第20話 難問

 球場の外に色々と問題が起こっている白富東であるが、直史はそっとそれを己の胸の内だけに秘めておく。

 双子は色々と問題のある人間ではあるが、少なくとも口が軽いという女子にありやすい欠点はない。

 準決勝のトーチバ戦、白富東は五回コールドの完封で圧勝した。

 しかし実際のところは、問題がないわけではなかった。

 一つは決勝の対戦相手に関して、そしてもう一つはもっと根本的なものだった。


「星君すごいな。あんなめちゃくちゃなピッチャー見たの二人目だ」

 心底感心しているという風に、ジンはグランドで呟く。

 国体の疲れも残っているだろうし、連戦で決勝というわけで、普通ならばこの日は休みだ。

 しかしあの試合の内容を見れば、ある程度の対策は必要だろう。

「ちなみに一人目は?」

「お前以外の誰がいんの?」

 真のエースと正捕手との、心温まる会話である。




 秋季大会千葉県大会決勝は、白富東と三里の対決となった。

 ある程度は予想していたものの、それなりには驚いた。

 ほとんどの試合を接戦で勝ってきたし、準決勝などは初回の一点がそのまま決勝点になるという、極めて得点力が低く、守備力が高いチームである。

 国立監督は大学時代、守備も評価は高かったが、なんと言っても安打製造機と呼ばれた高打率選手であったので、いまだに打撃が向上していないのは意外である。

 だが直史のスルーを不完全ながら打ったことなどを考えると、天才であって人に教えるのは案外上手くないのかもしれない。


 とにかく問題なのはまず、星のピッチングだった。

 計算出来る投手が一枚増えたことによって、継投がさらに厄介にはなっていた。しかしまさか、オーバースローとアンダースローを使い分けるとは。

 などと思ったが、考えてみれば直史はさらにサイドスローでも投げられるし、左で投げて大介から空振りが取れるのだ。

 結論、直史の方が凄い。

 だからと言って星を簡単に打てるかというと、それも違う。

 甲子園の準決勝でパーフェクトをしてしまうような投手に比べれば、ほとんど全ての投手は格下だ。


 というわけで急遽、三里の継投策に対処すべくバッティング練習を行うことになった。

 かと言って東橋、星、古田の三人を再現するために、直史にバッピなどをさせるわけにはいかない。

 だが白富東には、兄より優れた妹がいる。

「行くよ~」

 マウンドで振りかぶる双子がどちらなのかは問題ではない。

「行くよ~」

 ネットを使ってブルペンでも一人が練習をする。


 佐藤家の双子は、完全に両利きの人間である。

 元々はどうやら左利きらしい。母が矯正はしたが元は左利きであったし、母方の従弟である淳も左利きだ。

 ひょっとしたら直史も本来は左利きなのかもしれない。そして武史は作業によって利き手を使い分けている。

 だが双子は鏡写しのように動くため、右手を完全に利き腕と同じように使えるようにした。

 女子では群を抜く130kmのストレートに、ほとんどの変化球を投げられる。

 そして上から投げて、下からも投げる。


 重要なのは、打席の途中から右か左へ変化しながら投げること。

 特に意識するのは、カウント途中の星への継投。

 普通の継投であれば打者ごとであるが、星のメンタルを考えれば、カウントの途中からの継投もありうる。


 投げさせてみれば確かに、大介であっても右と左に上と下、さらに変化球を使えばかなり打ち損じる。

 試合後はミーティングだけのはずのこの日は、さすがにマスコミも来ていなかったのだが、むしろマスコミから三里にこれが伝われば面白かったかもしれない。

 慣れてしまえば、大介は全打球をホームランに出来る。

 こいつのバッティングは本当に理解出来ない。体格からして速球でなければホームランは打てないと思うのだが、どこか打撃理論がバグっているのだ。




 そして二年生バッテリー三人も、話し合うことがあった。

「やっぱりそうか」

 横から見ていた直史には、断言は出来なかった。しかし当の二人には明らかである。

 今日の試合で岩崎は、四つの四球を与えてしまった。

 だがジンから見ても、ストライクゾーンが狭かった。

 岩崎は直史ほどではないが、基本的にはコントロールはいい投手なのだ。


 相手の投手の時は、ややストライクゾーンは広いと感じた。

 実は暗黙の了解ではあるが、逆転が不可能なぐらいに点差が開いた時、審判はストライクゾーンを広く取って、早く試合を終わらせるのだ。

 だがこの場合は勝ってる方のピッチャーもストライクゾーンが広くなる。

 トーチバとの準決勝では、序盤に岩崎の四球が集中している。

 終盤はギリギリのところはちゃんとストライクになっていた。


 白富東は審判に嫌われている。

 サクサクと試合を進める、審判にとってはありがたいチームであろうに。

 なお高校野球の審判はほぼボランティアなので、技術的に拙いところがあってもある程度は仕方がない。

 攻撃中はベンチで休める選手と違って、審判にはまた別種の体力が必要なのである。


 だからと言って審判の不利をそのままにするわけにはいかない。

「じゃあ明日の決勝で試してみるか」

 決勝を検証の場にする直史に、ジンもまた頷くのであった。




 秋季県大会の決勝戦を公立校同士が戦うのは、ずいぶんと久しぶりのことである。

 千葉県というのは昔から、強い私立がなかなか作られないことで有名であった。

 理由としては優秀な選手を獲得する東西の東京、神奈川と言った地区が近くにあるからだ。

 埼玉などもなかなか全国レベルの私立が育たなかったのも、そのあたりが理由にあるのかもしれない。


 しかし共に、創立から半世紀以上の名門進学校が決勝を戦うわけである。

 特に三里は、この決勝を勝てば21世紀枠でほぼ確実にセンバツ出場が決まるとあって、OBまで動員して応援の準備がされている。

「去年の俺らより多くないか?」

 岩崎が呟くが、確かに多いと思う。

「対戦相手が俺たちだからじゃない?」

 ジンの言葉に納得の一同である。


 白富東は、OBでもないのに固定ファンが存在する。

 と言うか、選手についているファンだ。

 こういうのは普通、ピッチャーが一番であり、直史も岩崎も確かにファンは多いのだが、二人で分け合って投げていることもあり、大介にはかなわない。

 大介の場合はピッチャー二人と違い、男性ファンが圧倒的に多いということもある。

 父親が怪我で野球生命を絶たれていて、親子二代でファンという強者もいる。


 普通なら秋には使われないマリスタを使わせてもらって正解だと思う。

 地方大会の決勝で三万人が満員となるのは、白富東の試合ぐらいであろう。

「やっぱり色んなところのスコアラー来てるな」

 ジンが見るに、バックネット裏はそういう人々で占められている。

 次の関東大会で争うチームはもちろん、県内の有力校全てと、あとは九州や関西からも来ているだろう。


 戦力を考えれば、白富東は春のセンバツの大本命と言ってもいいだろう。

 大介と直史がまだ残り、岩崎に武史の二人は150kmを投げる。

 甲子園で五割を打ったのは他にアレクがいて、何よりエラーのない守備陣だ。

 ベンチメンバーまで含めれば超強豪私立に上回るところはあるが、スタメンでは間違いなく最強のチームと言っていいだろう。

 甲子園でもエースとなる投手が四人もいるチームは、さすがにここだけである。


「さて、じゃあ色々と検証もふまえて、戦いますか」

 ジンが言うが、今日はベンチでお留守番である。

 倉田にキャッチャーの経験を踏ませる。それだけの余裕がある。

 三里は恐ろしく失点の少ないチームではあるが、全試合を完封するほどではない。そしてどれだけ守備が良くても、ホームランで一点を取ってしまう力が今の白富東にはある。


 普通の高校野球のロジックでは、白富東の打線は抑えられない。

 三里とはかなり仲良くなっているが、それだけに向こうの手もよく分かっている。




 先攻は白富東。

 三里の先発は東橋である。この序盤に点を取られることが、三里の場合は多い。

 しかしこの日は、調子もいいが運も良かった。

 アレクが長打になってもおかしくない外野へのフライを取られて、二番の鬼塚もいい当たりがサードライナーとなった。


 そして大介である。

 この秋の大会は、彼としては不本意な始まり方だった。

 それでも一回戦と二回戦は、それぞれちゃんとホームランを打っていた。

 国体でも不調ではあったが、ちゃんとヒットは打っていたし、それに決勝では二本のホームランを本多から打った。

 安定感は微妙だが、世代最強の投手から一試合に二本というのは、完全復活と考えていいだろう。


 そしてこの打席。

 ネクストバッターサークルから立ち上がり、バットを振り回しながら歩いてバッターボックスに入る。

 これだけでもう、相手のピッチャーは威圧されている。


 ジンならばここは勝負しない。

 東橋は一年生だ。そのあたりも大介を敬遠する理由になる。

 星のような変則的ピッチャーは、しとめ損ねて単打になる可能性はある。しかし東橋の持つ球種と球威では、大介を抑えることは無理だ。

 本当に勝つつもりなら、ランナーなしでも敬遠だ。むしろランナーがいないからこそ敬遠だ。

 ツーアウトからなら大介の足でも、タッチアップなどで得点されることはない。純粋にバッター勝負が出来る。

 武史や倉田も長打はあるし打率も高いが、確実に守備の間を狙って打つのは難しい。


 だが三里は勝負してきた。

 インハイのボール球。大介なら打てることは打てる球であったが、ホームランにはなりそうにないので普通によける。

 相手にとってみれば、嫌なよけ方だったろう。いつでもしとめられるという余裕だ。


 そして次は、アウトローへ。インハイとアウトローのコンビネーションは、ピッチングの基本でもある。

 これがしっかりと投げられるというだけで、東橋もいいピッチャーなのだが、相手が悪すぎた。


 ジャストミートした大介の打球は、ライナー性の軌道でセンターへ。

(センターオーバー)

 そう判断したのはジンだけではなかったろう。

 だが、ボールは落ちない。

 まるで風に乗った紙飛行機のように、そのままの軌道でセンタースタンドに突き刺さった。

「え、何あれ……」

 味方のベンチからも、そんな声が洩れた。


 ピッチャーが捕らなければホームランだった、という描写の打球は、マンガにはよくある。

 だが実際のところは、内野フライがそのまま延びてスタンドインというのはない……はずだった。

 軽くガッツポーズをした大介は、愕然とした三里の内野陣をよそにホームに戻ってきた。


 まだ進化している。

 おそらくビジョンに当たれば、また破壊していただろう。そういう打球だった。

「ナイバッチ」

「おう」

 直史とハイタッチしているが、他のメンバーは呆れ顔である。


 こいつと勝負してくれるピッチャーが、今年はいるのだろうか。

 少なくともまともに打ち取れそうなのは、大阪光陰の真田だけのような気がする。

 ドカベンの岩鬼あたりに似た、不条理すぎるバッターだ。しかもこちらはあれと違って、ちゃんとストライクを打っていく。

 本当に、同じチームで良かった。全国レベルのピッチャーを、仲間であることを承知で全てのデータを駆使してリードしても、真田ぐらいしか相手にならないだろう。それも、勝率はそれほど高くない。

(プロに行ったら、上杉さんと同じぐらい無茶苦茶になるんじゃないか?)

 上杉は結局今年、チーム事情で終盤にクローザーに回ったが、結局は一度も負けなかった。

 新人で二桁の勝ち星をあげていて、一つも黒星がないというのは、プロ野球史上初である。最多勝は取れなかったが他の部門では全て一位だった、

 神奈川のリーグ優勝の原動力と言っていいだろう。一人で19個も貯金したのだ。


 投手の化物の次は、打者の化物がプロに行く。

 上杉なら、大介と勝負になる。それは間違いない。

(三割30本30盗塁、いきなりするかもなあ)

 ジンがプロに行く気がないのは、大介を抑える手段が思いつかないからでもあった。

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