第79話 コールドゲーム
県下有数の強豪私立が相手ということで、それなりに試したいことも色々とあった。
全てが無意味であった。
「強すぎるだろ……」
そう呟く秦野の視線の先で、白富東のランナーが19回目のホームベースを踏んだ。
四回の裏がようやく終わって、東雲の最後の攻撃が始まる。
いくらなんでも19-0から10点を取って次の回につながるとは思えない。
そしてこの回からは、肩慣らしとばかりに岩崎が登板する。
トニーの成績は四回を投げて、安打二、四球四、三振八というものである。
三振が多いのはたいしたものだが、四回で四球が四というのは、やはりストライクゾーンへの対応がまだまだなのだ。
関東大会まで進めば、トニーレベルのストレートを投げてくるピッチャーはそこそこいる。バッピも兼ねてやはり制球の訓練が必要であろう。
変化球はカットとスプリットなのだが、スプリットは見極められて見逃されることが多かった。
フォームの微妙な違いに、試合の開始直後から対応していたのは、さすがに強豪私立の意地といったところか。
攻撃に関しては、上手く行き過ぎて問題点が見えてこない。
個人個人には、それなりの課題があったりするのだが。
(しかしあの三人の総合力は高いな)
秦野が見るに、大味のトニーも確かに素質としては素晴らしいが、淳、孝司、哲平の三人は、野球選手としての形がしっかりとしていながらも、かなりの伸び代を感じる。
あくまでも経験的なものであり、怪我などの不確定要素を別にしたら、NPBで活躍出来そうな気さえする。
(淳は少し線が細いけど、筋肉付けたら逆にダメなピッチャーかもしれないしなあ)
全国レベルのシニア出身で守備の高いメンバーの三年は、確かに直史と大介を加えて穴がない。
だが二年生と一年生のレベルを平均的に見ると、一年後には一年生の方が上回っている気がする。
秦野の契約は三年。
おそらく今年と、そして来年も、全国制覇を狙えるレベルだ。
特に今年は主力がおかしな怪我をしない限り、優勝候補のナンバーワンだ。
いや、直史か大介のどちらか、片方が欠けていても充分に狙える。
戦力的には、だ。
心理的に考えると、実力の両輪であるこの二人が欠けると、実際の戦力以上に影響があるだろう。
そもそも直史が投げなくても、勝っている試合がいくらでもある。その中には相当の強豪が相手の場合もあった。
このチームはジンというキャプテンがいて、シーナという象徴がいて、直史という化物エースがいて、大介という宇宙人がいる。
誰か一人が欠けても残りの三本で安定するし、二年でその穴を埋めることは充分に出来る。
秦野の本格的な出番は秋からだ。それでも超高校級のピッチャーとバッターが残っているのだから、逆にプレッシャーもかかりそうではある。
(しかし珠美のこともあるし、俺もそろそろ日本でちゃんと暮らさないとな……)
現在の秦野は給与的な面も確かに高い額を貰っているが、珠美が卒業するまでの三年間は、住居費まで負担してもらっているし、車も用意されている。
さすがにここまでの待遇はないにしても、次のことも考えて実績を残しておきたい。
ただし、選手に怪我をさせて無理をさせないように。
淳とトニー、それに哲平もそれなりに、ピッチャーとして計算出来る。
千葉県の他の強豪がどうなるかにもよるが、体育科が創設される来年も、それなりに優秀な選手が入ってくるだろう。
白富東の選手の特徴は、自分で考える頭と性格を持っているということだ。
前任の監督であるセイバーが、常にそう指導していたからでもある。
確かに能力がある者は、自分で考えて勝手に成長する。アドバイス程度の指導で止めておいた方がいい。
しかしある程度は、右に倣え式で周囲と合わせる選手がいないと、天才と秀才だけではいいチームは作れない。
(さて、このチームで鬼門になるとしたら、次の試合のはずなんだが)
そう考える間にも、岩崎が三者凡退で抑えて、白富東は準々決勝出場を果たした。
現在の白富東に勝つ方法は、二つの要素を持っていなければいけない。
当たり前のことだが、一点を取る得点力と、得点以下に失点を抑える守備力だ。
チーム全体の力ではなく、圧倒的な個の力。
それが期待されているのが、私立栄泉高校である。
一年の夏からエースであった大原は、現在打順でも四番を打ち、栄泉の中心となっている。
県大会本戦の二回戦でノーヒットノーランを達成したが、その偉業は白富東の異常の前に隠れてしまった。
部室で最後のミーティングを行う選手たち。方針をまとめる。
前提条件。
基本的に、白石大介とは全打席勝負する。
他のチームが聞けば、正気を疑う選択だろう。
この二試合、大介は打率が1となっている。
つまり全打席凡退がないのだ。
敬遠されても盗塁するので、ほとんど敬遠の意味さえない。
打線が厚すぎるので、大介を敬遠するだけでは得点力が落ちない。
だが栄泉ならば他の選択肢があるはずだ。
大原レベルの投手であれば、大介以外の打者は打ち取れる可能性がかなり高い。
勝負を考えるなら、大介以外を抑えることとなる。
しかしそれではダメなのだ。
たとえここで負けたとしても、夏で勝つ可能性を少しでも残しておくためには、相手と勝負し、勝ち筋を見つけなければいけない。
千葉県の他のチームの投手の中で、変則的なピッチャーを中心に継投を行う三里を除いて、白石大介に対抗出来そうなのは大原だけである。
このチームは大原のチームだ。大原の一年の夏と秋を見て、甲子園に行けるかもしれないと考えて入ってきた今の二年は多い。
突破力。
白富東も重視する、キーとなる試合で確実に勝つための、戦力の絶対値。
これが栄泉にはある。そして今年がラストチャンスだ。
もしこれが千葉県以外のチームであれば、甲子園出場もかなり現実的に見えただろうが。
「頼むぞ」
「うっす」
さらに厚みを増した肉体の大原は、戦意を絶やさずに頷いた。
春季県大会準々決勝第四試合。
白富東が千葉県内でマークしているのは、実のところ二チームだけである。
他のチームは調べて分析してはいるが、脅威とは思っていないし、万が一の可能性も考えていない。
その二チームは、三里と栄泉である。
事前の予想通りと言うか、栄泉は勝ち上がってきた。
「父さんも、大原はドラフトの有力候補って言ってたからね」
レックスはどうやら下位で大原を指名することを狙っていたらしいが、先日の試合のノーヒットノーランのせいで、他の球団もドラフトで指名することを検討しているらしい。
白富東との対戦成績と、夏の成績によっては、上位指名すら考えられるだろう。
「まあスペック的に言えば、確かにドラフト上位も当たり前の選手なんだよな」
秦野もそう分析している。
大原の球種はスプリットとチェンジアップ。それに最近はカットボールを使っている。
ストレートのMAXが150kmを超えたというのもあるが、それよりは緩急を上手く使えるようになったのと、制球が良くなったのが大きい。
普通に甲子園に出てくるチームのエースレベルのピッチャーである。
だが白富東では三番手か四番手だ。
「ドラ一なんてたいしたことねーだろ……」
つまらなさそうに大介は言うが、さすがに超高校級を簡単に打てるのはこいつだけである。
大介にホームランを打たれ、それでもプロに行った投手は多い。
万一、栄泉が大介を全打席敬遠して勝負にきても、こちらは他の部分で得点が取れる。
そして大原が完封レベルの投球をしても、この試合の先発は直史である。
スタメンのオーダーを受け取った向こうのキャプテンの表情は見物であった。
まあ悪趣味な感想は置いておいて、大原のことは甘くは見ていない。
だからこそ直史が先発であるし、スターティングメンバーも攻撃的な布陣となっている。
1 (中) 中村 (二年) 海の向こうから来た化物。悪魔のような守備範囲で、塁に出すとまず盗塁してくる
