第109話 悔いなく戦え
やるべきことは最大限やってきたが、それでも何か、もっと何かが出来たのではないかと考える。
高校野球の監督は、地獄のような一面を持っている。
ある意味においてはプロよりも厳しい、一期一会の繰り返される高校野球。
能力による引退ではなく、時間の経過により、その選手たちは舞台から立ち去っていく。
その最大の舞台である甲子園に、国立は連れて行ってもらった。
いや、共に行ったと言うべきか。
現役時代も不可能であった、甲子園出場。
それを達成し、さらに一勝した。
もう充分かな、と国立は思ったものだ。
公立のチームが、何かの拍子にセンバツに選ばれたりすると、それに満足して春と夏の県大会であっさりと負けてしまうことがある。
三里は選手層の薄い公立のチームであり、甲子園で主力の星が負傷したこともあり、とてもSSコンビの最終年となる白富東には勝てないと思ったのだ。
時代が悪かった。せめて二年後であれば、まだしも希望は持てただろう。
佐藤と白石の最終学年に当たってしまったのが、最大の不運。
そして唯一、隙を突けそうだった采配においても、あの新監督は全く隙のない勝ち方をしてきた。
決勝の当日の相手のスタメンを見れば、攻撃型でありながら、ピッチャーに真のエースを持ってきている。
「相手、全力ですね」
きらきらとした瞳で、星は言ったのだ。
「これに勝てれば、甲子園でも最後まで勝てる!」
前向きにすぎる。
骨折からの治療期間も、星は無駄には過ごさなかった。
下半身を使わないトレーニングでオーバースローの球速を5kmも上げ、その後は落ちた下半身の筋肉を必死で取り戻した。
国立の目から見ても、星はセンバツの時よりも、ずっといいピッチャーになっている。
「さて、相手は全国制覇の大本命、超高校級選手を何人も抱える、間違いなく史上最強のチームだ」
ベンチの前で最後の訓示を与える国立。
「気合で勝てる相手ではない。今までだって君たちはずっと、本気で戦ってきた。だからいつも通りにやろう。いつも通りどこまで出来るかが、勝敗を決める」
そんなに甘いものでもないのだろうが。
「勝利の栄光は、諦めなかった者の前にしか用意されていない」
諦めてしまえば、既に試合前に勝負は決まる。
「全力で戦おう。先のことは考えるな」
「はい!」
ほどよく気合の乗った声が、国立に応えた。
一回の表、マウンド上にはいきなり星。
対するアレクに対しては、初球からアンダースロー。
遅いストレートを、アレクは見送った。
練習の出来なかった期間に、フォームを崩したりはしていない。
それにしても、遅いとアレクは感じる。
アンダースローが球速の出にくいフォームというのも確かだろうが、いかに遅い球を投げるかに全力を注いでいるようにも思える。
この遅いアンダースローの後に、オーバースローの普通のカーブ。
アンダースローのストレートの後にオーバースローの、初球よりは速いカーブである。
(徹底してるなあ)
打ち損じを狙うピッチング。バックをよほど信頼していなければ、こんな球では勝負出来ない。
信頼していると言うか、信頼せざるをえないと言うか。
三球目のまたアンダースローからのシンカーを打つ。打球は左中間に飛んで行くが、俊足の西の守備範囲内。
なんとか難しい先頭の打者を打ち取った。
二番の青木哲平も、当然ながら油断の出来る打者ではない。
ランナーを進めるのに犠打ではなく進塁打を打つことが多く、フィルダーチョイスをすれば間違いなく一塁をセーフにする足。
これを痛烈な当たりながらもサードゴロにしとめて、さてラスボスがいきなり登場である。
そして三里も早くもポジションチェンジ。
東橋がマウンドに登った。
左対左で、東橋は変化量の多いスライダーを身につけたので、確かに数字の上では、大介を凡退に取れる可能性は高くなっている。
(でも単なる左よりは、星の方が打ちにくいと思うんだけどな)
東橋は悪いピッチャーではない。二年で左で130kmが投げられ、変化球も使えるものを持っている。
それでもこの程度ならば、たとえば一年時に戦った細田の方がよほど上だ。
初球はアウトローにボール球を外し、二球目はインローへ入ってくるスライダー。
