第8話 グンマー国体
白石大介がおらず、佐藤直史が投げなくても、白富東は強いということを証明する準々決勝となった。
初回にアレクが先頭打者ホームランを打ち、さらにヒットが連続してもう一点を取った。そのままの勢いで圧勝するかと思ったが、栄泉の投手大原は立ち直り、どうにか打者一巡目はその二点で抑えた。
しかし二巡目、二打席目も先頭打者のアレクを四球で出すと、今日は二番で入っている直史もまた、四球を選ぶ。
三番の鬼塚が着実に送りバントを決め、四番の武史が外野フライで追加点。
倉田がクリーンヒットで、これで四点目。
ストレートを低めに集め、変化球を混ぜてくるようになって、そこからはヒットを打たれても点を取られないという膠着状態になったが、それでも流れは変わらなかった。
この試合、二本目のホームランは、ランナーを二人置いた倉田の打席で出た。
スコアは7-0となり、七回コールド条件を満たす。
この日の先発岩崎は、キャッチャーは倉田でありながらも、被安打二、四球四で完封。
終わってみれば爆発力もそれなりにあり、全く隙を見せない勝利であった。
「四球が多かったな」
セカンドに入っていたジンのダメ出しである。今日の彼は守備機会もあったが、エラーはなかったので言う権利はある。
「もっとモトをリードしてやっても良かったんじゃない?」
シーナも追加である。岩崎はもう守られるピッチャーではなく、エースとしての役割を求められているのだ。
もっとものんびりとミーティングをしている時間はない。白富東の一行は、その日の内に国体の開催地である群馬に移動する。
次の日が開会式であり、ようやく一日休める。
そして次の日が、準々決勝である。
「天気は良さそうだね」
ジンが気にしているのは、天候によって試合が行われないことである。
実は国体において、高校野球の部は、あまり重要視されていない。
一応優勝を決める予定ではあるのだが、悪天候で試合が順延になった場合、決勝が行われずに二校が優勝という結果もあるのだ。
下手をすればもう一日潰れて四校優勝ということもある。
そもそもほとんどの高校球児にとって、夏の甲子園が最後の大会である。
実績を残した上位チームと開催地のチームだけは例外だが、白富東のように、三年が引退している場合もある。
私立はそもそも野球部のレギュラーを取るような三年は推薦で決まるので、ほとんどが引退せずにやってくる。
一二年生は秋の大会に専念して、三年でも20人以上いる強豪は、三年だけが国体に出てくることもあるわけだ。
その点、今年の国体で公立なのは、白富東と春日山、そして地味に伊勢水産の三校だけである。
準々決勝当日――。
「よう」
「おう」
試合会場にて、ワールドカップでバッテリーを組んだ、直史と樋口が顔を合わせる。
別にそれだけなのだが、周囲の注目が凄い。
「調子は?」
「初戦で負けるに決まってるだろ。うちのスタメンだった三年、ほとんど引退してるし」
夏の甲子園を制覇した春日山であるが、エースの上杉が怪我をしたのと、スタメンだった三年が受験に専念するためほとんど引退したので、戦力は極端に弱体化している。
優勝バッテリーだけでもそれなりに強いだろうが、この国体ではやはり主力の三年が抜けている伊勢水産と並んで、チーム力は最低レベルになっている。
白富東のように、一二年が主力であったチームは珍しいのだ。
そしてやはり秋季大会を重視しているため、端から勝つつもりがない。
「白石は?」
「身内の不幸で一日遅れる」
「それは……まあ初戦は勝てるか」
昨日の試合で白富東の初戦の相手は、仙台育成と決まっている。
三年生メインで組んだチームのため、かなり力は落ちている。白富東の現有戦力で勝てるはずだ。
それに大介がいたとしても、どれだけ調子が戻っているかは分からない。
そして樋口は白富東より、春日山の心配をする立場である。
「新チーム、そっちはあんまり心配なさそうだな」
「まあスタメンが多く残ってるからな。そっちは大変なのか?」
「チーム作りながら試合してるって感じだ。センバツに行けるかどうかはかなり微妙だな」
新潟県は元々、私立の強いチームが二つほどあり、そこに春日山が割って入ったのが、上杉勝也以来の状況である。
白富東と違って、基盤から強化していない普通のチームなので、おそらくこのバッテリーがいなくなれば、また甲子園からは遠ざかる。
しかし新潟県初の全国優勝を、公立が果たしたというのはロマンではある。
そこにジンが加わる。
「上杉は? もう治ったの?」
「怪我自体は治ったんだけど、しばらく投げてなかった影響がまだ残ってる」
「エース一枚だと厳しいね」
「お前らみたいに、ドラ一レベルがごろごろしてる方がおかしいんだよ」
「夏に照準を合わせてくる感じ?」
「そうだな。正也はまあ、プロのスカウトの目には止まってるから、あとは怪我をちゃんと治す方を重視だな」
上杉正也は、タレント揃いの三年生が引退した時点で、本格派としては高校野球最高の投手になったと言っていいだろう。
投手単体として見ると、岩崎よりも半回りほど上である。
兄が伝説級の化物なだけで、弟も超高校級だ。普段の年であれば、複数球団競合となってもおかしくはない。
「樋口は大学なんだよな?」
「まあな」
本人曰く、野球は大学で終わりである。直史と気が合うのは、そういう点も似ているからだろう。
だがジンが見る限り、樋口は打者として異常に勝負強い。
データを集めて、それを活用するのが抜群に上手いのだ。配球を読む力がずば抜けている。
