第75話 伝説の余韻
紅白戦は終了した。
先発のピッチャーは両者失点はなく抑えたが、その後は打線がそれなりに機能し、5-4で紅組の勝ちとなった。
自分の担当回が短かったので試合を支配したとは言いがたいが、それでも直史のチームの勝利である。
いいものを見たと観客が帰っていく中で、部員たちはミーティングを行う。
直史の指先は、試合が終わってもまだ少し痺れていた。
試合の各数値を測っていたが、大介との二打席目の対決、スルーは142kmを、ストレートは146kmを記録していた。
この試合の前までのMAXはストレートで144kmだったので、ただの紅白戦でそれを更新したということである。
そんなボールは本番にとっておけと言いたくなるジンであるが、限界以上の投球をしたことにより、制球が乱れたことも分かった。
直史は、やはり計算の範囲内で投げた方がいい。
甲子園の決勝、ツーストライクまで追い込んでからの最後の一球ならともかく、普段の試合でそんな投球をするわけにはいかない。
そもそも相手が大介のような、追い込まれた状況でなければ、限界突破は無理らしい。
「まあ甲子園の大舞台でそれまでのスペックを更新するってのは、よくあることだけどな」
ジンとしてはそれでまとめたつもりである。
この紅白戦は、県大会本戦を戦うベンチメンバーを、最終的に決定するための試験も兼ねていた。
もっとも単純に実力順というわけではない。いくら実力があっても、それが必要とされていなければ入れられない。
たとえばピッチャーなどは、二三年で充分すぎる数が揃っている。
実際の選出は、単に数字ではなく内容、それに必要性などを加味して、首脳陣で行う。
監督とジン、それに三年の中心メンバーと、二年キャプテンの倉田である。
本日のミーティングは、あくまでも今日の紅白戦を振り返るものだ。
紅組が僅差で勝ったように見えるが、実際は白組の大介がツーランホームランを打ったのが大きく、直史と武史はそれぞれ三イニングを無失点で切り抜けている。
やはり武史の成長が著しい。
紅組は幾つかのパターンで点を取っており、秦野の采配が攻撃面では上手くいった。
試合の終盤は何人か代打や代走、守備固めを使う余裕もあって、追いつくために必死で代打を出した白組よりも内容がいい。
問題というか不安要素になったのは、直史のコントロールが乱れたことだ。
それに対しても最終的にはストレートとチェンジアップを上手く使ったが、やはり直史は熱血闘魂でパワー全開というタイプではないのだ。
持っているスペックを、その通りにいつでも出せる。
その安定感がどれだけ大切か、思い知らされたというものだ。
「守備の連繋はもうちょっとしっかりしないとな」
「練習試合で実戦慣れしていかないといけないだろ」
「まあ県大会も始まるし、そこでどれだけ動けるかだよな」
「なんか昔は守備だけは問題なしとか言われてたのに、隔世の観がある……」
「何気に代打の神様的に使えるやつがいるのはいいな」
倉田を控え捕手で使っていた時は別であったが、確かに白富東はいざという時の代打が弱かった。
孝司も哲平も、ポジションがかぶっているため、代打で使ってそのままポジションに入るということが出来る。
試合の終盤、代打などで出た二年も、それなりに存在感を示した。
だがやはり、一瞬の輝きを示した者は、一年の中に多い。
結局この年、白富東の野球部には、男子43人、女子五人が入部した。
女子は全員マネージャーであるが、男子は当初研究部に入ろうとしていたのが何人か実戦部隊の方に回った。
白富東の練習メニューが、ちゃんと選手に合わせて違うことを知ったのが大きい。
単純に全員に一律のメニューをやらせるはずはない。
一年と三年でも違うし、たとえばトニーの巨体などは、明らかに鍛える部分が違うだろう。
投影された今日の試合を見つつ、それぞれが意見を出し合う。
さすがに上級生に遠慮して沈黙するのが一年生なのだが、淳と孝司は遠慮しない。
淳は無神経で自分勝手であるし、孝司は技術的なことだけなら人見知りは発動しないのだ。
賑やかな、春の夕暮れであった。
「さて諸君、よく集まってくれた」
椅子に座って指を組み肘は机の上、それで顔を下半分を隠すジン。
「そのネタけっこう古いけど、いまだに日本では流行ってんのか?