(打てる)
少し早めに体を開き、だがバットはまだ出ていない。
ミートの瞬間、やや芯を外したのを感じた。
(上がらねえか)
振り切った打球は一二塁間を割り、ライト前のヒットとなった。
大介を単打で抑えれば、まず良かったと言うべきなのだろう。
だがここからの四番と五番も、そう簡単に押さえられるラインナップではない。
しかしここでまたも三里はピッチャーを代える。
古田がマウンドに登って、四番の鬼塚と相対する。
古田もまた変化球から入り、ストレートを打たせた。
平凡なレフトフライに終わり、ランナーは残塁となる。
守備の準備に入る前に、秦野は軽く一回の表をまとめる。
「打者によって攻略の仕方をちゃんと考えてきてるな。しかも三人のピッチャーで。そんでサードもライトもピッチャー経験があるんだよな?」
「ここまで二試合ずつ、それぞれ三イニングを投げてますね」
菱本のデータは、もちろん頭の中に入っている秦野だ。
二人ともその合計六イニングで二点ずつを取られている。
そこそこ分析してみたが、さほどの脅威とは思えなかった。
去年は西もピッチャーをしていたらしいが、新チームになってからは完全にセンターに専念している。
一年生のピッチャーはそこそこ使えるらしいが、せいぜいトーナメント序盤でイニングを消化する程度のレベルだ。
自軍の守備の間に、攻略法を改めて考える秦野である。
そして守備は完全に任せた。
三里は強打のチームではない。公式戦では序盤の相手の崩れたところに付け込みコールド勝ちをしたこともあるが、それ以外は全てロースコアで接戦が多い。
(ナオなら上手いこと赤尾のリードでも相手を封じてくれるだろ)
選手を信用しても、頼ってはいけないというのが監督の鉄則であるが、直史のピッチングと大介のバッティングだけは別だ。
三里の一番は、センターの西。
ずんずんと怖いもの知らずに進んでしまう星をフォローする副キャプテン。
まずは相手投手の調子を見ようと思っていたのだが、三球三振であった。
そして二番がキャプテンの星である。
打率はそれほど高くないが、出塁率は高く、小技にも長けている。
しかしこの状況では何も出来ない。
変化球でカウントを整え、最後はストレート。
ピッチャーフライでアウトである。
三番は抜擢された一年生であるが、何も出来ないままセカンドゴロでアウトである。
球数も少なく、球種もそれほど引き出せてはいない。
(我慢の試合になりそうだな)
そして五番に入っている武史に対して、またも星をマウンドに代える三里である。
的を絞らせないことを、三里はピッチングの基本としている。
星と古田と東橋で、緩急に左右、そして上下の組み合わせが使えるわけだが、やはりメインは星だ。
練習試合ではまだ大事をとって投げてこなかったが、いやらしいコンビネーションを身につけている。
(理屈の上では確かに打たれにくいけど、継投する選手の側は大変だろ)
守備陣に関しても、玉突きでころころとポジションを変えなければいけない。
(なんか昔のマンガであったような気もするけど、こんな極端なやり方でやるのか)
選手からの絶対的な信頼を持たれていないと、とても出来ないだろうと思う秦野である。
打てないわけではない、事実この回先頭の武史もセンター前ヒットで出塁した。
続く倉田も内野の間を抜いてノーアウト一二塁。
(赤尾にバントさせて沢口勝負か? 打率自体は赤尾の方がいいんだが)
迷っている間に打ってしまって、セカンドでアウトを取られた。ファーストはかろうじてセーフ。武史はサードでストップ。
ワンナウト一三塁で、バッターは沢口。スクイズで一点を狙ってもいい場面である。
沢口のバントに対する信頼はかなり高い。
外されてアウトというのは痛いが、三塁ランナーは武史なので、バントで当ててからスタートでもどうにかならないものか。
(一点を序盤に取れれば、あちらもあせってくれそうなんだが)
直史の防御率は1をはるかに下回るので、一点取られればそれで終わりかもしれないのだ。
去年の秋の県大会では二点取られているが、色々と試行錯誤をした上での二点なので、気にしなくてもいいデータだと言われた。
