第84話 高みの見物
白富東の登場は二回戦からであるが、二つの球場を使って行われるこの大会は、一回戦と二回戦が同時に行われたりする。
甲子園でもあったことなので、別に珍しいことではない。
問題は白富東がその初日の土曜日は、試合がなかったことである。
軽く体を動かす程度の練習はしたが、あとは他のチームの試合の見物である。
そう、観戦ではなく見物。
既に秋季大会と春季県大会の結果で、ある程度の情報は集まっている。
関東大会まで勝ち進むくせに、ベンチ入りメンバーに一年が入っているのは白富東だけだ。敵に新たな戦力はない。
これはもう、今後も白富東の伝統になるのかもしれない。
「秋に比べるとチームの体制も整ってきて、実力順になってきてるってとこかな」
そう評するジンは結局、関東大会もベンチには入らなかった。
主にスタメンが見物しているこの試合は、明日の白富東との対戦相手になるはずの、神奈川二位の東名大相模原と、山梨三位の甲府中台の試合である。
優勢に試合を進めているのは相模原の方で、さすがは激戦区の代表なだけはある。
関東大会はチーム数と開催日程の関係上、この後の試合の勝者は、三回戦での対戦校ともなる。
基本的に予備日はなく、よほどトーナメント運の良いチーム以外は、決勝まで連戦となる。
白富東のような、超高校級ピッチャーがいるチームは、あるいは夏の甲子園以上に有利かもしれない。
試合見物とは言いつつも、その視線は相模原側のベンチに注がれている。
高校野球においてそのチームの戦力を一番正確に測りたいなら、まず最初に監督に注目すべきである。
選手は長くても二年と五ヶ月しかいないわけだが、監督はずっと監督であり続ける。
監督が代わったとしても、それまでどこで監督をしていたかのデータは集められる。
どんな選手がいるかによって出てくるイメージは違うが、起用法を見ればおおよその戦力は判断出来る。
東名大相模原の監督も、同じチームを15年も率いている。
高校のOBであり、大学は東名大学に進み、教員資格も持ちながらまずはコーチとして五年、それから15年も監督をしているわけだ。
甲子園出場は春夏通じて八回、甲子園での最高成績は夏の準優勝。
チームの特徴としては、強打。そして堅守。
攻撃は積極的に、そして守備は確実に。
まず間違いのない采配である。事実センバツにも出場できたわけであるし。
「センバツとメンバー変わってないよな?」
「スタメンは同じだったな。ベンチはどうだったっけ?」
「あ~、二人変わって……違う。ベンチ入りの人数が違うだけだ」
おそらく東名大相模原は、スタメンではなくベンチメンバーを比べれば、白富東よりも上のチームである。
さらにベンチにさえ入れない控えは、さらに差が開く。
神奈川の強豪私立というのはそういうものだ。
加えて公立の白富東と違い、相模原はベンチ入りメンバー以外もスタンドで応援である。
白富東も応援団は公欠を使えるのだが、ベンチ入りメンバー以外は野球部も応援に来れない。
応援もちゃんとやりたいのならベンチに入るか、夏の県大会を勝ち進めということだ。
公立と私立強豪では、ここまでの差がある。
だが、この大会で勝つのは自分たちである。
事前の予想通りに相模原が勝利した。
グラウンド整備の後、第二試合は群馬一位の前橋実業と、茨城二位の明和の試合である。
こちらも事前の予想では、前橋実業の方が有利であると言われている。
実際にジンの分析でも、前橋実業が勝つだろうという予測が出ている。
その大きな要因は、留学生のサウスポー、エディ・ブライアンである。
去年の夏、そしてセンバツと、二大会連続でチームを甲子園に導いた。
結果は一回戦敗退と二回戦敗退だが、投手としての能力は高い。
敗退した対戦相手は織田がいた名徳と、白富東も決勝で苦戦した明倫館であった。
白富東とも対戦経験があり、大介の調子が悪かったにもかかわらず、圧勝した。
あの時の大介は祖父の死で、さすがに集中力が欠けていたのだ。
それに他の白富東のバッターも、身長2mの巨体からのストレートに慣れていなかった。
それでも中盤からは対応し始めて、相手の打線は完封した。
今は高い位置から投げるピッチャーとしてはトニーがいるし、手元で動くムービング系の球ならまさに武史が投げられる。というかチェンジアップ以外はそれ系統しか投げられない。
この二人をバッピとして使えることが、白富東の打力の向上の、一番の原因であろう。
もちろん頭のおかしな変化球投手も含む。
