最終章 三年目・盛夏 大甲子園

第112話 エースナンバー

「おいでやす」

「「「よろしくお願いします!」」」

 昨年と同じ千葉代表に割り当てられた宿に到着した白富東高校野球部員。

 もちろん全員が宿泊するはずはなく、そもそも宿泊費などが出るのはベンチメンバー、監督、顧問教師の20人で、つい数年前からこれに記録員が加わった。

 白富東としては練習の補助に何人かと、選手管理にも人数がいるので、そのあたりの金は寄付金などで賄うことになる。

 セイバーがいた頃は野球部員がまだ少なかったこともあり、彼女が部員とマネージャーは全額負担をしていたものだ。

 現在はイリヤマネーによってかなりの援助を受けているが、それでも野球部全員とまではいかない。


 そして甲子園のベンチメンバーは、県大会の20人から二人少ない18人である。

 来年からは地方大会から一律で20人になるかもという話も出ているが、とりあえず今年はまだ18人のままなのだ。

 球数制限などをするのなら、ベンチメンバーを増やしてほしいと思うのはチームの首脳陣であって、ベンチメンバーが増えれば増えるほど、強豪が有利になるのも事実である。

 その意味ではベンチメンバー制限は、メンバーを選ぶ首脳陣の悩みどころではあるのだが、球数制限などで投手を使いにくくなっている状況では、やはりよりベンチ入り出来る者が多い方がいいだろうか。

 白富東のベンチメンバーは、以下の18人である。


1 佐藤直(三年)

2 大田 (三年)

3 戸田 (三年)

4 椎名 (三年)

5 佐藤武(二年)

6 白石 (三年)

7 沢口 (三年)

8 中村 (二年)

9 鬼塚 (二年)

10岩崎 (三年)

11倉田 (二年)

12中根 (三年)

13諸角 (三年)

14赤尾 (一年)

15青木 (一年)

16奥田 (三年)

17佐藤淳(一年)

18トニー(一年)


 外れたのは二年の曽田と、一年の佐伯である。

 ショートを出来る人間とセカンドを出来る人間が重なることを考えると、この二人は外れることになった。

 トニーを外しても良かったのだが、この巨体はいるだけである程度相手に威圧感を与える。

 身長が身長なので、いざとという時のためにファーストを任せる練習をしていたというのも大きかった。

 だがイリヤマネーによって追加で一緒に来ている五人の選手の中に、二人もいる。

 もし大会直前までにアクシデントがあれば、ベンチメンバーの変更は可能なのである。


 そしてエースナンバーが代わった。

 最初に自分の名前を呼ばれた時、直史は秦野を見て、ジンを見て、岩崎を見た。

 それから無言で受け取って、後からジンとだけ話したものだ。

「ガンちゃんが、せっかくだから一度ぐらいはってさ」

「スカウトの目からしたら、背番号1ってのは特別じゃないのか」

「でもエースが1を付けるのは、高校野球までだろ?」

 プロはもちろんのこと1がエースとは限らないし、直史が進学予定の早稲谷大学なども、エースは伝統的に11番を付ける。

 この最後の夏に直史に1を譲ったのは、岩崎にしても考えてのことだ。

「記念ってだけじゃなく、実力順じゃない1はかっこわるいって感じかな?」

「背番号がピッチャーを育てるって考えもあるけど、まあプロなら1はもうないか」


 白富東の背番号1は、去年の夏の甲子園からは、ずっと岩崎が付けていた。

 大学によってはやはり高校までと同じようにエースが1を付けることもあるが、直史の場合はおそらくもう1を付けることはないだろう。

 自分も最後の夏だというのに1を譲った。

 その意味を考えないでもないが、まあ国体でまた譲ればいいか、と気楽に考えた直史である。


 佐藤直史が、ついに背番号1を付けた。

 それは参加校の全選手を紹介する野球雑誌の付録などで、当然ながら全国に伝わることになる。

 最後の夏に、真のエースが初めて、エースナンバーを付けたのだ。

 これは間違いなく、春夏連覇を狙っている。

 少なくとも秦野はそのつもりであったし、直史以外の多くはそう感じた。




 しかし大会の開催の前であるというのに、宿屋を取り囲んだファンの大群はなんなのか。

 この状況ではコンビニに買い物に出ることも出来ない。

「……って、去年も思ってたな」

 大介は遠い目をする。

 元々人気は高かったのだが、去年は一回戦で桜島と戦った後に人気が爆発した。

 センバツはここまでの熱気はやはりなかったと思う。

「ほら、飯食ったら着替えて軽く体動かして、またすぐ着替えて抽選会だぞ」

 ハードスケジュールであるが、今年はそういう予算になっているのである。

 選手の体調管理を万全に考えていたセイバーと、あくまでも自分のインスピレーションのついでのイリヤとでは、スポンサーとしての熱意が違う。


 ユニフォームに着替えてグラウンドに向かって、一時間ほど動いて新幹線で固まった体をほぐし、また着替えて今度は抽選会場に向かう。

 予備抽選の結果、白富東の抽選は最後から三番目となっている。

 なお南北の北海道と東西の東京が一番最初に、一回戦では当たらないように抽選は行われる。


 ホールの中には出場校が揃い、トーナメントの決まる瞬間を見ている。

 正直なところ秦野は、自分が萎縮しているのではないかと考えることもある。

 白富東の選手たち、特に三年はこれで四度目の甲子園なのだ。

 二年にしても一年の頃からスタメンに入っていた者は多く、あの異常な雰囲気の桜島戦や、史上最高の熱闘とさえ言われた大阪光陰戦を経験している。

 また、たった一打でサヨナラ負けした、春日山との決勝も。

 それらの悔しさをバネに、センバツでは優勝したのだ。

 センバツも苦戦する試合はあり、決勝にはアクシデントもあった。勝ったとは言え緊迫した試合はいくらでも経験してきた。


 13年ぶりの高校野球で、いきなり選手たちに甲子園に連れて来たもらった。

 白富東の中では、自分が最も経験値では不足しているのではないか。

 選手たちはホールの中でもリラックスして、知った顔がいないかを探している。

 甲子園で戦っただけでなく、関東大会を何度も経験し、東北や関西などからの遠征とも対戦しているため、顔は色々と知っているのだ。

 そしてこのホールの中の人間で、佐藤直史と白石大介を知らない人間はいないだろう。

 初めて生で見れば、大介の小ささに驚いているかもしれない。




 そしてトーナメント抽選が始まった。

 東西の東京と南北の北海道が当たらないようになっている抽選なのだが、いきなり北北海道と東東京、つまり洛南と帝都一が一回戦免除の同じブロックに入った。勝ち残れば三回戦で当たる。

「今年は一回戦なしのところに入りたいなあ」

「でも試合数多かった方が色々と成績残しやすいだろ」

「ピッチャーの枚数揃ってるし、一試合でも多くやりたいってのはあるな」

「つっても一年のためには試合数少ないほうがいいだろ」

「いや、先輩らがいるんだから、試合は多い方がいいですよ」


 トーナメントは完全に運の要素があるので、いきなり優勝候補同士が当たってもおかしくはない。

 たとえば去年は初戦の二回戦で大阪光陰と神奈川湘南が戦い、一昨年には春日山と帝都一が戦った。

 優勝候補と言うには微妙であったが、白富東と桜島の一回戦も面白かったものである。当事者以外が。


 今年のトーナメントはどうやら、そこまで劇的なものは出ないようだが、大阪光陰の一回戦の対戦相手が空いている。

 帝都一が一回戦は免除ながら、初戦で仙台育成との対決となった。

 戦力的には帝都一の方が上だが、どちらも古くからの強豪で、ベスト8以上の成績を残すことは多い。

 他に初戦から見物となりそうな対戦は少ないが、大会初日に近畿地区からは滋賀県と奈良県の代表校が顔を見せる。


「大阪光陰の対戦相手が埋まらないな」

「あと二つで俺らだろ。いきなり大阪光陰相手はないよな」

「データはしっかり取ってあるけど、リアルタイムで一度は見ておきたいよな」

「いきなり大阪光陰相手なんて、もったいなさすぎるだろ」


 残りは2と23と43の三つ。

「おい、初戦、聖稜か名徳か大阪光陰のどれかじゃねえか」

「なんつーくじ運だ」

「それならせめて一回戦免除の聖稜の相手引け」

「頼むぞ~」

 勝つ自信がないわけではないし、初戦の万全の状態で大阪光陰と当たるのも悪くはない。

 だがそれでも、最後の夏の甲子園で、一回戦から大阪光陰と当たるのは「何か違う」と思うのだ。


 さすがに緊張した顔のジンが引いたのは、2番である。

 初戦の相手は、石川県代表の聖稜高校となった。センバツでは初戦に桜島と当たって打撃戦で負けたものの、一試合三本のホームランを打った井口のチームである。

 だが問題はそこではない。

「聖稜はともかく三回戦……」

 直史の言葉が苦くなるのは仕方がない。

 相手が勝ちあがれば、という条件はつくが、おそらく瑞雲が勝ちあがってくる。坂本のいるチームだ。

 センバツの甲子園では、ある意味決勝の明倫館以上に苦戦したチームである。


 成績的には白富東の方がだいぶ上なのだが、単純に数字になったもののみが、チームの戦力なのではない。

 白富東は地方大会の成績では、平均得点で二位、平均失点で一位のチームだ。

 コールドが多かったため得点は伸びていないだけで、実際には九回換算すると得点も一位である。

 準々決勝以降はどうなるか分からないが、とりあえず三回戦はそれなりに苦労しそうである。




 全ての抽選が終了した。

 このトーナメントで分かるのは、三回戦までの対戦だけである。

 今年もそれ以降は、一度ごとに抽選を行うので、準々決勝も準決勝もどこと当たるかは全く分からない。

 決勝は二つのうちのどちらかなので、考えるまでもなく分かる。

 おおよその予想をすれば、ベスト8まで勝ち上がってきそうなチームは分かる。分かるが、その通りにいくとは限らないのが夏の甲子園である。


 帝都一は二回戦を勝てば、おそらくベスト8まで勝ちあがってくる。

 春日山は初戦の二回戦を勝てば、次はおそらく佐賀の弘道館だ。上杉と江藤の、150km投手の投げ合いが見られるかもしれない。

 四つ目のブロックはセンバツにも出た春日部光栄が有力だが、左腕150kmの島を擁する城東もいる。絶対的に有利とは言えないだろう。

 五ブロックは花巻平に名徳、あとは福岡の岩屋も有力だ。総合的には名徳だろうか。

 六ブロックは明倫館と早大付属、そして地元兵庫代表がいる。

 七ブロックは東名大相模原が有力だろうが、桜島もいるので予断を許さない。

 八ブロックは大阪光陰がいて、他にもそれなりに強い県はいるのだが、本命と言うなら本命だろう。


 だがもちろん一番重要なのは、白富東のいる第一ブロックである。

 大会五日目の第三試合で、井口の聖稜と当たる。

「よし、じゃあ改めてミーティングを行おうか」

 秦野の言葉で選手たちが注意を向ける。


 聖稜は甲子園常連校であり、そのOBにはMLBで活躍した選手もいる、北信越地方の強豪校だ。

 センバツにも出ていたし、それ以前の神宮大会でも、北信越地方代表として白富東と戦った。

 井口がいるので打撃のチームという印象が強いが、実際には井口を中心とした打撃と、平均失点の少ない守備のチームである。

「井口の前にランナーをため、井口が敬遠された時のために五番がいる。そんな打線だな」

 五番の月岡も地方大会で二本のホームランを打っていて、打点は井口に並ぶ。それだけ井口が敬遠されてきたということだが。


 正直なところ秦野は、聖稜の分析はさっとしただけで放置していた。

 ウィークポイントとストロングポイントがはっきりしていて、白富東の戦力を適切に使えば、そう問題なく勝てると思ったのだ。

 神宮大会での対戦から、それほど変わったところもない。

 得点は主に上位頼りで、下位は犠打などを駆使したセットプレイが目立つ。

 投手は新一年の左を含めて左右一人ずつがエース級だが、県大会でも勝ち進んだ後半を無失点に抑えるほどではない。


 白富東の打線なら五点ぐらいは取れるだろうし、直史とジンのバッテリーを使えば、多くても一点以内には抑えられそうだ。

 ただ問題は次の試合である。

 三回戦は中四日あるとは言え、相手はおそらく瑞雲が上がってくる。

 秦野の就任前であるが、白富東は神宮大会にセンバツと、二度瑞雲と戦っており、かなり苦戦したと言っていいだろう。

 正確に言えば瑞雲にではなく、坂本にだ。


 瑞雲相手には、直史を使いたい。

 するとパワーピッチャーとの相性がいい井口たち聖稜打線を相手に、誰を先発に持ってくるか。

 序盤から中盤を誰かに任せ、終盤にクローザーとして直史を使うという選択もある。

 直史は球数の少ないピッチャーであるし、投手の枚数が多いので、こちらを待球策で攻めてくることはないように思う。

「聖稜戦は継投でいく」

 それが秦野の出した結論だ。

「先発は淳な」

 井口が左投手との対戦成績が悪いとは言え、いきなりの賭けである。

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