第16話 SSS(白富東の佐藤と白石)

 単純にスペックと、素質を比較した場合、白富東のスリートップは、大介、アレク、そして武史である。

 直史の場合は器用度が突出し、メンタルのコントロールが極めて安定して優れているため、それをも上回るが肉体的には劣る。

 そんなスリートップの中で最もまだその才能を活かしていないのは、言うまでもなく武史である。


 理由は色々とあるだろうが、そのうちの最も大きなものは自信だ。

 中学時代には野球から離れていた武史は、兄である直史がどれだけの努力をしてきたか、そしてそれがどう結実したかを知っているだけに、自分がその領域にまでは至らないのだと信じている。

 あるいは経験を積むことによって、それとは別の形で自信を得ることも出来るだろうし、現在でもメンタルドーピングでリミッターを外すことは出来る。

 だが根本的なところに問題がある。

 武史は、本当の意味ではまだ野球の楽しみを知らない。


 だから足りないのだ。


 これからの、最後の夏へと向けた戦いによって、その資質が開花することを直史は期待している。

 さもなければ彼の、ある意味ジンよりもよほど大それた狙いは果たされない。

 期待でも、願いでもなく、狙い。

 それは春夏、そして続く春夏の、四連覇である。

 これまでの甲子園の記録において、三連覇を果たしたのは、去年の大阪光陰ただ一つ。

 他には夏三連覇というのが戦前に存在するが、四連覇というのは存在しない。

 今年の夏に優勝出来ていたら、来年の夏を勝てば20年以上振りの夏連覇となったのだが、その点では惜しいことをした。


 甲子園優勝という肩書きを、直史自身は必要としていないし、自分にはもう既に充分な実績がある。

 しかし武史や、アレクにとっては必要となるものだろう。

 アレクは将来的にはMLBを目指すつもりでいるが、まずはNPBで結果を残し、それからMLBへの挑戦を考えている。

 武史は、そもそも野球自体にそれほどの価値を見出していないことは直史と同じである。

 ただ、才能は絶対にある。それも10年に一人とか、そういうレベルの才能だ。上杉と直史のせいで、最近のピッチャーの成績は評価基準が出鱈目になっている。


 致命的なのは、上昇志向が少ないことだ。

 野球を使って自分の人生を切り拓いていくというビジョンがない。

 甲子園に対しても執着がない。それはアレクも同じであるのだが、アレクは彼なりにお祭り騒ぎが好きであり、明るさの中に隠れたハングリー精神がある。

 客観的に見て武史は、ただ素質だけで野球をやっている、極めて嫌味な人間なのだ。 




 ブルペンでキャッチボールを始めた兄の姿を横目にして、武史は何を感じていたか。

 己に対する不甲斐なさ、あと少しで終わるという安堵感。

 どちらでもない。

(よっし、じゃああと三人どうにかするか)