秦野のツッコミに、わざとらしく咳払いするジンである。
「先代のキャプテンが布教活動する人だったんですよ」
「手塚さん、元気なのかな」
「早稲谷行ったけど野球部には入ってないんだよな?」
「新庄さんは入ったみたいだけどな。北村さんから嘆きのメールが来てた。でも手塚さんも地元のクラブチームには入ってるらしいよ」
「まあ大学の野球部なんかやってたら、趣味に時間が割けないか」
「そう思うとあの人、オタクやりながらキャプテンして早稲谷現役って、たいがい凄い人だったんだよな」
話が飛びそうになるが、今日の本題は春の県大会のベンチメンバーを決めることである。
三年生の中では鷺北出身の全員と、当然のように直史と大介、情報班の副キャプテン菱本、そして二年は二年副キャプテンの倉田と鬼塚が来ている。
これは倉田だけだと遠慮して、意見が言えないことを恐れたものだ。
白富東は今さらであるが、春の大会にも一年生を二人は入れることを決めている。
来年も再来年も、40人もの人数が入ってくれば困るが、とりあえず今年は絶対に入れる。
その前にまず、主力を決めていくわけであるが。
「本当に1じゃなくていいのか?」
「プロに行くなら1の方が印象いいだろ」
エースナンバーを巡る、二人の三年の会話である。
「釈然としないなら淳あたりにやったらどうだ?」
「それはさすがにない」
横から即座に否定するジンである。
そのジンはとりあえず県大会は、スコアラーとしてベンチに入る。
膝の調子はかなり良く、かなり強めの運動をしても大丈夫そうではある。
だが最後の夏に向けて、完全な状態で挑むことを優先した。
1 岩崎 (三年)
2 倉田 (二年)
3 戸田 (三年)
4 椎名 (三年)
5 佐藤武 (二年)
6 白石 (三年)
7 沢口 (三年)
8 中村 (二年)
9 鬼塚 (二年)
10佐藤直 (三年)
11中根 (三年)
12諸角 (三年)
13赤尾 (一年)
14青木 (一年)
15佐藤淳(一年)
16トニー(一年)
ここまでは割とあっさりと決まった。
実際に与えるナンバーは違うだろうが、9まではほぼスタメンと言っていい。
沢口と中根による外野のスタメン争いは厳しいものがあったが、打撃成績ではわずかに沢口が上回り、走塁ではわずかに中根の方が優れている。
守備力も少しだが中根の方が優れている数字になっているので、代走からそのまま守備に入ったり、リードしている場面での守備固めに入る可能性は高い。
シーナにセカンドを奪われたような諸角であるが、実際のところはシーナとセカンドを争うというより、哲平を含めた三人でセカンドを争っている。
もっとも武史やアレクが先発する時などは、そこの空いたポジションを埋めることになるだろう。
孝司と哲平、それに淳は穴がないのでスタメンにしても問題のないレベルである。
トニーは逆に穴はあるが絶対値が高いので、どこかで使えるかと、試合で慣らしていくのが目的だ。
春の大会、ベンチに入れるのはあと四人。
「菱本は本当にいいのか?」
ジンが気にするのは、情報班とも研究部とも称される、野球を見て楽しむ派閥のリーダーである。
「いやジンがベンチにいるのに、俺がベンチにいても意味ないだろ。少しでも経験を積ませるのがいいって」
それなりにタフな練習メニューもこなしているのだが、謙虚である。
そもそも野心がないと言うべきなのかもしれない。
「佐伯はほしいな」
「守備と足か」
「どこでも守れるってのが大きい」
今はベンチに入れるかどうかも微妙であるが、おそらくは秋からはスタメンに定着するだろう。
大介の後継者としては打撃ががっかりすぎるが、ショートの守備はそれだけ重要だ。
「あと候補になるのは曽田、奥田、それと……」
センバツで背番号をもらっていたのは、他に佐々木、西園寺、大仏。
「曽田と奥田と大仏でいいんじゃね?」
「まあ……佐々木と西園寺は、もう内野の守備に専念した方がいいだろ」
中学時代はピッチャーだった佐々木と西園寺は、正直このピッチャー陣の中では埋もれる。
だが今の三年が引退した時、地味に全体的に落ちるのは守備なのだ。
絶対的なショートの大介、そして熾烈にポジション争いが行われるセカンド。
ショートを佐伯、セカンドを哲平が奪取したとして、ある程度その両者以外にも守れる内野手はほしい。
武史がピッチャーをするなら、サードに入る者も必要だ。鬼塚はどこでも守れるが、どちらかと言うと外野の方が得意だという数字が出ている。
「秋以降は俺が考えることだぞ~」
秦野の言葉に、我に帰る一同である。
そしてようやく背番号は決まった。
1 岩崎 (三年)
2 倉田 (二年)
3 戸田 (三年)
4 椎名 (三年)
5 佐藤武 (二年)
6 白石 (三年)
7 沢口 (三年)
8 中村 (二年)
9 鬼塚 (二年)
10佐藤直 (三年)
11中根 (三年)
12諸角 (三年)
13赤尾 (一年)
14青木 (一年)
15奥田 (三年)
16曽田 (二年)
17佐伯 (一年)
18佐藤淳 (一年)
19大仏 (二年)
20トニー(一年)
関東大会まで進めば、ジンが入って誰かが外されるかもしれない。
それに夏の甲子園は、18人がベンチメンバーである。最近はさらに増やそうという動きはあるらしいが、今の時点で決まっていないので、とりあえず今年の夏には関係ないだろう。
夏の甲子園まで、あとおよそ三ヵ月半。
県大会の予選で敗退したら笑うしかないが、もう三年の高校野球には、終わりが見えてきている。
ベンチメンバーの発表で、喜ぶ者、気を落とすもの、当然のように振舞う者、安堵する者。
反応は色々であるがが、スタメンも決めなければいけない。
とりあえず全員が集まるわけだが、それには拡充された部室でも少し狭く、視聴覚室を利用することになった。
さて、対戦相手である。
春の大会は白富東は、県大会本戦からの出場で、それもシードになっている。
なおセンバツで優勝した白富東は、途中で敗退しても関東大会には出られるのだ。
だが、まずないことだとは思うが、県大会の初戦で敗退したら、夏のシードは取れなくなる。
「棚橋か」
「まあ公立の中では強い方か」
初戦の相手はそう言われるぐらいで、昔はベスト4ぐらいまでは残ることが多かった。
千葉県の高校野球というのはそもそも、かなり長い間は公立が強い時代だったのだ。
なぜかと言えばぶっちゃけてしまうと、中学時代にいい選手がいても、東京か神奈川の強豪に取られてしまうことが多かったからだ。
ところが特待生制度の変遷などにより、地元にもそれなりにいい選手が残りやすくなった。千葉でも東京に近いところは、ほとんど東京であるのだし。
それに合わせてトーチバと東雲が野球部強化に乗り出し、他の私学も強くなってきた。
公立の強豪もある程度のスポーツ推薦などを導入したが、それでも本格的に野球で強くなろうという私立が甲子園常連になったのが、白富東出現前の状況である。
本当に、なんの脈絡もなく、いきなり白富東が、高校野球の舞台に登場した。
それは間違いなく現三年生の力が大きく、一年の夏の大会でも、甲子園まであと一歩のところまで勝ち進んだ。
あえて言うなら、ほとんど手にしかけていたと言ってもいい。
劇的に敗退はしたものの、その秋には関東大会をも勝ち進み、甲子園初出場を決めると共に、センバツでもベスト8まで勝ち進んだ。
その後も準優勝、優勝と、確実に成績を上げてきた。
優勝の上はないのだから、つまり連覇を目指すこととなる。
だがまずは目の前の春だ。
普通の高校は早くても、一年が活躍するのは夏の予選からである。
だからここで全ての戦力が把握出来るわけではないのだが、白富東はブロック予選免除の特権を活かして、様々な県内のチームの偵察には行っている。
それと三里はかなり有力な一年が入ったらしいので、春から試合に出てくる可能性もある。
「三里は向こうの山なんだよな。あと勇名館も」
「で、こっちはまず一個勝ったら東雲で、準々決勝は……栄泉かな?」
「大原のやつ、150km普通に出すようになったらしいからな。準決勝はトーチバかな」
「決勝は三里か勇名館の可能性が高くて……なんか勇名館、吉村いなくなっても強いよな」
「甲子園に行くと違うんだよな」
そう、甲子園に行くと、白富東ほど入学の難しいチームでも、孝司や哲平のような総合力の高い選手が入ってくるのだ。
元々勇名館は私立強豪の中でも新興で、それだけに設備投資は初期から最新の物を揃えてきた。
そこへ甲子園出場の実績がついて、一気に入学する生徒のレベルも上がったわけだ。
東雲は逆にやや下り坂だが、それでも強豪には違いない。
どうやって勝つかではなく、勝つ中で何をするかに、白富東の意識はシフトしている。
はっきり言ってしまえばここのところ練習試合で当たった大半のチームより、この県大会の対戦相手は弱い。
試合経験の少ない選手に高校野球を叩き込むのは、やはり公式戦がいいだろう。
特に日本式の野球に慣れていないトニーは、もし夏も使うとなれば、一番経験を積ませるべきである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます