第44話 師走の日々

 今年の流行語大賞は『史上初』であったらしい。

 12月の初日、なぜか白富東に取材に来たマスコミが、それについてのコメントを求めてきた。

「え? なんでうちなんですか?」

 ジンとしても不思議であったのだが、おおよそは佐藤一族と大介のせいである。


 史上初の夏の甲子園のパーフェクトピッチング。

 史上初の甲子園球場の場外ホームラン。

 史上初の夏の甲子園サヨナラホームラン優勝。そして新潟県勢の優勝。

 史上初の一年生左腕の150kmオーバー。

 史上初のU-18ワールドカップ優勝。

 史上初というか野球史上空前絶後の予告ホームラン。

 これに加えて大介の記録が甲子園とワールドカップの史上最高をいくつも更新した。


「いや、そんなこと訊かれても」

 困るしかない大介である。


「そういえば今日は練習はしてないようだけど」

 野球部のグランドを、女子ソフト部と陸上部などが使っている。

「今日は室内メニューって言うか、野球以外トレーニングの日です」

 そう言いながらジンが案内したのは体育館である。


 体育館の四分の一を使って、バスケ部が実戦形式の練習をしている。

「くれ!」

 その中でナチュラルに混じって、一番いい動きをしているのが武史である。

 そして相手のディフェンスを止めるスクリーンをかますために、長身のアレクを使う。

 ゴール下を駆け抜けながらのレイアップで、二点が入る。


 攻防逆転でハーフコートのゲームが間断なく始まる。

「えと……佐藤兄弟に中村君に……女の子?」

 ノールックパスでボールを運ぶのはツインズである。

「兄貴!」

 3Pラインにいた直史に武史がパスを回し、直史がそのままシュート。

 ボールはネットに触れることもなく、その手前で落ちた。

「何やってんだよ!」

「ボールが重過ぎる!」

 割とムキになっている直史である。


 あれは何?と視線で問われたので、ジンも仕方なく答える。

「バスケ部のメニューで、クイックネスを鍛えてるんですよ。まあバスケと野球じゃ必要な体格は違うんですけど、本格的に一本に絞るのは上でやればいいだろうって」

「それにしても、佐藤武史君だけやたらと本格的だけど。あと男の子たちに混じってる双子もすごいけど」

「あいつは中学時代はバスケやってましたからねえ」

 そしてボールを貰ったアレクが、そのままダンクをぶちかました。


「マジか~」

「なんで野球部がバスケも強いんだよ」

「タケとアレク、バスケ部も兼部しろよ」

 白富東のバスケ部は、普通の公立校のバスケ部である。

 アレクの身長はこの間測ったら、190cmに到達していた。

 普通の公立のバスケ部に、190cmはまずいない。

「他の高校だとこの時期、ウエイトとかサーキットとかしてるはずだけど」

「やってるメンバーもいますけど、やってないメンバーもいますね。あとバット振ってるのもいますし」


 これは野球部の練習ではない。

 自由すぎる。

「そもそも全体練習を無理に合わせすぎなんですよ、旧来の部活野球は」

 おおっと、野球部批判が始まったぞ。

「野球をやってるからって、基礎体力も違うし、ポジションで鍛えるべきところも違う。あと成長途中かもう上に伸びるのは終わったのか、そういうことも考えて鍛えないと」

「それを、全部大田君が?」

「まさか。コーチ陣と話し合ってですよ」

「白石君は……」

「あそこでボール拾ってます」


 体育館の半分で、バレー部がプレーしている。

 アタックをレシーブしているのが大介であった。

 セッターに絶妙のレシーブを届けた大介は、そこから数歩下がってジャンプしようとする。


 跳躍力は1mを超える。

 だがトスは普通に、前衛のアタッカーへと送られた。

「おーい! 俺にもトスくれよ!」

「入らねえバックアタックなんかされても困るんだっつーの」


「あれは、また何か野球への応用が?」

「まあピッチャーとかバッターの意識を感じるためにやってるらしいですけど」

「えっと、他の子達は?」

「陸上部の練習に混じったり、ゲージで打ってるのもいますけどね。あとは普通に筋トレしているのもいるし」

 そんなジンは普通に対戦校の分析をしていたりする。

「今度の日曜日に来ればよかったんですよ。三里と一緒に合同練習するんで」

「え、この時期に?」


 対外試合禁止期間は、合同練習にも届けがいる。

「三里の21世紀枠関東代表が決まりましたから」

 来年の一月に行われる話し合いで、北海道、東北、関東、北信越、東海の五つの地区から選ばれた中の一つが、21世紀枠でセンバツに行ける。

 実績から言って、まず三里に決まったようなものだと思うが、決まるまでは油断が出来ない。

「うちも去年は21世紀枠でとか言われてましたしね」

