第25話 大学野球の聖地

 神宮大会はその名の通り、東京の神宮球場で行われる。

 甲子園が高校野球の全国大会を行うために作られた球場であるように、神宮球場もまた大学野球を行うために造られた球場である。

 六大学野球や、東都大学一部リーグの試合が行われ、また全日本大学野球選手権もこの球場と東京ドームを使って行われる。

 実は高校野球でも東京のチームはここで試合を行うことがあり、またアマチュアの選手権でも使われる。

 プロであっても現在は大京レックスが本拠地としているが、それでもやはりメインは大学野球である。


 そんな神宮大会は、高校生の部だけではなく、大学生の部も同時に行われる。

 大学は大学で複雑な選ばれ方をした各地のチームが出場するのだが、日程的には高校の部が午前から昼、大学は午後に行われる。

 国体と秋季関東大会では一回戦を経験せずに済んだ白富東であるが、ここではその幸運には恵まれなかった。

 なお出場校は以下の10校である。


 北陽   (南北海道)

 東北中央 (宮城・東北)

 聖稜   (石川・北信越)

 白富東  (千葉・関東)

 帝都一  (東東京)

 中京国際 (愛知・東海)

 大阪光陰 (大阪・近畿)

 明倫館  (山口・中国)

 瑞雲   (高知・四国)

 桜島実業 (鹿児島・九州)