2 (二) 青木 (一年) 平気で全国レベルピッチャーからホームランを打つ一年。いいかげんにしろ
3 (遊) 白石 (三年) スーパーサイヤ人ブルー
4 (右) 鬼塚 (二年) 隠れているがクリーンナップの時はやばい。つまり今日はやばい
5 (三) 武史 (二年) ホームランがやや少ないのだけが救い。でも打つんじゃねえ
6 (一) 倉田 (二年) 足が遅い分ホームラン打ってくる。でもドカベンよりは速い
7 (左) 沢口 (三年) こいつだけは普通の良いバッターでほっとする
8 (捕) 赤尾 (一年) キャッチャーのクセに盗塁すんじゃねえ。ホームランも打つんじゃねえ
9 (投) 直史 (三年) 投げるだけで充分のクセに、普通に打って塁に出てくる。頼むから投げるだけにしてくれ
打撃の上位陣を全員スタメンで使いながらも、赤尾は打撃の必要とされるクリーンナップではなく、捕手専念のため八番となっている。
一番打率の低い沢口でさえ、強豪校との試合で三割近い打率を残している。
かなりの確率でホームランを打てるバッターが七人もスタメンにいるという時点で、もはや苛めである。
だがこれは逆に、栄泉ならば全力がどれぐらいのものか確かめられるという期待も込めてあるのだ。
それに打撃偏重のため、守備は若干弱くなっている。
事実大原は、武者震いをしながらも不敵な笑みが浮かぶのを抑えられrなかった。
神宮とセンバツを制覇した最強のチームが、最高の打撃布陣で自分と対戦しようとしているのだ。
おそらくこの打線は、日本高校野球最強である。
歴史的に見ても、大介に加えてアレクもかなりトップランクの打者であるし、四割を超えている打者が多すぎる。
このチームに勝てるなら、間違いなく甲子園に行ける。
大原の戦意は衰えていない。
白富東が先攻を取った。
甘く見てはおらず、かつ叩き潰す気満々である。
マウンドに登った大原は、すうっと息を吸う。
「打たせるぞ!」
「おうや!」
「どんどん来い!」
入学時には浮いていた、帰国子女のスーパー一年生。
三年の最後の夏を前にして、もうこのチームの中心である。
エゴイスティックな面はそのままに、同時にチームとしても勝とうとする。
センバツの白富東の試合は、全て見直した。
決勝までそこそこ緊張感のある試合もあったが、基本的には決勝のあの事故以外、相手に隙を見せることはなかった。
(甲子園に行きたい)
日本に帰ってくるまでは、ただ言葉としてしか知らなかった。
だが今は、心から真剣に、甲子園に行きたいと思っている。
……本当に甲子園に行くなら、大介が調子を落としていた去年の秋に勝って、センバツを狙うのが現実的な手段であった。
時間は元に戻らない。
夏に、必ず勝って甲子園に行く。
(そのためにはまずはこいつ)
打席に立つ、左打者のアレク。
白石大介があまりにも化物すぎるだけで、この中村アレックスも全国レベルで化物の選手だ。
なんでもセンバツの後に、全日本選抜の合同合宿に声がかかったという。
(その頃だったら、まだ分かってなかっただろうからな……)
今の自分が、どれぐらいの位置にいるのか、大原は知りたい。
一年の夏、大原は完全に大介に打たれて、戦意喪失してマウンドから降りた。
あれから大介との差がどうなったか。大原も真面目に色々と工夫してきたが、全国のみならず全世界のピッチャーと戦って、ほとんどを葬り去ってきた大介の方が、おそらく成長した分は大きい。
それでも対決するのだ。最後の夏に、勝つために。
インハイへ投げた初球150kmのストレートを、いきなりライトスタンドに放り込まれる大原であった。
むごい。
×××
本日2.5に追加して3.01の第一話を投下しております。
第九章と第十章の間の話です。
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