第81話 アンストッパブル

 誰かこいつらを止めてくれ。

 それが千葉県における白富東以外の、全てのチームの思いであったろう。


 入ったばかりの一年生を使っても完封し、三連続で五回コールド。実質的にその最初の二回は四回コールドであった。

 その中には甲子園出場の強豪校もあり、150kmを投げる投手を擁するチームもあった。


 どこがこれを止めるのか。

 そもそも止められる存在がいるのか。

 GW最終日の決勝に向けて、試合が消化されていく。




 ちなみに栄泉との試合において、白富東の二三年は、実は微妙にテンションが下がっていた。

 あちら側の山で、三里が準々決勝で消えたからである。

 やはりキャプテンであり主力である星が、骨折から完治せずに出場できなかったのが痛かった。

 代わりに新入生を、まるで白富東を真似するように、三人ベンチに入れていた。

 スタメンではなかったが、その三人もある程度使ったため、星なしでも準々決勝までは勝ち抜いてきたというわけである。


 三里が敗北してようやく、ジンは星と連絡を取る。

「さんざん監督に怒られたって、まあセンバツの時も言ってたけどな」

 ジンもまた怪我をしたが、星と違って隠せる類のものではなかった。

 と言うか、骨折した状態でマウンドに登った星が悪いのである。


 怪我の治療は順調なのか、デリケートなことではあるが、専門のスポーツドクターを紹介した時にある程度は聞いている。

 夏までに間に合うかは、ギリギリである。

 間に合ったとしても場所が足だ。筋力が衰えているのは間違いない。

 星の低い位置からのアンダースローがメカニック的に元に戻るかは、かなり難しいタイミングだろう。

 骨折の直後に処置しておけば、もっと早く治ったであろうことは間違いない。

 最後の夏を、捨てたとも言える。


 センバツ出場の代償がこれだとしたら、それは等価交換と言えるのだろうか。

(まあ夏でうちに勝てるかは、かなり難しいとは思ったけど)

 慢心ではなく、これは単純な計算だ。

 一年が夏までにどれだけ成長するかが、三里が白富東に当たるまで勝ち進めるかの要因となるかもしれない。


 さて、三里が敗北したということは、代わりに上がってきたチームがあるということである。

 星がいなかったこと、それとセンバツの試合で研究されたことを考えても、侮っていい相手でないことは間違いない。

 上総総合である。

 しかも準決勝では勇名館を破り、決勝の相手とまでなっている。

 率いるは甲子園出場経験三度の、公立の名将鶴橋監督。


「あの爺さん、まだ元気に監督やってるのかよ」

 二年前の春は、千葉県大会を制し、夏は準決勝で白富東と対決した。

 スコアは3-0と隙のない勝ち方をしたと言えるかもしれないが、大介がかなり苦戦した。

「そういや細田、早稲谷にいたぞ。相棒のキャッチャーと一緒に」

「あいつそんなとこにいたのかよ」

 大介の言葉が苦いものになる。

 最終的に勝ったとは言え、大介はかなり苦戦した投手だ。

「筋肉ついてたしスピードマシマシでカーブは相変わらずだし、再来年のドラフトに出てくるんじゃないか?」

 優れた投手に対して、大介が嫌な顔をするのは珍しい。

 普段なら叩き潰していくのが大介のスタイルなのである。

 坂本とはまた違った、大介が苦手とするタイプなのだ。




 本日は準決勝。相手は事前の予想通りにトーチバである。

「そういや、二年前だな」

 本日の先発の岩崎が、整列前のベンチの中で呟く。

 あれは準々決勝だったが、同じ春季大会で、トーチバにはぼろぼろにやられたものだ。


 なんだかもう、ずっと前のような記憶がする。あの頃のトーチバのスタメンは、もう誰も残っていない。

「今更借りを返すとかはないけど、普通にコールド狙っていくか」

 ジンとしてはそういう他ないのだが、トーチバは普通に甲子園が狙えるレベルのチームである。

 しかし今年もだが、来年と再来年は成績は低迷するかもしれない。

 白富東もだが、三里も強くなって、甲子園に出場することが難しくなったからだ。


 県によっては甲子園に行くならほとんどこのチームに入るしかないという県もある。

 大阪などはこの五年はほとんど大阪光陰が甲子園出場を独占している。あそこは本来強豪が多い地区なのに、その中からさらに大阪光陰ばかりが突出している。

 東東京も帝都一がまず頂点と言っていいだろう。神奈川もほぼ三強に絞られる。


 選手が選ぶのは、甲子園もそうであるが、さらにその先を見ている者もいる。

 部員数が多く、結果を残している強豪であっても、一年の内には試合に出さないとか、トレーニング施設がないなどの理由で、進路先に選択しない少年だっている。

 そもそも淳がそうなりかけたように、シニアと高校がすぶすぶにつながっている場合だってあるのだ。

 トーチバは東雲よりもまだ成績を落としていないのは、上に大学があるという理由も大きいだろう。

 東名大学は東都リーグの中ではかなりの強豪校であり、大学で野球を続けていくなら、その系列校に高校から入るというのも、選択肢としては間違っていない。


 私立に行ってまで野球に全てを賭けることが出来ない者は、あるいは監督の名前で高校を選ぶことも少なくない。

 上総総合の鶴橋監督は、直史達はおろか、秦野の現役時代から、甲子園に行きたければあの監督の元へ、と言われた名監督なのだ。

 そして教え子が多いということは、大学の野球部への推薦や、社会人野球へのつながりも多いこととなる。

 そして単純に普通科以外に工業科や商業科などのある総合校であるので、基本的に進学目的の者しか集まらない白富東や三里より、広範囲な目的を持って生徒が集まることになる。