試合の流れは序盤はどちらとも言えなかった。
しかし四番のブライアンの長打から、前橋実業が先制。
そこからは徐々に試合が動き出し、結局3-1で前橋実業の勝利となった。
「ジン、三戦目はどうするんだ?」
トーナメントの山の反対であるし、さほどの有力校でもないので、予定では見るつもりはなかった。
「俺は見ていくよ。練習の方は監督に任せられるし」
ここのところ、監督である秦野の存在感が増している。
言い方を変えれば、その指導などがちゃんと受け入れられてきた。
元々秦野との間に、確執があったわけではない。
だがこのチームはジンと、そしてセイバーが作り上げてきたものだったのだ。
しかし秦野にしても、セイバーに対して複雑な感情を持っているらしいが、そのセイバー自身が選抜してきた人材だ。
ある意味、選手による監督の試験期間が終わったとも言える。
そんな秦野が指導するのは、主に一年生である。
今回はベンチ入りメンバー以外連れて来ていないが、ベンチ入りメンバー以外の二年生にも色々とアドバイスしている。
自分の本格的な仕事は秋から。それを念頭に置いた上で、二年と一年の能力を伸ばそうとしている。
下からの突き上げがないと、チーム全体はやはり強くならない。
ジンが完全に信用したのは、秦野が鬼塚を上手く操縦しているからだ。
鬼塚は基本的に、自分の上にいる人間を信用しない。
実力や理論が上回っていれば素直になるのだが、単に立場的に上なだけの人間は、反発する対象でしかない。
そんなクソ生意気な鬼塚を単に抑え込むのではなく、理解したうえで指導している。
セイバーに対してはそもそも、反抗する気にさえならなかった鬼塚だが、秦野は一般的な野球指導者に思えた。
しかし実際には、白富東の方針とかなりマッチしている思考の持ち主だった。
ジンが認めれば、他の者も認める。
「俺も見ていく。あと誰か見てくか?」
直史が残ったが、他の者は練習に確保していたグラウンドに向かう。
注目すべきところがあるかと注意していたのだが、それほど目立つ特色もない試合が行われている。
それをまさに高みの見物をしながら、二人はポツポツと話し出す。
「その膝、本当に大丈夫なんだろうな?」
まず直史は重要な、しかし他の誰かがいては話せないことを口にする。
「へ? ああ。あ、ひょっとして本気で長引くとか思ってる?」
「結局三人目のキャッチャーを入れなかったのはどうしてだ?」
直史の感覚としてはそのあたりがおかしい。ジンなら念には念を入れるだろう。
一二年にはキャッチャー経験者はいるのだ。
だが理由は簡単であった。
「別に負けてもいい大会だったからな」
むしろ敗北を知りたいとさえ思っていた。
今の白富東にあえて弱点を探すとすれば、経験不足となる。
単に試合経験だとかそういうものでなく、敗北の経験だ。
今年の一年生は、入学して以来一度も公式戦の敗北を経験していないし、二年生も夏の甲子園の決勝という、下手すれば燃え尽きてもいいという大舞台での敗北だけだ。そしてセンバツでは全国制覇を果たした。
悔しさと、それを力に変えるための何かを得るような敗北を、どこかで経験しておくべきだと思ったのだ。
「負けた悔しさね」
直史にも分からないでもない。
たとえば一年の夏と秋。県大会の決勝は、甲子園を賭けたものであった。誤審を考えれば負けていない試合であったので、悔しさよりは不条理を感じた。
秋の関東大会は、自分がマウンドから降りた後に負けたので、あまり悔しいとは感じていない。
本格的に腹が立ったのは、やはりセンバツの大阪光陰戦か。
雨が悪いというのは言い訳だろうが、失投もエラーも雨の影響であった。
あと下手に一回戦でノーヒットノーランを達成していたので、悲劇のヒーロー扱いするマスコミにも腹が立った。
言われてみればあれ以来、直史は負けていない。負けたのは直史の投げていない白富東だ。
勝たなければ意味がないとは言わないが、最終的な勝利のためには、どこかで切実な敗北を知っておくというのは悪いことではない。
「俺たちが卒業したら、秋はどうなると思う?」
「夏に一年がどれだけ伸びてくれるかと、トーナメントの組み合わせ次第だけど、センバツは出られると思う」
ただ、むしろ夏の方が問題である。
白富東が体育科を始めたと言っても、スポーツ推薦で多少の加点がされるというだけで、本格的に頭の悪い野球バカは入って来れない。
おそらく平均値では、トーチバや勇名館の方がいい選手を集めてくるだろう。
もっともそれでも、来年の夏までは甲子園に行けるとは思う。
