第19話 佐藤直史は静かに暮らしたいわけではない

 群馬国体硬式野球高校生の部が終了した。

 優勝したのは千葉県代表白富東高校。

 実は国体での優勝はそこそこ経験のある千葉県チームである。過去にはあの上総総合も優勝していたりする。四半世紀ほど前ではあるが。


 どうせお隣さんということで、特に感慨もなく別れて帰途につく。

「つか、明日からまた秋季大会ってしんどすぎるんだけど……」

 珍しく体力お化けの大介が愚痴っていた。おそらく体力の問題ではなく、精神的なものだ。

 あれだけ煽っておいてなんだが、直史から見てもよく復調してくれたものだと思う。

「まあバスを使わせてもらってありがたいと思うしかないな」

「来年は三年だけで出場かな。あと何人か一年とかから控え連れて行って」

 来年とはまた、随分と先の話である。

「言っておくけど俺は夏で引退だからな」

「え」

「え」

「え」

 大介だけでなく、近くのジンやシーナまで反応した。

「そもそも手塚さんたちだってそうだろ」

「いや、さすがにガンちゃん一人で三連戦か四連戦はきつい」

 ジンの言葉は確かにその通りである。それにたとえば今日の帝都一レベルの敵が相手であった場合、岩崎で勝てたかどうか。

「決勝だけきて投げろよ。一日ぐらい気分転換にさ」

 無茶を言う大介である。


 秋季大会は基本的に、土日を使って試合が行われる。それに国体を突っ込んでくるから、どちらにも出場するのが辛くなるのだ。

 今年はまだ群馬だったからマシだったものの、来年は中国地方まで行かなければいけない。

「大介が投げればいいだろ?」

 その手があった。だが140kmを投げる大介であるが、投手としては経験がなさすぎる。

 ほかにも三年だけではあまりに得点力がないという弱点もあるし、勝つのは難しいだろう。

 普通の強豪校なら、大介も二番手ピッチャーとして使われておかしくない。おかしいのは白富東の投手事情である。


「まあ来年の国体は最悪どうでもいいさ。つか今年は準決勝で負けても三位決定があるから楽だよね」

 ジンの言葉の通り、地元千葉県で関東大会が行われるので、最悪準決勝で負けてももう一度チャンスがある。

 今年は神宮大会の優勝まで狙っているので、さすがに関東大会は勝たないといけない。

 去年はセンバツには出られたものの、関東大会の決勝で神奈川湘南に負けたのだ。


 ジンの宣言どおりの、全部勝つというのは、今のところ達成している。まずは国体を勝った。

 次の全国大会は神宮だ。西日本が絶対有利の甲子園と違い、神宮大会は割りと東北勢が優勝したりもしている。

 なお……千葉県の代表校は優勝どころか、決勝に進出したことさえない。

 東北で優勝しているのはほぼ宮城代表であったり、関東勢で優勝しているのは神奈川と埼玉、そして東京の代表だけであったり、色々と甲子園とは違った意味で偏ってはいる。


「それにしても今年は史上初ってのが多いよなあ」

 ジンは何気なく呟くが、確かに高校野球に限って言えば、色々と初めてのことが多い。

 甲子園では史上初の場外ホームラン、史上初の完全試合。史上初の一年生左腕の150km。

 ワールドカップでは史上初の優勝。史上初の2ポジションのベストナイン選出。

 ……全部佐藤家と大介に関連している。


 近すぎて分かりにくいが、中でも直史と大介、二人のスター性は凄まじい。

 大介はこの体格でホームランをヒットのように簡単に打つのが脅威であるし、直史は点を取られないどころか、ヒットを打たれないのが当たり前。

 もっとも本来の直史の意識は、打たせて取るものである。ツーストライクになれば三振を狙うが、二球以内でゴロを打たせることを意識している。だから球数が少なく相手を抑えられる。

 直史のプレイは、本人も意識しているが本来は地味なものだ。数字が派手なので、玄人を自称する人間からの支持は凄まじいが。

 大介の場合は場外を打ったりビジョンを破壊したり、バックスクリーンに当たってグランドまで戻ってきたりと、とにかく派手である。


 地味と派手。玄人ぶった人間が必ず称賛する選手と、素人でも絶対に分かる選手。この二人がいるから、チームの人気が跳ね上がるのだ。

 まあ直史の無安打記録がずっと続いていた間は、これまた派手な現象ではあった。

「そろそろ点を取られておいた方がいいかな?」

 帰りのバスの中で、そんなたわけたことを言う真のエース様であった。




 帰宅した直史はほっと一息である。

 甲子園などの長期の宿泊は何度も経験しているが、基本的に彼は、おうちが一番の人間である。

 ここのところ家にいないことの多かった双子も揃っているので、久しぶりの一家団欒である。


 そして食事前に自室で机に向かって勉強である。

 明日はどうせ投げないからと、大会中に出来なかった分を取り戻すのが目的である。

 だが珍しくも双子がやって来た。相談があるという。

「相談?」

「正確には違う」

「相談と言うよりは連絡?」

 そう前置きされて伝えられた情報は、直史をまた悩ませるものであった。


 大介の母に、再婚話が持ち上がっている。

 正確には勤務する病院の医師と、なかなか良さ気な雰囲気になっているということだ。そこそこ前からアプローチは受けていたそうな。

 なおその医師には娘が二人いて、もしも再婚話が現実となれば、大介には血のつながらない姉と妹が出来る。

 そしてまだ、大介はこのことを知らない。

「……つくづく主人公体質だな、あいつ」

 自分のことを棚に上げ、直史は呟くのであった。


「で、お前らはそれを阻止したいのか?」

 想い人の周辺に、他の異性が近づくのを妨げたいと思うのは、人間として当然のことである。直史にも深く理解出来る。

 だがこの件に関しては、双子は極めて理性的であった。

「大介君は節操のない男の子じゃないよ」

「未来のお母さんの幸せを考えるのは当たり前だよ」

 既に義母認定である。大介の母は気風の良さそうな人なので、女のじめっとしたところを攻撃する双子とは、それなりに相性はいいのかもしれない。


 双子と大介の相性は、本来ならかなりいいと直史は思う。

 一年の頃から広言していたが、大介の好みは双子とかなり条件が合う。どちらかと言うと年上好みかとも思うが、双子はしっかり者でしたたか者である。

 あと、おっぱいもそこそこ大きい。

 これが二人がかりでなかったら、とは直史でさえ何度も思ったことだ。


 そして二人が危惧しているのは、環境の変化がまた大介にどういう影響を与えるかである。

「なるほど」

 直史は納得した。親の再婚というのは、確かに子供にとってはまた複雑なものだろう。

 悪いことではないが、特に悪いわけではない現在の環境を、変化させること自体に不安がある。


 単純に大介への影響、ということだけを考えるのなら、とりあえず神宮が終わるまでは待って欲しい。

 だがこういうことは後回しにすると、事故が起きて取り返しのつかないことになってしまったりするのだ。

 たとえば160kmのボールが頭に当たって死んでしまうとか。いや、まあマンガの話は置いといて。

「お前らは動くな」

「え、いいの?」

「少し話をするのを遅らせるぐらいはしていいんじゃない?」

「お前ら、大介に対して過保護すぎる」


 確かに祖父の死に続いて、母の再婚などというのは、環境が急に変わるという点ではあまり良くないのかもしれない。

 大介の鬼メンタルは、あくまで逆境に対するものだ。こういった事例にあってどうなるかは分からない。

 それに祖父が死んですぐに、また家庭内がごたごたするのは嫌だろう。

 だが、それに対して双子や直史が、積極的に関わるのは違うと思う。


 大介の家のことは、大介自身が解決する問題だ。

 頼まれれば手を貸すし、相談にも乗る。だがこちらから積極的に関わるのは、デリケートな問題だけにお節介である。

 双子にはそのあたりの機微が分かるとは思えない。

 そもそも佐藤家は佐藤家で、厄介な問題をどうにかしないといけないのである。

「大介の調子が悪くなっても、俺が点を取られなければいいだけだ」

「お兄ちゃんでも100%なんてことはないよね?」

「お前らの行為で確実に自体が良化するとも限らない」


 他人の家に口を出すのは、このあたりのご近所さんでは普通のことである。だから双子もそのメンタルである。

 それが悪いとは思わない。だが世の中には、最善ではないにしても選ぶべき選択肢というものはある。

「とりあえずうちは、淳のことだな」

 厄介な問題である。




 遠征から帰ってきて明日もまた試合というのに、食卓の問題はそれなりに重要なものになっていた。

 淳の話は珍しくも、母から申し訳なさそうに語られる。事前に何度か話し合ったらしく、問題は長男である直史の了解も必要となる。

 だがこれに関しては、既に直史も了解している。


 安堵の吐息をつく母であったが、色々と制度上の問題などは存在する。

 一応は調べてあるが、やはりこういったことには専門の人間の話を聞いた方がいい。

 そして直史はこういったことの専門家は知らないが、専門家を知っていそうな人の心当たりはある。

「とりあえず県大会が終わってからだな。明日はお前らも応援に来るのか?」

「行くよ~」

「踊るよ~」

 どうやらまた応援席は騒がしくなるらしい。


 応援と言えば、また応援団が来るそうである。

「イリヤは来ないけどね」

「忙しいからね」

「忙しい?」

 不思議そうに尋ねたのは武史である。

「紅白がさ~」

「色々と動かないといけないからさ~」

「ああ……」

 思わず遠い目をしてしまう、佐藤家の人々。直史でも例外ではない。


 イリヤと双子の所属事務所は、現在三人の紅白歌合戦出場について、根回しと準備を行っているそうだ。

 実は大介の祖父の重篤で、この二人は仕事をすっぽかしている。

 なので本来はあっさりと決まるはずだった紅白歌合戦の出場について、怪しくなってきているのだそうだ。

「まあまた裏技使うんだけどね」

「イリヤはなんでもありだよね」

 俗界の権力や権威を使うということに関しては、セイバーやイリヤの手腕は恐ろしいものがある。

 セイバーは力づくで、イリヤはダダをこねるという違いはあるが、どちらも一般市民の常識からは外れている。


 しかし、紅白歌合戦。

 おおよそその年の視聴率ランキングで、トップ5に入ることは毎年決まっている、お化け番組である。

 まさか身内からそれに出るような人間が出るとは、世の中何が起こるか分からないものである。

 そもそも佐藤四兄妹が全員異常だというツッコミはなしである。


 県大会が終われば関東大会。そして優勝すれば神宮大会。

 それとは全く別に学校行事もあり、充実していると言うべきか、忙しいと言うべきか。

 学業と野球だけで忙しいのに、身内の問題もあるのだから、これこそまさに忙しない。

 師走と言われる12月に入れば、ようやく行事関連は一段落するのだろうが、今度はまた冬のイベントが色々と待っている。


 まずは、明日の準決勝だ。

 岩崎が投げてくれるので心配はしていないが、とにかくイベントが多すぎる。

(来年は受験だし、俺の高校生活は本当に忙しいよな)

 どこがきっかけだったのかと考えれば、あの入学初日のことだ。

 野球部へシーナに連れて行かれなければ、全てが変わっていた。

 ほんのわずかな選択で、人生は変わる。直史はしみじみとそれを感じていた。

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