第67話 閑話 U-18 春の合同合宿
センバツ終了直後のことである。
今年の晩夏に行われるAAAアジア野球選手権大会の、日本代表メンバー選考にあたり、各学校の有力選手に合同合宿への参加の打診がなされた。
白富東においては、佐藤直史武史兄弟、白石大介、岩崎秀臣、中村アレックスの五人である。
「はいはい! 今度はちゃんと行きます!」
去年は学業の問題があったため参加出来なかった大介は手を上げる。
「まだ代表候補なんだよな」
そう言いつつも悪い気はせず、岩崎も参加を前向きに考えた。
今年の白富東はセンバツで優勝したため、春の県大会ではブロック大会が免除となり、そちらに迷惑がかかることもない。
たった三日間の合宿であるが、九月に行われるアジア大会へのメンバーは、基本的にこの中から選ばれるのだ。
将来のことを考えれば、ここで活躍することはプロのスカウトの目に止まることになり、また大学への進学でも有利になる。
直史は不参加をさっさと決めた。
「ワールドカップでタイトルまで取ったのに、わざわざ格下のアジア選手権になんて出る意味ないだろうし」
部内向けにはそんなことを言ったが、実際はキャプテンであるジンが怪我のため、チームをまとめる必要があったのだ。
シーナも似たような別件で呼ばれているため、新監督とのコミュニケーションを取るためにも、直史はチームに残りたかった。
言葉にしたことも、嘘というわけではないだろうが。
そしてアレクもパスである。
「機会は来年もあるしね。それにこれに出ちゃうと、代表権が日本に固定されちゃうみたいだし」
真っ当な理由である。
あとは武史である。
彼もまた、参加に積極的な理由がなかった。
武史はその圧倒的なポテンシャルと、残した実績から考えると信じられないぐらい、野球に対するモチベーションは低い。
野球自体を真面目に熱心にするつもりはあるが、野心がないのだ。
それこそ将来はプロで食べていくとか、大学でも続けるという明確な目標がない。
正直に言ってしまえば、高卒でいきなりプロになるのもなんだし、直史と同じ大学に特待制度を使って入学し、そこで改めて進路を決めたかった。
宇宙一の歌い手の軍人がいてもいいように、アマ最速左腕の公務員がいてもいいだろうというのが、武史の考えである。
誰もが勘違いしていることだが、武史はいまだにMLBよりNBAの方が好きなのだ。
この態度は日本の旧来の野球人にとっては腹が立つかもしれないが、そもそもアメリカではシーズンオフでは別のスポーツをやるのが当たり前であり、NFLやMLBなどの二つのプロスポーツから指名を受ける選手も珍しくない。
もっとも武史も自分の才能は、バスケよりは野球に向いていることは既に分かっている。
だからあとは、野球を選ぶかそれ以外を選ぶかの問題だ。
「早稲谷大学はOBに有名人がいるから、就職にも有利だって聞くしね」
「まあそうだな。それでも実績を残したいなら、来年のワールドカップを目指した方がいいだろう。もっとも来年は怪我でもしてるかもしれないから、念のために今年参加するというのもありだろうけどな」
直史の指摘により、一応は武史も参加を決めたのであった。
日本の高校生の代表と言っても、既に都道府県大会が始まっている地域からは、不参加のメンバーも多い。
たとえば九州地方においては、既に県大会が始まっている。
センバツに出られたチームは九州大会へ推薦で直行なのだが、それ以外のチームは県大会の参加を優先するため、選ばれても参加出来ない場合がある。
基本的に選ばれるのは新三年であるが、実績が凄まじい者は二年でも選ばれる。
今回の参加者は35名で、基本的にこの中からアジア大会向けに18人が選ばれるわけだ。ワールドカップより定員は二名少ない。
おおよそここに選ばれるのは、センバツで活躍したか、センバツには出られなかったとしても、秋の大会で実力を示した者だ。
だから例えば、センバツには出られなかった同年代最速右腕、練習試合で白富東がボコボコにしてしまった花巻平の大滝が参加していたりする。
なおこの合宿場所は、マスコミの加熱する報道を避けるため、場所は未発表となっている。
昨年の代表本番には追加で選ばれたものの、大介は合宿には参加していない。
なのでそれなりには新鮮である。
「お、最強バッテリー発見」
それぞれの練習用ユニフォームを着て屋内練習所に集まっていた中でも、大介の存在感は群を抜いている。
そもそも去年のワールドカップに出場した、三人の二年生の中の一人なのだ。
と言うかMVPに三冠王、ベストナイン二部門など、あの時点で世界の高校生では最強の選手であった。
そしてセンバツでの活躍は、日本中の高校球児が知っている。むしろそれ以前の、ワールドカップの人間離れした活躍の方が有名かもしれない。
まるでモーゼのように選手の海を割り、その二人に近付いた。
「よっ」
「ああ」
「おす」
春日山の上杉と、樋口のバッテリー。
去年のワールドカップ、上杉は怪我で出られなかったが、その分樋口は活躍した。
ほぼ直史とのみバッテリーを組んでいたので、出たイニングは少なかったものの、実のところは実力は捕手の中でナンバーワンだったとも言われている。
当然のように今年も選ばれたわけだ。
大介と樋口は、さほど親しいわけではない。
直史とはかなりウマが合ったらしいが、それはバッテリーという特別な関係があったからだろう。
白富東のチームとしては、去年の夏にサヨナラ負けを食らった相手という印象が強い。特に岩崎は、樋口にサヨナラホームランを打たれたのは苦い思い出である。
「岩崎と佐藤の弟か。本当にナオは来なかったんだな」
既に知っているらしいが、それでも樋口は嘆息する。
アジアにおいて日本は、韓国と並んで両雄と言っていい。
それに少し距離を置かれて台湾であり、他に強国はないと言っていい。
このアジア大会で三位までに入れば、来年のワールドカップの出場権が得られるのだが、はっきり言ってよほどの事故でもない限り、三位までは決定していると言っていいだろう。
だからより格上の大会で成果を出している直史が参加しないというのも、分からないではないのだ。
「他に二年は、真田と後藤か」
「学年だけで言うなら、坂本もいるぞ」
思わず顔をしかめる大介である。ホームランを打って勝った相手ではあるが、それでも苦しめられたのは確かだ。個人的には勝ったとはあまり思っていない。
それにしても、チーム事情で参加が出来なかった者がいるにしても、間違いなく高校最高レベルの選手が揃っている。
ぱっと見ただけでも、花巻平の大滝、聖稜の井口、桜島の大山、城東の島、大阪光陰は大谷と豊田、瑞雲は坂本の他に武市、明倫館は高杉と村田と桂、センバツで戦った相手や神宮で戦った相手が多い。
「この中から選らばれるわけか……」
岩崎は呟く。この投手たちの中では、岩崎であっても実力が傑出しているとまでは言わない。
だがシニア時代は明らかに二番手と言われていた自分が、そのエースだった豊田とほぼ同じ評価をされている。
「岩崎は選ばれると思うぞ。外野守れるし」
「あ」
大介も気付いた。
昨年のワールドカップ。選手の一覧を見たときに思ったものだ。
専門の外野が少ないと。
実質的には名徳の織田だけであり、かなり心配したものである。
「今年はでも、井口と大谷が専門か。まだ去年よりはマシだな」
「それに大滝も外野は守れるらしい。ただそれでも、外野軽視がなあ……」
誰が選んだのかは知らないが、もっとチームのバランスを考えてほしいものだ。
この場に一番必要な選手は、大介の次ぐらいにはアレクだったかもしれない。
合宿と言っても、特別な練習をするわけではない。
基本的には海外の野球との差や、習慣についての違いを学んだりする。
大介は去年、飛行機の中で教えてもらったことだ。
だが既に忘れているし、そもそも予告ホームランなどをしてしまったやつに、マナーなど言っても無駄なことは分かっている。
それから各ポジションなどに分かれて連繋をするわけだが、内野に限ってもセカンドの専門職がいなかったりする。
「桂連れてくるなら一緒に久坂も連れて来いよ……」
思わずそんなことを口にしてしまう大介である。
なお今年の監督は大阪光陰の木下ではない。
四大会連続で監督をしたが、甲子園では二度連続でベスト4で敗退している。
それでも充分に立派なものなのだが、さすがに母校の方に専念したいというわけだ。
代わりに、帝都一の松平が監督である。
全国制覇の実績もあるし、経験ではおそらく強豪の監督の中でも一番であろう。
母校のコーチが優秀で、しばらくの間は任せられるというのも大きい。
練習自体は本当に簡単なもので、センバツから間もないので、疲れを抜くのが第一である。
あまりにもアレなので、大介は外野の守備に混じったりもしていた。
大谷は確実に外野として上手いのだが、井口と大滝は、せいぜいが及第点しかやれない。
これなら瑞雲の控え投手で、本職はセンターだった中岡の方が絶対に上手い。
明日と明後日は、紅白戦もやるらしい。
まあ実際に同じチームになってみれば、色々と違うことが見えるのかもしれない。
泊まるのは広間を二つほどにして雑魚寝である。
ただ普段よりもずっと楽な練習の後なので、疲労でそのまま就寝ということもない。
自然と雑談が始まるのであるが、中には村田のように、我関せずと読書をする者もいたりする。
「なんつーか修学旅行代わりだな」
「野球漬けの旅行かよ」
「俺ら勝ち残ってたら普通に修学旅行行けなかったからな」
「え、私立はそうなのか? 俺たちは普通に残ってたけど行ったぞ」
「うちも行ったな。公立だからかな」
よりにもよって全国制覇をした春日山と白富東は、ちゃんと修学旅行を経験していたようである。
私立は野球漬けで、むしろ修学旅行には行けないほうがいいらしい。
そこで修学旅行の思い出となるわけだが、普通に楽しかったとしか思えない大介である。
何より双子がいなかったので気が休まった。
「ナオのやつは彼女とラブラブ行動してたけどな」
「ぐあ~、佐藤のやつ、やっぱり彼女いるのか!」
「別に彼女ぐらいはいるだろ。甲子園行くぐらいならモテるんじゃないか?」
「うちは全寮制で男子寮なんだよ! そんな暇あるか!」
「付き合うのはともかく、セフレ作るぐらいなら簡単だろ。女の方から寄ってこないか?」
「樋口ぃ! キャッチャーのクセにイケメンなお前には分からねえんだよ!」
「坊主と付き合うのは最近の女の子にゃ敷居が高いんだよ!」
「そりゃあお前らが単にモテんだけぜよ」
坂本の言葉の真実の刃は鋭い。
そんな思春期の男子に特有の話題もあるが、次第に生臭いものも出てくる。
「うちはレックスとフェニックスから挨拶があったって言ってたな」
「あ~、スカウトな。うちもかなりそういうの見に来るけど、どの人がどこの人って分かるのか?」
「うちのキャプテンの親父がレックスのスカウトしてるぞ。東北地区と関東の第二担当」
「あ、大田のとこか。どんな人?」
「けっこう厳しめかな。俺なんてシニアの頃、このままじゃ絶対プロでは通用しないって言われたし」
「岩崎がか。そいやお前って今MAXどんだけなん?」
「152km。ちなみにこいつは154km」
「上杉が155kmだっけ? すると大滝が一番速いのか?」
「ブルペンではこないだ157km出たけど」
投手としてはやはり、球速はどうしても気になるらしい。
「あんま関係ないだろ。ナオなんてまだMAX144kmだぞ。去年パーフェクトした時なんて、140km出てなかったし」
「そりゃ佐藤は魔球と変態コントロールあるし」
「お前と佐藤ってなんで中学時代無名だったんだよ」
「俺はバカ監督が使ってくれなかったんだよ。母子家庭だったから金かかるシニアには行けなかったし」
「あ、そいや明倫館の監督が親父なんだよな? 元プロの息子って、けっこう血統はエリートだよな」
「でも結局は下手な強豪に行かなくて良かったんじゃね? 確か一年の春からレギュラーだったんだろ?」
「まあ、確かに入学した時は、プロから挨拶が来るなんて思ってなかったな」
「白石はどんだけ来たんだ?」
「NPB全部と、MLB八球団。一応神奈川だけはお断りしたけど」
「すげえな! でもなんで神奈川お断りなんだ? 確かに去年までは弱かったけど」
「だって神奈川行ったら上杉――勝也さんと勝負出来ないだろ」
わずかな沈黙があった。
トップレベルの高校生から見ても、上杉勝也は化物だ。
あれと戦うなど、普通の神経ではやってられない。
「こん中で上杉さんと対決したのっているか? 弟と樋口は別として」
「俺、一年の時に練習試合で対戦したぞ。四タコと言うか、四三振だった」
「井口でかよ。でも今やったらどうだ?」
「やめとけ。白石以外にあの人は打てないよ」
その声が樋口のものであったので、自然と他の者も注目する。
「あの人プロでも、基本全部完投するペースで投げてるからな。単に一人抑えるだけなら、もっと上が出る」
公式戦での上杉勝也の最速は、164kmである。
それを九回に出してしまうのだから、まさに化物以外では超人とでも呼ぶしかない。
「……今、最高どんだけか、弟は知ってるのか?」
弟である正也は、何気なく質問して知っている。
「ブルペンでの最速は167kmだってさ」
長い沈黙。
167kmなどというのは、異次元の領域である。
確かに三年時にも甲子園で163kmを出したが、あの決勝は結局、再試合しても無失点であった。
「単に速いだけなら、170までは打てるけど、あの人のは速いだけじゃないよなあ」
速いだけなら打てる。
ワールドカップで160kmを簡単にホームランにしていた、大介だけにしか言えない台詞である。
この合宿にいるのは超高校級と言ってもいい選手だけであるが、その中でもやはり大介だけは別格であった。
残りの二日、大介は二度の紅白戦で、ほとんどの投手の心を折りまくった。
まともに勝負して抑えたのは、上杉と樋口の息の合った春日山バッテリーだけであった。
なお空振り三振を取れたピッチャーは一人もいなかった。
そして坂本は肩が痛いと言って逃げた。
ちゃんちゃん。
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