第69話 アンタッチャブル
ダダンダンダダン!
一行が登場すると、そんな音楽が聞こえる気がする。
人間離れした、という意味では間違いはない。
大介は先祖にサイヤ人の血が混ざっているという以外にも、実はサイボーグであるという噂も根強い。
冗談ではなく、本当に根強い。
白富東の三年生。
野球の実績は最高でも県のベスト16、県内では有数の進学校として有名で、作家や芸能人は何人か輩出している文化の校風。
そんな学校が、この三年生が入ったその夏には県の決勝、そして秋には県大会優勝して関東準優勝。
初出場したセンバツ甲子園ではベスト8、そして夏の甲子園では準優勝。
三期連続となる二度目のセンバツで、ついに初優勝を遂げたのである。
順調に強くなったと言えばそうも言えるだろうが、あまりにも急激とも言える。
これでスポーツ特待生の制度がないというのだから、日本の他の野球強豪校の立つ瀬がない。
もっとも来年からは体育科が創設される。
今年からにしてくれよ!と血の涙を流した受験生は多いだろう。
春から参加していた一行が安心したのは、見て分かるほどのテーピングをしてはいるものの、ジンが松葉杖をもう使っていないことであった。
もちろんキャッチャーなどは絶対に出来ない状態であろうが、既に歩けるのならかなり状態はいいだろう。
(関東大会まで勝ち進めば出られるかな?)
こっそり正捕手の座を狙う孝司は、春の機会は譲ってほしいと思う。
「お、なんか分けてくれてたの?」
40絡み。白富東の監督っぽいと言うべきか、割と髪のだらしなく長い監督が問いかける。
「はい。バッテリー、内野、外野、情報班、見学組です」
「へえ、見学組少ないね。あれ?」
「あれ、うちの双子です」
「ああ、あの」
集まりもせずにキャッチボールを続けている双子であった。
「お~い、ツインズも集まってくれ~」
秦野がそう声をかけると、普通にちゃんと集まってくるツインズである。
さて、と新入生に向き直る新監督である。
「俺が監督の秦野だ。実はこの春から就任したばかりで、それまではブラジルのベースボールアカデミーというMLB球団出資の野球教室のコーチをしていた。アレクがそこの出身だな」
ブラジルにいた頃はアレックスと呼んでいたのだが、今はもうこちらの流儀でそんな略し方をしている。
「そんなわけでまだチームも把握しきれてないから、キャプテンに任せる。ジン、頼むわ」
気の抜けた挨拶であった。
高校球児としては平均的な体格の、キャプテン大田仁が前に立つ。
白富東の三年生は、佐藤直史と白石大介が化け物のような数字を残しているが、そもそもこの少年が入学してから、白富東は強くなったのだ。
中学時代はシニアで全国ベスト8まで進出。
同チームのメンバーの多くを誘って白富東に入学。
春のセンバツは正式な監督がいない中、遂に高校野球の頂点に立った。
間違いなく、最も偉大なチームのキャプテンである。
しかしながらジンは、怪我の影響もあるが、少し気が抜けていた。
俗に言う、センバツ後の燃え尽き症候群である。
「皆さん、俺がキャプテンの大田仁です。普通にジン先輩、あるいはプレイ中は素早くジンさんと呼んでください」
声にも張りがない。もっとも理路整然と淡々と話していくことは、内容はそうでもなくても凄みがある。
しょせん言葉の説得力というのは、何を言ったのかではなく誰が言ったのか、なのだ。
「白富東の野球部は、基本体育会系ではありません。たとえば頭髪も自由で、知っての通り金髪がいます。ただ長髪はプレイ中のミスにつながるので、必ずまとめておくように」
長髪というほどではないが、髪が一番長いのは直史であったが、今年は淳が入るので同じぐらい長い。
「あと理念ですが、白富東は勝利至上主義ではありませんが、競技スポーツである以上、絶対に勝利を目指す姿勢はあります。そして練習も個人練習が長く、ただ辛いだけの意味のないことはしません。創意工夫は大切なことです」
上意下達の精神は、白富東にはない。
ジンは教える。
「無策に正々堂々と敗北するよりも謀略を巡らして勝利すべし」
「フェアプレイはしなくてもいいが、フェアな精神は守るべし」
「やりたいことしかやらない野球は楽しい野球ではない」
「楽しめない野球はしてはいけない」
「勝利だけが野球ではないが勝利を目指さない野球を楽しんではいけない」
「技術と知識と作戦を高めよ、精神論は最後の砦である」
「グラウンドの外に野球を持ち出さず、グラウンドの中に私情を持ち込むな」
「失敗を恐れるな。挑戦しないことを恐れよ」
「とまあこんなもんかな」
なんだかんだ言って勝利は目指すのである。
「それじゃあユニフォームとかのやつは体力測定と、簡単な技能測定な。研究部に入りたいやつもこれは必須で。あと制服のやつは後でやるから、菱本が先に身体測定と、施設案内とか機材説明に面談よろしく」
一学年に40人もの部員というのは、はっきり言って練習環境に対して多すぎる。
甲子園の超強豪には、一学年20名までの特待生しか入部出来ないとか、そこまででなくても数を絞っているチームは多い。
逆に大量に部員がいる場合は、一軍でなければ人間にあらずで、雑用をさせるチームもある。
白富東はどちらでもない。
人数を絞るのも、雑用だけをさせるのも、野球に対する個人の興味を失わせるものである。
野球が好きで野球部に入る人間を野球嫌いにさせる環境が、正しいはずがないのだ。
体力測定などは、上級生も行う。
身体能力はほとんどが一位大介、二位アレク、三位武史である。
ただ柔軟系の能力は直史が一番高いし、実は握力も大介に匹敵する。
「白石先輩って、やっぱ全面的に化物なんだな」
「どう呼ぶんだ? 武史先輩は大介さんってよんでたけど」
「岩崎先輩のこともガンさんって呼んでたよな」
「戸惑うか?」
偶然その会話を耳にした直史が、普通に話しかける。
緊張した様子の一年に対して、直史は別に威張るでもなく、論理的に話す。
「ジンは言わなかったけど、うちの理念には他に、伝統は必要ない! とか 常識を疑え! ってのもあるからな。基本的には野球が上手くなってチームが勝つようになれば、過程はどうでもいいんだよ」
それは確かに正しいのだろうが、効率的すぎはしないだろうか。
「チームワークとかは」
「んなもん勝つためには自然と団結しないといけなくなるだろ」
直史は精神論は必要としていない。
無理をしたら怪我をするという考えなので、じっくりゆっくり鍛えていくのだ。
「あの、直史先輩って、どういったメニューしてるんですか?」
「俺? 俺はまず軽くジョグした後柔軟。それから30mダッシュを2~30本ぐらいして、体幹トレーニング。遠投と投げ込み、バッピに入ってクールダウンして終わりかな。あとは合同で20分ぐらい」
「サーキットとかウエイトはしないんですか?」
「俺はしないけど、してるやつもいる」
これだけを聞くと、かなり少ない練習量だと思える。
しかし実は内容がひどい。
「投げ込みってどれぐらいしますか?」
「右はブルペン、遠投、バッピ合計で500球ぐらい。左は調整で100ぐらいかな」
多い。
「あの、500球も投げたら壊れませんか? 一週間の球数制限が500球なわけですし」
「練習では壊れない。そもそも壊れるのは、何か前兆があるはずなんだ。試合で壊れるのは、投げるのが無理でも投げなくちゃいけないからだな。俺は異常を感じたらすぐにやめるし、500球って言っても制球重視で、球速まではそこまで全開では投げない」
500球というのもメカニックの調整のためであって、全力投球はちゃんと肩を暖めてから行っている。
結局のところ、人によって適した練習メニューがあるのだ。
「うちはコーチと研究班で、色々と練習方法試行錯誤してるから。今まで自分でやってたメニューとかを、ちゃんと言っておくべきことも大切だからな」
岩崎などは、もうウエイトをガンガンとやっている。
夏までにあと少し球速を上げたいのだ。
「ウエイトはやってもいいんだけど、それよりは肩の駆動範囲の方が重要だからな。シャドーで肩回りの肩甲骨が上手く使えるようにするんだ」
巷間では誤解されているが、直史は口数が少ないわけではないし、野球の話題をあまりしないわけでもない。
マスコミに対して塩対応なだけなのだ。
あと、気になったのが一つ。
「お前ら、測定前にちゃんとアップしとけよ。アップと準備運動しないで体動かすのは禁止だからな。ついでに後で説明すると思うけど、野球部は基本毎日五食だから。朝と、朝練後、昼、練習前、夜の五回な」
きらきらと目を輝かせてくる後輩に、基本的に直史は親切である。
そしてもう一つ気が付いた。
移動して、マネージャーたちに説明する文歌に話しかける。
「フミ、部内恋愛禁止って言ったか?」
「あ、まだです」
「最初にそれだけは言っておいた方がいいな」
「そうですね」
「まあ隠れて付き合ってるやつもいるかもしれないけど」
「……ソウデスネ」
一年生の中でも、特別扱いされている者が一人いる。
淳ではない。孝司である。
単純に投手の数に対して捕手の数が足りないのと、直史の変化球を捕るのはさすがに練習が必要だからだ。
(これがスルーか)
魔球と言われるだけのことはある。
最初は全く捕れなかったし、今でもコンビネーションの中で混ぜられると弾いてしまうことがある。
ゾーンに入っているのにキャッチャーが捕れないのだから、それはバッターがろくに打てないのも仕方がないだろう。
魔球スルー。何種類ものカーブ。そして時々投げる、伸びのあるストレート。
キャッチャーとしてはこれだけ球種があり、しかも機械より正確なコントロールがあれば、いくらでもリードが出来る。
この人なら何度ノーノーをやってもおかしくはない。孝司はそう確信する。
続いて岩崎と武史の球も受ける。
岩崎と武史は、大介と一緒に高校選抜の合同合宿に行っていたため、まだ孝司と組んで投げたことがない。
そして岩崎を受ける孝司は、やはり舌を巻いていた。
(すごいな。これが正統派の全国屈指のピッチャーか)
ストレートにスピードと伸びがあり、コントロールもいい。制御された変化球も使える。
センバツではあまり投げていなかったが、それでも一試合を完封していた。
そして武史である。
(なんだこの人)
武史の投手としての成績は、三年の二人に比べると劣る。
だが、ストレートは間違いなく一番だ。
(球速? スピン? いやそもそも、これ速い)
速いとしか言いようがないが、単に球速ではないとも思える。
速く感じるのだ。
(リリースがおかしいのか?)
