第50話 三度目の甲子園
三期連続、しかも優勝候補の甲子園出場というだけあって、白富東の周辺はどんどんと騒がしくなってきた。
壮行会も普通なら、お偉いさんたちの長い挨拶で生徒が白けるところもあるのだろうが、白富東は進学校でありながら、どこか頭のネジの外れた者が多い。
お偉いさんたちやOBも、ノリのいい人間が多いので、寄付をたくさん集めたので応援に行きたいやつはいくらでも行けという風潮になってくる。すげえ。
乗るしかないのだ、このビッグウェーブに。
応援団はダンス部やブラバンに合わせて、最後の調整に入る。
イリヤはまた新しい応援曲を二つほど編曲して潰れていた。化粧ばっちりのテレビと、徹夜明けのマンガ家のような落差がひどい。
芸能人の残念な姿としてSNSにアップされ、なぜかファン層が拡大したとか。
送られる側も、ジンとシーナが堂々と優勝を狙うと宣言した。
「でも前回準優勝のチームって、主人公チームと一回戦で当たってカマセになること多いよな」
直史の空気を読まない発言は、幸いにも野球部の者以外には聞こえなかった。
お祭り騒ぎである。
ガリ勉もいるにはいるが、人生を楽しむために頭を使う白富東の生徒は、このお祭り騒動を自分たちのものとして楽しんでいる。
甲子園である。そして優勝候補の筆頭である。
学校から日本一が出る機会など、しかもその場に立ち会える機会など、生涯のうちに何度あるだろうか。
人生は長い。だがその大半は、日々の生活を安定したものにするためについやされる。
平均よりは少し上を狙う。それがまあ、賢い生き方ではあるのだろう。大人としては。
しかしこの高校生活は、遊ぶことも出来れば学ぶことも出来る、選択肢が最も前向きな三年間とも言える。
「センバツはお客さん少ないから、出来るだけ応援に来てほしいです」
甲子園においては、応援で試合の流れが変わることがある。
甲子園ではなかったが、あの奇跡のワールドカップは、まさに応援が世界に届いた大会であった。
勝つための準備はしてきた。
最後まで勝ち進む覚悟も完了している。
そして白富東野球部は、甲子園へと出発した。
新幹線に乗り換えて、富士山を右手に見るぐらいまでは普通に話していたメンバーも、またそろそろ話題が野球に戻ってくる。
とりあえず定番のネタとしては、一回戦で当たりたくないところはどこか、というのは無難な話題だ。
「まあ大阪光陰じゃね? 秋の真田、明らかに配球のバランス崩してたし」
「そだよな。一冬過ごしてどれだけ変わってるか分からないよな」
「そもそも真田はまだ一年なんだよな」
まあ大阪光陰が毎年強いのは当然なので、それはそれとして。
「桜島にも当たりたくね~」
「あ~、確かに」
「ぶんぶん振り回されるの、守ってるだけで疲れるんだよな」
夏の初戦は、ちょっと敵も味方も戦闘民族のノリであった。
面白かったのは確かであるが、もう一度やりたいとは思わない。
他に当たったところとなると、やはり秋に対戦したチームとなる。
「明倫館は隙がないよな」
「あそこはな。ジン、新しい情報入ってねえの?」
「九州遠征して、甲子園レベルのチームとやって11戦10勝一分けだってさ」
「お、どこと引き分け?」
「佐賀の弘道館」
「ああ、150km右腕の江藤がいるとこか。スコアは?」
「1-1」
「ん~、やっぱ明倫館は守備的なチームなのかね」
「ナオはどこマーク?」
この質問に対する答えは、直史は一つしかない。
「瑞雲」
一言で、わずかに静まり返る。
神宮大会準々決勝は、点差以上に緊迫した試合であった。
坂本は大介を含めた白富東を封じ、直史からホームランを打ってきた。
あれから四ヶ月。故障から治っているとしたら、攻略は確かに難しくなるだろう。
「あと春日山も、樋口が厄介だ」
味方としては頼もしいが、敵に回すとめんどくさい。おそらく直史ほど樋口を高く評価しているピッチャーは、上杉兄弟くらいだろう。
あの世界の舞台を知っているというだけで、一回りスケールが大きい相手と感じてしまう。
チームの能力としては、関東の学校も劣るものではない。
しかし関東大会で楽勝だったので、苦手意識はないのだ。
「うちの弱点はそういうところじゃないんだよね」
ジンはそう口を開く。
「マスコミの取材とかも多かったから仕方ないんだけど、練習試合の数が足らない」
それはある。
対外試合禁止の期間が明けてから、白富東が戦ったのは、三里とウラシューの二チームだけである。……本当はもっと増やせる予定だったのに、天候などでドタキャンが続いたのが痛い。
私立などは休みの期間が長いために、その間に練習試合をもっと詰め込むのだ。
白富東も強豪なだけに、招待すれば栃木や茨城に埼玉、東京などの、センバツを逃した強豪校が来てくれる可能性は高かった。
しかし冬の間に出来なかったメニューなどをこなしている間に、そういったチームとの練習試合を組んでいる暇がなくなった。
部長である高峰も事務的な処理はしてくれるのだが、やはり監督をジンやシーナがやっているので、意思疎通に時間がかかるのだ。
去年はセイバーがいたので、練習試合の数自体はもっと多かった。
春から来てくれる監督にも、そのあたりの調整は任せるしかない。
(関東大会まで優勝してたら、そういう時間が足りなくなるんだよなあ)
ジンは考える。かといって公式戦で、関東屈指のチームと戦えるわけなので、そこをわざと負けるというのもおかしな話だ。
(やっぱりBチームが必要だよな)
自分たちの代はいい。はっきり言ってこの春、一人も入部希望がいなくても、全国制覇をする自信がある。
しかし白富東をある程度の強さを持つチームとして維持するためには、それに適したシステムが必要になる。
主力が公式戦や遠征をする間に、練習試合などで試合勘を磨く。
それはスタメンになった時にすぐに実力を発揮するためには、必要なものだ。
(やってみっか)
すでにキャプテンではなく監督としての思考で、ジンは考えている。
新幹線で新大阪駅に到着すると、そこからはバスである。
宿舎まではそこそこ距離があるのだが、乗換えを考えるとバス一択だ。金はある。イリヤの金だが。
そして今年も同じ旅館へ。
「また来ました~!」
「ようこそおいでやす」
慣れたもので、女将さんもニコニコお出迎えである。
「荷物置いたら着替えて、レンタルしてあるグラウンド行くからな」
こちらもバスに送迎されて、小さなグラウンドへと向かう。
「こっちにもっと仲いいガッコあったら、そこ使わせてもらうのにな」
「理聖舎も今回出てるからな~」
「やっぱりセイバーさんの現生攻撃には、そうそう勝てないもんだよな」
バックアップという点に関しては、去年の方が手厚かった。
なにしろセイバーは上総総合の鶴橋監督に話をつけて、こちらの強豪校を紹介してもらったりしたので。
「なんかでも、夏に比べるとセンバツって楽ですね」
倉田がそう言葉にするが、今の二年で夏を経験してからセンバツを経験した者はいないのだ。
「ああ、そう感じるか」
「俺たちの一年の夏は甲子園来れなかったからな」
直史たちの一年の夏、白富東は県大会の決勝で敗れ、甲子園の土を踏んでいない。
「一応甲子園の雰囲気は掴んでたけどな」
卒業した手塚を含む四人で、甲子園を見に来た。
一年の夏の時点でえげつなかった大介のバッティングが、ほとんど超人レベルにまで昇華されたのは、あの夏のたった一打席のおかげだろう。
細田や直史と戦って、上手く打ち取られるということはあった。この間の坂本にしてもそうだ。
しかし真正面から完全に敗北したのは、あの夏のたった一人だけだ。
結局世界を見回しても、上杉勝也よりも上のピッチャーはいなかった。
MLBにまで行けば別なのかもしれないが、とりあえずあのレベルのピッチャーと戦うには、プロに行くしかない。
そしてそれよりも前に、取り逃がしたものを今度こそ獲得してみせる。
狭いグラウンドのため、下手に打たなくても大介なら軽くフェンスを越えていく。
なので人を殺せそうな打球を、ライナーで打っていく。
そんな大介に向けて、直史が声をかける。
「大介、ちょっといいか?」
「おう、誰か代わってくれ!」
倉田がいそいそとバッターボックスを入るのを背に、直史はこのチームの首脳陣、ジンとシーナの元に大介を連れ出した。
「お、なんだ? 悪だくみか?」
嬉しそうな顔をする大介を見ると、心が痛むジンとシーナである。
なので一切心を痛めることがない直史が言ってしまった。
「大介、お前がぽんぽん打つと優勝できないから、打率落とせ」
「はあ!?」
おそらくこんなことを言われたバッターは、過去に一人もいなかっただろう。
白富東の野球部は理不尽な上下関係もなく、大変に仲が良い。
これまで熾烈なレギュラー争いがなかったというのもあるが、本質的に体育会系ではなかったというのもあるだろう。
その中で大介にとって、一番仲が良いとは言わないが、一番頼りにしているメンバーが直史である。
大阪光陰との死闘。あるいはワールドカップでの熱戦。
大介ならどうにかしてくれると信じているのは直史であるし、直史ならどうにかしてくれると信じているのが大介だ。
そして大介を相手にしても、点を取られないピッチングが出来るのは、今の日本の高校生では直史だけだろう。
大介も感じている。
直史と、負けられない公式戦で敵として戦ったら、負ける可能性がかなりある。
それは調子の良かった時の真田や、秋におちょくるような感じで三振に取られた坂本とは違う、圧倒的な現実感だ。
だから直史の言葉は理解出来てしまった。
理解出来るのと、納得出来るのとは違うが。
いつものイメージトレーニングを伴わない、乱暴な素振り。
当たれば殺すと言わんばかりのそのスイングスピードだが、おそらくこの振りでは実際には当たらない。
1000回ほど振ってようやく気分を落ち着けて、フォーム修正のためにまた振り始める。
殺気を振りまくこの素振りに対して、腰が引けながらも対応するのは、教師でもある高峰であった。
「白石、オーバーワークになってないか?」
「大丈夫っす。やっと余計な力みが取れてきたところなんで」
そう言ってスイングする大介のバットは、空気を切り裂いていく。
バットの速度で音速を超えることは絶対にないのだが、この少年ならいつかは可能にしてしまえるのではないかと思える。
ボールが消えた、などとはよく言われる表現だが、高峰などから見ると、大介の打席ではバットの動きが目で追えない。
投げられたボールに対して、わずかにバットを引いてトップを作る。
次の瞬間にはバットを振り切ったフォロー体勢である。
小中高と野球をしてきた高峰であるが、名門だの強豪だのと言われたチームでプレイした経験はない。
二つ前のキャプテン北村を見た時になどは、これが本物かと驚いたものだ。
大介は本物ではない。化物だ。
テレビなどでそのバッティングに関して特集されていることがあるが、往年のプロの名バッターでも、どうしても説明がつかないのだ。
おそらくは全身の筋肉を連動させる脳の活動と、動体視力と周辺視野が凄まじい性能なのだろうとは言われている。
(たぶんその分、勉強に使う脳の容量が小さくなったんじゃないかな)
高峰はそう考えるが、規格外の才能を前にしては、多少失礼な考えになっても許してほしい。
「大田たちの言ってることは、納得出来ないか?」
その質問に対して、大介はバットを止めて考え込む。
「要するにナオがスルーばっかり投げないのと同じ……じゃねえか。でもまあ、分からないでもないっす」
大介は燃えるタイプではあるが、同時に冷静なところもある。
燃えれば燃えるほど、頭の一部は冷静になる。
直史が言った言葉の本質。
それは目の前の勝利だけを睨むものではなく、夏の甲子園を視野に入れたものだ。
大介は、簡単に言ってしまえば、すごくなりすぎた。
昨年の秋、直史はあれを見た。
セイバーが現時点での大介が、このままNPBに行けばどうなるか、数値で教えてくれたのだ。
一年目から、本塁打記録を塗り替えて、三冠王を取る。
もちろんシミュレーションであり、選手の流動などにより、成績は変わる。怪我もあるし、えげつない盤外戦術もあるだろう。
しかし確実なのは、大介のバッティングと走塁のレベルが、フィジカルとメカニック的には既にプロのトップにあるということだ。
こんな化け物が味方にいるなら、どんな相手にでも勝てる。
直史はそうは思わなかった。
むしろこれだけの分析を他校がすれば、大介を封じられると思ったのだ。
大介は現時点でも、多少のボール球なら狙ってホームランに出来る。単に高めに外れただけなら、狙っていなくても打てる。
だが低すぎるボール球などは、よほど読みを当てなければホームランまでには出来ないし、それでも徹底した相手ならば、空振りを取ってくる。
それを証明したのが坂本だ。
あいつは大介を抑えられることと、直史を打てることの、両方を事実で証明した。
あの組み合わせを考えれば、大介の打率を落とせる。
甲子園でさえ八割を打っている大介が、セイバーのシミュレーションとはいえNPBなら四割を切るのは、プロと高校の分析力の差である。
それでも三冠王になるスペックはあるわけだから、大介を個人のバッターとしてではなく、打線の中の一人として使う必要があるわけだ。
打率を高く維持するためには、ヒットになる勝負をさせなければいけない。
多少打率を落としたら、それを不調と思って投げ込んでくる。
そこをホームランにすればいい。ベーブ・ルースがホームランを少なくしてもいいなら自分も四割が打てると言ったのは、ミートに徹するということではなく、四割のままホームランを量産すれば、相手の敬遠が増えるだけというぎりぎりのラインなのだ。
それと直史は、バッターとしては明らかに優れている大介と、本職キャッチャー樋口の脅威度が、同じぐらいであるとも言った。
樋口もまたクラッチヒッターだが、彼は打つべき時だけにしか打たない。
大介は常に打つ。それだけに勝負をしにきてほしい場面でも、敬遠されることが多い。
秋の大会以来の大介の敬遠数は、樋口よりも圧倒的に多い。
だが決定的な場面で点を取るのは、むしろ樋口の方が多いというデータがあったのだ。
センバツは、このままでも勝てる。冬の間の変化を測りきれないから、嫌でも勝負してくるしかないパターンが多い。
しかし春の大会、夏の予選のデータが揃えば、敵は大介を五打席でも六打席でも敬遠してくるだろう。
そしてそれは、おそらく最後の甲子園の決勝になる。
最後の夏で決定的なホームランを打つために、今はセーブしろというのが直史の意見だ。
直史は魔球スルーを、決め球に使ったり、カウントを稼ぐために使ったり、意味もなく使ったりする。
ピッチャーとバッターの違いというのは、ピッチャーはバッターと対決する選択を自分で選べるが、バッターはピッチャーに逃げられたらホームランは打てないという点だ。
だから直史の言うことも分かるが、あまりにもひどい。
だが、我慢する。
もう二度と、目の前で相手にサヨナラ負けするのは嫌だ。
それが決勝ならなおさらだ。
自分の数字を落としてでも、チームを勝利させる。
それが本物の主砲の役目だ。
×××
大介のプロ仮想成績については、2.5のドラフト部分にあります。
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