第48話 選ばれし者たち
一月下旬、当然のように白富東は、春のセンバツへの切符を手に入れた。
そしてついでというわけではないが、県内の公立仲間、三里高校も選ばれることとなった。
全国から32校。夏と違って一回戦免除のチームもなく、甲子園の対決は情報収集から始まっている。
「北海道は当然北陽で、東北は花巻平は選ばれなかったか」
「まあ大滝頼みの投手力だし、練習試合でも俺らにボロカスに打たれたのも悪かったんじゃね?」
「お前は打ってないけどな」
「東北中央と津軽極星か。あんま印象強くないよな」
「関東が重要だろ。結局早大付属も出てくるし」
「あとはうちと三里とヨコガク、東名大相模原、春日部光栄、前橋実業か」
「あれ? 多くね?」
「21世紀枠と、俺らが勝った神宮枠があるからだろ」
「いや、うちらが神宮で上に行ったから、21世紀枠じゃないだろ?」
「なんか変わってるのかもな。あんま変えないでほしいんだけど」
「結局春日山も出てるのか」
「上田学院が出られなかったのか。おかしいよな、やっぱ」
「いや、聖稜とは春日山の方が競った試合してたから、それでだろ。あと上杉に忖度してたりとか」
「東海は~、愛知から二校! ありえね~」
「厳しいよな。あとは厄介な近畿は大阪光陰は当然として、滋賀の城東か。ここって150kmがいるんだよな」
「理聖舎も出てるじゃん。あとは天凛に立生館に高徳か。このあたりは常連だ」
「中国四国は瑞雲と明倫館の他は、まああんま印象ないよな」
「いや、松山商工は常連じゃん」
「九州は桜島の他には、佐賀の弘道館に150kmがいるんだよな」
「やっぱ最近は毎年何人も150km平気で投げるやつ多いよ」
ジンの知る限りでは、全くマークしていなかったチームというのは、21世紀枠のうちの二校だけである。
21世紀枠に負けるのは恥とまで言われた時代もあり、今でもそういう見方をする者は多いが、県大会レベルではそれなりに上位にいるわけだから、絶対的な弱者ではない。
むしろ情報量が少ないだけに、思わぬ苦戦をする可能性もある。
「四国と九州かあ。四国は古田が知ってるかな。でも熊本は伝手がないな」
「樋口に聞いてみようか? あいつせごどんと九州のチームについて話してたし」
「おお! ワールドカップのつながりが!」
現代は情報戦であり、情報を集めてさえいれば、おおよそある程度の目算は立つ。
「よう。お互いに良かったな。ん? まあそうだけどな。それでちょっと聞きたいんだけど、熊本の代表さ。そうそう。うん、こっちも関東の情報は送るし」
直史と樋口は、相性はいいし話も合うのだが、積極的に何か話題を作って話す関係ではない。
仕事仲間として互いに信頼してるとか、そういうイメージである。
「へ~。じゃあ玉縄もか。ああ、こっちは織田が入団前に来たよ。ああ、大介は神奈川以外に行きたいらしいから、上杉さん経由で球団に言っておいてくれよ」
なんだか球界の未来を変える方向にまで話が脱線しているようでもある。
(注意するのは大阪光陰が立て直してきてるかどうかと、理聖舎、瑞雲、明倫館、桜島かな。東日本はだいたい分かるし)
あとはどうしても意識してしまうのは春日山だ。
チーム力は圧倒的にこちらが上になっているのだが、どこか別のチームと戦って負けて欲しい。
ジンにとって樋口は、確実に自分よりも上と言える、当たりたくないチームのキャッチャーだ。
この後、直史の交渉によって、白富東は熊本の21世紀枠の、分析まで含めたデータを手に入れた。
代わりに差し出したのは、出場校の分析なしの白富東の持ってるデータ全てである。
やはり春日山の頭脳は、樋口が一人で受け持っているらしい。
正式な出場が決まってからは、当然ながらファンとマスコミが加熱する。
冬の間の突貫工事とは言え、屋内練習場が作られていたのは助かった。
別に秘密特訓などをすることはないのだが、純粋にただひたすら周囲がうるさいのだ。
「屋内サイコー。もう外のブルペンで投げたくない」
この台詞は直史のものである。指先の感覚が命の変化球投手としては、実戦では絶対に投げないこの時期に、投球練習をするのはあまり意味が感じられないのだ。
そもそも寒いと故障しやすい。
「つか建物はともかくマシンとか計測器とか、これ全部イリヤ資金だろ? 俺らイリヤのヒモみてーだな」
「笑えねーぞ」
確かにこの学校の人間で一番の金持ちはイリヤであるが。
直史の球速が上がってきている。
全力投球をしますというフォームでなくても、ついにブルペンで140kmが出た。
「肩は?」
「大丈夫だな。蹴り足に負担がかかる気がする」
「う~ん、フォームを一致させると、せっかく蹴り足でパワーをかけても、それを逃がして投げないと、緩急がつけられないわけか」
直史のピッチングは、パワーではなくテクニックである。
ひたすら上を目指すのではなく、同じレベルの球種を均等に伸ばしていかないといけない。
「でも同じ球速のストレートでも、今の方が打ちにくいっすよ」
主にバッターボックスに入ってそれを見ている鬼塚は、さりげにこちらも140kmが出ていたりする。
やはり基本的に、直史には速球を投げる才能がない。
正確に言えばそのリソースを、変化球に割り振った方が効果的だったというわけだ。
「単なる全力投球だとどうなんすか?」
「145kmは出てるなあ。でも、負荷がかかりすぎるんだろ?」
「コントロールの利かない145kmだとあんまり意味がないしなあ」
鬼塚は呆れる。145kmが出るピッチャーでも、普通に甲子園レベルなのだ。
このバッテリーの目指すところは、どこまで高みにあるのだろう。
「ナオ、そろそろ代わってくれ」
「了解」
今は倉田が武史とアレクの相手をしているので、ジンが直史と岩崎の相手をすることになる。
一応キャッチャー経験者は一年にもまだいるのだが、さすがにこのレベルのピッチングについて来れるものではない。
「キャッチャーもう少し鍛える方がいいかな……」
「ナオもキャッチャー出来るし、2.5人いれば充分じゃないか?」
「ん~、内野のポジションを考えると、もう一人キャッチャーやらせたいのがいるんだよね」
「へえ、誰だ?」
「大介」
「……」
無言になるピッチャー二人である。
大介はユーティリティプレイヤーだ。真の意味での。
もちろんショートが一番合っているのだが、サードと外野をやらせてもすごく上手い。
セカンドとファーストもまず無難にこなす。ピッチャーをやっていたことがあるので、そのあたりのカバーの入り方もしっかりしているのだ。
「まあ才能だけなら出来るポテンシャルはあると思うけど、インサイドワークはどうするんだ?」
岩崎の指摘には、大介のリードは信用出来ないという含みがある。
「大介もあれだけ打てるんだから、バッターの投げられて嫌なコースとかは分かると思うんだよね。あと一人限定とかのキャッチャーするなら、俺やモトより適性がある」
「一人限定? 牽制アウト狙いか?」
「そうそう」
大介は寝転がった状態から肩の力だけで一塁へ送球が出来る。
これでキャッチャーをやらせたら、飛び出していたランナーを軽くアウトに出来るとも思うのだ。
「バッテリーの読みを考えるっていう点では、キャッチャーもいい経験になると思うんだよね」
「反対はしないけど、バッティングに影響が出ないようにするのは肝心だな」
大介のバッティングは唯一無二の存在であるので、そこは一番注意しなくてはいけないものである。
新春と言われる正月が過ぎ、実際には一番寒い二月には、千葉でも時々雪が降った。
このあたりは地形状、ほとんど積もることはないのだが、路面が凍結していたりはするので、そこは注意が必要である。
ボールを使う練習は短い。アップと柔軟で体を温めてから、フィジカルの強化を優先するからだ。
照明付きで練習をするが、基本的にはフィジカル強化が最優先だ。
「去年はここまでやらなかったよな」
「まあ人数に余裕がなかったしね」
なお一番気合を入れて練習をしているのはシーナである。
この冬の間に体重5kgをアップさせると広言しているが、他の女子マネなどからは「うわぁ」という視線で見られている。
体重増やしたいスポーツ女子って可愛いよね!
