第111話 代表校決定

 夏の甲子園の出場を決める、県大会が終わった。

 勝てるとは思っていたが、思ったよりは緊迫した試合であった。

 監督の秦野は勝った試合の中からも反省点を求める。

(しかしよくあんだけコロコロとピッチャー交代して、最後まで集中力を保てたもんだ)

 特に星はカウントの途中からの交代まであり、そんな状況でもわずか三失点に抑えた。


 大介の凡退が0というのはちょっと笑えるが、打点をホームランの一点に抑えた。

 しょっちゅう練習試合を行っていたとはいえ、あちらの監督の采配も冴えていたし、ピッチャーが直史でなければ一点ぐらいは取られていたかもしれない。

(そんな中できっちりホームラン打ってる白石と、ノーヒットのナオはやっぱり異常だな)

 インタビューを求められはしたが、秦野だって監督としては、甲子園には初出場なのである。


 去年はいなかったのでなんとも言えないのだが、選手たち曰く去年よりもずっと盛り上がりは激しいそうな。

 まあ去年の夏は春の関東大会を制したとはいえ優勝候補本命とまではいかなかったし、甲子園の終了後にはワールドカップがあったし、センバツでの優勝もあった。

 早くから主力が経験を積んでいたというのは大きなアドバンテージで、それなのに一年生が上級生を押しのけてベンチメンバーに入っている。

 シニアで実績を残している選手であり、これでほぼ弱点はなくなったと言える。


 学校に帰還したメンバーは、そのまま祝勝会と激励会に突入。

 市のお偉いさんや県のお偉いさん、またOBなどからさんざんに期待の言葉を寄せられる。

「頑張ってくれるのはあくまでも選手ですので、私がやることは最後の一歩で迷う背中を押してやること。それぐらいしかありません」

 こんな優等生然としたことを言うしかない。


 しかしこれが、甲子園に行くということか。

 現役時代は名門にこそいたものの、在学中は出場は叶わなかった。

 監督になってからは結果が出る前に……。




 一通りの騒動を終えてから、ようやく部室でミーティングが行える。

 なお三軍扱いの諸君は、残念ながらスタンドから応援をする練習である。

 それでも野球部というだけでちやほやされるのだから、やはり甲子園に行くということは違う。

「白富東の野球部が強いのは、髪型が自由だからだよな」

 ミーティングの最初に、秦野はそんなことを言った。

「まあ確かに……」

 ジンの頷くとおり、ベンチメンバーで坊主頭なのは倉田ぐらいである。


「そういや俺らを誘う時のジンのうたい文句が、白富東なら坊主じゃなくてもいいぞ、だったよな」

「やっぱいまどき坊主強制のスポーツなんて受けるわけないんだよな」

「モトは坊主だけどな」

「そういや勇名館も三里も坊主じゃないか」

「強いところで坊主っていうとトーチバと東雲か」

「つってもトーチバも丸坊主ってのは違うしな」


 話が大きく脱線したが、今はさすがに空気が弛緩していても仕方がない。

「さて、今日の試合だったが」

 秦野の言葉で、シンと静まる一同である。

「最後まで緊張感のあるいい試合だった。イレギュラーの原因は分かってるな?」

「相手の守備の時についたスパイク痕でした。ごめん、兄貴」

「その後のライナー捕ってくれたからいいよ」

「そういえばあのライナーはちょっとひやりとした打球だったな」

「あ~、エラーした直後なんでもう一度サードに打ってもらって、嫌な感じを払拭してもらいたかったんですけど」

 孝司としてもあのリードが完璧だったとは言えない。


 あと少し引っ張られて、三塁線を抜けていたら。

 失点につながっていたかもしれない。


「まあ相手の打線はそう強くなかったし、スパイク痕には今後は注意するとして、打線の方だな」

 秦野の見た限りでは、あと三点は入っていてもおかしくない展開だった。

 星のピッチングの打たせて取るのが、まぐれのように上手く機能したのと、西の超ファインプレイが三つもあったのが、三点に収まった理由である。

「全国に行けば、西レベルの外野手はいるからな」

 具体的に言えばアレクレベルである。確かに去年も数人はいた。


 もっともピッチャーと守備は、それほど問題ではない。

 問題とすべきは打線の方である。

「ヒットの連打で点が取れたのはいいんだけど、それ以外の小技を徹底的に封じられたよな。まあ監督の采配が上手かったのもあるんだろうけど、こちらの強攻策がかなり裏目に出た」

 それはあんたの責任じゃん、と選手たちの視線が言っている。

「まあ三里で試せたのはよかった。注意すべきは全国区の強豪のさらに上澄みは、三里と同じぐらいにうちのデータを分析してるってことだな。それでもまあ、星のような軟投派はまずいないだろうけど」

 なんだかんだ言って県内は、知っているチームが大半だった。

 浦安西には少し驚いたが、あれぐらいだろう。


 この時期まだ、代表校が決まってない地区は多い。

 出場するチームの多い大阪や神奈川が決まるのが遅い。

 チームの多さの割には千葉は早いほうで、その他の都道府県でも、おおよそ七月の末日までには全てが決まる。

 これまで他県の代表の情報などはおおよそシャットアウトしていたが、ここからは対戦相手も分析していかないといけないだろう。


「北海道は蝦夷南農産と洛南か」

「洛南は何度か出てるよな?」

「蝦夷南農産は?」

「え~と……むっちゃ昔に出てるな。今の体制になる前。実質初出場だ」

「岩手は花巻平だよな。ここは大滝がノーノーしてるから聞いてたけど」

 近場では埼玉が春日部光栄に決まっているし、気になるところでは新潟の春日山も前日に決まっている。


「今日決まったところは、ああ、石川は聖稜か」

「井口は大会四ホームランか。大介がいるからあれだけど、普通ならドラ一候補だよな」

「鹿児島はまた桜島だよ。対外試合禁止なかったら八年連続か」

「まだ決まってないけど東京とか大阪はだいたい予想通りのとこが残ってるな」


 代表の決定が早いのがいいのか、遅いのがいいのか。

 もちろん甲子園直前まで決まっていないのは問題であるが、あまり早くに決まっていると、試合勘が鈍ってしまう。

 他に気になる県としては、山口と高知がまだ決まっていない。淳の古巣の宮城もだ。それとチーム数の多い愛知。

「こっちにいる間に練習試合しておきたいよな」

「心配するな。ウラシューに既に予約を入れてある。あちらは新チームだから弱いけどな」

 秦野の動きは素早いが、埼玉大会準優勝のウラシューであっても、発足したばかりの新チームでは、相手にならないだろう。

「紅白戦の方が良くないですか?」

「それももちろん考えている。あそこが試合を受けてくれたら良かったんだけど、日程の都合がつかなくてな……」

「あそこって?」

「聖ミカエル」

「……ああ」


 女子野球は丁度今日からが選手権大会であり、白富東が甲子園に向かう日の前日に決勝が行われる。

 場所は埼玉県で、実は開催地は何度も変更されていて、少し前までは兵庫県で行われていた。ただし甲子園球場ではない。

 考えてみれば三年生を抜いていたとはいえ、それ以外はほぼ一軍の白富東に勝ったのは、この一年ではあの少女だけである。

「さすがに甲子園初出場のチームとかでも、ある程度のデータは出てくるからな。あんなに打てないってことはないだろうけど」

 一部の人間にとってはトラウマになっているだろう。

「応援に行こうかな」

 などと淳は呟いているが。

「佐藤家は七月の末日と八月の一日、親戚の集まりで練習休むんで」

 また直史のゴーイングマイウェイかと思ったが、武史に淳、双子まで連れて行くらしい。

 佐藤家にはお盆休みには親戚の集まりがあるのだが、去年は甲子園があったために夏休みの後半にずらした。

 今年は早めにやってしまおうという話である。

 甲子園の一回戦で負けてしまえば話は別だが、最後まで戦うつもりなのだ。


 まあ親戚づきあいなら仕方がないかとも思うが、高校野球最後の一年に余裕なことである。

 実は裏には他の目的もあるのだが、それは野球部には関係のないことである。

「これから大変ですよ。あちこちに挨拶回りはしないといけないし、マスコミの取材はあるし」

