第27話 スラッガーの明暗

 白石大介という打者は、はっきり言ってしまうとオーバースペックである。

 打ちすぎるし、飛ばしすぎる。

 打ちすぎるがために敬遠の機会は多くなるし、場外まで飛ばしてもホームランが二点にはならない。

 ただこのオーバースペックの威圧感というのは、対戦する投手にとっては凄まじいものだ。


 つまるところ二回以降も、白富東の打線は好調であった。

 二回の表も、ツーアウトからアレクが連続安打で出塁し、鬼塚も今度はヒットで出塁した。


 ツーアウト一二塁。

 ここから勝負すべきかどうか、聖稜は迷う。


 そもそも神宮大会で優勝というのは、聖稜にとってどんなメリットがあるのか。

 確かにそれなりには名誉であるが、得をするのはセンバツ出場枠が増える北信越のチームである。

 ベスト4で残った春日山が、三チーム目として選ばれる可能性は高い。正直、上杉と樋口の二人とは戦いたくない。

 上杉は甲子園優勝投手であるし、センバツは投手有利の大会と言われている。故障から完全復帰した上杉は、来年のドラ一候補だ。

 それに樋口だ。大きく戦力が落ちた春日山であるが、樋口は決勝打を何度も打っている。

 異常に勝負強い打者。そもそも夏もサヨナラホームランを甲子園の決勝で打っているのだ。


 そんなことまで考えたわけではないが、監督は迷う。

 白富東の先発は中村アレックス。悪い投手ではない。普通に甲子園でエースになれる投手だ。

 だが白富東にとっては、これが四番手であるのだ。佐藤と岩崎のダブルエースと言われているが、スペックを考えれば佐藤弟も入れたトリプルエースと言ってもいい。


 しかし良い投手が相手にいるというのは、悪いことばかりではない。

 井口と勝負してもらえる。


 北信越では、井口はほとんどのチームからまともに勝負してもらえなくなってきている。

 春日山の上杉クラスであれば別だが、あとは長野県の上田学院ぐらいしか、まともに井口を抑えようとしてくるピッチャーはいない。

 そのピッチャーを打って優勝し、神宮大会には来ている。


 井口は超高校級といっていいバッターだ。本人もプロ志望であり、例年であれば複数球団競合のドラ一となるであろう。

 だが同じ世代に、白石大介がいるのが不運であった。

(そもそも上杉兄弟も樋口も、うちからのスカウトが行ってたのに……)

 上杉勝也も公立ではなく、それなりにいい選手のいる聖稜に来れば、甲子園で優勝も出来ただろう。

 まあそれはそれとして、大介をどうするべきか。


 井口が敬遠されるたびに思うのは、強打者の宿命である。

 月岡というこれまたドラフトにかかりそうな打者がいるおかげで、井口はそれほど敬遠が多くならない。しかしその点では大介は井口よりもさらにチームメイトに恵まれている。

 ホームランを打てる打者が後ろに二人もいるのだ。下手な敬遠は出来ない。

 ツーアウトであるから、外野フライや内野ゴロでも点は入らない。

 だから計算だけで判断するなら、満塁策でもいい。


 しかしこうも思うのだ。

 出来るだけたくさん、白石大介と勝負させておきたい、と。

 ベンチの指示は勝負。ただし低め徹底、であった。




 大介は基本的に、レベルスイングの鬼である。

 高めに外れたボール球は大好きで、普通にホームランを打ってしまう。

 課題としては、低めの球をアッパースイングで打って、適度な距離のホームランにしたい。

 別に野球はホームランの飛距離を競うスポーツではないのだが、その辺り大介は少しムキになっている。

 直史に比べると、野球を楽しみすぎていると言える。

 直史にとって野球はゲームであるが、大介にとっては勝負なのだ。


 そんな大介に対して、聖稜のエース河合は、二打席目も勝負してきた。

 今度は低めに。大介の弱点であるはずの、背中側から変化するように見えるシンカーを、低めに決める。

 またかよ、と大介は思った。

 スプリットが有名なので、それを打とうと思っていた。研究中のアッパースイングの試験にもなる。

 だがシンカーも沈む球であることは確かだ。そして先ほどとは違い、低め。


 大介は普段、腰の回転を重視して打つ。

 だがこれは、膝のバネを意識する。

 タイミングを少しだけ遅くし、ミート。

(上げすぎたか?)

 ボールは方向も悪く、センターの一番深いところへ飛んで行く。

 最初から外野は深く守っていたこともあり、ホームランにならなければフライでアウトだろう。

 いまいち手応えは悪かったなと思ったのであるが、グラブを伸ばす余裕もなく、スコンとセンターに入った。

 二打席連続のホームランであり、この試合では最後のホームランとなった。




 役者が違う。

 大介の打撃は、いくらでもテレビで見てきたはずである。それなのに、どうして実際に目の当たりにすると、ここまで印象が違うのか。

 聖稜は超高校級と言われる、自軍の四番の井口と比べてしまう。

 確かに井口も、北信越ではほぼ無敵のバッターだ。打率は平気で五割を超えている。

 しかし大介はそれ以上なのだ。


 あの小さな体にだまされる。

 だまされる方が悪いのであるが、あの打力は詐欺である。


 井口も二打席目、三打席目と連続でヒットを打った。

 しかし聖稜は大介を三打席目以降敬遠した。

 怪物と対戦する経験などと言っていられない。これ以上打たれるのはメンタルに影響があるというわけで、五回で二番手に交代。

 この時点で聖稜は勝利を諦めたと言っていい。


 そして井口も、四打席目。投手は六回から代わった佐藤武史。

「ットライクッターアウト!」

 インコース低目を空振りして三振。




「佐藤武史、良くなってきてるよな」

「元々スケールの大きさは兄より上だからな」

「一年で150kmってのは普通じゃないよ」

「今日の最速は149kmだけど、コンスタントに140kmは出してるからな」

「一年で150kmってったら、花巻平の大滝はどうなんだ?」

「ああ、故障からの回復がイマイチらしいけど、まあ高校生の内は成長とのバランスが取りにくいからなあ」

「でも次の三年の夏は、甲子園で見たいよな」

「甲子園に出なくても、ここまで情報が拡散したら、ドラフト指名は確実だからなあ」


 だらだらと話しているのはスカウトのおっさんどもである。

 神宮大会は高校生だけでなく大学生の試合もあるので、スカウトとしては選手の試合でのプレイを見るのに丁度いいのだ。

 試合自体の流れはもう決まっている。聖稜はあの一回の攻撃が全てであった。

「白富東は、本当にタレントが多いよな。白石の前後の打線が厚いんだよ。足もあるから平気で二塁打分にはなるし」

「白石は敬遠しても、ほとんど二塁打以上になるわけか」

「盗塁警戒して抑えられるほど、四番も五番も甘い打者じゃないし、変化球なら普通に走ってくるからなあ」


 単なる強打者ではない。俗に5ツールプレイヤー、あるいは6ツールプレイヤーという存在がある。

 ミート力、パワー、守備、走塁、肩、そして出塁率の優れた選手のことを言う。

 なかなかこういった選手はいない。今年の三年生で言うなら、実城などは守備と走塁は及第点レベルであったし、織田はパワーが微妙に足りない。

 井口であっても走塁が傑出しているわけではないので、惜しいところである。

 レジェンドであるイチローでさえ、この基準ではパワーがあと少し足りないと言われてしまうのだ。


 今の高校生でこれを満たしているのは、白石大介だけである。

「オタクは来年白石行くの?」

「どうかな~。ピッチャー取りたいってのもあるけど」

「競合がどこまであるかだけどね。打てるショートなんてそうそういない」

「今日はアッパースイングでも持っていったからな」

「打てないコースがない。敬遠しても走られる。悪夢だろうな」


 何をどうしても、どうしようもない。

 こんな選手が一人いれば、攻撃面での戦術は多くなる。

 しかも前後にも高打率のバッターがいるので、単純に敬遠だけではどうにもならない。


 聖稜との試合は8-2で白富東が圧勝した。




 この日、もう一つの一回戦が行われる。

 白富東と同じく運の悪かったチームは、大阪光陰と桜島実業である。

 大阪光陰は相変わらずえげつないほどの選手層であり、桜島実業も相変わらずの打撃偏重チームだ。

 オールラウンドのチームと、打撃偏重のチーム。

 点の取り合いになれば、桜島実業にも充分なチャンスがあるはずであった。


 しかしこの試合は、先発の真田が無双した。

 強打の桜島相手に、被安打一の四球一。

 あわやパーフェクトというピッチングである。

 そして打つほうも四番に入った後藤が二本のホームランを打ち、5-0で完勝であった。

 だが桜島も珍しく、一試合を丸々投げるピッチャーが出てきていた。

 九番打者だったので、ピッチャーにもバッティングを求める桜島としては、かなり異例の抜擢なのだろう。


 来年の話をすると鬼が笑うというが、再来年のドラフトは、真田と後藤が目玉になりそうである。

 今年のドラフトと比べるなら、真田は吉村、後藤は実城に近い。アレクが織田の系統か。

 もっとも似ているという点なら、吉村に似ているのは真田ではなく武史だ。

「あっちからは大阪光陰かなあ」

「真田がこの試合完投したのが、どう響くかだけどね。次は中京国際で、準決勝は多分帝都一なのかな?」

 帝都一と準々決勝で戦う東北中央はこの夏、県大会の決勝で仙台育成に負けているため、新チームの始動が早かった。

 東北地方では五指に入るチームなだけに、帝都一も油断が出来る相手ではない。


 選手層は帝都一の方が厚いが、東北中央も50人以上の野球部員から選ばれた、東北に優勝旗をと願いを背負った選手がいる。

 あと普通に県外から特待生を取っているので、大介とアレク以外は千葉県出身の白富東とは、やはり比べるわけにはいかないだろう。

「帝都一とはまた練習試合すればいいし、春の関東大会で戦うかもしれないから、東北中央の試合をたくさん見ておきたいんだけど……」

 東北中央のエースもまた、評価の高いピッチャーではある。

 なにせリトル時代には日本一になっているのだ。ただ高校生になってからは身長が伸びてバランスが悪くなり、一年の時は全く投げていない。


 そして全国では投げていないが、一年時に150kmを記録したという、花巻平の大滝志津馬。

 冬の間にどれだけ鍛えられるかだが、来年の夏は意外と、東北勢が上がってくるかもしれない。

(それでも負ける気は全然しないんだよなあ)

 自軍のチームに絶対的な自信を持つジンであった。

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