「先輩! これで何kmぐらいですか!?」
「140ちょいだと思うぞ!」
140kmだとしたら、あまりに体感速度と違いがありすぎる。
ボールにきれいなバックスピンがかかっているのは分かるが、この妙に打ちにくそうな球は、それだけとも思えないのだ。
やがて速度が上がってくる。
直史のストレートもたいがい伸びてきたが、武史のそれは明らかにホップする錯覚がある。
(……錯覚、だよな?)
物理学的に、人間のかけるスピンでは、ボールが浮き上がることはないのだ。
だが例えば、上杉勝也の本気のストレートはホップすると、プロ球界の著名な打者が証言する。
高校時代の江川の球のようだ、と年配の球界関係者は証言する。
ブルペンでの投球練習、捕球練習が終わり、孝司は投手陣と共に計測に向かう。
「あの、すみません」
そして化物投手三人に声をかける。
「佐藤先輩の球って、なんかホップしてません? 遺伝的な体格とかの関係なのかな」
顔を見合わせる三人である。
「まあこいつら二人、肩の駆動域が広いってのはあるけどな。一応理屈は分かってるから、諸々終わってから説明してもらえばいいさ」
岩崎の球は、浮かない。
それはそれで高めに甘く入らないのでいいのだが、なんというか常識の範囲内の球なのだ。
体力測定と技能測定だが、大介はやはりおかしい。
アメリカ人の憧れるようなマッチョであるトニーよりも、背筋力が強かったりする。
もっとも武史も背筋力は強いし、細く見える直史も、ここの数値は高い。
今年の一年の中では、単にフィジカル面だけを言うならトニーが一番だ。
ピッチャーをやらない時は、外野を守る練習をさせている。
バッティングに関しても盛大に飛ばすが、特定の変化球への対処能力が低いので、まずはそこの弱点をどうにかしないといけないだろう。
しかし身体能力に関しては、春からの練習参加組を別にしても、今年の一年はかなりレベルが高い者が多い。
一年の差があるので二年も相当に鍛えられてはいるのだが、素の身体能力では一年の方が素材は優れているかもしれない。
平均値では別だろうが。
ノックや遠投、ベースランなども終えていって、さて注目のバッティングである。
マシーンは使わない。実際のグラウンドの、マウンドとバッターボックスを使う。
人数が多いのでこれは一年だけだが、それでも40人以上いるのでどれだけ投げないといけないか大変である。
そして投げるのはダブルエースでも武史でもない。
「投げるよ~」
佐藤家のツインズがマウンドに上がっている。
双子がバッピの投球をしている動画は、インターネットに上がっている。
だから詳しく調べたら知っている人間も多いのだが、検索ワードが微妙なので、知らない人は知らない。
もっとも今年のプロの開幕戦で、始球式を務めたので、知っている人間はやはり知っている。
「女子? マジで?」
「芸能人が?」
「あれ、お前らホームの開幕見てなかったのか? 二人とも左右で130km投げるんだぞ」
「女子で!? 130kmって男子でも普通はいねえぞ!」
一人あたり10球。ボール球はなし。
最初の三球はストレートで、その後は宣言した変化球を投げる。ただしコースは不明。
「ナオ先輩が投げてくれると思ってたんだけどな」
譲り合う新入生の中で、進み出たのは孝司であった。
これはバッティングを見るものなのだ。ならば130kmなど、さすがに打てる。
この勇気ある先頭打者を、鬼塚は生暖かい目で見ていた。
「しゃす!」
バッターボックスに入った孝司が、気合を入れて礼をする。
今年も双子によるフルボッコタイムが始まるらしい。
×××
おまけ
センバツにおける直史と大介の投手成績、打撃成績を適当に計算してみた。
直史
登板19・1/3回 被安打2 与四死球4 失点0 奪三振26
WHIP0.23 奪三振率8.89 K/BB6.50(ただし敬遠を除くと8.66)四球率1.03
大介
打率.571 出塁率.666 OPS2.667
ただし瑞雲戦を除くと
打率.700 出塁率.764 OPS2.800
相手が高校生とはいえ、おそらく化物である。
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