本において、あれだけの人気を誇りながらも衰退した理由。

 それはやはり受け皿の問題があるだろう。

 サッカーやバスケは、極端な話ボールさえあれば、ゴールは何か工夫をして、遊ぶことが出来るのだ。

 野球は道具が、少なくともボール、バット、グラブは必要で、そして面積も広く使う。

 それだけのマイナス点がありながらも、野球に従事して生活している人間は、とてつもなく多いのだ。


 セイバーはどうやら、日本の野球の根本を変えようとしているらしい。

 元々日本には、野球場という最も必要な試合の場所は多いのだ。

 裾野を広げることが、全体のレベルアップにつながるのは、どんなスポーツでも当然のことだ。

「なんか埼玉と新潟と四国の独立リーグを、NPBの二部リーグにしたいとか言ってたんやけど、お前らんとこってそういうのないんか?」

 普通ならセイバーは、真っ先に白富東に声をかけてくるはずだ。

「うちは基本的に進学が多いから、独立リーグに進んで野球をやろうってのはいないんじゃないかな」


 白富東の現在の三年は、基本的に鷺北シニア組以外は、勉強はそれなりに出来る。

 そしてシニア組は直史ほどの好条件ではないがスポーツ推薦の話はあるし、シニア組以外でも学校推薦で行ける大学は多い。

 特に地元の大学などは、毎年数名は学校推薦でそのまま入学出来る。

 直史だって元は、それを狙って白富東に入学したのだ。


 セイバーが何を考えているのか、少しでも知っているとしたら秦野かイリヤになるはずなのだが。

「俺は何も聞いてないぞ。日本のプロ野球界の一般的な知識については聞かれたけど」

 この場にいないイリヤは、のんびりと一人で観光をしているはずだ。




 のんびりと会話をしている間にも、甲子園の試合は終わっていく。

 第三試合は事前の予想通り、東名大相模原が栃木の刷新学院をソツなく封じて勝利。

 第四試合で勝った福井の敦賀八幡高校との対決となる。

「ちょっと意外だな」

「応援団の強さからいって香川が勝つと思ってたけどな」

 それでも驚くほどのものではない。


 一回戦を三日目まで終えて、そこそこ下克上とも言える結果を出したのは群馬の桐野高校ぐらいだろう。

 名徳でなくても愛知県代表は強いことが多いので、これは確かに意外と言えた。

「去年の方が戦力は揃ってたからかな」

 ジンが呟く。スタメンが三年ばかりであった場合、強さの引継ぎが上手くいかないことが多い。

 そうは言っても毎年強いチームを作り上げてきた監督が率いるのだから、それなりには驚くべきことである。


 本日の放送は全て終わったが、理聖舎の選手はこれから、また練習である。

 そして古田はとりあえず、白富東が勝ち残っている間は、大阪時代のチームメイトの家を渡り歩いて過ごすらしい。

 進路が決まっているなら三里の後輩の手伝いがてら体を動かせとも思うが、それは甲子園が終わってからなのだろう。

 甲子園が終わるまでは、本当の意味で意識を切り替えるのは難しい。


 去り際には、白富東の選手たちに手を振ってくれた。

 彼の高校野球は終わったが、野球人生はまだまだ終わらないのだ。




 白富東は宿舎に戻ると、汗を流した後に本日のハイライトを見ていく。

「この中からだと、明倫館と早大付属が当たるのかなあ」

「どっちもいいチームだけど、総合力なら早大付属の方が上か?」

「打力はともかく長打力は、早大付属の方が上だろうな」

「大介はどっちの方が打ちやすい?」

 こう尋ねるのは、やはり明倫館の大庭監督が、大介の実の父であることから出る。


 大介は普通に考えて、普通に答えた。

「近藤は勝負回避してくるけど、高杉はしてこないだろ」

 問題は、勝負をしてくれるかどうかなのだ。


 早大付属の近藤は、まさにチームの大黒柱である。

 これを撃破すればダメージは大きいが、避けるべき勝負は避けるピッチャーだ。

 それに対して明倫館の高杉は、バッターとの勝負の回避を嫌う。

 確かに大介にとっては、勝負してくれるピッチャーのいるチームの方がいい。そうとしか言いようがない。


 今の高校生で大介と上手く勝負出来るピッチャーは、坂本と真田ぐらいだろう。

 球速のあるだけのパワーピッチャーでは、大介を抑えることは出来ない。


 明日の四日目は、それなりに面白そうな対戦がある。

 山梨の甲府尚武対、鹿児島の桜島の試合だ。

 諏訪を中心とした甲府尚武が、桜島の豪打にどれだけ対抗出来るのか。

 それともう一つは、大阪光陰の初戦がある。

 初戦の宮崎県代表は前評判こそそれほど高くないが、やはり新興私立が金をかけて有名監督を招聘し、三年で甲子園出場を果たした。

 他にも強豪のそれなりにいる京都や広島と同じブロックだけに、本命ではあるが確実に勝ち残ってこれるとは限らない。


 最後の夏の最後の決勝を、どこと戦うのか。

 厄介な瑞雲と三回戦で戦うというのは、悪い展開ではないと思う。

 関東では何度も当たっているが、甲子園では一度も当たっていない帝都一。

 昨年の決勝の相手、春日山。

 センバツ決勝の相手、明倫館。そしてやはり関東で何度も当たった早大付属。

 伝説の試合の再現なるか、桜島実業。


 めんどくさくて面白そうな相手が、色々と期待させてくれる。

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