第41話 魔球少女に野手投手、おまけにちょびっと本格左腕

 もはや佐藤直史の代名詞の一つとも言える魔球スルー。

 だがこれはそもそも、シーナが身につけたものである。

 中学生も後半になると、男女のフィジカル差がさすがに顕著になってくる。

 その中でシーナは技術を磨き続け、全国レベルのシニアで三番手投手、またレギュラーのセカンドを保持し続けた。


 ストレートの球速120km台後半というのは、県内の普通の野球部のピッチャーであれば、高校生でこの程度でもおかしくない。

 これに制球力と変化球を加えれば、それなりのチーム相手でも通用する。

 そんなシーナとピッチング論を話したとき、投手の中で一番話が合うのが直史である。


 佐藤直史はその実績、成績、対戦印象からして、現在の高校生では世界ナンバーワンのピッチャーである。

 アメリカなどには無名校にとんでもない素質のピッチャーがいたりするが、少なくともワールドカップにおいては、最優秀救援投手となった。

 ロングリリーフでも相手を完封したため、その変幻自在の投球術は、極めて評価が高い。

 マダックスが日本に転生した!とまで言われたほどである。(まだ死んでない

「別に球速は必須じゃないんだ。あればいいっていうだけで」

 高校球界最高のピッチャーはそう言う。

「ストレートにしたって、俺は140kmは投げないけど、配球の中で組み合わせてけっこう三振を取ってる」

 直史の奪三振は確かに、完全にタイミングを外したカーブと、抜群のコントロールのストレートが多い。

「たぶん大介を完全に抑えようとするなら、ストレートは160kmが必要になると思う。でもあいつは、世界であいつ一人しかいないしな」

 だから直史は、どんなバッターを相手にしても恐れることはない。




 早大付属Bチームとの対戦。

 先頭打者を三振に取ったシーナは、続く二番と三番を内野への小フライで打ち取った。

 Bチームということでネットの外から見ていた主力は、控えの情けなさに憤ったのも二人目まで。今は三人が凡退したことに興味を抱いている。

「最初のあれ、スプリットか?」

 大黒柱、エースで四番でキャプテンの近藤が、誰にともなく問いかける。

「綺麗に落ちたね。縦スラ?」

 応じたのは一番を打つ沖田。早大付属の三連星と呼ばれる、ヒット量産打線の一番打者だ。

「あれは……スルーじゃないのか?」

 キャッチャーである土方はそう見抜く。


 スルー。甲子園と世界大会で直史が使い、その効果を立証した真のジャイロボール。

 試してみた者は多いが、ほとんどが変な回転の抜けたスライダーになるため、あれは何か特殊な秘密があるのだと言われている。

 撮影した映像をスローで分析しても、そんなに変わった握りには見えないのだが。


 同じチームの人間なら、投げ方のコツも詳細に聞くことが出来る。

 順番は逆なのだが、近藤たちはその魔球に気付いた。

「その後のストレートはスピードはそこそこだけど、打ち上げていたな。伸びてるということか」

 近藤が疑問を呈し、それに他の部員が答えることが、早大付属のパターンである。

「スルーって伸びながら落ちるんだよね」

「それと緩急を付ければ、遅いストレートでもボールの下を打つわけか」

 この分析も正しい。


 シーナのコンビネーションは基本的に、ジンが直史と使っているのと同じものである。

 直史であれば球速がもう少し上なので、これが三振になるのだ。

「しかしおい、女を打てなかったら佐藤が出てこなくても仕方ないぞ」

 近藤の困った声に、冷たい声が応じる。

「大丈夫だろう。あの子はシニア時代も、短いイニングしか投げてなかったようだし」

 二番打者の山口。三番打者に巧打者を置くことが野球では多いが、おそらく早大付属で一番ピッチャーにとって厄介なのが、この山口である。


 山口の顔を見た三人は、その情報に感心したわけではない。

「お前、女の中学時代まで調べてるの?」

「違う! シニア時代に当たったことがあるんだよ!」

 近藤たちは地元出身であるが、山口は地方からの野球特待生である。

 三人は地元の軟式から上がった幼馴染なのだが、山口はシニアというのも、少しノリが違う理由である。

 他にも数人は都外の出身であるが、このチームは近藤を中心にまとまっている。

 面倒な三年がいなくなってようやく、ベストメンバーが組めるようになったとも言える。


「で、お前はその椎名のデータを知らせたのか?」

「まさかうち相手に出てくるとは思わなかったから、知らせていない」

 山口痛恨の伝達漏れである。


 白富東は中核となる部員が少ないため、Bチームと言ってもレギュラー全員を抜いているわけではない。

 キャッチャーのジンの他にも、スタメン次第ではレギュラーを守るメンバーが入っている。

 ただ直史と岩崎がピッチャーでないのに加えて、大介、アレク、鬼塚まで抜けている。

 倉田はファーストで入っているが、これは守備はともかく攻撃が極端に弱い布陣である。

「白富東は上位打線つーか、白石がとにかく理不尽だってのは分かってるが……」

 土方が洩らすように、代わりに出ている今日のスタメンも、早大付属のBチームの投手から、粘り強く球数を放らせている。

「意外と強そうだよね」

 沖田の言葉通り、試合は三回まで動かなかった。




 白富東の予定は、本日は午前中に早大付属のBチームとの練習試合、それから早大付属のAチームと花巻平のAチームとの試合を見て、三試合目に早大付属とのAチーム同士の試合である。

 明日は最初に花巻平のAチームと試合をして、午後は早大付属と花巻平のBチームとの試合を見学して帰る。

 これだと早大付属が大変で、白富東は花巻平のBチームと試合がないので損とも思えるが、お互いのチーム事情、選手層の厚さが違うので仕方がないのだ。

 まあ体力お化けの大介と、省エネピッチングの直史を中心にすれば回せなくはないのだが、公式戦ではありえないほどの過密スケジュールを行うほどの意味はない。


 甲子園準優勝、国体と神宮を制しても、いまだに白富東の全体のチーム力は、全国レベルの強豪では弱いほうなのだ。

 特にスタメンを外れると、打撃力が落ちるのが痛い。

 どうにかこうにか抑えられなくはない大介以外の打者を抑え、大介を敬遠してしまうのが、白富東から得点力を奪う、最も適切な手法である。


 だが今日の白富東は、粘り強い打撃を行う。

 難しい球はカットして、甘くきた球を狙い打ち。

 クリーンなヒットは一本しかなくても、それを最大限に活かして得点する。

 シーナが降板する三回までに1-0とリードしていた。


 四回から投げるのは、練習試合でも超久しぶりのマウンドに立つ大介である。

 鬼塚に投げてもらっても良かったのだが、早大付属のAチームと対戦することを考えると、体力は万全の状態でいてほしい。

 白石大介のマウンドということで、違った意味でも注目が集まる。

 ショートの大介はその守備において、寝転がった状態のまま上半身だけでファーストに送球することが多く見られている。

 肩の強さは知られているが、スピードはどれだけ出るのか。


 大介としても、地肩は強くなっているなとは思うが、練習でもわざわざ測ったことはない。

 この練習試合はちょっとした余興だ。もし具合が悪ければ三番手に交代である。


「念のために測っておこうか……」

 12球団に揃ってメジャーまで、スピードガンを持ち出す。

 大介としても自分の身体能力がどれだけ上がったのかは興味がある。


 元々球種はストレートに、ほんの少し曲がるスライダーだけ。

 それでも一年の頃は、公式戦でもわずかに投げたことはあった。

 ぐるんぐるんと肩を回しつつ、投球練習をする。

「はや……」

「え? どんだけ?」

「146!? なんでピッチャーやってないの!」

「いやだって佐藤兄弟と岩崎と左の中村がいるから」

「うわ……これ、スカウトしてないんだよな?」

「奇跡だよ、特待なしの公立校に、こんだけピッチャーが集まるのは」


 なんでこいつら、普通の公立で野球やってんの?

 なんでこいつら、一つの学校に集まったの?

 FA、白富東が進学校で、現在早稲谷の一年であるキャプテンが、とてもいい選手だったからです。あとは偶然と金の力です。




 プロのスカウトたちの中で目立たなかった、早稲谷大学の野球部部長は、片森監督の肩に手をやる。

「勝てる! 佐藤がうちに来てくれて、付属の子たちが大学まで進んでくれたら、うちは優勝出来る!」

「佐藤が? 早稲谷に? 特待ですか?」

「ああ、ちょっと特殊な待遇になりそうなんだが、それとは別に春日山の樋口も誘ってるんだ。あと春には桜島の西郷が入ってくる」

「それは……」

 片森は絶句する。ワールドカップの優勝決定バッテリーに、ホームランも打った西郷、そして今の早大付属の二年たち。

 覇権しか見えてこない。

「今の二年たちは、どれぐらい上に来るのかね?」

 そう、片森の見る限りでも、今の二年のスタメンには、プロでも通用しそうな素質の持ち主が多い。

 だが土方も沖田も、そしてほとんどの二年は、近藤が大学でやるなら自分たちも大学でやるだろう。

「近藤次第ですね」

「なんとか条件は整えてみせるとも」


 近藤は、条件だのどうのでは動かない。

 彼が大切にするのは道理と大義だ。そこが人望を集める元ではあるのだが、その人望がありすぎたために上級生と対立し、早大付属が甲子園に行けない確執ともなったのだ。

 チームプレイを人一倍大切にしながらも、人望がありすぎるがゆえに、同級生たちから上級生以上に慕われる。それが三年生には許せなかった。

 本人に全く責任はないが、片森もなかなか苦労させられたものだ。


 しかしその近藤が、いよいよキャプテンとなった。

(土方をキャッチャーにコンバートさせたのはすまなかったが、おかげでチームの構想は上手くいっている)

 秋の都大会準優勝。決勝の帝都一とは接戦であった。

 三年に試合の機会を譲っていたために実戦勘は鈍っていたが、神宮に出られなかったことで、練習試合はガンガンと行った。

 センバツに選ばれなかったとしても、来年の夏は全国制覇を目指せるチームだ。


(でもなあ……)

 大介の鉄砲肩ストレートに、Bチームは三振したり、小フライを打ち上げたりしている。

 球が重いらしく、球が伸びてこないかわりに、打っても飛ばない。

 ポテンヒットが運良く続いて一点は取れたのだが――。

「あ」

「いった」

 ピッチャーをするということは当然打巡にも入るわけで、クリーンヒットで出塁していたシーナを一塁に置き、バックスクリーンへ運んでいた。


 それからまた一点を取られて、最終回は申し訳程度に武史がクローザーを務めた。

 ヒットと四球でランナーを二人出しながらも、アウトは全て三振というのがご愛嬌である。

 スコアは結局3-2で白富東のBチームの勝利である。

(エース二枚使わずにこの強さなの?)

 片森監督はセンバツまでに、さらなるチームの強化を誓うのであった。

 もっともこの段階では、出場できるか分かっていないのだが。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る