「一応対戦する可能性も考えて、分析はしてたけどな」

 あまり本格的な練習が出来ないジンとしては、研究に時間をかけることが多かった。

 だがまずは、目の前のトーチバである。


 普通にやって、普通に勝とう。

 そして今日も、楽しい野球が始まる。




 上総総合の選手たちも、こいつらとは戦いたくないと、テレビや球場で試合を見ながら思っていたものだ。

 午後からの準決勝第二試合で、白富東はトーチバを五回コールドで退けていた。

 いくら今年の白富東が、史上最強の戦力を持っているとしても、これはあまりにもおかしい。

 食堂のテレビを見ながら雑談混じりに会話をしていた部員たちだが、試合が三回を過ぎる頃からは無言になっていた。


 結果は16-0というスコアである。

 白石大介と勝負して三打席連続ホームランを打たれた栄泉の大原だが、彼が傑出したピッチャーであることが明らかになった。

 今日の白富東は、四回の攻撃で16点。

 対して昨日は五回で10点なのである。


 トーチバというチームは自分たちよりも強い要素が多いのは分かっている。

 それを簡単に粉砕した白富東の危険さも分かっている。

 だがいざ決勝で戦うとなると、話は別だ。

 決勝戦にコールドはないのだ。


 さすがに55-0などという点差がつくとは思えない。

 だが東雲やトーチバとの試合を見る限りでは、30-0ぐらいの差はついてしまってもおかしくない。

 県大会の決勝であるのに、コールドの三倍以上の差をつけられて、無得点で終わればそれは生き恥だ。

(まあ、だから勇名館には勝てたんだろうなあ~)

