第18話 勝負!

 3-2で白富東が一点のリード。

 並の相手であれば、直史がマウンドにあるこの一点差は、セーフティリードと感じてしまう。

 しかし相手は甲子園常連の帝都一であり、ここ10年間ほどでは最強とも言える三年生の世代。

 まして九回の表は三番の榊原からという、これでダメなら何をしてもダメという好打順である。


 ジンは直史の力を信頼しているが、当の直史自身が信じていない。

 可能性と確率の問題で、一点を取られることは普通にある。そして白富東にしたところで、結局はここまで大介頼みで点を取っていることに変わりはない。

 玉縄と並んで世代最強右腕の本多から、そうそうまた点が取れるとは限らない。それに勝てたとしても延長で直史の体力が削られるのは避けたい。

 そういうわけでジンは、バント名人の名にかけて、送りバントを成功させたのであった。


 これで、一死ランナー三塁で打席には大介。

 三塁ランナーがアレクであることを考えると、比較的浅めのフライでもタッチアップ出来るし、内野ゴロでも一点は取れる。

 後ろにいるのが鬼塚と倉田であることを考えても、期待値だけを考えるなら、そして勝利のための確立を考えるな、さすがにここは敬遠である。

 バッテリーは共にベンチを見るが、松平は鼻をほじりながらサムズアップをしてきた。

 おい。


(勝負していいのか)

(勘弁してください)

 ハナホジしながらの指揮には若干ならず思うことがないでもないが、これは意気である。


 本多はプロへ行く。高校生最速右腕と言っても、素質だけで通用するとは思えない。

 石川もリードは下手なプロよりもよほど上手いであろうが、それとは別にメンタルを考えなければいけない。

 今の日本には白石のようなタイプのスラッガーはいないが、逆にどの球団のスタメンでも、おおよそは白富東や大阪光陰、名徳よりも打撃は強い。桜島はちょっとおかしいので除く。

 それこそ外国人投手や外国人打者とも勝負し、または多くの高校球児の目標となった上杉勝也と投げあう機会もあるかもしれない。

 甲子園は終わったのだ。三年、五期連続で甲子園に連れて来てくれた本多には、これが最後のプレゼントだ。


 白石大介と、勝負しろ。

 ここで打たれて折れるなら、それはもう仕方がない。どうせ一年後には、またこの化物と戦わなければいけなくなるのだ。

 もちろん同じ球団になる可能性もあるし、運悪く故障で選手生命を絶たれるなどという可能性もないわけではないが、少なくとも高校野球の集大成として、ここでは対決するべきだろう。

 負けてもいい。だが、そこから立ち上がらないといけない。


 本多は振りかぶって投げる。

 三塁ランナーのアレクは、その気になればホームスチールも考えるが、ここは動かない。大介の集中を乱したくない。

 世代最強ピッチャーと、世代最強バッターの戦い。

 邪魔する者がいてはいけない。




 石川の要求する球は、さすがに相棒のことをよく分かっているものであった。

(分かってるな)

 大介は配球を読んで打つ場合もあるが、データも少ないであろうピッチャーの初球からホームランを打つこともある。

 ボール球でも狙い打ちであればホームランにしてしまう。つまりここで一番いいのは、後悔を残さない全力。

 甘いコース。やや高めのど真ん中。

 大介のスイングは、真後ろへファウルボールを飛ばした。


 タイミングはどんぴしゃ。ただし球の伸びが予想以上であった。

(勝負かよ)

 大介はこういうのが大好きだ。

 だが完全に球威で抑えられたことなど、高校に入ってからは一度しかない。


 二球目。外角へのストライクコース。だがこれは分かる。

 フォークだ。球の回転速度を見るに、スプリットと称した方がいいだろう。

 低めに外れた。これで並行カウント。


 140kmほどは出ている速度のフォークなのに、あっさりと見抜かれた。

 これは大介が、読みではなく反射で打っているからである。

 だから究極のところ単打までに抑えるなら、速球派投手がものすごく遅いチェンジアップを投げるなら、腰の回転を重視する大介がホームランを打てる可能性は低い。

 いくら大介が化物であっても、そんなボールはファウルにする。

 上手くコンビネーションが決まっても、ファウルで逃げられてしまうのだ。やがて投げる球がなくなって、打たれる。


 直史はだからそれよりは、あっさりと単打を打たせる方法を採る。

 単打なら打たれても問題ない状況を作ってから勝負するので、結局大介に得点させないのだ。


 しかしここで本田に許されるのは、完全に封じることだ。

 単打でももちろん一点は取られるし、深い外野フライでさえタッチアップになる。

 三振か内野フライ。もしくは内野正面へのゴロ。

 勝つための条件が限られている。




 石川にしても、こうと自信をもって要求出来る球がない。

 他にこれだけ厄介なバッターは、神奈川湘南の実城と、名徳の織田ぐらいだ。

 長打を捨ててミートに徹すれば、この二人を抑えるのは極めて難しい。

 だが大介はこの二人より、ミート力があり、長打力があり、選球眼が良く、足も速い。ついでに言うなら背が低いのでストライクゾーンが狭い。


 本多の持っている球種では、打ち取ることが難しい。

(プロになったらカーブかチェンジアップか、とりあえず緩急をつける球を覚えるべきだな)

