第14話 別れの戦い
帝都一のエースにして主砲である本多勝は、一年の時から甲子園を経験している。
歴代の多くのスーパースターを見てきた監督の松平にしても、本多ほどの素質に溢れた選手を持ったことはないと言っていい。
そして早熟のスーパースターにありがちな、自分の能力に胡坐をかいて零落するといった慢心も、本多とは無縁であった。
元々本多の世代は、レベルが高い世代と言われている。
一つ上の世代が上杉勝也一強ということもあったが、敵ではあるがあの超人を見ていれば、己如きの才能に溺れることもない、
ワールドカップ初優勝を飾った現在の三年生の世代は、その意味では上杉勝也が作ったとさえ言える。
甲子園で唯一上杉から複数のヒットを打った織田。
桜島の西郷は上杉の前に完全に敗北した。
本多や実城、そして勝ちはしたが大阪光陰の面々も、上杉の圧倒的な力は認めざるをえなかった。
そしてその上杉が去り、絶対王者大阪光陰を倒したのは、上杉の力を知らない者たち。
それが上杉の残した春日山に敗れるというのも、皮肉な話である。
だが実際は、白富東のSSは上杉を知っていたし、白石は上杉と非公式ではあるが対戦していたというのも知った。
佐藤は練習試合でも対戦していなかったが、だからこそあいつは異質なのかもしれない。
大田の縁からの練習試合、そして春の関東大会で公式戦では初対決。
佐藤と白石の力によって、帝都一は敗北したと言える。
そしてワールドカップでは味方として共に戦った。
結論、白石はまさに上杉に対するカウンターとも言える打撃の化物であり、佐藤は上杉とは正反対の異形の怪物であった。
高校野球の最高峰である夏の甲子園を終え、おまけのように存在するこの舞台。
だが決勝で戦う相手は、おまけどころではない本命であった。
あの二人を倒して、プロに行く。
それが本多の、高校野球生活での最後の目標である。
群馬国体、硬式野球高校生の部。
決勝を戦うのは関東の二校。
東東京代表の帝都一は、甲子園の優勝回数では全国でも五指に入る超名門。
千葉県代表の白富東は、世界レベルの投手と打者を擁する奇跡のチーム。
地区としてもお隣同士で、練習試合の経験まである。
特に帝都一の三年生にとっては、高校野球最後の対戦相手として、これ以上に相応しいものはいなかった。
ここ数年の高校野球を牽引してきた絶対王者大阪光陰は、夏の甲子園で白富東と伝説的な試合の末に敗れた。
帝都一はその大阪光陰を、三年だけのメンバーとは言え、一回戦で破ったのがこの国体だ。
地元のアドバンテージをなくした大阪光陰は、強敵ではあったが圧倒的な強者ではなかった。
それにあのチームは、いつも強いチームではあるが同時に、戦力が各学年に分かれているとも言える。
夏も投打の中心となったのが一年で、来年以降も強いチームであることを示唆すると共に、三年生が圧倒的な実力を持っていない証明ともなった。
帝都一の、特にプロに行く選手は、白富東に勝っておきたい。
今月の下旬に行われるNPBのドラフト会議。そこは本多以外にも多くのプロ志望者の運命の転換点となる。
この時点で各球団の指名はほぼ決まっているが、完全ではない。
また決まってはいても、条件が変わるということはある。
そして甲子園までは試合に出場機会がなく、大学でも野球を続ける人間にとっては、最後のアピールチャンスである。
……もっとも帝都一ならば大学でも野球を続けるならば、ほとんどはこれ以前に進路は決定している。
帝都一の監督松平は、監督と言うよりはもはや、帝都一野球部の経営者という側面を持っている。
長い間、監督の座に座りすぎた。自分が増長しないように、それでいて蛮勇も忘れないように、どうにか調整してきたつもりである。
良い選手は出来るだけ上に進ませたし、そこまでではない選手にも、野球を通じて新しい世界を開かせていったという自負がある。
だが、教師ではない。
全ての教え子、選手をちゃんと育てたとは言えない。
監督ではあっても、教師ではないのだ。だからこそ逆に、リアリスティックな育成と指揮が出来たとも言える。
松平は決勝の前日、本多と榊原、そして石川のバッテリーを自室に呼んだ。
「敬遠なし、ですか」
松平の言葉に、本多と榊原はともかく、石川は顔を引きつらせた。
「正確には敬遠をしなくてもいい、だな」
松平は訂正をする。ニュアンスを間違うと、いたずらに敬遠という選択肢を消すことになる。
「最後ぐらい、白石とは真っ向勝負したいだろうがよ」
石川は本多と榊原を見つめるが、思ったよりも二人の表情は明るくない。
本多もそうであるが榊原も、プロからの指名を待つ選手なだけに、鼻っ柱は強い。
それでも甲子園、あるいは全国制覇のためならば、己を殺して勝利を優先させた。
「別に国体なんかで優勝しなくてもいいだろうが。それよりは白石と戦うのは、最後になるかもしれねえ」
白石もまた、既にプロ志望であるとは聞いている。
だが果たしてプロで通用するか、そもそもそれまで故障もなく過ごせるかさえ、保証されるものではない。
おそらく高校野球史上最強であるバッターと、確実に対決する最後の機会である。
普段の本多であれば、確実に燃えた。
だがこの大会に入る前から、白石は不調である。その理由も知られている。
身内の不幸で調子が出ない。本多にはあまり分からない感覚だ。