 鶴橋は準決勝、対戦相手であった勇名館の監督古賀の采配は、消極的だったと思っている。

 シードを取ったので特に勝ちに拘らなかったとも見えるが、実際のところは白富東との決勝を戦いたくなかったのだろう。


 勇名館の古賀は、私立強豪の監督である。

 定年後に道楽混じりで監督をしている鶴橋とは、対場と役割が違う。

 鶴橋は最悪、監督失格の烙印を押されても、少年野球のコーチなどをボランティアで引き受けてもいいのだ。

 実際に上総総合の監督としての給料は、色々と持ち出しも含めてしまえば、ほとんどゼロとなっている。


 だが古賀がそんな点差で敗北すれば、進退問題にさえなりかねない。

 せっかく二年前には甲子園に行き、ここしばらくはほぼベスト4以上という成績を残して、まず名監督と言われてもいい実績となっている。

 しかしそんな環境が整ってきた勇名館だからこそ、監督をしたいという人間は他にもいるわけだ。

 古賀としてはせっかく自分がここまで育ててきた体制を、横から掻っ攫っていかれるのは我慢ならないというのも分かる。

 鶴橋だって一時期は公立の学校を異動して、そのたびに一からやり直してきた経験があるから、それは分かる。


 夏のシードは取ったのだ。負けると分かっていても戦わざるをえない戦いというのはあるが、少なくとも春の大会は違うと思ったのだろう。

 鶴橋にしてもここまで人生経験が豊富になってきたから割り切れているだけで、完全に選手が自信喪失をするまでには、試合をしようとは思わない。

 最後の夏にそんな経験をさせるのは、あまりにひどいことだろう。

「よ~し、じゃあお前ら~、白富東の対策を考えるぞ~」

 のんびりとした口調で話し始めた鶴橋だが、白富東に対しての勝算などはない。

 ただ、やるべきことをやる。

 夏に向けての予行演習を、公式戦で行うのだ。




 春季県大会の決勝は、公立校同士の対決となった。

 去年の秋も白富東と三里の対決であったので、公立の強い千葉の復活となる前兆かもしれない。


 この試合、白富東は先発は武史。

 そしてやや守備寄りのメンバーで、上総総合と戦う。


 ここまでの上総総合の試合を見るに、監督の鶴橋の特長とも言うべきだろうが、基本的な部分をしっかりと鍛えた上で、どこかで奇襲をしかけてくる。

 エースを決めておきながら、ワンポイントで左投手を使ってくるとか、セーフティバントの多用とか。

 準決勝の勇名館戦でもそうだったが、ヒット数はむしろ少ないのに、接戦をものにしている。

 そういった相手には、絶対に主導権を渡してはいけない。

 この場合の主導権を渡さないというのは、ランナーを一人も出さないということである。


 武史は後ろに何人もエース級ピッチャーがいるということで、自重せずに全力投球をしている。

 テレビ中継と連動しているので球場の球速表示も出るが、普通に150kmを連発している。


『三振! この回も三者三振で終えました!』

『いや~、これは凄いですね。決勝ですよ。これで五回までで、10個の三振』

『立ち上がりからいい球が入ってると思いましたが、むしろどんどんエンジン全開といったところでしょうか』

『白富東の中では三番手ピッチャーと位置づけられていますが、球速では県下ナンバーワンですからね』


 一点も入らないどころか、四球の一人以外はランナーが出ない。

 五回が終了した時点で、スコアは6-0と白富東リードである。




 満塁ホームランが出ればまたコールド条件成立という状況だが、白富東に油断はない。

 ここまで大介は凡退は一度もないが、打点も一点もついていない。

 基本的には四球を念頭に置いた上で、ランナーがいなければホームラン未満で抑えようとしてくる。

 ランナーが前の塁を埋めていれば、盗塁もされない。だから塁に出しても足で引っ掻き回されることは少ない。なので敬遠に近い四球である。

 ランナーが一人もいない状況ではヒットで出塁したが、流れを決定的に持って来る一撃はない。


 う~んと考え込む白富東陣営。

「あの爺さん、やっぱり一筋縄じゃいかないな」

 秦野はこれだけの戦力差があるにもかかわらず、試合を成立させている手腕には脱帽する。


 大介相手には左投手を使って変化球を投げさせ、ボール球を打たせて単打までに抑える。

 大介に打たれないことによって、エースも心を折られずに。他のバッターに集中出来る。

 主導権を握るべく、一発狙いではなくまず出塁を考えるが、ピンチから最小失点で切り抜ける場合が多い。

 完全に優勢ではあるのだが、試合を壊していない。


 だが、これはこれでいい。

 六回の終了時点で、スコアは7-0となっている。

 コールドがないので、このまま試合は進むわけだが、そろそろ記録が見えてくる。

 上総総合の打力から考えて、ノーヒットノーランが現実味を帯びてきた。




 白富東は打力が極めて高いがために、弱いチーム相手にはコールドで勝ってしまうため、パーフェクトピッチングやノーヒットノーランが狙いにくい。

 直史が県下全域で注目されるようになったのも、参考七回コールドをパーフェクトに抑えてからだ。

 参考ならば岩崎も何度かやっているが、武史は楽な試合の場合は、割と他のピッチャーに経験を積ませるために替えることが多かった。

「狙ってみるか?」

「まあ調子もいいし、出来なくはないかと」

 武史の応えはのんびりとしたものだった。


 調子がいいだけではなくて、軽く投げるストレートに上手く力が乗っていっている。

 力は抜くのではなく、入れるのではなく、適切なタイミングで入れて、適切なタイミングで抜くのだ。

 あとはプレートを蹴る足腰が弱らなければ、そのまま最後まで投げられる。


 七回のマウンドに武史は登る。

 ストレートは表示によると今日は152kmまでしか出ていないが、上総総合の選手の体感では、それよりも2~3km以上は速く感じる。


 実はストレートの球速表示というのは、あまり意味がない場合があったりする。

 計測の仕方が最新のものか、旧式のものかによって、初速と終速の差が明らかに違うのだ。

 それに武史の場合は、スピン量が多い。

 腕全体を撓らせながら、最後には指で強く弾く。

 減速が少なく、伸びのある武史の球は、ストレートに限っていえば確実に岩崎よりも上である。




 試合の途中から、それを感じるようになった。

 上手く指にかかったストレートを投げると、力は少なくてもボールが空気の中を一直線に進んでいくのだ。

 そしてここまで、12連続三振。


 九回のラストイニングにて、点差は9-0と広がっている。

 最後のこのイニング、全て三振が取れそうな気がする。


 八番バッターに代打が出たが、これも完全に振り遅れて三振。

 ラストバッターにも代打が出たが、これもストレートで三振。

 そしてトップバッターであった一番が、最後の打席に入る。


「つか、四球が一個なかったら、ノーノーどころかパーフェクトだったな」

 ベンチの中で呆れたように秦野が呟くが、本当に、七番バッターに与えた不用意な四球が惜しすぎる。

 県大会の決勝でのパーフェクトなど、そうそう達成できるものではない。

「それよりあいつ、さっきからストレートしか投げてなくないか?」

 岩崎の指摘に、ベンチとしても首を傾げるばかりである。


 武史の球速は、このラストイニングでも全く落ちない。

 それはそれですごいことなのだが、キャッチャーの倉田はむしろ、回が進むごとに球威は増しているように感じる。

 球速表示を疑うわけではないのだが、体感としては間違いなく速い。

(これってどうなの?)

 おそらく対戦している上総総合のバッターよりも、最も何度も球をキャッチしている倉田の方が、この現象に驚いている。


 武史のストレートには、謎がある。

 本日22個目の三振をストレートで奪い、ノーヒットノーラン達成。

 最後の球も152kmの表示が出ていた。

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