 結局関東地区準優勝で、実力でセンバツへの切符は手に入れた。


 来年の春、白富東がセンバツに選ばれることは確実である。

 確実と言うか、もし選ばなかったら高野連の頭がおかしくなったと思われるだろう。

 あとは部員の不祥事ぐらいだが、最近ではその部員のみを不可として出場するぐらい、不祥事への対応は変化している。

「千葉県はまだ、センバツの優勝はないですからね」

 夏の大会は優勝があるのだが、千葉はセンバツの優勝がない。

「センバツ優勝の見込みは?」

「もちろん狙います」

 割と慎重な発言をするジンであるが、この時は自信がそれを上回った。




 白富東に体育科が出来るらしい。

「今更かよ!」

 ジンは吠え、成績ぎりぎりで入学した鷺北シニア組や、急激に上がった倍率で戦々恐々としていた武史がげんなりする。

 しかもその体育科は来年度ではなく再来年度からであるらしい。

「俺たちには関係ないじゃん!」

 またもジンは吠えた。


 今の世の中少子化で、たとえ名門進学校と言えど、それだけで生徒を集めるのは難しい。

 たとえば白富東は名前に東とついているが、昔は西もあったのだ。

 あまり特徴のない学校だったため生徒数が減り、白富南と併合し、白富南陽という学校になっていたりする。

 白富東は野球部のおかげで志願者は大幅に増えたが、今の主力が卒業すれば、戦力がダウンするのは当然であろう。

 留学生枠を野球部のために延々と使うわけにもいかない。そもそも伝手がなくなれば終わりだ。

 そういうわけで体育科の設立である。

 強い公立進学校で、野球が出来る。若者たちへの未来を開いたわけだ。


 実はこれまで、千葉県の高校生の中には、頭も良くて野球の実力があっても、白富東に進学出来ないものがたくさんいた。

 それはなぜかと問われれば、学区制がまだ維持されているからだ。

 淳の進学の時にも問題になったが、学区制というのは千葉県内を複数の学区に分け、住所がその学区にあれば、その学区と隣接学区にしか進学出来ないというものである。

 ただこれも例外があって、普通科以外は県全域からの入学が許可される。

 それなのに白富東は今まで、普通科のみであったのだ。


 千葉全域からなら、あえて公立でプレイする、頭のいい戦力が入ってきていただろう。

 たとえばシニア組でも、倉田と同学年ではあるが、学区が遠かったためそもそも勧誘出来なかった選手もいる。

「体育科と言ってもスポーツ推薦と、多少内申点に下駄を履かせるだけだがね」

 高峰の言葉に、溜め息をつくジンである。




 本日は三里高校との合同練習。

 合同練習と言いながらこっそりとチーム混合の練習試合などをしてみたいものだが、この時期は本当に微妙なので、三里のためにも危うい橋は渡れない。

 昔は試合に見えるからシートバッティングも禁止だった県もあるというのだから、まだしもいい時代になったと思うべきか。

 野球部とは全然関係のない一般生徒の不祥事で、甲子園辞退などという黒歴史も、昔はあったのだ。

「私の高校時代と比べても変わってるからね。球数制限のこととかも、いいことだと思うよ」

 そう述べる国立は、神業のようなノックを行っている。


 ジンやシーナも相当にノックは上手いのだが、国立は本当に神がかっているミート力を持っている。

 守備陣が差し出したミットの中に、ライナー性の打球を打ち込めるのは凄まじい。

「ホームランの少ない落合とか呼ばれてたこともあったからね」

 もっとも国立は足も速いし、守備も上手い。


 ゆる~く各自が調整している白富東と違って、三里はとにかく体力の向上を主目的に練習をしているらしい。

 センバツは事実上の選考大会となる秋から、充分に間が空いている。

 なので選手の疲労も抜けていて、勝ち進んでもそれほど消耗しない。

 しかし国立は、最後の夏に意識を向けている。

 夏は地方大会と甲子園の間に少し休みはあるが、体の根幹的な部分の疲労は抜けない。

 夏を最後まで戦い抜くのは、とにかく体力が必要なのだ。


 そんな国立に、ジンは思いっきり失礼なことをあえて訊いてみた。

「最後の夏に、うちと戦って勝てますか?」

「トーナメント次第で、ほんのわずかに可能性は残ってると思うけどね」

 なるほど。


 夏の大会は連戦もあるが、それよりもまず暑さのために消耗が激しい。

 直史が省エネピッチングを心がけているのは、それへの対策だ。今年もアレクが一時期、暑さでパフォーマンスを落としていた。

 そういった面での体力があるのは、大介、武史、倉田あたりとなるだろう。

 もっとも武史は回復力はあるのだが、炎天下でのプレイはあまり好きではない。

「純粋に一試合あたりの消耗は、野球よりもバスケの方が、よっぽど激しいすからね」

 武史はそう言った。

 走り続けるバスケ、バスケほどではないがバスケより間断なく動き回るサッカー。それに比べると表と裏で休憩がある野球は、違ったタイプの体力が必要になるのだ。


「それにしても遂に佐藤直史君が球速アップに取り組み始めたのか」

 直史は一日300球の投げ込みを行うが、それはコントロールの調整のためであり、球速を増すことを考えてはいない。

 しかし完全なオフシーズン、小さな故障なら春までに治せるということで、球速アップの投げ込みを始めている。

「センバツまでには140kmを確実に投げられるようにするつもりですけどね」

「それもう、高校生には打てないよ」

 今のブルペンでの投げ込みまでに、直史はインナーマッスルの筋トレも行っている。

 さすがにそろそろ身長の伸びも止まったので、軽い機材を使ってのウエイトも行っている。

「まあうちはナオよりも、他の三人の方が伸びてるんですけどね」


 岩崎は意識的に、150kmをコマンドで投げ込めるようになってきた。

 アレクは計測したら、高速カットボールが140kmを超えていた。

 そして武史も、ようやく150kmがブルペンでは出るようになってきた。どうやらバスケ練習は、何かきっかけを与えてくれたらしい。


 150kmが二人に、140kmも二人。

 あと練習試合で大介が150km近くを投げたのも、国立は知っている。

 この投手力で全国制覇が出来なければ、それはもうキャッチャーか打線の責任である。

 それ以外では怪我とか、監督の無能を挙げてもいいだろう。




 直史と三里の投手陣は仲がいい。

 正確に言うと、話が合う。

 一人で三役ぐらいの投手をこなす直史に対して、一人二役ぐらいはこなしている星は、どこか似ているのだ。

 球速ではなくコントロールという点でも、二人は似ている。


 そんな直史はスルーの投げ方について問われ、普通に答えていた。

「そんなん縦スラにしかならへんやろ?」

「だからすっぽ抜けたスルーは縦スラか、あと真っスラにしかならないんだ」

 直史は基本的には、ピッチングは独学であった。

 そのためセイバーの連れて来たコーチから指導を受けて調整したら、あっという間に球速が上がったという過去がある。

「センバツ出たいなあ……」

 星が呟く。三里はセンバツ確定とも、いやまだ分からないとも、微妙なラインなのである。

 まあ関東大会ベスト8で、負けた相手にも大量点を取られていないので、まず間違いないはずではある。


 去年の秋に頑張った直史は、甲子園を明確に目指した理由が、きわめてはっきりとしている。

「甲子園に行っておけば、進学にも有利だしな」

「ナオは計算高いなあ」

 古田は秋からの合流であるが、既に三里には完全に溶け込んでいる。

「まあ星は成績も悪うないし、センバツもほぼ決まりやろうから、どっかの大学に推薦でいけるんとちゃうか? 俺もセレクション受けてはみるつもりやけど」

「先輩たちってもう、進学の話してるんですね」

「進学校だからな。俺はもう特待生内定してるし」

「え? ちなみにどこや?」

「早稲谷」

「あ~」


 納得する一同である。確かにブランドとしては、多方面に向けて早稲谷ブランドは大きいだろう。

「俺も大学でも続けるつもりやけど、公立やからなあ」

 古田の両親はそういったことは口にしないが、あまり親に金銭的負担はかけられない。

「それか専門学校かな。まあマジ野球は高校で終わりや」

「俺は大学出てからもやるつもりだけどな」

「は? ナオやったらプロからも声かかるやろうけど、それはちゃうんやろ?」

「クラブチームがあるだろ。週末とかに練習とかするし」


 最初は単純に選んだだけの野球。勝てなかったことで、勝つために練習した。

 それが高校で人生を変えることになった。進路も決まって恋人も出来て、野球って素晴らしいですね。全て野球のおかげです。ハゲも治るし宝くじも当たっちゃいますよ。

 そんな野球を趣味に戻すのは、社会に出てからである。

「でも、ナオ君と大介君が公式戦で戦うのは見てみたいかも」

 星の言葉に、他の皆が頷く。


 冬が通り過ぎていく。

 花開く前の、最後の夏へ向かう冬だ。


×××


 バスケ用語について

 ・スクリーンアウト 

 でかい味方の体を利用して相手のマークを外す技術。

 ・レイアップ 

 花道がやってた庶民シュート。

 ただしスピンをかけてボードに当てて入れるなど応用がきく。

 人によってはいくらでも高等技術に出来るシュート。


 学区制

 他の県ではなくなっているところが多い。

 ただ体育科や商業科などは全県から集めることが出来る。

 商業科や工業科の普通校が強かった理由の一つ。

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