ここはあえてそれほど注意されていない打者の沢口に、強攻させる。
星は強い打線をそれなりに抑える投手であるが、弱い打線でも一点は取られるという特徴を持つ。
(さて、どう出るか)
出来ればゲッツー崩れの間に一点でもいいのだ。
ところがここで、ピッチャーが古田に代わる。
古田のスピードに対した沢口の打球はサード正面のゴロ。武史は動けず、その牽制の間に孝司は二塁へ進んだが、ファーストはアウト。
ツーアウト二三塁となり、ラストバッターの直史である。
(ナオはピッチャーだけど単打を打つのは上手い。ここで一点取れれば)
特にサインはなく、好球必打である。
粘った末の七球目をピッチャー返し。センター前へのヒットとなる当たりの打球。
しかしそれをダッシュした西がダイビングキャッチし、スリーアウトチェンジとなった。
二回の裏、三里は三者凡退。
スコアこそ0-0であるが、内容には大きな差がある。
白富東は三点ほど入っていてもおかしくないが、三里は一塁も踏めない。
完全にツキは向こうにいっているが、圧倒しているのはこちらだ。
(野球はこういうスポーツだって分かっていたつもりだが、いざあちらにばかりツキがあるとなあ)
それでも三回の表は、先頭打者のアレクからの打順である。
大介に確実に回るここで、先制点がほしい。
「あちらも色々と考えてはいるが、一番面倒なのが星のアンダースローとオーバースローの組み合わせだな」
ストレートが変化球になると言われているアンダースローで、下半身の粘りをたっぷり使って遅い球を投げる。
そしてオーバースローから投げると、変化球でもアンダースローのストレートより速くなる。
こんな無茶なことをやっても、たとえばプロなどでは通用しない。
だが一度きりのトーナメントなら、分かっていても慣れるのには少し時間がかかる。
「速い球か遅い球、どちらかだけに絞って打って行け」
こう言っていきなり結果が出せるのが一流である。
ピッチャーはまた代わって、星がマウンドに立っている。
アレクはオーバースローからのカーブを打って、ノーアウトで出塁した。
続く哲平であるが、星の変則的なボールは、あまりシニアではお目にかかるものではない。
(速い球ならエンドラン。遅かったらそのままスチール)
遅い球を哲平は援護の空振りをして、アレクは二塁へ到達。
ノーアウト二塁。ここからいくらでも点の取れる場面だ。
三振と内野フライはさすがに問題だが、打てるならば進塁打でもいい。
しかしその打ち気を感じたのか、星はオーバースローからのスローカーブを使ってきた。
打ち損じた打球はセカンドフライ。さすがに動きようがない。
「春とか強豪との練習試合では通じても、こういう軟投型にはまだ対応出来てないですかね」
ジンの指摘に、普通のチームにとっての強力打線と、三里にとっての強力打線の違いを感じる秦野である。
高校入学直後の一年というのは、やはり変化球への対応がいまいちである。
それと共に、星のような軟投型のピッチャーも相性が悪い。
高校野球のピッチャーというのは、プロと違って強豪でも打線の弱いところはある。
強打者を避けて弱いところで確実にアウトを取るというピッチングなら、星だって充分に全国で通じるのだ。
ピッチャーの多彩さは、当然ながら一定以上のレベルが求められるプロより、高校野球の方が豊富であろう。
ワンナウト二塁であるので、当然のように大介は敬遠された。
一打席目に勝負してくれたのは、ホームランでも一点で収まる状況だったからだ。
よりゲッツーを取りやすくするという状況にするため、一塁を埋めるのは当たり前だ。
(鬼塚にバントさせてもツーアウトになるだけだしな)
せめて哲平が進塁打を打ってくれていたら。しかしそれも野球だ。
だがここで強攻し、結果が出るのも野球なのだ。
鬼塚はレフト前に運び、アレクが二塁から一気に帰って来て、一点が入った。
堅守といってもクリーンなヒットを打たれてはどうしようもない。
三度目の正直というわけでもないが、やっと白富東はチャンスを得点につなげた。
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