本多は母子家庭に生まれた。そう、生まれる前に既に父親は他界していた。
父親の親戚と接することは少なく、忙しい母親は野球に本多を預けて、そして本多も野球に浸って生きてきた。
野球ほどに本多を悲しませるのも、また喜ばせるものもない。
だがそれでも、一般的な常識から、白石の状態を考えることは出来る。
今の白石と戦って勝っても、あまり自慢出来るものではない。
「今の白石と戦っても、なんて考えるんじゃねえぞ」
松平には読まれていた。
「むしろ真っ向から勝負することで、自分が白石を本気にさせるぐらいのつもりで行け」
松平の感覚は、男であった。
白石に火を点けた上で、それを上回る。
それこそがこの、闘将とまで言われた男の価値観である。
甲子園の優勝には、美学を捨てても泥臭くいかなければいけないことはある。
これが甲子園の決勝であれば、どれだけ狡猾な手段を採ってでも、優勝を目指しただろう。
だが、勝てばいいというものではない。
たとえ敗北しても、甲子園でないのだからいいのだ。
それよりは白石に、真正面から立ち向かったという実績がほしい。
自分のためではなく、選手のために。
本当に選手のためだけを考えて戦える、ボーナスステージのようなものだ。
勝利至上主義である石川は頭を悩ませるが、本多も榊原も、根本は同じである。
凄いやつとは戦いたい。それがピッチャーの本能だ。佐藤は除く。
白石を復活させてでも、本気のあいつと戦う。
同じチームとしてもプレイした本多と榊原には、白石の凄さは分かっている。おそらく現在の世界の高校生の中では、一番のバッターだ。
それを、力を出させた上で戦う。
松平はそれを許す。許すだけの力を、二人は示してきたからだ。
(でもそれをリードするのは俺なんだよなあ)
どこまでもキャッチャーとしては、ネガティブな考えしか出来ない石川であった。
早朝。大介がよりも早く直史は目覚めた。
早寝早起きが直史の基本である。子供の頃からの習慣であり、目覚まし時計はセットしても、普段と同じ時間であれば、確実にそれと同時ぐらいには目が覚める。
大介は呑気にまだ深い眠りの中にある。少なくとも悩みで眠れないということはない性格だ。
「おい」
軽く揺さぶると、ぼんやりと大介は目を開ける。そしてすぐに覚醒する。
「何時だ?」
「六時だ。調整するんだろ?」
「おう」
軽いものを腹に入れて、二人は中庭に出る。
直史はシャドウのために、大介は素振りのために。
もちろん直史はシャドウピッチングの前でも、入念にストレッチはする。
故障を防ぐための準備を、彼が欠かすことはない。
そしてこれは、白富東全体の共通認識となっている。
ストレッチとアップ。この量が直史は他の人間より断然多い。
ただでさえ体が柔らかく故障のしにくい直史が、しっかりと準備をしてから投げる。
それは、故障もしないというものだ。
大介のスイング音を聞いていると、直史にもその調子が分かる。
昨日の夜とは違う。
普段の練習では気付かないが、こういった静かな場所では、はっきりと分かるのだ。
黙々と準備をして、体が温まった頃に、朝食の時間がやってきた。
用意される食事は、宿泊所で作られているもので、同行しているマネージャーもこれを手伝う。
監督であるシーナも、監督兼マネージゃーなので、こういうところでは率先して手伝う。
なおマネージゃー陣の中ではシーナはメシマズ系であり、五木と清水は普通。
ギャップ萌えを狙っている文歌は、料理がかなり得意である。
朝食を終えた選手たちは、宿泊所内を軽く散歩する。
本当なら体を起こすために軽くランニングぐらいはしてもいいのだが、スーパースターを擁する白富東のおっかけは、甲子園にとどまらない。
むしろ地元に近い関東でこそ、その人気は高いし、おっかけも多いというものだ。
試合に関しては甲子園ほどのファンがいないので、普通に並べばどうにか客席に入ることは出来る。
そういった要因があって、白富東は動きが制限されている。
もっともそれは帝都一も同じだ。
この決勝は本多たち、来年はプロで活躍するであろう選手たちの引退試合だ。
代々の帝都一ファン、野球部OBというのが、群馬にも存在する。
そして吹奏楽部のOBなどの動員も白富東より優れており、イリヤも双子もいない白富東は、この点では大きく水を開けられていた。
大介はどんな派手な応援でも、プレッシャーではなく力に変えてしまう。
相手の応援に対抗することもあるが、やはり自軍の応援の方が力にはなる。
その点でもやはり、不利であることは否めない。
そして決勝のスタメンである。
一 (中) 中村 (一年)
二 (捕) 大田 (二年)
三 (遊) 白石 (二年)
四 (三) 鬼塚 (一年)
五 (右) 倉田 (一年)
六 (一) 戸田 (二年)
七 (左) 中根 (二年)
八 (二) 諸角 (二年)
九 (投) 佐藤武 (一年)
攻撃力重視の布陣であり、直史は武史の調子を見つつ、おそらく後半からという計画である。
大介が不調であることは間違いないが、その後ろには点を取れる打者が並ぶ。
ここは勝つ。そのためのスタメンだ。
かくして群馬国体決勝、一年の春から付き合いのあった本多たちとの、最後の戦いが始まる。
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