 そうは思うが、それはとりあえず将来のことである。


 石川が要求するのは内角。ボール球になってもいい。最悪当たっても構わない。

 だが全力で。


 高校レベルでの強打者は、意外と内角が打てない者が多い。

 なぜならフライボール革命もあるが、強く踏み込んで外角の球を強打するというのが、アウトローの一番打ちにくいところの出し入れを打つためには一番いい手段であるからだ。

 なお大介の場合は、アウトローが一応は苦手であるが、それでも軽く打率は五割を超えている。

 彼を抑える場合にはコースではなく、コンビネーションが大切なのだ。高めは除く。


 左打者の内角に入ってくる、右投手のストレート。

 下手をすれば甘く、ホームランを打たれるボールになるが、大介は見逃した。

 純粋に際どい球であったからだが、これがストライク。

 一応はこれで、ツーストライクと追い込まれた。




(う~ん、さすが)

 大介は表情も変えず、普通に分析をしていた。

 あまり手も長くない大介は、外角が苦手そうに見えるかもしれない。実際に外角を場外に運ぶのは、狙わないと無理だ。

 だが普通にスイングのスピードで、レフトのスタンドにまでは飛ばせる。


 数センチ、内角を広げる。

 この数センチで、内角には対処する。


 本多のようなパワーピッチャーは、全国を見回しても今の一二年にはいない。強いて言えば上杉弟ぐらいである。

 成長途中の高校生であるので、一気に球速を伸ばしてくる者もいるかもしれないが、それでもこれだけ正統派のピッチャーと戦う機会は、そうそうないだろう。

 今年の豊富な高校生の中でも、本多は左腕の吉村と並んで、投手の中では注目が高い。

 二打席連続で、集中した本多からホームランを打っているが、甘いボール球であった。

 ゾーンに本気で投げた球を打ちたい。大介の狙いはそれだ。


 内か外か、それとも一球外すか。

 遅い球を大きく外してタイミングを崩すか。そんな選択もあるだろう。ボール球を二球jは投げられるのだ。

 だが、それはない。

(来るか)

 これだけ気迫を表に出していては、勝負だと叫んでいるようなものだ。

 こういった分かりやすさがないから、直史は打ちにくい。


 おそらくはストレート。だが単なるストレートなら打てる。

 振りかぶった本多が胸まで足を上げ、そして踏み込む。

 リリースの瞬間にタイミングを合わせる。そして振る。

 インロー。打てるコース。

(あんたは嫌いじゃなかった!)

 スイングはボールを捉える。だがわずかな違和感。

 ミートポイントがずれていた。球威が予想を超えていた。


 高く上がるフライ。深めに守っていた外野が、わずかにバックする。

 スピンがかかってはいるものの、スタンドにまでは届かない。

 センターのキャッチと共に、アレクがタッチアップ。追加点が入った。


 これは、どちらの勝ちなのか。

 予想を超えた球で、大介は外野フライとなった。しかし帝都一の狙いは、打ち取って追加点を与えないことだった。

 結局本多は、三振にも内野フライにも打ち取れなかった。だから、大局的に見れば、本多の負けだろう。

 しかし大介がわずかに打ち損じたため、ランナーがいなければ普通に外野フライ。

 ベンチに戻る大介と、わずかに肩を落とす本多の視線が合う。


 これは、決着ではない。

 長い勝負の中の、一つの結果に過ぎなかった。




 男の戦いにロマンを感じない男がいる。

 淡々と、機械のように。

 パフォーマンスではなく、数字の結果で圧倒する。


 自分が出ればまだ逆転出来る。

 そう考えた榊原であったが、スルーを引っ掛けてボテボテのサードゴロ。難なく処理されてワンナウト。

 そして四番の本多である。


 統計から見れば、この試合の勝負は決まっている。

 だが高校野球は九回のツーアウトからでも、逆転の可能性は残されている。

 相手が直史でなければ。

(考えてみたら)

 のんびりと、なんのプレッシャーもなく、直史はピッチングを行う。

(しょぼくても日本一になるのは初めてなんだな)

 春は関東大会まで、そして夏は準優勝。

 甲子園に比べれば重要度は低いとは言え、日本一は日本一だ。強豪校は三年生主体で、ほとんどアピールのための場となっていても。


 四番の本多は、今度は四番として、直史と対決する。

 大介とも直史とも対決しなければいけない彼は、考えてみれば大変である。

(佐藤はプロには行かないと明言している)

 ワールドカップでも、確かに言っていた。そもそも野球で食べていこうというつもりがないのだ。


 同じ試合でプレイするというなら、オリンピックかWBCの舞台があるかもしれない。だが対決するのは、これが最後だ。

 この、化物と言うよりはターミネーターとも言うべき異質の存在も、どうにかしておきたい。

 ピッチャーとして、球速以外の全てに負けているこの下級生を、打ち崩しておきたい。




 初球、縦に割れる大きなカーブ。

 直史のカーブは、変化量も軌道もリリースも違う、何種類もの変化球を持つのと同じ効果がある。

 これは本多の普段のスイングでは、打っても外野フライまでにしかならない。

 次はシンカー。背中側から入ってくるかと思えば、途中からまた内へと、二回変化するように見える変化量。


 簡単にツーナッシングとなり、三球目。二点差ならばおそらくは遊んでこない。

 遅い球が続いたので、最後は速い球かと思えば、腕の振りが全く変わらないチェンジアップ。

 体を泳がせながらも当てたボールは、三塁側のファールフライとなってアウト。


 そしてラストバッターもまた、ピッチャーゴロでアウト。

 最終回を一つの三振もなく、何も起こさせず、〆る。

 まさにクローザーとしての働きであった。

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