 見事なことに、公立は白富東だけである。

「春日山は出てないのか」

「一応新潟大会は優勝したらしいけど、北信越大会じゃベスト4で負けてるから、センバツも怪しいよな」

「北信越の枠ってどんだけだったっけ?」

「二だよ。だから聖稜と準優勝の上田学院の二校で決まりじゃないかなって言われてる」

「夏は出てくるよな? 樋口には借りを返さないと」

「樋口は北信越大会で四本ホームラン打ってたらしいけどな」

 やはり春日山はまだチームの編成が完全ではないらしい。

 だが国体で呆気なく敗退したことと比べれば、確実にチームとしての機能は上がってきているだろう。


 そして白富東が当たる初戦の対戦相手は、その春日山を破って北信越地区の代表となった聖稜である。

 強打のチームであるが、春日山と戦った準決勝では、上杉正也から取った点数は二点である。

 スコアは2-1で勝っているので、強打と言ってもさすがに桜島などとは違うらしい。

「中心選手は四番の井口。ここまで高校通算40本のホームランを打ってる。あと投手はエースクラスが二枚いるけど、それほど問題じゃないと思う」

 地区の代表相手にそこまで言えるとは、白富東も強くなったものである。

「春日山はそんなところから一点しか取れなかったのか?」

 直史は疑問に思う。樋口であればどうにかして、もう一点ぐらいは取れそうなものだ。

 あいつの勝負強さは、決勝打を打つという点では大介並である。

「二打席敬遠されたらしいからねえ。うちとは構造が違うし、春日山がまた全国制覇をするのは、まずありえないんじゃないかな」

 さすがに敬遠を打つほどの無茶は出来ない樋口である。


 あとは見てみると、帝都一、大阪光陰、桜島実業が馴染み深い名前である。

 桜島は西郷がいなくなったとはいえ打撃のチームとしての破壊力は相変わらずで、ここまでの試合の平均得点は一番高い。

 逆に言うとそれだけ取らないとコールドにならないわけで、相変わらず投手力や守備力はそこそこのようだ。

 帝都一は主力の三年が卒業しても東京で優勝したが、決勝の早大付属との戦いはかなりの接戦で、チーム力はさすがにかなり落ちているらしい。

 そして大阪光陰は相変わらず強い。夏のスタメンでは後藤と大谷以外は三年だったが、その三年が卒業しても、打力も投手力も落ちていない。

「準々決勝は瑞雲で、準決勝は……どこだ?」

「どこが来てもおかしくないけど、明倫館はちょっと気にした方がいいかも」

 ジンがそう言う明倫館というのは、はっきり言って白富東の中では誰も知らない学校であった。


「新設校か?」

「いや、設立123年だからうちより古いね」

「ん? でも私立なんだよな?」

「偏差値70だそうだから、うちより上だね」

「進学校の私立? なんでそんなとこがここまで勝ちあがってるんだ?」

「二年前から体育科作ったからだよ。いきなり初年度で山口県ベスト8、今年の夏は準優勝。そして秋は県大会を制した上で、中国大会まで勝っちゃったわけ」

 これは急激な躍進と言えるだろう。




 中国地方はプロ球団がある関係もあるだろうが、広島県が圧倒的に良い成績を残している。続いては岡山だ。

 島根と鳥取は……はっきり言って、最弱県を争う県である。ぶっちゃけ帝都一や大阪光陰の二軍の方が代表より強い疑惑さえある。

 山口県は公立がまだ強い時代は、それなりに強かった。だがここのところは甲子園でもそれほどの成績も残していない。

「一年目からちゃんと選手を集めたのが二年の秋に本格的に花開いたって感じかな。それまでの悪しき伝統とかがなかったから、監督も存分に技術指導とか采配を振るえたみたいだし」

「監督がね……」

 雑誌のチーム紹介のページを見た大介の動きが止まる。

「マジか……」

「マジ。どう思う?」

「どう思うって……そっか、学生指導資格、普通に手に入るよな」


 大介の様子がおかしく、ジンもそれを当然のように受け止めている。

 明倫館の監督は大庭浩二という名前である。40歳ぐらいだろうか。略歴を見てみると、元プロ野球選手であったそうな。

 元プロの指導。ただ全く聞いたことのない名前であるため、それほどの成績を残したのではないのだろう。しかし選手としての実力と、指導者としての実力、そして指揮官の能力はそれぞれ別だ。