この時期には身体測定と、身体能力検査もまた行う。
おおよその部門は大介が独占するのだが、手足が長いことが有利なものは、アレクが上回る。
「たまにはこういうのものんびりしてていいよな」
冬に入ってからは、基本のんびりとしている直史がそう言う。
練習をしていないわけではないが、時間を限定してトレーニングをしているので、普段ほどの忙しさは感じない。
「冬場の対外試合禁止ってのも、本来の目的とは違って、体を休めるからいいらしいけどな」
セイバーがいた頃に聞いた話では、MLBの選手などは、自分専用のメニューを必ず持っている。
現在の白富東も個々に合わせたメニューを組み、食習慣から生活習慣まで、強くなるためのプランを出している。
やるかやらないかは個人の自由だが、やれば上手くなれる。
練習というのは負荷がかかるので当然きついものではあるのだが、上手くなれるのが実感できれば、おおよその練習はこなしてしまうのが高校球児である。
そして二月も中旬に入る。
「それでは皆さん、女子マネ一同からのバレンタインです。お安いものですが」
「ありがたくぞんじまする」
「あとこちらはチアなどをしてくれる応援女子連からの義理チョコです」
「ありがたくぞんじまする」
家まで持って帰って食べるものもいるが、直史や大介レベルであると、全国からチョコレートが届いたりする。
「いくらなんでもこれは食べられないな」
やはりピッチャーであるからか、マスコミなどへの露出度では大介より下のはずの直史の方が多い。
開封してメッセージなどに目を通すのが、女子マネの仕事になってしまっている。だがこの件に関しては協力してくれる人物がいる。
瑞希は淡々とチョコレートを開封し、問題ないものはそのまま、危険なものは分別している。
基本的に手作りは全部アウトである。
自分に対する女性からのアプローチを全て見せるなど、お前らさっさと結婚しろと言いたい。
「ラブレターあった!」
「俺も俺も!」
こうやって野球部というだけでモテる風潮が、白富東にはある。
他の学校と違って坊主じゃないしな!
「え、倉田も彼女出来てたの!?」
「すみません。二学期の終了前に告白されて……」
白富東の選手の中で、一番ごつい体格が倉田である。しかもこいつは坊主である。
あまり体育会系の匂いのない白富東の中では、倉田はかなり例外的な存在だ。だがそんなところが逆にいいという女子もいるわけだ。マニア向けなのだ、倉田は。
去年も12月半ば辺りからと、バレンタインで大量に彼女持ちが誕生した。
スタメンではいないのはジン、岩崎、鬼塚、武史、アレクぐらいであろうか。アレクの場合女友達はすごく多いのだが。
よりにもよって中心選手に彼女がいない!
甲子園に行ってるくせに彼女がいない!
「いや、今は野球で精一杯だしね」
「ジン、でもあの桑田真澄選手なんかは、中学高校と彼女が切れなかったらしいぞ」
「キャプテンはやること多いんだよ!」
逆ギレするジンである。
「あ、でも俺の昔の女は、ちょっとヨリ戻したいとかは言ってきてます」
元ヤンキーである鬼塚は、普通にそういう話が出てくるらしい。
「まあ面倒ごとに巻き込まれそうなんで、こっちからは連絡取ってないですけど」
「取るなよ~」
「出場辞退は洒落にならんぞ~」
「いざとなったらうちの双子行かせるんで」
「それはやめよう」
死人が出たら困る。
大量に届けられたバレンタインチョコの仕分けが終わり、チョコ好きな者たちにおすそ分けがされる。
直史は洋菓子派ではなく、基本的には和菓子が好きである。
千葉市内に和菓子の店を出している親戚などもいて、法事などで菓子が必要な時は、そこから親戚価格で仕入れたりするわけだ。
「というわけでこちら、少ないなりにお高いチョコです」
「どうもありがとうございます」
瑞希からはしっかりとチョコをもらっている直史である。
誰の邪魔もない瑞希の部屋で、なぜか正座の二人であった。
「さっそくいただいていいでしょうか」
「どうぞどうぞ」
開封して中身を口に含む。
「お味はどうでしょう?」
「少し食べてみますか?」
「そうですね」
とこのやり取りのあと、口移しでチョコレートを流し込むバカップルである。さっさと爆発しろ。
その後すっかり仲良くしてから、ぐったりと横たわる二人である。
「最近、扱いが雑になってる気がする……」
「いや、そうじゃなくて、瑞希も体力がついてきたから」
スポーツマンに合わせるのは大変である。単にこれまで直史が手加減していただけというのもある。
あとは慣れだろう。
「体力かなあ。30分も動くのに合わせるのってけっこうしんどいよう」
「でも気持ち良さそうだったから」
「そうだけどう」
直史はわがままになり、瑞希は甘えん坊になる。
まあ男女あるあるであり、普段の二人とは全く別の顔を見せる。
「知ってた? これで50回目だよ」
「え? そんなに多かったっけ?」
「だって多い時は一日四回とかしてたから」
「ああ……」
直史は自分が性欲が強いとは思ったことはない。
エロい本だって、人並程度にしか見てはいない。ある程度手塚の影響は受けたが。
だが実際は人よりも性欲は強い。本人には分かっていないが。
首に回された直史の左手を、甘噛みする瑞希。
「何? マーキング?」
「見えないところだったらキスマークつけてもいいよ」
「じゃあこのあたりとか」
背中に唇をくっつける直史は、完全に幼児退行していると言ってもいい。
それを甘やかす瑞希も瑞希である。
なお、仲良くしているうちに気分が盛り上がり、51回目の対決となるのであった。
第八章・了
×××
(*´∀`*) 今回終盤の文章全くいらねえな
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます