第93話 梅雨入り、そして

 蒸し暑い日が続く梅雨。

 白富東はイリヤマネーによって屋内練習場まで作ってもらったりしたが、それでも人数に対しては小規模なため、校内の廊下や階段を使って、体力強化が行われる。

 校内での野球部に対する期待は大きい。

 昨年の夏、そして今年の春。

 正確に言えばその前の春と夏も盛り上がってはいたのだが、やはり全国レベルで優勝候補と騒がれるのは違う。


 既にブラバンは応援曲の練習に入り、ダンス部をはじめチアも動員されている。

 選手たちはとにかく練習に専念ということだが、一年は一部を除いては体力強化をメインに行う。


 しかしこの日は違った。

 座席が足りずに立っている者もいるが、視聴覚室に集まっている。

 本日行われた組み合わせ抽選会により決定したトーナメント表が、ホワイトボードに映し出されている。


 千葉県のシードはABC合わせて16校。

 今年の参加チームは合同チームを合わせて171であるが、甲子園に行くために必要な勝利は七つ。

 去年と、そして一昨年と変わらない。

「今年も二回戦からね」

「初戦どことだ~?」

「三井西と山岳台の勝者」

「じゃあ三井西か?」

「どっちもたいして変わんねーよ」


 三年生にとっては、これが最後の大会だ。

 あるいは人によっては、これが最後のトーナメント大会であり、最後の野球になるかもしれない。

 最後まで勝ち続けたい。

 最後のチームになってから、公式戦は無敗。練習試合でもAチームでは無敗。

 最後の夏を敗北を知らないまま終えたい。それが三年生の願いだ。


 ジンは去年を思い出す。

 手塚たちはこんな気持ちで、最後のトーナメントを見つめていたのかと。

(終わりたくないな)

 最後まで、あの甲子園で。

 最後の最後まで、あの夢の舞台で戦っていたい。


「こっちの端はトーチバか。新戦力を確認する余裕はあるな」

「向こうは勇名館、三里、上総総合、東雲と」

「向こうの山の方がしんどいか?」

「いや、こっちだって栄泉が……トーチバと潰しあいか、ラッキーだな」

「すると準決勝までは割りと楽じゃないか?」

「まあそうか?」


 三年生は特にこれまでの経験から、ある程度は余裕が出来ている。

 監督の秦野としては、ここで選手の気を引き締めるかどうかは迷うところだ。

 実力で確実に上回っているなら、相手を呑んでかかるのも、悪いことではないのだ。


 それに浮かれていない者もちゃんといる。

「一応四回戦に残ってきそうな、房総商業がマークと言えばマークかな」

 ジンだ。そこまでちゃんとデータが入っているのかと、秦野でさえ感心する。

「シードじゃないけど春の大会で栄泉相手に4-3で負けてる」

「その点差だと、最後まで大原が投げたってことだよな? 大原から三点取ったのか」

「古豪だよな。昔は甲子園に行ってるし」

「つっても俺らが生まれる前のことだろ」


 それでも実力的には、まず負けることはないだろう。 大原と互角以上の投手が、こちらには三枚もある。

 一応偵察には行った方がいいかもしれない。だがその後の対戦相手は確かに、試合を確認する程度で充分だ。

 一年生にいきなりの即戦力があっても、白富東ならどうとでもなる。

 セイバーの用意してくれたスコアラーは、県内ではなく日本各地の強豪に出向いている。

 甲子園に行けなかったら完全に無駄の大笑いなのだが、特に幾つかのチームは念入りに分析をしておきたいのだ。




 さて、トーナメントは確定した。

 正直なところ県予選レベルでは、あまり緊張することもない選手たちである。

 緊張するのはこれからのベンチメンバーの発表だ。

 甲子園が決まればまた変わるかもしれないし、直前まで変更は可能であるが、トラブルがない限りはここで決まる。


 背番号はともかく、メンバーは秦野とジンが相談して決めた。今回は他のメンバーは入れないが、代わりにコーチ陣から数値に関する話を聞いた。

 それでも二人の意見が完全に一致してしまって、かえってそれで本当に大丈夫か、もう一度検証したものだ。

「よーし、じゃあゼッケン配るぞ~」

 当落線上の者はいるし、あるいは地方大会ならサプライズがあるかもしれない。そんなことを考える者もいるだろう。

 だが、ない。

 目新しさを必要とするほど、白富東は戦力に変動はない。

「岩崎~」

「大田~」

「戸田~」

 ジンが復帰したので正捕手が戻るが、それ以外はほとんど春の大会と同じメンバーである。


1 岩崎 (三年)

2 大田 (三年)

3 戸田 (三年)

4 椎名 (三年)

5 佐藤武 (二年)

6 白石 (三年)

7 沢口 (三年)

8 中村 (二年)

9 鬼塚 (二年)

10佐藤直 (三年)

11倉田 (二年)

12中根 (三年)

13諸角 (三年)

14赤尾 (一年)

15青木 (一年)

16奥田 (三年)

17佐伯 (一年)

18佐藤淳 (一年)

19曽田 (二年)

20トニー(一年)


 外れたのは代打要員の大仏である。

 可哀想かもしれないが、打力などはピッチャーでない時の直史などの方が、ヒットを打てる確実性が高いので仕方がない。

 それに比べると奥田は代走で使えるし、その後守備に入ることも出来る。

 もっとも甲子園ではここからさらに、二人が外れてしまうことになるが。

 甲子園のベンチメンバーを20人にしようという話はあるのだが、まだ実現してはいない。

 球数制限でピッチャーを多く用意しなければいけなくなっているのだから、そのあたりも早く変更してほしいと思う学校側である。


 1番をもらった岩崎は、やはりまた少し複雑そうな顔をしていた。

 気持ちは分からないでもないジンであるが、この先ずっと、岩崎はこの気持ちを抱えて生きていくのだろうか。

 どうにかしてやりたいとは思うが、ここまで来ればあとはもう、本人のメンタルに任せるべきとも思うのだ。

 背番号1などというのは、学生までのこだわりでしかない。

 プロになれば背番号などは関係なく、成績と年俸が全てだ。

(ガンちゃんはタイプとしては先発タイプなんだろうけど……)

 メンタルは強化されたが、それでもクローザーなどは向いていないと思うジンである。


 こうやって見ると案外順当に、三年生が一番多い。

 二年生と一年生は同数であるが、ぎりぎりベンチに入れなかったメンバーは、二年生の方が多い。今のところは。

「予選まで基本的にはベンチメンバーを優先して練習を行うが、練習試合には一二年を中心に使ったりもするし、調子次第ではぎりぎりまで変更はありえる」

 秦野がここは真剣な顔をして言葉を告ぐ。

「ベンチメンバーに言えることは、絶対に怪我をするなということだ」

 いや、怪我なんてしたくてする人間はいないと思うが。

「ストレッチ、柔軟、アップは念入りに行え。睡眠時間と食事はしっかり。体重落としたやつは練習させねえぞ」

 白富東の練習の基本を、もう一度改めて周知する。


 予選の開始まで、もう一ヶ月を切った。

 基本的に練習試合もそれなりに組んではいるが、一二年は経験を積むことを考えて、近隣のチームとの練習試合を組ませたりもしている。

 レギュラーはさすがに甲子園の出場を考えれば、県内の強豪はこの時期の練習試合は避けてくる。

 白富東に勝つには、奇襲しかないと分かっているからだ。

 もっともその奇襲にしても、トーナメントを勝ち進むまでに明らかになってしまうだろうが。


 ただ、一つだけサプライズも用意してある。

 一二年生に、特に一年生には、悔しさの残る敗北を味あわせておきたい。

 しかし強豪相手に負けるというのは普通のことであり、逆にこちらのメンバーを弱くしすぎても意味がない。

 その点では丁度いい相手は考えてある。




 部員たちを練習にやって、秦野は考える。

 同席しているのはジンと、研究部の菱本だ。

「攻撃用のメンバーと、守備用のメンバーを考えないとな」

 秦野の言葉に、敵だけではなく味方のデータまでそろえた二人が頷く。


 ジンたちは一年の頃、そして今の二年が入ってきた時でさえも、頭数はともかく使える人数はかつかつで、一人が複数のポジションを守ることが多かった。

 ほぼほぼ確定していたのはショートの大介ぐらいだろう。

 倉田が入ってきてからは、ジンは内野の守備もやったりしたし、倉田も外野をやったりファーストをやったりと、試行錯誤を繰り返してきた。

「総合的に見ると、赤尾はやっぱりキャッチャー以外は難しいですよね」

 一応外野の守備練にも入っているが、アレクはもちろん沢口と中根に鬼塚、それにトニーも外野の守備は孝司より上手い。

「代打で使う以外は、ジンが外れた時にキャッチャーをやらせた方がいいだろ。すると倉田は第三キャッチャーになるけど」

 ファーストのスタメンは戸田だ。左利きであるし、やはり他の外野専門に比べると、ファーストに特化していると言っていい。


 秦野は内心では考えている。

 来年は倉田と孝司は、それぞれファーストを兼任でやらせる。だが、基本的には孝司がキャッチャーの方がいい。

 ピッチャーとの相性もあるので、孝司が全て正捕手というわけではないが。

 アレクや淳がピッチャーをする場合は孝司がキャッチャーをしている方がいい。

 そしてバッテリーを別とすれば、ファーストは最も多く球に触れるポジションだ。内野しか出来ない左利きがいないなら、キャッチャーと交互に使いたい打力を二人とも持っている。


「去年と比べても、すごく贅沢になったよなあ……」

 そう慨嘆するジンである。

 去年は限られた素質の持ち主で、複数のポジションを掛け持ちしていた。

 今年こそ本当に、全国レベルの強豪の選手の使い方が出来ている。

 もちろん大介のショートは打力的に考えて別格であるが、守備力は諸角、哲平、佐伯あたりがショートをしてもそれほど落ちない。

「あとは夏の消耗と、怪我だけだな」

 たとえば大介が抜ければ、得点力は一気に落ちる。

 単に打力だけでなく、出塁してからの走力もあるからだ。


 基本的に白富東は、先制点が取れるチームだ。

 絶対的な主砲がいて、足が速く出塁率の高いトップバッターがいる。

「白石を四番に、ってのは考えなかったのか?」

 今更ではあるが、秦野はその選択を口にした。

「まあ一年の秋には試してみたんですけど」

 ジンも最も日本でスタンダードな、四番に強打者をというのは考えなかったわけではない。セイバーも試してみたのだ。

 しかしあの時は大介以外のバッターが、あまりにも弱かった。それに大介が単なる強打者ではなく、状況に応じたバッティングも出来るのが大きかった。


 四番では明らかに数字が落ちたし、鬼塚や武史など、三番を打てそうな一年が入ってきても、大介を三番から動かそうとは思わなかった。

 彼女の中ではセオリーというのは全く意味がなく、ただ数字だけから判断し、それで甲子園に初出場もしたし、準優勝もしたのだ。

 その方針は彼女が去った後も変わらず、公式戦全勝にセンバツ制覇という形で、結果も出ている。

「今なら確かに、大介を四番にしても他のバッターが打てるとは思います。たとえば鬼塚三番で、大介四番とか」

 長身の鬼塚の後に大介では、ストライクゾーンも狭く見えるだろう。

「ただもう、今からそれを検証して比較するのは難しいですし、本人が初回に絶対回ってくる三番を好んでますから」

「まあ、それで結果が出てるからな」


 秦野としても、大介の四番に拘るわけではない。

 確かに一人で得点が取れる打者は、三番はおろか二番にさえするという考えも、ないではないのだ。まして大介は俊足だ。

 ここで問題となるのは、これだけ戦力が充実していても、首脳陣は色々と考えなければいけないということだ。

「まあ白石はこのままでいいか。ただ青木はスタメンで使いたいな。サードに回すか」

「タケも打撃はかなりいいですから、青木は外野がいいかも。あいつは足も速いし」

「打力を重視して守備力もそのままなら、セカンドのスタメンで使うのも選択肢の一つだろ」

「そうですけど……シーナは基本的に外さない方が、全体の士気が上がるんですよ……」

 他の選手には冷徹な判断が下せるジンも、岩崎とシーナだけは別だ。

 シーナが出ている時の士気というのは、彼自身にもあてはまるのだ。


 秦野としても、就任してほとんど間もない自分が、シーナを外すのは難しいと考えている。

 それに選手としてみた場合も、セカンドとしては確かに上手いし、下位打線では充分なほどの打率を残している。

 弱いチームで勝つのは難しかったが、強いチームを率いるのにも、こういった面倒があるのか。

「タケはこの夏は投手に専念させたいな。次のエースはあいつしかいないし」

 秦野の言葉に、ジンも菱本も頷く。

 ただ武史は打率がいいし長打もそこそこ打てて、かなり体力もあるので外すのはもったいなくはある。


 それと、残された課題だ。

「あとは、悔しい敗北……負けなくても、シビアな試合を一年に経験させないとな」

「なんだかんだ言って一年は、よほどの縛りプレイをしない限り、ここまで負けてませんからね」

「すると、あの相手だろ」

「……正気ですか?」

 思わずそう問いかけてしまうジンであるが、秦野は笑った。

「実力あり、データなし、意外性大有り。三年を除いたら、いい試合になるんじゃねえか?」


 ジンは考える。

 確かに白富東は情報収集もちゃんとしてきたせいで、未知の相手との対決には慣れていない。

「分かりました。やりましょう」

 難しい相手と戦ってどう勝つか。

 負けてもいい試合を、やってみよう。


×××


 本日3.01の最終話が投下されています。

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