 高峰はそう言うが、そのあたりは高峰の方が詳しい。なにしろこれで四度目の甲子園になるのだから。


 最初の出場はまだしも楽だった。関東大会の決勝まで残って実力を示していたとは言え、ロースコアゲームが多かったからだ。

 去年の夏は直史がセンバツでノーノーを達成し、大介がホームラン記録を作っていたことから、かなり取材は多くなった。

 しかしセンバツ決定後は大会直前にまた多くなったが、それでも決定から開催までの期間が長いので、それほど集中して用事が入ることもなかった。

 だがこの夏は、すごいことになりそうである。

「代表校の分析もしないといけないんだけどな……」

「これもまた監督の仕事のうちですよ。私も分担して協力しますから」

 あと、キャプテンであるジンもかなりの時間を拘束されるだろう。

 去年のキャプテンである手塚は、なんだかんだこなしていた。さすがである。




 調整のための練習は必要ではあるが、それ以外の用事が確かに多い。

 地元の商店街や企業の人々には、寄付金を貰っているので挨拶に行かないといけない。

 これもまた人気商売と思えば、プロを目指しているメンバーにとっては予行練習になるのだろう。


 マスコミの取材も多いが、これも有名税と捉えるべきか。

 白富東は人気チームではあるが、旧来のいわゆる高校野球ファンの中には、アンチもたくさんいる。

 だいたいマスコミは高峰が選別しているが、中には大手でも下衆い人間はいるもので、そういった者は直史や大介も塩対応である。

 ネットで色々と叩かれるのも、中心メンバーは慣れてきている。


 七月の二九日には、全ての都道府県の代表校が決定した。

 注目どころでは東東京は帝都一、西東京は早大付属、神奈川は東名大相模原、愛知は名徳である。

 これらの強豪地区は、おおよそ予想通りに決まっている。

 また山口は明倫館、高知は瑞雲が勝ち残った。

 そして大阪は大阪光陰が優勝し、センバツベスト8に入ったチームは全て代表に残っている。


 日々追加されてくるデータを、秦野と共に研究部の人間、そして主にバッテリーが分析していく。

「大阪光陰がえげつないな……」

 一年生キャッチャーとの相性が良かったようで、真田が完全に復活している、

 予選では40イニングに投げて無失点。ヒットさえも七本しか打たれていない。

 激戦区の大阪で、である。

 豊田も仕上がっているようで、大阪光陰は府大会においては、試しに投げさせた一年二人の七失点以外、左右のエースは失点していない。

 打撃の方も控え中心で挑んだ一試合以外はコールドと、決勝も余裕の点差の勝ちである。


 他にも投打守備走塁に隙のないチームはある。

 帝都一はやはり激戦区の東東京で、全ての試合で五点以上の差をつけた余裕の勝利。

 140kmを投げる三枚の投手の他に、軟投型のサウスポーまで揃えている。

 西東京の早大付属は春のセンバツでも当たったが、全体的にかなりレベルアップしている。

 神奈川と愛知の強豪も、隙のないチーム作りをしているが、全体的な層の厚さは、大阪光陰と帝都一が二強であろうか。


 センバツで苦戦した明倫館は、コールド勝ちもあれば僅差の勝利もあり、おそらくかなりの緊張感を保って甲子園に出てくる。

 瑞雲も坂本が投げているイニングは少なく、こちらも僅差の勝負をものにしている。

「センバツに出てなかったけど注目のチームってどれですかね?」

 ジンとしてはまず気になるのが、未知の敵である。

「練習試合では楽勝だったけど、花巻平かな。大滝が参考記録合わせて三試合ノーヒットノーランしてるからな」

 うち一試合は九回まで投げて本物のノーヒットノーランである。

「ノーヒットノーランも凄いけど、球速がMAXで158kmまで上げてきてるのか」

「まあそれは大介に打ってもらえばいいとして」