甲子園に行って、どれだけ勝ち進めるか。
一番のライバルになるのは、間違いなく大阪光陰だ。
エースの真田に四番の後藤。この二人が二年であるし、上位を打つ二年も多い。
あと帝都一は今年こそ三年がやや弱いものの、二年は粒が揃っていて、一年も相当の素材を集めたという。
神奈川勢は今年はヨコガクが優勝したものの、相模原のスタメンとベンチにはかなり二年生が入っていた。
そして一年の夏からいきなりスタメンを張るような選手も、何人かは出てくるはずだ。
今年の白富東がここまで一年の入部が多かったのは、間違いなく直史と大介の影響だ。
高校野球史上に傑出したこの二人と少しでも一緒にプレイしたいために、孝司と哲平、それに淳が入ってきたのは間違いない。
来年もこんな奇特な人材が入ってくるには、夏に存在感を示す二年生が必要である。
武史とアレクか。
違う意味で存在感があるのは鬼塚だが。
従来の高校野球とは違う、強い野球がやりたい者でも、千葉県人と一部の茨城県人しか白富東には入れない。
難儀なことだ。
さほど注目になるようなところもなかった三試合目が終わり、二人は宿舎へと向かうバスに乗る。
「お前は、この大会優勝するつもり、ちゃんとあるのか?」
「俺はさっきも言ったとおり、負けてもいいと思ってる」
ジンの言葉は衝撃的だが、先ほどの言葉の通りであるならば、最後の夏や来年のためには、許容すべき敗北となるのだろう。
「だから基本的に、采配は全部監督に任せる」
「……監督も大変だな」
秦野を信用しているであろうジンだが、その采配によってはまた態度を変えるかもしれない。
他に話すことと言えば、他地区の状況である。
九州は県大会からして関東よりもずっと早く終了しており、桜島が優勝している。
四国大会はGWに行われて、瑞雲が実は優勝できなかったりしていた。
関西の近畿大会は前週に終わり、決勝を豊田が投げて大阪光陰が優勝していた。
逆に中国大会は六月に入ってから開催されるので、西日本から必ずしも早い順番なわけではない。
だがおおよそ暖かい地区は早めに行われて、東北大会は関東大会の後に行われるし、北海道大会は地区予選が五月に入ってから行われ、それから北海道大会が六月に行われたりと、色々である。
九州大会はセンバツの敗北を引きずっていない桜島の強さが目立つ。相変わらず攻撃偏重ではあるが、それで強いのだから仕方がない。
瑞雲が負けたのはおそらく神宮と同じような感じだろう。リードされた状態で坂本が投げたのだが、そのまま点差をひっくり返すことが出来ずに敗退した。
大阪光陰はこれまた、センバツでの敗北を払拭したと言えるのだろうか。
真田の成績を見ると、防御率はともかく被打率がそこそこ高く、これでは真田の最盛期は一年の夏と言われかねない。
この大会は、公立校の白富東にとっては、かなり不利な大会だ。主に応援という面において。
初戦こそ日曜日なのでそれなりの応援を集められるかと思えば、大会後にすぐ中間テストがある。
余裕で首位を取る双子以外は、イリヤも補習を逃れるため、必死で勉強をするはずだ。
「まあ監督がちゃんと勝ちにいくかどうかは、スタメンを見れば分かるでしょ」
監督を試験するジンの性格は、果たして真っ当な高校球児と言えるのだろうか。
「ツインズは来るけど、それ以外は応援なしだからな。意外と負けるかもしれないぞ」
「でも去年は同じような状況で優勝したしな」
それもある。
あと双子が言っていたのは、春休みの合宿で仲良くなった、他校の女子を誘っているらしい。
「あの二人が仲良くなったって、またとんでもない子が来そうな……」
「女子野球の子らしいけど、あんまり詳しく教えてくれないんだよな」
「それは怖いな」
ジンは女子野球には全く興味がないが、埼玉で行われた合宿には、シーナも参加したのである程度の話は聞いている。
「そいやシーナがフィジカルモンスターって言ってたけど、その子のことだったかな?」
「ちょっと待て。うちの妹を知ってるシーナが、それでもフィジカルモンスターって言うのか?」
不意の沈黙。
確かにあの双子を知っているシーナが、それでもフィジカルモンスターと言うのは、どれだけの化物なのだ。
「あんまり知り合いになりたくない気がする……」
「奇遇だな。俺もだ」
なお二人の予想は完全に外れることになる。
×××
本日2.5に女の戦い第二話を投下します。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます