九章 二年目・センバツ!

第49話 まだ寒いけれど春である

 三学期の期末テストが終わり、その結果も返ってくる。

 卒業式を迎えて、白富東史上、初めて甲子園のグランドを踏んだ三年生たちは去っていった。

 ようやく長かった対外試合禁止期間が終わり、今日は三里との合同練習も兼ねた練習試合である。

 広い白富東のグランドには、既に三里の部員たちが到着しているわけなのだが。

「白石君は?」

 星の問いに対して、そっと目を伏せる他一同。

「補習」

 赤点二つ。センバツに行く気なら追試か補習を選べということになったわけだ。

 もちろん追試の方がかけられる時間は少ないが、その分ちゃんと勉強しておかないと点が取れないわけである。


 野球部応援有志の秀才から、しっかり勉強を教えてもらっている大介だが、その隣では同じくえぐえぐと泣きながら勉強をしているイリヤがいたりする。

 ……同じ帰国子女・留学生枠のアレクは普通に練習が出来ているのだが。

 私立と違って公立は、このあたり融通をきかせるわけにはいかない。

 明後日には入試も行われるのだが……。


 そしてなされるのは、国立監督による芸術的なノック。

 さすがにバットコントロールにおいて、ドラフト候補だった男である。

 しかしその国立も驚くのは、白富東にもほぼ同レベルのノックをしてくれるコーチがいることだ。

「お金かかってるねえ……」

「はい……」

 国立は羨ましそうに屋内練習場も見つめている。

 三里はグラウンドの使用が優先されるようになってきたが、それでも野球部が一つ丸々というわけにはいかない。


 また国立は脇のブルペンも見る。

「伸びてるよねえ……」

「はい……」

 寒さに慣れるために、最近はやっと外に出てきている直史と、並んで投げるのは武史である。

 シュピッ! と ドゴッ!で投げる球が明らかに違う。

「あれ、今どんだけ出てるの?」

「ナオはMAX144kmで、タケは154km出るようになりましたね」

 首を振る国立である。

 センバツはともかく、夏にはこれを相手にしなければいけないのか。

 春でこれなら、夏までにはさらに伸びてくるだろう。

 兄は精密機械などと呼ばれていたが、弟の方は剛球投げるマシーンと化している。


 またノックを受けるメンバーも、新しい顔が見受けられる。

「冬の間に伸びてきたの?」

「さすがにセンバツはほとんどメンバーは変えないですけどね」

 一応直前まで背番号は配らないが、もう直近の怪我でもない限り、変更はないだろう。

「まあうちも強くなってるけどね」

 そして三里との対決。先攻は白富東。

 三里の先発は東橋であった。




 星と古田、そして西が抜けたら、秋の三里はどうなるか。

 センバツを決めた去年の秋から、三里の受験層は変化している。

 白富東はさすがに無理でも、三里ならばどうにかという、勉強の偏差値の足りない球児が受験するのだ。

 やはり甲子園に行くというのは、違う。

 その中でエースを張るのは、自分しかいない。


 意識の変わった東橋は、地道なトレーニングを寡黙に繰り返した。

 筋肉が細かく断裂し、それが再生していく喜びを味わった。

 ストレートの球速は130kmまで上げてある。


「いや、左腕でもたかが130kmって……」

 そんなことを呟いた武史の頭を、珍しく直史が叩く。

「球速はピッチングの全てじゃない」

 この春までは珍しく、球速を求めていた男の台詞である。


 しかし先頭のアレクは、平凡なファーストフライに終わった。

「手元でちょこっと曲がったよ」

「へえ」

 それでもまだ甘く見て初球から打ちに行った鬼塚は、ライトへのファールフライで打ち取られた。

「こ~ら! 何初球から打ってんの」

「いや、たぶんカットです。すんげー微妙な感じの」

「おやまあ」

 そういう小変化球の好きなシーナは、おそらく後半で「代打あたし!」をするつもりなのだろう。

 しかし普通に武史が、ライトスタンドへ持って行った。




 6-0と相変わらずスコアは完敗な三里であるが、150kmの左右を打たせてもらったことは、とてつもない価値があった。

「直史君の方はもう完成形で、これから微調整していく感じだけど、武史君はまだまだ未完成っぽいねえ」

 国立のバッターの感覚としては、そう見えるらしい。

 岩崎から直史、武史と引き継いだ投手リレーは、パーフェクトピッチングである。

 直史の場合はストレートとカーブとチェンジアップしか使わずに、三振を六つも奪った。

 やはりストレートが140kmを平均的に超えると、明らかに打者の対応速度が間に合わなくなる。


 危険である。

 球速で三振を取ってしまうのは、非常にお気軽である。

(ド定番のオカズでオナニーするようなもんか)

 相変わらず直史の思考は卑近である。

(けどしっかり対人相手にセックスする方が気持ちいいもんな)

 極めて卑近である。


 お互いに気になったところの意見交換などするが、一打席目から東橋のカットをホームランにした武史の指摘は確かにそうと言えるものだ。

「沈む変化球だから掬い上げて打ったらスタンドまでは届くんだよ」

 初見の変化球を普通にホームランにするのはセンスである。

「ホッシーはますます打ちにくくなったよね」

「外野フライ、打たせるの得意になった」

 遅い球を投げるので、体が泳いで変なアッパースイングになったりするのだ。

 もっとも全国レベルの強打者なら、そこからパワーだけで持っていく者もいる。


 手の内が充分に知れている同士の次は、今までに当たったことのないところとの練習試合である。

 センバツへの出発の日程からも、次が最後の練習試合となる。

 ここいらも私立だったら色々と融通が利くのだが、公立の限界と言えるかもしれない。

「まあ今年は現地入りしてから、センバツに出てこなかった強豪と練習試合は組んであるけどね」

「そうか。私も大学時代の先輩が監督をしている高校と、一試合は組めているんだ」

 去年のセンバツは初めての甲子園であり、セイバーにもちゃんとした伝手がなかったため、練習試合で体を慣らすことも出来ていなかった。

 天候の不利もあったが、大阪光陰に負けたのはその辺りも原因であろう。


「こっちではあとどことやるの?」

「ウラシューです」

「おやおや」

 秋の関東大会で、三里が戦って勝ち、センバツ行きを決定した試合の相手である。

 あそこで負けたせいで、県大会で優勝していたウラシューはセンバツに行けず、準優勝だった春日部光栄が勝ち上がり、センバツに選ばれたのだ。


 三里の場合は近隣のチームと試合を組むしかない。トーチバだの勇名館だのは、既に秋から練習試合の予定が決まっているのだ。

 それでも上総総合に招待されているので、ある程度の歯ごたえがあるチームとは戦える。

 白富東相手には完敗であったが、あまりにも相手が悪すぎるのだ。

 三里は明らかに、公立の強豪としての地位を築きつつある。

 中核選手はいても、スーパースターがいないのは逆に良かったかもしれない。


 三里との練習試合は、守備力の高い相手、そして小技を使ってくる相手としては、充分に役立つものになった。

 夕暮れの中去っていく星たちに、ジンは言った。

「甲子園で会おう」

 なお甲子園で会う前に、旅館が近所なので会ってしまうのはご愛嬌である。

 千葉から二校ということで、片方は千葉県代表が普段使っている旅館には泊まれないのだ。




 ウラシューとの練習試合はフルメンバーで戦い完勝。

 ダブルヘッダーで試合をしたので、投手も守備も色々と試すことが出来た。

 そしてついに、背番号も決まる。


 1  岩崎(二年) 右投右打 投手・(外野手)

 2  大田(二年) 右投右打 捕手・二塁手

 3  戸田(二年) 左投左打 一塁手

 4  諸角(二年) 右投右打 二塁手・(遊撃手)

 5  佐藤武(一年) 左投両打 投手・三塁手

 6  白石(二年) 右投左打 遊撃手・(投手)・(捕手以外)

 7  中根(二年) 右投左打 左翼手・外野手

 8  中村(一年) 左投左打 中堅手・外野手・投手

 9  鬼塚(一年) 右投右打 右翼手・外野手・(捕手以外)

 10 倉田(一年) 右投右打 一塁手・捕手

 11 佐藤直(二年) 右投両打 投手・三塁手・(捕手)

 12 沢口(二年) 右投右打 左翼手・外野手

 13 菱本(二年) 情報班

 14 曽田(一年) 右投右打 二塁手

 15 佐々木(一年) 右投右打 投手・(内野手)

 16 西園寺(一年) 右投右打 投手・(内野手)

 17 奥田(二年) 右投右打 外野手

 18 大仏(一年) 右投右打 三塁手


 どちらが1を付けるかは議論の分かれるところではあるが、1が二つある11がいいという直史の謎理論で、特に問題もなく決まった。

 あとはおおよそスタメン守備位置ではあるが、倉田が入ることによって色々と変化する。

 アレクが投げる時も、直史や岩崎は基本外野には入らないだろう。


 実際に戦力になるのは、12番までだろう。あとは曽田ぐらいか。

 強い強いと言われているが、各ポジションを才能のある数人で回しているのが分かる。

 奥田と大仏は代走要員と代打要員であり、正直なところこの二人が出ている状況では、かなり苦しい試合になる。

 佐々木と西園寺はかなり素材はいいので、来年の戦力としては期待できる。ただ投手経験者であるが、全国レベルでは通用しないだろう。


 終業式の前に壮行会が行われ、甲子園へと出発である。

「結局俺たち、三学期の終業式には一度も出れないことになるな」

 直史は特に感傷的になるわけでもないが、単純に事実としてそれに気付いた。

「来年は卒業だから、確かにそうだな」

 ジンも頷く。甲子園へ行くということは、それだけ他の学生生活を失うということなのだ。

 それでも白富東は公立校らしく、修学旅行に行けたのは幸いである。


 開催10日前に現地入りし、次の日には練習試合。

 その翌日が抽選日で、センバツの場合はここで全てのトーナメントが決まる。

 同じ県などの出場校は決勝まで当たらないよう、また同じ関東のチームとは準々決勝まで当たらないように複雑な抽選が行われるので、少し面倒なのである。

 それからまた貸し出しをされているグラウンドなどを使って練習。甲子園公式練習が一日ある。

 準々決勝と準決勝の間の休養日を入れて、12日間に渡って熱戦が繰り広げられるというわけだ。


 ちなみにそれまでに忘れていけないのは、淳の入学試験もあったということである。

 本人の採点によると平均で92点ほどは取れているので、例年ではまず間違いなく合格できているはずなのだ。


 しかし去年もそうであったが、今年も倍率が高くなっている。

 公立校なので他の公立と併願して受けることはまず難しく、どうしても白富東でなければいけないという者以外は、少し離れてはいても、偏差値が同じぐらいの高校を狙う。

 間が悪いことに合格発表は、野球部がセンバツに出発してからになる。

 なお淳は両親の強い意見に従い、私立も受けてそちらは既に合格している。

 ちなみに勇名館である。実はあそこは、普通科の偏差値は高いのだ。淳は普通科で普通に受けた。そして合格の滑り止めは受かった。

 本人の分析では大丈夫なはずなのだが、それでも万が一ということはある。


 三度目の甲子園。

 挑戦の甲子園でもなく、逆襲の甲子園でもなく、正面から覇権を取りに行く甲子園。

 ライバルがいるとすれば、それは自分自身だけだ。

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