第24話 覇道進撃
白富東というチームがとてつもなく強いことが、この秋の大会ではっきりした。
開催地千葉県の優勝チームなので、準々決勝からの登場となる。
その準々決勝と続く準決勝を、コールドで勝利した。
そして決勝も、コールドに近い7-1という点差で勝利。優勝候補の対抗馬と言われていた神奈川一位の横浜学一、通称ヨコガクを圧倒した。
三試合で失点は決勝の一点のみ。直史はヒットを一本打たれたが、また無失点記録は開始されている。
大介の本塁打と打点は、敬遠や敬遠気味の四球が多くあまり伸びなかったが、それでも出塁率は九割に達していた。
塁に出されると盗塁などでピッチャーの集中が乱されるため、得点につながることは間違いない。
秋季関東大会は東京代表がいないとは言え、あまりにも圧倒的な内容である。
当然ながらこれでセンバツは確定であるし、神宮大会の出場権も手に入れた。
全勝宣言をしたのはキャプテンであるジンであるが、ここまであっさりと勝ち進むのには自分でも驚いてしまった。
主に自分と倉田のポジションコンバートなどもしてみたのだが、どうすれば一番得点力が上がり、守備力が落ちないかも分かってきた。
ジンはやはり、キャッチャーが一番いい。倉田も潜在能力はジンよりも上かもしれないが、彼は典型的な野球部員で、先輩に対して大胆な要求が出来ない。
そして外野であるが、ボールを追いかける能力と強肩は認めるが、あまり足が速くないので守備範囲が狭くなるのは確実である。
倉田のキャッチャー以外の最適のポジションは、ファーストである。
ピッチャーの暴投やワンバンをキャッチすることを考えると、妥当な適性とも言える。
弱いゴロなどの処理のためにチャージすることもあるが、倉田の足は遅いと言っても、瞬発的なダッシュはそれなりに優れている。
よってまた熾烈なポジション争いが起こるのであるが、内野はそれぞれ二人以上はこなせる人間がいてほしいのも当然である。
今年の神宮大会は11月15日から行われる。それまでにはまた練習試合なども組んだ。
相手は県内の格下公立か、他県の強豪である。
県内のチームでは、既にまともに相手になるところがない。なのでスタメンを色々といじって戦っている。
それでも負けない。確実にベンチ入りぎりぎりのメンバーの実力が育ってきている。
元々今の一年は、去年の白富東の活躍を見て、覚悟を決めて公立を選んだ奇特な奴らなのだ。それなりに素質のある者たちなのである。
あとは白富東に直接関係のあることではないのだが、日本の野球界においては色々とあった。
一つはプロ野球ドラフト会議である。甲子園や関東大会で戦った、多くの三年がプロの門を叩いた。
一番身近なのは、ワールドカップでは直史と大介と同じチームで戦い、一年の夏は白富東の甲子園出場を阻んだ、勇名館の吉村である。
彼は二球団競合の末、大京レックスが獲得した。
東京出身の吉村は、一番の希望は東京タイタンズであったのだが、タイタンズが指名したのは本多であった。
レックスもまた東京の球団であるため、わずかばかり落胆はしたらしいが、さほどの支障もなく入団が決まった。もう一つの指名球団が神戸であったため、そちらに行くよりはずっといいと判断したそうな。
白富東の地元である千葉の球団が交渉権を獲得したのは、甲子園でも対決し、ワールドカップでは日本代表として戦った織田である。彼は最多の三球団から指名された。
今年の一位指名の選手はそれなりの思惑はあったのだろうが、ほとんどはそれなりに速やかに決まった。
だが織田だけは、MLBからの指名もあって、少し時間がかかった。彼が千葉に入団を決意した背景には、また白富東が関わってしまったのだが、とりあえず野球部とは関係ない。
そしてNPBでは、神奈川グローリースターズが、日本シリーズでの優勝を果たした。
昨年最下位であった球団が翌年日本一になるというのは、そうそうあることではない。
その原動力は間違いなく上杉勝也であった。
19勝0敗に七セーブと、一人で19個も貯金をして、リーグ戦終盤ではクローザーとして逆転優勝にも大貢献した。
そのままクライマックスシリーズでも二勝し、日本シリーズでも二勝と一セーブで、誰もが認める活躍であった。
彼が今年獲得したタイトルなどは多く、オールスターMVP、シーズンMVP、C・SMVP、日本シリーズMVP、新人賞、沢村賞、ベストナイン、ゴールデングラブ賞などを総なめにしている。
投手としての獲得は、勝率、防御率、最多奪三振を獲得し、勝利数だけは二位であった。地味なところでは他に最多完投、最多完封なども記録しており、月間MVPも三回記録した。
なおその中でも、防御率は歴代一位を記録した。
おおよそ全てと言ってもいいほど、今年のNPBは上杉の年だったと言っていい。
甲子園では三度も決勝に進みつつも、一度も優勝出来なかった彼が、いきなりプロの世界では優勝したというのも、どこか皮肉ではある。
神宮大会出場を決めてから、マスコミの取材攻勢はさらに苛烈なものとなってきている。
だがそれは野球部だけに責任があることではない。
「日本の学校って、本当に狭いのね(英語)」
「けれど東京に比べたらそうでもないでしょう?(英語)」
「あんなに狭いのにあんなに綺麗な街なんて、他にはないわね(英語)」
金髪碧眼の美少女、楽曲DL世界累計8000万を誇るアメリカのミュージシャン、ケイトリー・コートナーが来日している。
しかも宿泊先はイリヤのマンションであるのだ。
イリヤがS-twinsの紅白出場を決定させるために用意した切り札。それがケイティである。
先日、長寿歌番組であるMスタジアムに、ついに生放送初出演を果たした佐藤家のツインズであるが、バックのキーボードと打ち込みを行ったのがイリヤ、そしてコーラスの部分を歌ったのがケイティである。
普通に出演したら日本の軽く10倍のギャラが発生するケイティが、日本の平均的なギャラで番組に出演するのである。
彼女が来日したのは今回が初めてであり、別に日本でのライブなどを行う予定ではない。
純粋にイリヤに会うために来たのである。双子の手伝いはついでであり、来年に計画している日本初ライブの事前調査でもあるが、それも全てついでだ。
ケイティは白富東の生徒でもなければOBでもない。
だがちゃんと学校側の許可は取って、イリヤと並んで野球部の練習を見ていたりする。
そしてその練習の補助として付き合っているのがツインズである。
双子の身長は160cmに満たない。
にもかかわらず速球が130kmオーバーというのは、体の連動する筋肉を完全に制御出来ているからである。
筋肉を連動させるには、体の柔軟性が必要である。直史もたいがいではあるが、双子の柔軟性はそれに優る。必要以上の柔軟性とさえ言っていい。
音楽の中にダンスパフォーマンスを入れる人間は多いが、歌手でありながらバク宙を何度もするような人間は、少なくとも日本ではこの双子だけである。
さすが、自分の本質はダンサーと考えているだけはある。
大介の打撃が、また進化しつつある。
これ以上打ったら10割打者じゃねーかと、部内でも乾いた笑いが起こるのだが、そうとしか言いようがない。
大介は高打率、高長打率、高本塁打率、低三振率、高出塁率の化物であるが、直史に言わせると封じる手段がないわけではない。
ボール球でもホームランを打ってしまう打者を、どうすれば封じられるのかとおおよその人間が疑問を持つであろうが、大介のスイングを考えれば大飛球に打ち取ることは不可能ではないのだ。
彼の打球の中で多いアウトは、最初から深く守った外野へのフライ。それと野手正面へのライナー。
スイングスピードは速いのだが、バックスピンをかけてフライ性のホームランを打つということが少なかった。
もっともフライ性の打球では、甲子園の場外ホームランは無理だったろう。
打率や長打率はさすがに上がらないが、本塁打率が上がりつつある。
以前は直史にバッピをしてもらった場合、ガチンコ対決ではヒットは軽く打てるものの、ホームランにまでなることはほとんどなかった。
考えてみれば大阪光陰の真田、台湾のヤンなど、変化球をホームランにするのが、スイングを特化しなければ難しかったのだ。
だが大介はスイングの起こりのタイミングを遅くして、緩急に対応出来るようにしてタメを作るようにしている。
曰く、スイング一回一回が、今までよりもはるかにしんどいそうだ。
直史と同じく大介も、あまりウエイトはしない。
セイバーがいる時からの方針であるが、人間の持つ筋力というのは、体格に比例する。
適切以上の筋肉を身に付けてしまえば、関節の駆動域が狭まったり、怪我の可能性が高まったりしてしまう。
それはそうなのだろうが、大介の体格と筋力であそこまで飛ばすのは、野球界の七不思議の一つと言ってもいいだろう。
大介や直史に限らず、同じ体格であっても骨格などによって、適切な筋量が変わる。
骨格さえ同じでも、骨密度によってはこれまた変わるのだ。
大介の肉体は間違いなく最高レベルの素質であるが、一般的な強豪校の打撃指導を受けていたら、ここまで伸びることは絶対になかっただろう。