 簡単に流された最速右腕であった。


 実は野球強豪なのが沖縄県である。

 かつては、と言っても秦野さえ生まれる前の話だが、沖縄は弱小として知られていた。理由は簡単で、県外の強豪と戦うのに地理的な遠さという問題があったからである。

 しかし90年代あたりからは様々な努力によって県外のチームとの対戦も重ね、冬場もみっちり練習が出来る暖かさを武器に、むしろ全国でも五指に入るほど甲子園成績では勝率が高い。

 その沖縄県の代表が、初出場の石垣工業。

 センバツにも出場し、春の九州大会ではベスト4に入り、沖縄大会を二年連続で制している興星高校を破っての出場である。

 四番でエース、サウスポーの154kmを投げる金原海人を中心にした、投手を守り立てる堅守のチームである。

「154kmって聞いても今更すごいと思わねえけどな」

 お前だけだ、と言いたくなる大介の台詞である。

 確かに左の154kmなら武史と互角なので、普通にいそうだなと錯覚してしまいそうになる。

 まあ石垣工業と当たったなら、実際に大介に打ってもらおう。

 なお金原というのはコンバル、海人はウミンチュと読むそうだ。


 センバツには出場出来たが、この夏には出ていないチームというのは10校だけで、かなりセンバツからチームの勢いが引き継がれているらしい。

 もっとも愛知、神奈川、千葉、大阪はセンバツに二チームが出場していたので、その意味では六校だけがセンバツに出場していながら、夏の出場を逃したことになる。

 きわめて珍しくはあるが、こういう年もあるのだろう。




 佐藤一族がいない間に行われた練習試合は、白富東が無事に勝利した。

 主力が二人いないとはいえ、正捕手さえいてくれれば、岩崎が投げ負けることはまずない。

 序盤はトニーに投げさせて先制されたが、四回からは岩崎に交代し、安打四本の無失点に抑え、逆転勝利した。


 そして直接白富東には関係ないことだが、女子野球の夏の選手権大会。

 聖ミカエルは決勝で去年と同じく埼玉新栄高校と対戦し、またも敗北したのであった。

「負けた!? マジで!?」

 さすがに驚くジンである。全国大会とはいえ、同じ女子同士の対戦で、あのチームが負けることがあるのか。

「惜しかったんだけどね~」

「選手層というか、選手の人数がね~」

 ツインズは甲子園に向けた練習には協力せず、決勝だけは見に行ったのだ。


 聖ミカエルは選手登録もしていたマネージャーも含めて、10人しか部員のいないチームであった。

 決勝の終盤にて選手が負傷退場し、マネージャーが外野の守備に就く。

 そのマネージャーのところへ飛んだ平凡な外野フライを捕ることができず、ランニングホームランで一点を取られ、そのままそれが決勝点となったのだった。

「人数少ないとそういうこともあるのか……」

 絶句するしかないジンであった。


 いくら優れたピッチャーがいようと、それだけで優勝出来るものではない。

 江川だって上杉だって、甲子園では優勝していないのだ。

 権藤明日美は個人としては最強の選手だったかもしれないが、ピッチャーとキャッチャーだけでは勝てないということなのだろう。

 もっとも明日美は二打席勝負してもらって、その二打席を凡退しているので、彼女を封じられる新栄のバッテリーもすごかったということなのだろう。

 このバッテリーは三年生なので、来年こそ明日美には全国制覇を目指してほしいものである。




 そして八月三日、ついに白富東高校の野球部は、甲子園に向けて出発したのである。

 SS世代の最後の甲子園が始まる。




   第十一章 了   最終章 大甲子園 へ続く

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