第61話 甲子園での再戦
得点圏にランナーがいて四番の後藤ということで、勝負の行方はぎりぎりまではっきりとはしなかった。
高杉の本日最速148kmがよりにもよって最後の一球で、それに差し込まれながらも外野まで持って行ったのはたいしたものだ。
しかし勝負は3-2で明倫館の勝利となった。
決勝戦は白富東 対 明倫館。
「マジか……」
誰かが口に出したが、おそらく誰もが同じ思いでいただろう。
「フロックじゃないぞ」
ジンは注意を促す。
「明倫館は少なくとも、データ活用の点で圧倒的に大阪光陰を上回っていた」
「データ活用?」
「明倫館は六安打で三点。対して大阪光陰は九安打で二点」
「チャンスでしっかりと打ったってことか。打点も村田、高杉、桂のクリーンナップで一点ずつ。長打なしか」
「恐ろしいことに得点に絡まなかったヒットが一本しかない」
「え」
初回の伊藤の先頭打者安打。あれはそのまま初回の一点につながった。
高杉が入れた追加点は、ヒットで出たランナーをヒットで進めてから取ったものだ。
桂の決勝打は、四球で出たランナーをバントで送り、それをヒットで返した。
三点のうち二点は、ヒットでランナーを帰したものだ。
「伊藤、久坂、村田、桂、高杉と、点につながらなかった一本を、六人で分け合って打っている」
なんだそれは。
「無茶苦茶効率のいい点の取り方ってことか?」
「これまでの試合のスコアを確認したところ、ここまで極端じゃないけれど、点につながらないヒットが少ないんだ」
「……つまり、どういうことだってばよ?」
「訳が分からん」
ジンとしてもそう言うしかない。
昨年の神宮大会のデータを引っ張り出す。
岩崎が先発したあの試合、何本かヒットを打たれている。
だが点は取られていない。岩崎のリードをしたジンを、読みきれなかったのだろう。
(つまりあの時の俺のリードは読まれてなかった、と。けれどあちらもデータは増えてるだろうし……)
神宮での勝利は、自分の力だとジンは自画自賛した。
あとは当然のことだが、先頭打者をランナーに出していないのが大きかった。
それと明倫館も、この甲子園ほどは勝利に執着していなかったようにも思える。
高校球児にとって大事なのは、甲子園である。特に夏の甲子園だ。
それに比べれば神宮は前菜であり、春のセンバツでさえ副菜と言える。
ただ夏へ向けては、春の大会から夏にかけてそれほどの時間もないので、この春で試したいことは全て試すのが王道であろう。
「で、どうするの? 先発は今決める?」
シーナに問われて、ジンは考え込む。
神宮では岩崎が先発し、球数は多いながらも上手く抑えて、直史に継投して完封した。
今日の試合の直史は、いつもの試合と比べるとやや球数が多く、100球以上投げている。
高杉の本日の球数は144球で、割と多目ではあるが……。
「最後の一球が自己最速タイって、どういうピッチャーなんだよ」
やはりジンは呆れる。
高杉は速球も魅力的ではあるが、キャッチャーとしてリードするならカットボールが効果的だと思う。
スライダー系が多いのはアレクと共通だが、ストレートがしっかりしているのが決め球になりえる。
そして体力。
球速の記録を見てみれば、一番疲労が分かりやすいという七回のピッチングでさえ、全く球威が衰えていない。
早大付属の近藤も割りと馬力のあるピッチャーだったが、この高杉の体力はおかしい。
(回復力か?)
ここまで全試合をフルイニング投げて、それでまだ最速を最終回に投げられる。
疲労は計算に入れないほうがいいかもしれない。
高杉攻略は、おそらくキャッチャー村田攻略につながる。
まずは相手の打線を封じるためにどうすればいいかだ。
岩崎は、去年当たっている。
各球種の精度を高めたが、劇的に何かが上がっているというわけではない。
一番変化したのは武史だ。これで明倫館に左打者が多ければ、武史先発でも良かったのだが。
「あれ?」
直近の明倫館のデータを表示する。
「これ、タケが先発でいいと思う」
左腕である城東の島との対戦。
左打者に限らず、打率が悪くなっている。そして島のスタイルは割りと武史に似ている。
左のピッチャーは、ただ珍しいというだけで、右のピッチャーよりも有利になることが多い。
慣れれば打てるが、明倫館には左投手がいない。左打席に入る伊藤も控えピッチャーだが右利きだ。
もちろん左投手との対戦自体は多くこなしているだろうが、バッピで左投手を体験するのは難しい。
それにジンの体感としては、武史は左右に大きく曲がる変化球は持っていないが、右打者にとっても打ちにくいタイプの左投手だ。
アレクの場合は逆に、左打者にとっては特に打ちにくいタイプである。
「ワンポイントでアレクを使って、場合によってはガンちゃん使って、状況次第でナオを使えば、まず勝てるんじゃないかな」
どこのプロ野球球団だ、と言いたくなるほどに、白富東の投手事情は充実している。
「これはこれでいいとして、じゃあ後は高杉攻略か」
白富東のミーティングは続く。
「白石、記者の人がたくさん来てるけどどうする?」
続けようと思ったら邪魔が入った。いつもなら高峰が相手をしてくれるのだが。
「なんで今更?」
「親子対決について聞きたいとか言ってるな」
「そっちか……」
どうやら色々なところで、話題は広がっていくらしい。
夜。
明倫館の宿舎で、向かい合って語り合うのは、監督である大庭と、キャッチャーの村田。
そして横で椅子の背もたれに顎を乗せて座る桂である。
「勝ちすぎました」
村田はいつもの仏頂面でそう言った。
「運が良かったな」
「運だけではありません。それに、別に運がいいとも思いません」
村田は否定するが、確率的に負けていてもおかしくなかったのは確かである。
そもそもの話をすれば、センバツは出場できただけで充分、と大会前は考えていたのだ。
トーナメントを見ても、一回戦に勝てるかどうかと思っただけだ。高杉を筆頭にしたイケイケ勢は優勝を最初から口にしていたが。
口だけでないことは、村田の挑発的なリードにも応えて、充分すぎる結果を出してきたことからも分かる。
ここまで全イニングをエースの高杉に任せてきたのは、どうせ準々決勝ぐらいまでには負けるだろうと思っていたからだ。
とりあえずセンバツは甲子園の雰囲気に慣れて、一回戦突破を目標とする。
そう考えていたのだが、なんだか作戦がことごとく妙にハマってしまい、決勝まで勝ち進んでしまった。
確率の高い計算で作戦を立てたが、その高い方の作戦がことごとく当たったというのは、さすがに計算外である。
確率の高い作戦がことごとく当たる確率は低いのだ。確率の基本である。
「高杉君が打たれて、もう少し御しやすいピッチャーになってくれたら良かったのですが」
村田の言葉通り、彼の積極的で挑発的なリードは、高杉が臆すれば打たれるものだった。
高杉の精神力が、予想以上だったということである。それとも性格と言うべきだろうか。
村田の計画では本番は夏の甲子園で、センバツで優勝することなど全く考えていなかった。
「まあ高杉君は一年の時からエースだったから、接戦などにも慣れているよ」
桂としてはこの展開は、かなり幸運ではあったが予想外というほどではない。
「高杉の疲労はどうなんだ?」
大庭としてはまずそこが気になる。はっきり言って監督就任二年目でここまで来たことに、戸惑いさえ覚えている。
「問題ないようです。体力がどうこうと言うよりは、生まれつき体が頑強なのでしょう」
最後の球が一番速いというのが、高杉の常人離れしたところである。
悪いことではない。悪いことではないのだが、間違いなく予定外だ。
高杉は典型なオラオラ系投手であり、もう少しだけ冷静になってくれたら、もっといいピッチャーになると思っていた。
だからその意思を尊重して、強打者との対決を避けることは、出来るだけしないようにしていた。
しかしどれだけ打たれても、高すぎのオラオラ度は減少することがない。
「これはもう、観念して優勝を狙いましょう」
「それしかないか」
何を言ってるんだこの二人は、と桂は思った。
親子対決ということで、盛り上げるべくまた記者の取材が入る。
さらにあちらでもこちらでも、テレビさえもが前夜の準備ということで、カメラを入れてくるのである。
無理はない。
甲子園では親子鷹、と呼ばれるものがある。
父が監督、子が選手として、チームを甲子園に導くものである。
最も有名なものは、原親子であろうか。甲子園では準優勝までしている。
しかし親子が決勝で対戦する敵同士というのはない。
神宮でも対戦はしているのだが、甲子園の、しかも決勝ということで、注目度は段違いである。
「つくづくあいつは主人公体質だな」
直史はのんびりと言っているが、確かに直史はスターではあるが、主人公体質ではない。
むしろ主人公パワーとでも言うべき、試合本番での限界突破という展開を発揮した結果、一年の夏では負けてしまった。
私生活を見ても、長男力は高いが無頼さはなく、ハーレム展開的にモテはするが、恋人と両想いで一途である。
面白みのない少年である。
「上杉さんは悲劇のヒーローで売ったけど、大介はそうはさせたくないね」
ジンも同意する。そもそも悲劇のヒーローが似合うのはピッチャーである。
そして直史や武史は悲劇のピッチャーというタイプではない。
岩崎を先発にしなかったのは、去年の夏のサヨナラの印象が、脳の中に残っていたためでもある。
思えば岩崎も、それなりに悲劇のヒーロー体質ではある。
中学時代は二番手投手であり、高校に入ってからもエース級の実力はありながら、直史というぽっと出の影に隠れてしまった感はある。
去年の決勝ではほぼ完璧なピッチングをしながらも、最後の最後で一発サヨナラ負け。
(でもガンちゃんは負けるごとに強くなってるよな)
精神的な弱さはほぼなくなったと言っていい。
対する大介は、プレッシャーを感じたことはない。
いや、プレッシャーをそのまま逆にパワーに変えてしまえるタイプだ。
「つか明倫館は初出場で決勝まで残ってるんだから、俺らよりすごいだろ」
「あ~、もう一年前の話か」
「せめてあと一回勝ってれば、春もブロック免除だったのにな」
「いや、去年に限って言えば、試合経験積んだ方が良かっただろ」
「そうか? 春で適当に負けて、下級生の育成しといた方が良かったんでない?」
「実戦に優る練習はないわけで――」
大介のみならず、ジンやシーナにも当然ながらマスコミが詰め寄ってくる。
一時期は白富東を叩いていたマスコミも多かったものだが、だいたい夏の準決勝の勝利と、その後のワールドカップで世論は完全に白富東の味方である。
だいたいにおいて人間は、強い存在に魅かれるのだ。
逆張りする人間も多いが、それは主流派ではない。
三人が戻ってきて、ようやくミーティング再開である。
「で、高杉攻略なわけだが」
直史が促したが、大介は難しい顔をする。
「神宮もそうだったけど、大量点は望めないんだよね」
「村田のリードが上手いってことだよな?」
「う~ん……」
神宮では瑞雲と準々決勝を戦い、準決勝を明倫館と戦った。
今度は準決勝と決勝という違いはあるが、奇しくも同じ順番で戦うことになっている。
村田のリードが上手いことは、確かに間違いない。
だがジンとして認めづらいのは、ただ嫉妬だけではないだろう。
「高杉との相性がすごくいい気がするんだよね。まあもちろん村田のリードは飛び抜けていて、それこそ竹中さんとか武市よりも、あと樋口よりも上かもしれない」
認めたくないものだ。自分が努力して得た能力を、そのまま上回る存在は。
ただこの大会こそ高杉一人で回しているが、地方大会や練習試合では、他のピッチャーも使っている。
それで白富東以外には無敗だったのだから、ピッチャーの能力を引き出すという点に関しては、一級であることは間違いない。
これを攻略するのは、高杉ではなく村田の頭脳との勝負となる。
「まあ神宮と違って高杉のデータはかなり充実してるから、打てることは打てるはずなんだけど……」
そう言いながらもジンが気にしているのは、大阪光陰だって打てることは打てたことだ。
九本も安打があって二点というのは、あまりにも効率が悪い。
あとは勝負どころで仕掛けてくるのが、明倫館の強いところか。
攻撃面での作戦は、さすがに村田ではなく監督である大介の父の力であろう。
対明倫館戦は、監督の采配と、村田の頭脳との戦いになりそうである。
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