神童と呼ばれた選手が強豪校に入り、思ったよりも伸びないどころかパフォーマンスを悪化させるのは、直感的に自分に最適な練習を選択していたのが、一般的に最適とされるメニューを押し付けられて、不適切なトレーニングをしてしまうからである。
それにしても大介は、全打席ホームランでも狙っているのだろうか。
「基本的には全部ホームラン打つつもりだけど、角度とかによっては絶対無理だったりするだろ」
その瞬間に、カットするか単打で我慢するかで、これまではどちらかを選択してきた。
しかしスイングの種類を増やすことによって、今までは無理だったコースでもホームランを打ちやすくなったというわけだ。
いや、理論的にはそうなのかもしれないが、実現できるところが異常である。
「スイングを二つ持つことで、今までのスイングに悪い影響が出たりしないのか?」
大介は既に化物である。宇宙人の域にまで達する必要があるのか。
「それな。意識的に変えてたら間に合わないから、無意識で選べるようにならないと。まあ冬の間になんとかなるだろ」
なんともならない気がする。大介はこれで、完成形だと思う。そもそもこれ以上のパフォーマンスが、現代の野球において必要なのか。
この怪物のことは入学から知っているが、ピッチャーと真っ当に勝負して負けたのは、あの一年の夏の上杉との対戦だけだ。
バットも振れずに真ん中高めを三振というのは、大介の打席はずっと見てきたが、あれだけである。
だが気持ちは分からないでもない。
技術の維持、現状を最高としてそれ以上を求めないなら、実際のところは下がっていくばかりである。
本音を言うなら直史は、大介がこれ以上何をどうやったら上の成績を残せるのか、分からないというのも確かだ。
同じチームではありながら、大介のバッティングは異次元の領域にあり理解不能である。
何をどうしたらこれ以上上がるのか、彼を指導出来る人間など、果たしているのであろうか。
(どのみち俺がどうこう出来ることじゃないよな)
そう思う直史自身は、この冬は珍しくも球速アップを目標としているのだった。
そして、秋以来のずっと問題となっていたことも解決した。
念のために相談したのは、こういった法律関連には詳しい人物、つまりは瑞希の父であった。
「まあ、これで問題はないね」
野球規則なども読んだ上で、そう断言する。
「ただルール上は問題ないというわけであって、叩く人はいるだろうね。その場合は私立の選手集め、入学における正当な手続き、高野連へは……届ける必要はないね」
そう、直史の母方の従弟である、淳の進学問題。
それは養子縁組を利用することで解決した。
正当な手続きにより、淳は直史の義弟となった。
当初は祖父母に養親になってもらおうかと考えていたのだが、遺産想像上の手続きなどを考えて、直史の義弟となったのである。
淳にとっては叔母夫婦の息子となるわけで、不自然さはむしろこちらの方が少ない。
しかし面倒なことも一つあり、直史は両親から、祖父母の義理の息子という養子縁組を行ったのである。
佐藤家の惣領は、祖父から父、そして直史へとつながるはずであった。
しかし遺産相続や親戚への説明のため、祖父から直史へ、父を飛ばして佐藤家の当主の座は直史が継ぐことになる。
民法上はあまり意味のないことであるが、親戚の集まりにおいては、直史がちゃんと佐藤家の当主となることが重要であるのだ。
淳は親戚ではあるが、佐藤家の血は一滴も入っていない。
なので万が一にも淳へ佐藤家の家督が相続されないようにという意識があるのだが、そもそも戦国時代には分家から婿入りした例などもあるため、皇室と違ってそこまで拘る必要はあるのかと、直史も内心では疑問があった。
だが田舎の伝統や意識は、本人たちでも自由になることではない。
かくして淳は香宗我部から佐藤へと姓を変えて、住居は直史たちと共に住むという、面倒な問題がやっと解決したのである。
ここまでされた淳はさすがに頭を下げてきたが、まさかここまで問題がこじれるとは直史でさえ思っていなかった。
養子縁組を利用した戦力増強などというのはマンガではあったが、実際にやってみるとここまで大変なものであるらしい。
だがこれで来年も、使えるピッチャーが入ってくる。
セイバーもまた留学生枠で一人、ピッチャーを送り込んでくるらしいので、投手王国白富東は健在となるのだろうか。
神宮大会が迫る中、周囲は色々と動いているのであった。
×××
本日2.5にて外伝を投下いたします。プロ野球ファン大好きのドラフト会議です。
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