第15話 復活
帝都一は去年こそ夏の甲子園で一回戦負けをしていたものの、その前の年も夏には甲子園に出ていて、実は優勝していたりする。
だが本多はその時一年生。同じように三年主体で挑んだ国体では、優勝という結果を残せなかった。
だからある意味、甲子園という意識もなく、それでいて全国大会の決勝という、新鮮な空気の中で試合に臨めた。
対する白富東も、攻撃力に重点を置いたオーダーとなっている。
これは本多のことを、間違いなく超高校級のピッチャーであると認めているからだ。
倉田を入れているのは本多の一発病狙いである。大介を打ち取った場合などは、その直後のバッターに抜いた球を投げることを考えて、ホームランを打てる鬼塚と倉田を並べている。
あとは九番の武史というのも、それなりの注目点だろう。
両チームのオーダーを確認して、ジンはため息をつく。
「三年ばっかりのメンバーで、甲子園上位レベルになるんだもんな」
やはり層が厚い。
白富東はスタメンの層は厚いと言っても、下位打線でも甲子園出場校のクリーンナップ並というほどではない。
三年が抜けてしまって、わずかだが守備力は落ちている。
それにもまして痛いのは、三年間の集大成として試合を行うチームと、これから一年を戦うチームの違いとも言える。
救いがあるのは帝都一はひたすらの全力全開であるのに対し、白富東は勝利を目指して、狡猾な手段がいくらでも使えるというところか。
「まあガンガン振って来るわけだから、タケも最初から飛ばしていけばいい」
直史は呑気なことを言っているが、夏の甲子園以降、武史はパフォーマンスを存分に発揮しているとは言いがたい。
一年生左腕としては甲子園記録の152kmを出したが、後遺症が凄かったしそれ以降はブルペンでもそこまでは出せていない。
コントロールがいい時はいいし、変化球もムービング系とチェンジアップがあるので、県予選程度は通用しているが、150kmが出ていない。
大舞台に強いタイプとも言えるのかもしれないが、桜島でのピッチングは言わば、メンタルドーピングである。
武史は、イリヤと相性がいい。正確に言えば、イリヤの応援と。
二人の間には、恋愛感情は見えない。友情すらもないのかもしれない。
だが、特別な反応が起こることは間違いない。今日はそれが期待出来ない。
(早めのリリーフがあるかもしれないな)
あるいは、岩崎も挟んでロングリリーフになるか。
この日、白富東はじゃんけんで負けて後攻である。
大事な試合はほとんど先攻を選んできた白富東であるが、こういうこともある。
それに……直史の直感によれば、この試合は後攻の方がいい。いや、直感と言うよりは期待と言うべきか。
大介は得点圏打率は高いし、それにも増して決勝打を打つ場面での打率はとんでもなく高い。
だが、サヨナラはほとんどない。不思議なことに。
もちろんこれは白富東が積極的に先攻を選んでいるからというのもあるし、サヨナラの場面では大介と勝負してくれないというのもある。
だが帝都一の本多を相手にした場面では、それもあるのではないか。
直史のそれは、願望である。
(とか思ってたけど、甘かったかなあ)
一回の攻防が終わったところで、得点は1-0で帝都一がリードしていた。
先頭の酒井を出してしまった後、四番の本多の長打で得点という、分かりやすい流れで点が入ってしまっていた。
一方の大介の第一打席は、本多がコースを狙いすぎたのか四球での出塁。
それ以外を抑えられてしまい、スタートダッシュでは負けてしまっている。
武史の投球内容は、本多に一発長打を浴びた以外は悪くない。酒井の打球もポテンヒットであった。
だが本多にしても、甲子園と違って消耗が少なく、三番手以降のピッチャーに短いイニングを任せたこともあり、甲子園以上のピッチングが出来る。
甲子園と違い気分的な盛り上がりには欠けるが、ドラフトに向けてのアピールとして、派手に活躍しておきたい。
二回、三回と、両チーム点の入らない展開が続く。
それが動いたのはまたしでも本多の打席からで、二打席目はフェンス直撃のツーベースであった。
「本多のやつ、今日は当たってるな」
のんびりと呟く直史に対して、シーナは組んだ腕の人差し指で貧乏揺すりなどをしていらっしゃる。
「あと一点取られたら、交代ね」
「一点か? もう一点までは我慢出来ないか?」
そう提案する直史であるが、あと一イニングというのに明確な理由があるわけではない。
ただ、この場面をどうにか抑え、次のイニングまでどうにか抑えれば、もう一つ上のステージに武史は上がれると思うのだ。
「失点するにも、内容を見て決めるわ」
育てながら勝たなければいけない。高校野球の監督は大変である。
進塁打を打たれて本多が三塁にまで到達し、そこから外野フライでまた一点。
内容が悪くないだけに、なかなか代えられないのであった。
この日の本多は集中していた。
白富東の上位打線は、全国を見てもトップレベル。大介を除いてもアレクの打率は五指に入るであろう。
そんな打線が沈黙していた。
そもそも本多のMAX155kmに、二種類のスライダーそしてシュート、おまけにフォークという球種は、全国的に見ても打てる高校生などほとんどいない。
一つ上に上杉、同学年に玉縄がいたから目立たないだけで、高校野球史上を見ても、そうはいないレベルのピッチャーであるのだ。