 開き直りである。


 武史のストレートは速い。

 単純に球速が速いのも確かだが、球速以上に速く感じる。

 原因としては一つは球速の減衰が少ないこと、そしてもう一つは球持ちの長さである。


 小学校時代は水泳をやり、中学時代もバスケという大きなボールを使っていた武史は、肩の駆動域が広い。

 直史のように柔らかいのではなく、元々大きく動くのだ。故障したら復帰に時間がかかるが、今のところ肩よりも先に限界がきそうなところは色々とある。

 下半身の強化や、全体的な腱を守る筋肉が足りていない。

 兄である直史は、単純な筋力よりも、各肉体の部分の連動でボールのキレを生み出すが、武史はまだ上半身に頼った投げ方をしている。

 だが投球フォームにおいては、ボールを放す瞬間まで、左手が体に隠れている。

 そこからアーム式で遠心力を使ってボールを投げるのだ。


 最後のポイントは指先の一弾きである。

 ボールの縫い目に指をかけ、リリースの瞬間に弾く。

 この微妙な感覚は、バスケットボールのジャンプシュートで身につけたものだ。

 武史はポイントゲッターであったが、その中でも最も多い得点の仕方は、クイックネスを活かして相手のマークを振り切り、そこからのジャンプシュートというものである。

 リングに当てることなくゴールする。その感覚はストライクゾーンのコマンドに投げるのに近い。


 三球三振。

 続いて三球三振。

 最後も三球三振。


 この回で最後と分かってから、あからさまに集中力が増した。

 高校最後の打席として代打に立った打者を、問答無用で封じる内容である。

 最初からそれをしろと言いたくもなるが、開き直らなければ出来ない投球でもあるのだろう。


 そしてここでピッチャーは交代。

 弟から兄へ、そのマウンドが渡される。

 ワールドカップ、最優秀投手は、先発部門では台湾のヤンであったが、リリーフ部門では直史であった。

 ヤンの五登板三勝0敗というのも凄まじいのだが、直史は12イニングで失点0どころか被安打さえ0であったのだ。

 世界の高校生の中で、まず一番と言ってもいい。それも球威で圧倒するわけではなく、コンビネーションで封殺するのだ。


 松平は薄くなってきた頭を掻く。

 点差は一点。たとえ直史から一点も取れなくても、一点も取られなければ勝てる。

 だが白富東はあと一回、確実にクリーンナップに回る。


 五回の裏、白富東の攻撃はラストバッターの武史からであった。

 武史は中距離打者であるが、変化球に強い。

 直球に弱いわけではないが、そこそこの速球よりも難しい変化球を打つのに長けている。

 だが本多は直球で勝負するピッチャーであるし、その速球はそこそこどころの騒ぎではない。

 ファウルで一球粘られたが、全力のストレートで最後は三振。


 先頭に戻ってアレク。ヒットを打たれれば大介に回る。

 ここでも本多は石川のリードで変化球を低めに集めてカウントを稼ぎ、最後には全力のストレートを投げた。

 空振りこそ取れなかったものの、内野へのファウルフライ。

 厄介な打者を二人片付けた。


 ツーアウトとなって、二番のジンに回ってくる。

 ジンはランナーがいれば厄介な小技を使ってくる打者であるが、一対一で勝負するなら、普通に打ち取れる。

 そう思って気を抜いたのが悪かった。

 高めに浮いた球を狙い打ちされ、綺麗にセンター前ヒット。

 ツーアウトながらランナーを背負った状態で、大介に回ってきたのである。




 不思議な感覚だ。

 あのワールドカップの舞台では、本多は大介とチームメイトであった。

 主にピッチャーとして使われた本多は、大介の援護でかなり助かった。味方であればこれほど頼もしいバッターはいない。

 またいずれ、WBCの舞台や、あるいはオールスターなどで同じチームになるのかもしれない。それこそ同じ球団に入れば、万歳三唱で喜ぶだろう。

 だがここでは、間違いなく生涯で最大の敵となっている。


 外国のパワーでポコポコ打ってくる打者もいるが、それはあまり怖くない。

 ミート力とパワーで打たれても、それ以上に三振の可能性もあるからだ。

 大介は三振をしない。

 凡退をする時で一番多いのは、外野の正面へのライナー性のフライだ。

 次が内野の正面へのライナー。とにかく三振をしないのが異常である。


 ツーアウト一塁。本多はベンチの松平を見る。

 先ほどのホームランも、簡単な球を打ったわけではなかった。ここで打たれれば逆転される。

 どんなスラッガーでも、狙って100%ホームランが打てるわけではない。だが大介の場合は、打つべき時にはまず間違いなく打ってくる。

 歩かせれば逆転のランナーが塁に出ることになるわけだが、おそらく本多の投球をもってしても、大介を確実に抑えるのは難しい。


 勝負か、敬遠か。

 松平はサムズアップした。勝負だ。

 石川は溜め息を隠しつつ、この最強の打者を打ち取るリードを考えた。




 白石大介の弱点らしい弱点は、左投手の大きな横の変化をするボールである。

 少なくとも統計上はそうであり、実際に右投手や左の本格派と比べると、かなり現実的な打率にまで下がる。それでも五割ぐらいは打つのだ。

 夏の甲子園では、真田のスライダーにやや苦戦していた。一年まで遡れば、県大会で変化球投手に苦戦している。

 だが本多は右の本格派だ。大介の大好物の速球派投手である。


 ここで勝負に拘るなら、敬遠をするか榊原にチェンジする方がいいだろう。

 榊原は鋭いスライダーを持つ左腕である。それでも相変わらず大介は化物であるのだが、おそらく勝率はそちらの方が高い。

 だが松平にはここで本田を代えるつもりはなかった。

 榊原にも最後のマウンドを経験させることは考えていたが、それはこの場面ではない。

 本多に託す。そして石川に託す。


 ロマンだ。

 松平は最後の最後では、ロマンを優先して采配を取ってしまう。

 石川としては試合の勝敗に拘って欲しいのだが、それよりもむしろ、選手に挑戦をさせるのが松平だ。

(まあ俺も進路決まってるし、別にいっか)

 ついに石川まで願望と悪態を放棄し、この不世出のスラッガーを打ち取ることに集中する。


 ワールドカップで160kmを打っているのだ。いくら本多が高校生最速と言っても、ストレートだけでどうにかなる相手ではない。

(ストレートは見せ球にして、変化球でゴロを打たせる)

 基本はそれで、あとは外したストレートで空振りが取れれば幸運である。

 ただ大介は高めのクソボールを、平気でホームランにしてしまうのも知っている。

 だが低めに沈んでいく球も、アッパースイングに切り替えてスタンドまで運んでしまう。


 どうしろと?


 それでも石川はサインを出す。本多も頷く。

 初球は低め。ボールにかなり外れたストレート。

「え」

 明らかなボール球を、いきなりスイングされた。

 打球は普段の大介のそれとは違う軌道を取るが、確実に彼方へと飛んで行く。

 甲子園と違って、この球場には浜風はない。


 滞空時間の長いフライが、センターのバックスクリーン付近まで飛んだ。

 なぜそこまで飛ばす? と訊きたくなるぐらいの打球であった。

「よし」

 打球の行方を追っていた大介は、着弾を確認してから、片手でガッツポーズをして悠々と塁を回る。

 もはやホームランを打ちなれてしまった。

 そうとでも言いたげな、圧倒的な打球。

 白富東、真のエースを投入直前に、3-2と逆転。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る