第45話 人生の中に変化あり

 野球に必要なフィジカルというのは、どういうものだろうか。

 一般的に野球に限らず、ほとんどのスポーツにおいては、体が大きく体重が重い方が有利である。

 それは身長の高さが骨格の大きさに関連し、骨格の大きさが筋肉の量に関連するからである。

 白石大介を除く。


 白石大介という存在は、野球の、スポーツの基本的な前提に喧嘩を売っている存在である。

 不条理なほどの強打者。そして巧打者とも言える、異常なまでの三振の少なさ。

 彼のバッティング技術に、まともな理論は役に立たない。

 これまでに一試合をかけて彼と戦い、勝利したピッチャーはいない。

 そんな数々の逸話を持つ、既に伝説になりかけている彼も、人間としてはただの高校生であった。

 そして当然ながら人間の親から生まれていて、親元で生活をしている。


 だからごく平凡な問題が、自分の責任ではないが降りかかってくる。

 たとえば親の再婚話などである。

「……けっこういきなりだよな」

「いつ言おうか、ずっと迷ってたんだけどね」

 高校に入ってからの大介は、春先まではともかく、それからはずっと野球に専念してきた。

 とにかく野球ばかりしてきて、母は仕事に忙しく、家の中では祖父母と過ごすことが多かった。


 それに引っ越してきてからは、時折体調の悪くなる祖父のこともあって、こういった話題はなかなかしにくいものであった。

 野球のオフシーズンになり、大介もちょっと落ち着いたということで、そういう話が出たということだ。

「再婚自体には反対しないけど」

 母がほっとするのを見て、大介としては戸惑うばかりである。

「引っ越したりすんの? それに名字とか変わったり?」

「それをこれから話し合いたいのよ」

「まず大前提として婆ちゃんは?」

 同席して聞いていた祖母は、特にこれまで何も言わない。

「あたしのことはいいからね。あんたの好きにしたらいいんだよ。ただ大ちゃんのことは、考えてやらないとね」

 娘と孫のことが大事で、自分のことはどうでもいいと。


 大介としては母の思うとおりにすればいいとは思うのだが、学校の転校があるのだけは困る。

 それに向こうの家にしても、いきなり母親はともかく、その連れ子までが来るのは戸惑いがあるのではないか。

「あっちはどういう家族構成なの?」

「もうご両親もなくなっていて、娘さんたちが二人いるの。あんたの三つ上と、一つ下ね」

「あ~……ちょっと考えさせて」

 たっぷりの夕食を前にして、珍しく食欲が湧かない大介であった。




 白富東はその日の練習内容にもよるが、練習中におやつを食べる。

 おやつと言ってもお菓子ではない。補給である。

 近隣で米農家をしてるOBがいるのだが、それが差し入れとして持ってきてくれるのだ。

 運動中の栄養補給は重要なので、白富東のガチ野球勢は、一日五食以上は食べている者もいる。

 それでも太らないのだから、体育会系の消費量恐るべしである。


 その大介の食事の量が、わずかに減っていることに、当然ながら周囲は気付く。

「どうしたの? 梅干にする? 豚汁もつける?」

 ご飯係をしてくれている双子が、こちらをひょこっと覗き込んでくる。

「いや、ちょっと考え事をしてるだけだって」

 しかしそもそも、大介がそんな深刻な顔をすることが珍しい。

「期末テストは、一応赤点はなかったんだろ?」

「ちげーよ。補習受けるわけにはいかなかったから、必死で勉強したっつーの」


 こいつがそれ以外に何を悩むというのか、野球部の連中には分からない。

「ひょっとして、お母さんのこと?」

 こっそりと耳元で囁かれる。大介は耳が弱い。だがそんなことはどうでもいい。

「え、なんで知ってんだ?」

「病院に行った時に偶然聞いちゃった」

 それは双子は悪くない。


 部員たちの注意が集まっている。一人直史は、知らん顔をしているが、それがむしろ「知ってる」と物語っている。

 大介にとって野球部の皆は、全員が友人とまではいかないが、ある意味友人よりも大切な仲間だ。

「なんか悩みがあるなら聞くけどさ。キャプテンとしては、部員の私生活でも、なんとかアドバイスしたいし」

 ジンの言葉に、甘えることにした大介である。




「優先順位をつけるべきだな」

 女のこと以外は何事も計算高い直史の言葉である。

「あと譲れるところと譲れないところだ」