 だが、直史もどこかで聞いたことがある気がした。

「プロで何か有名なことをした人じゃなかったか? どこかで聞いたことがあるんだけど」

 プロ野球は毎年大勢の脱落者を出していく。その中では一瞬の輝きを放った者も多い。


 大介は溜め息をついた。

「前に俺が言ったからな。まあ一時期だけは活躍したらしいし」

 また以前とは違った感じの、困った様子の大介である。

「俺の親父だよ」

 びっくりである。




 つくづく主人公体質のやつだな、と直史は完全に他人事として考えていた。

 大介が片親の家庭であることは、野球部の者なら誰でも知っている。しかし父親が元プロ野球選手であることは、知らない部員が大半である。

 直史が知っているのは話題の中で出たからで、それを他人に吹聴するような性格ではない。だからこそ大介も口にしたのだが。


 実のところマスコミなどは、普通にこの事実は知っている者もいる。

 だがこれまでその点に焦点を当てた者はいなかった。既に引退して、一緒に暮らしているわけでもない元プロ野球選手の親など、あまり面白い記事にもならなかったからだ。

 だが対戦するチームの監督になっているならば別である。

 今のところはまだこの微妙な問題を持ち出してくる者はいない。基本的に高校球児に対しては、本人に責任のないところでの問題を質問するのはタブーである。

 だが性根の悪いマスコミとはいるもので、これがはっきりと分かれば必ず口にしてくるだろう。


 明倫館と当たるのは、共に勝ち進めば準決勝。

「まあでも、瑞雲もちょっと厳しい相手ではあるんだよね」

 ジンのデータ収集に抜かりはない。いや、データを収集してきてくれるのは、ジン本人ではないのだが。


 四国代表の瑞雲高校は、これまた名門の私立であり、昭和の頃は何度も甲子園を経験している。

 だが平成に入ると他の私立の強豪化により、県内ベスト8ほどのチームに脱落した。進学校としての方向に舵を切ったということもある。

 それでもそこそこは強かったのだが、四国の名門シニアのメンバーが、大挙して入学してからまた強くなった。

 どこかで聞いたような話ではあるが、そのメンバーが最高学年となった今年、ついに四国大会を制して神宮大会に殴りこみをかけてきたのだ。

 先ほどの明倫館もそうだが、瑞雲もセンバツで当たる可能性は高いと言える。


 その瑞雲高校のマークすべき選手について、ジンは説明していく。

「まず一番なのは監督かな。セイバー使いの吉田監督」

「どこかで聞いたような話だな、おい」

「野球未経験者らしいよ」

「ほんっと、どこかで聞いたような話だな」

「キャプテンで四番の武市はキャッチャーでチームの司令塔。一番ショートの岡田は守備範囲が広くて、出塁率は七割」

 アレクよりも少し上の出塁率らしい。

「そんでピッチャーなんだけど、東京の強豪に進学したんだけど、あっさりと辞めて地元に戻ってきたらしい」

「あ~」

「なるほど。そういうのいるよな」

 転校したので一年間は公式戦で使われなかったが、評価は極めて高い。

 だから地元四国のチームからしたら、ついに出てきたか、という感想らしい。


「で、スペックはどんなもんなん?」

「ストレートは最速で144kmだけど、カットとスプリットを同じ球速で投げられるんだって。四国のチームでは内野ゴロ製造機って呼ばれてるってさ」

 高速の変化球が持ち味の投手。さらにバージョンアップした大介がどう対応するかは見物である。

「名前は?」

「坂本天童。身長は190cmあるけど、体重は軽いね。筋肉付けたらさらに球速はアップしそうだけど」

 ピッチャーの真髄はコンビネーション。そう考えるジンであるが、球速が速くて困るということはないのだ。


 初戦が聖稜、準々決勝が瑞雲、準決勝が明倫館と北陽の勝者。

 そして決勝はおそらく帝都一か大阪光陰である。

「またかよ」

 どことなくげんなりとする一同。帝都一とは春と国体で決勝を戦っているし、大阪光陰とはセンバツと夏を戦っている。

 まあどちらのチームも三年が大量にスタメンから抜けているので、かなり攻略法は変わるだろう。

 だが率いる監督は同じだ。そして松平監督とも木下監督とも、それなりに接触する機会は多かった。


 センバツまでには、間違いなく両校ともチームを仕上げてくるだろう。

 だがこの時期はまだ固まっていない。ここで負けていたら全国制覇も難しい。

 それはともかく、まずは初戦の相手となる聖稜である。




 石川県代表の聖稜高校は、私立の強豪である。

 おおよそ最近は甲子園に出てくる石川県の半分は、このチームが代表となっている。

 白富東は対戦経験がない。データはそれなりに集めてあるが。

 打線の中心は四番の井口と五番の月岡で、両者共にホームランを軽々と打ってくる。

 それでも井口の方が圧倒的に上である。県大会では場外ホームランも何本か打っているのだ。


 そしてピッチャーは河合というスプリット使いがエースである。

 ストレートとスプリットにほとんど球速差がなく、チェンジアップも投げてくる。

 このスプリットが本当に小さく変化するので、三振も取れるが基本はゴロを打たせるピッチャーでもある。


 さて、聖稜に加え次の瑞雲まで戦う相手は決まっているので、投手をどう回していくかが課題である。

 事前に得ているデータは、聖稜の方が多い。

「聖稜相手にはタケかなあ……」

 ジンが呟く。監督がいないというのはこういう時に難しい。

 シーナが監督であるとは言っても、実際のオーダーなどはジンと、そして直史に倉田が入って決めることが多い。

 試合中はジンとシーナが判断し、ベンチにいる時は直史も口を出す。


 はっきり言って直史は、この神宮大会も珍しくやる気である。

 なんと言っても開催地が東京であるのだ。つまり進学予定の大学のお膝元。神宮球場であるのだ。

 進学先へのアピールは強くしていく。少しでもいい条件で生活するために。

 不本意ではないが、直史の高校生活は野球の占めるウエイトが大きかった。

 大学では勉強に重きをおかなければいけない。しかしそのためには野球もそれなりに頑張らなければいけない。


 だがメインは女である。

 と言うか、普通に青春したいのである。


 才能を持つ人間は、その才能の奴隷になる義務がある。

 だが直史は自分に才能があるとはカケラも思っていないので、野球をそこまで大切にはしない。

 野球自体は好きであるし、自分の技術を高めていくのも好きである。

 社会人野球のチームは少なくなってきている現在であるが、地方のクラブチームであればいくらでもある。


 中学時代は勝つ野球がしたかった。

 高校に入って勝つことが出来た。そして道が拓けたし、色々な出会いがあった。

 大学は野球を使って、良い条件で生活出来る。だが、そこまでだ。

 直史は野球で人生を生きていくつもりはない。

 だがだからこそと言うべきか、ここでは全力で向かって行きたい。


 初戦の聖稜戦は、アレクが先発、武史への継投という布陣で決まった。

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