四回の裏は、その本多であっても全く油断の出来ない、大介からの打順であった。
調子を落としている、とは聞いている。原因も揃えて。
実際に準決勝を見れば、軽くホームランを打っているあの恐ろしさが全くない。
だが、この試合はどうだろうか。
第一打席、大介との対決は、単に慎重に投げすぎた結果の四球ではない。
直接に対してピッチャーにしか分からない、白石大介の気迫が感じられた。
復調している。
あのワールドカップの時に感じたような、人間の限界を超えたかのような出鱈目さは感じない。
だが間違いなく、夏の甲子園でホームランを連発した、そして春季大会で己を打ち砕いた、圧倒的な存在感を打席で放っている。
だからこそ、石川のリードは慎重であり、本多も力と力の真っ向勝負などという、自己陶酔の極みで勝とうとは思わない。
野球という勝負の本質は、楽しむことにあるという。
少なくともベースボールであれば、その本場からプレイボールの宣言と共に試合は始まる。
日本の野球の場合はそこに、武道や軍隊教練につながるような、日本の野球の真髄が加えられたことも否めない。
ならばどう戦うか。
全力と、全知をもって戦う。
打者一人に対して、バッテリーはピッチャーとキャッチャーの二人で戦うのだ。
石川の配球は、ここまで成功している。
一打席目の大介も、審判のジャッジが甘ければ、ストライクを宣言されていてもおかしくはなかった。
審判によってストライクゾーンは変わる。それは事実だ。
そして同じ審判で、同じ試合であっても、最初と最後ではストライクゾーンは違う。
公正でないとか、正確でないとかではなく、自然と異なるのだ。
一打席目は大介が微動だにせず見送ったため、ボールが宣告された。
ピッチャーの球威が衰えていく後半につれて、審判のジャッジは少しずつピッチャーに甘くなる傾向があるというのは、純粋に事実である。
この打席、本多の投げた初球はフォーク。
しかしその落差とスピードは、スプリットと分類した方がいいものである。
甲子園を制するために、本多はフォークを二種類に分けて使うようになった。
フォークとスプリットは、本質的には同じものである。そもそもアメリカではフォークのように落ちる球は全てスプリットと呼ばれる。
本多がスプリットを多用するようになったのは、スピードをストレートに近くするためだ。
分かっていても打てない球を投げるか、どちらか分かりにくい球を投げるか。
そこに正解はないのだろうが、少なくとも今、本多が選んだのはこちらである。
高速スプリット。そもそもスプリットが、ファストボールに分類される。
その中でもストレートの平均速度と変わらないスプリットは、どちらか捉えられるものではない。
だが甘い。
そもそも人間が変化球を打てるのは、リリースしてからのスピード、角度、変化、回転などを一瞬で判断するからだ。
大介はほとんど、直感的にそれを判断して打っているが、反射的に計算していることには違いない。
手元で変化する、などと言われる球はあるが、実際はそれもちゃんと、リリースの段階から変化しはじめている。
大介はさらにそれをぎりぎりまで見て、圧倒的なスイングスピードでホームランを打つ。
右足を踏み込み、体重移動を乗せて、腰を回転させる。
綺麗なレベルスイングで、落ちる球であるスプリットを芯でとらえる。
落ちる角度の球を、角度をあわせて打つ。
その落ちる角度のまま、ボールは反発する。
ライトスタンド。その最上段。
復活の一撃が、大きく弾んで場外への壁で止まった。
大きなホームランに、それほど多くはなかった観客も大歓声を送る。
これでスコアは2-1となった。そして直史が専用グラブを手に取る。
「曽田、キャッチボールの相手してくれ」
夏も終わり、肩を温めるのに時間と手間が必要な季節。
直史は準備を開始する。
白富東のベンチを見た、帝都一の松平は苦々しく顔を歪める。
直史のノーヒット神話は、国体の初戦でようやく途切れた。
しかし無失点記録はいまだに続いている。
練習試合なども考えると、さすがにあの江川の記録にはまだ及んでいないのだが、重要な公式戦だけでここまで無失点を続けているというのは、上杉勝也以来である。
そして上杉の場合は、150kmぐらいの抜いたストレートを打たれることがあったが、直史にはそれがない。
変化球投手であり、本質的には打たせて取る投手なのだが、三振を奪う能力も優れている。
ここで登板してくれば、追加点を取れる可能性はかなり低い。
幸いと言うべきか、白石の後の打者が早打ちしてくれて、こちらの攻撃がすぐにきた。
ピッチャー交代の指示はまだ出ない。
肩が作れてないということ。しかし直史が投球練習数球でリリーフに上がることを、松平は知っている。
下位打線とは言え、こちらは三年間ずっとバットを振ってきた、打撃に突出した選手がいる。
松平は勝負をかける。元々これらの代打要員は、決勝では全員使うつもりだったのだ。
打線を封じられる前に、追加点を取る。
そして大介を封じさえすれば、逃げ切れる可能性が高いのは確かだ。
「代打! 最後の打席だ! 振ってこい!」
そして送り出す打者は、練習試合などでは平気で四割を打っていたりする。
全ての戦力を投入して、松平は追加点を取りにかかる。
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