 人生には捨てるべきものと、捨ててはいけないものとがある。


 ちなみにこの場合、大介の母が再婚して引越し、大介の住所が遠くに変わっても、大介が転校する必要はない。

 こういう場合は下宿なり親戚の家なりという選択が出来るのである。

「相手は医者かあ」

「開業医じゃないんだよな?」

「でも大学病院とかじゃないんなら、ちゃんと高給取りのはずだぞ」

「よく知ってるな」

「うちも医者だし。俺も医者目指してるし」


 白富東は忘れられることが多いが進学校である。

 野球研究班の中には体力をつけるため、それなりに同じメニューをやっている者も多いのだ。

 彼は将来スポーツドクターを目指しているそうな。よって一番需要の多そうな野球部に入っている。

「お袋さん看護士だよな。職場が同じなわけかあ」

「でもとりあえず、高校の間は今の住所の方がいいんじゃね?」

「だな。つーか夏の甲子園が終わるまでは環境変えない方がいいだろ」

「でもプロに進んだらどうせ、選手寮に住まないといけないけどね」

「千葉だったら通勤できるんじゃねえの?」

「プロは家庭持ち以外は全員寮に入る決まりだよ。ドカベンはなぜか長屋から通ってたけど」


 そもそも大介がプロに行くと言っても、それがどこになるかは完全な運である。

 神奈川は行きたくなくて、あとは出来ればセ・リーグというのが希望であるが、上杉と戦える機会はあるので、パ・リーグでも問題はない。むしろ日本シリーズ対決ならより燃える。今なら交流戦もあるし。

「つーか上杉さんと大介で食い合いしないと、セとパのタイトルがえげつないことになるんじゃね?」

「確かに。そういやあの人、紅白のゲスト審査員に選ばれたんだってな」

「へ~。ひょっとして最年少?」

「清原が同じくプロ初年でやってた」

 薬 ダメ ゼッタイ


 多少の脱線はありながらも、皆はちゃんと大介の親身になってくれた。

 別に大介だけでなく、親が入院したとか兄弟が入院したとかで、それなりにフォローはする関係である。

 白富東の野球部は体育会系ではないが、それなりに部員の絆は深い。

 ノンケだった男がオタク汚染されるぐらいには、趣味の話もされている。


「てか大介が地方球団に言ったらツインズはどうすんだ?」

 岩崎がふと尋ねた。

 双子はご飯のお代わりをよそいながらも、普通に答える。

「あたしたちは仕事の都合もあるから、東大行くよ」

「終末は通い妻するからね」

「いや、たぶん寮は部外者禁止だろ」


 将来はどうなるかは分からないが、今この場で最も稼いでいるのは、佐藤家の双子である。

 事務所に所属しているので給料が出ているが、これがなかなかに高額なのだ。

 白富東の校則には、実はバイト禁止というものはないし、そもそもこれはバイトでもない。

「武道館のコンサートってちゃんとチケット売れたのか?」

「売れたと言うより、五分でなくなった」

「ケイティが友情出演するからね」


 将来のプロ野球選手に、現役の芸能人。

 入学した時はただの人だったのに、この変遷はどう考えるべきか。

「俺プロ行けても絶対お前と同じリーグやだわ。同じ球団ならいいけど」

 散々話が来ているのは岩崎もである。さすがに大介ほどではないが、全国大会でも散々投げているので、知名度は高い。スカウトから高峰に話しかけることが多いし、軽く挨拶する程度ならしょっちゅうだ。

「ガンはどこに行きたいんだ?」

「そりゃ投手層がほどほどで、育成がまともな在京球団だろ」

 このあたりの事情は、当然ながらジンが詳しい。

「ぶっちゃけ育成の下手な球団ってのはあんまないんだよ。そもそもコーチがころころ変わるからさ。それでも今ならセは大京、パは東鉄がオススメかな」

「神奈川は?」

「あっこは今そんなに投手育成力高くないはずなんだよ。上杉さんが規格外で、それに投手陣全体も引っ張られたって感じじゃないかな?」


 プロ野球の育成上手下手は、そうそうはっきりと言えるものではない。

 育成選手を抱えていけるフロントの事情にもよるし、コーチの手腕というものがあるからだ。

 それでも、投手が比較的育ちやすい球団と、育ちにくい球団はある。

 あとは投手の能力うんぬんではなく、高卒をあまり取らない傾向の球団もある。

「プロで長くやってくつもりなら、ガンちゃんの体の出来具合なら、大学じゃなくて直接プロでいいと思うよ。あと割と戦力外通知を出すのが遅いのが、巨神、東鉄、福岡、東北、大阪あたりかなあ」

 ジンの分析力は高い。それに父から色々と聞いてもいる。

「やめておけってとこは?」

 岩崎とすれば就職先とも言えるので、それなりに必死である。

「さっきも言ったけど、フロントが変われば方針も変わるんだけど、今は千葉と中京かな。あと本当は神奈川もオススメじゃないんだけど、なんかムードが違うんだよね」


 今年の神奈川はドラフト一年目が上杉以外にもそれなりに活躍し、若手とベテランが、途中で故障をしながらも切れ目なくチームを引っ張っていった。

 おそらく上杉勝也の力であるが、一年目の高卒選手の影響力ではない。

「まあでも、とりあえずドラフトの順位を高くしておけば、それなりにチャンスをもらえる回数も増えるからね。センバツと夏はガンちゃんメインで、もうナオはアピール神宮で充分だろ?」

「変化球苦手な相手の時は投げるわ」

 大学のスカウトの目を考えれば、あそこでホームランなどを打ってくれた坂本にだけは腹が立つ。

 しかしそれは直史のミスである。


 岩崎としてはやはり、最後の一年で結果を残すしかない。

「つーか今年のアジアカップには選ばれたいな。せめて候補までには」

「なんだそりゃ?」

「ワールドカップに行ったお前がなんで知らないんだよ!」

 大介に対してキレる岩崎は珍しい。




 U-18ワールドカップは隔年で行われるが、それの予選も兼ねたU-18アジア選手権大会も、隔年で行われる。

 この上位三チームは翌年の、つまり今年直史と大介の出場したワールドカップに出られるわけだが、上位三チームは日本、韓国、台湾の三カ国にほぼ固定されている。

 開催国のワイルドカードで出られた国は、恥を晒すだけ。それぐらいこの三国と他はレベルが違うのだ。

「へ~」

「来年は日本でやるんだから、それぐらい知っとけよ!」

 大介はともかく岩崎は当落線上の選手だけに、そこそこ興味を抱いていたわけだ。

「じゃあ三年主体で選ばれるとしたら、俺とナオと樋口に、あとは上杉が当確か」

「二年から選ぶとしたら、うちのアレクにタケ、それと大阪光陰の真田と後藤かな」

 ワールドカップでは外野でさんざん織田が苦労しただけに、二年でもアレクは選ばれるだろう。


 まあまだまだ先の話ではあるのだが、無責任に予想すること自体は面白い。

「夏までにちゃんと伸びたら、大滝が選ばれるんじゃね?」

「こないだは大介のせいでひどかったけど、早大付属との試合はほぼ完璧だったもんな」

「あとは坂本! ナオからホームラン打ったのって、高校入学してからは二人目なんだよな」

「え? そうだったっけ?」

「ほら、勝ったけど一年の春の勇名館戦でさ」

「あ! 黒田に打たれてたか。そういや黒田、ドラフトには引っかかってたけど、どこ行ったんだっけ?」

「東鉄じゃなかったか? まあ普通一年目の野手は、そんなに出てくるもんじゃないしな」


「捕手なら明倫館の村田もやばくなかったか? うち相手に一番失点少なかったし。高杉よりは村田のリードだろ?」

「瑞雲の武市も良かったけど、たくさんのピッチャーを相手にしないといけないんだから、キャッチャー専門に振り切ってジンが選ばれる可能性も高くないか?」

「あ~、武田と立花はバット評価が高かったしな」

「や~、残念だけど樋口がいるなら俺はいらないだろ」

「あと今の二年って、まだあんまり分からないよな」

「あ、群馬のあいつは留学生だけど出られるんだっけ?」

「夏に五番打ってた桜島の大山とかもすごそう。今は四番だよな?」


 超強豪では実力がありながらも、二年の秋まであまり出場機会のない選手というのはいる。

 だから本当のところは、センバツに出てきてくれないと、実力もあまり分からないのだ。

 一応はジンが作り出したコネクションで、地方大会もある程度は情報が集まってきている。

 しかし春までにはがっさり選手が入れ替わることもあるのが、高校野球の恐ろしいところである。


「ワールドカップも勝ったし、甲子園さえ優勝すれば、アジアなんてどうでもいいけどな」

 直史の言葉はいつも通り、傲慢でありながらも許されるものであった。


×××


 この世界の台湾は独立したらしいですよ? (*´∀`*)


 明日は朝晩二度投下予定。

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