おそらく夏の甲子園のキャッチャーで、打撃も含めた総合力で見れば、樋口が一番優れた選手だったのではないか。
それからもう少しだけ話をして、樋口は立ち去った。
最初は直史と話していたが、途中からはジンとばかり話していた気がする。
「春日山も一回戦はなかったけど、たぶん今日で負けるだろうね」
「すると向こうの山からは帝都一が上がってくるわけか」
「三年の調子がいいみたいだしね」
一回戦の一番注目された対戦は、共に夏の甲子園でベスト4であった大阪光陰と帝都一の試合であった。
一発病の出なかった本多の調子が良かったこともあり、接戦で帝都一が勝ちあがっている。
あとは明日の準決勝にどこが勝ち上がってくるか。
白富東の対戦相手は、福岡城山と、地元群馬の前橋実業の勝者である。
前橋実業は地元開催の恩恵を活かして、全学年総力を挙げてこの大会に臨んでいる。
高橋と立花のKKコンビを擁する福岡城山だが、やや前橋実業の方が強いという分析である。
白富東とはまた違うが、留学生枠というのが存在し、アメリカからの留学生が二年生エースとして存在する。
甲子園では初戦で敗退していたが、エースが甲子園慣れしていなくて不調だったというのが敗因の分析である。
「あんまり他人のことは言えないけど、外国人留学生も増えてるのかな」
「いや~、日本の野球はあんまり、海外の人間には合わないと思うよ。うちみたいなところは例外」
ジンの感覚としては、所謂典型的な高校野球をするのが嫌で、白富東を選んだのだ。
おそらくただの強豪校であれば、直史は入部すらしていなかっただろうし、大介もまともに使われなかった可能性が高い。
岩崎もここまで伸びず、潰れていたか野球を辞めていただろう。
白富東はジンが選んで作り上げたチームであるが、そこには奇跡的な偶然がいくつも重なっているのだ。
こういったタイプで強いチームは、レベルは落ちるが三里ぐらいだろう。
直史は中学時代の馴れ合いをあまり良いとは考えていないようであるが、直史のスタイルを確立する上では、中学時代の恵まれなかった環境が適していた。
アレクや武史、鬼塚も白富東だからこそ野球をしていると言える。
少なくとも武史は、坊主頭だったら絶対に入っていないと言っていた。
近年の野球人口の減少は、前世紀から続く謎の風習が残っていることも原因だろう。
観客席に行き、福岡城山と前橋実業の試合を見学する。
「遅かったじゃん」
「春日山の樋口と会ってさ」
シーナの言葉に応え、ジンはその隣に座る。
ジンを挟んで直史はその反対側だ。
席としては、福岡城山の応援側だ。前橋実業は地元だけあって、それなりに応援も多い。
次の対戦相手になるかもしれない白富東としては、距離を置きたかった。
しかしそれにしても、周囲からの注目が凄い。
次の試合前には待機しないといけないので、試合は前半しか見れないが、それでも参考にはなるだろう。
「どっちが勝つと思う?」
ジンの意見に対して、白富東のメンバーは、どちらかと言うと福岡城山の方が強いのではと意見を述べる。
夏の実績だけならそうなのだろうが、ワールドカップで立花と高橋を見ていた直史は違う。
「なんかあの二人、あんまりやる気なさそうなんだよな」
10月下旬のドラフト会議に向けて、最後のアピールチャンスではあるのだが、既に内定しているのだろうか。
指名前の事前交渉は禁止されているが、確か立花の方は進学希望だったはずだ。
やる気がないと言うよりは、甲子園やワールドカップの時に比べると、二人があまり会話をしていないような気がする。
試合前の練習であるが、ブルペンの様子ははっきりと分かるのだ。
甲子園と、おまけのワールドカップで燃え尽きてしまったわけではないだろう。二人とも今後も野球をやっていく話は、三年生の中でしていた。
応援の効果もあってか、前橋実業の方が動きは良さそうに思える。
白富東の応援は、大介の大ファンである応援おじさんも来ていないため、一部有志の父母と、あとは暇を持て余した全国の野球ファンだけである。
明日は大介も来るので、それなりに応援の声はありそうだが、逆に大介が打てないと、それも敵になってしまうかもしれない。
グンマーの県民性に期待したい。
「ナオ兄」
観戦しているところに、そんな声がかかった。
振り向いた直史が発見したのは、中学生時代の自分を思わせる容姿の少年。
「ん? ひょっとして淳ちゃんか?」
「ひょっとしなくてもそうだよ」
隣のジンと、その隣のシーナまでが振り向く。
赤の他人の二人の目から見ると、二人の顔立ちは似ていた。
直史の弟である武史よりも、弟と言われれば信じられるぐらいだ。
「なんでここに? それより平日だろ。見つかるとまずいぞ」
「それよりも自分の進路の方が大事だよ。座っていい?」
直史が頷くと、その隣に座る。
映像でも感じたのだが、ジンの目からすると、この少年はやはり、直史に似ている。
弟である武史よりも、動作全体が直史に近いとでも言うべきか。
「うちと仙台育成の試合を見に来たのか?」
「それもだけど、白富東に入る方法について」
その件はもう、不可能であるという結論が出ているはずだ。
ずっと気になっていたジンは、横から口を出す。
「あのさ、特待生の話は来てたんだよね? どうしてそれじゃ満足出来ないの?」
「理由は幾つかあります」
内定していると伝えられた高校は、確かに全国制覇の実績こそないが、プロにも多数の選手を輩出している、東北では五指に入るであろう名門だ。
そこを蹴って全国制覇のために白富東を目指すというのは、確かに単に今度のセンバツと夏を戦う上では、戦力的には充実している。
だが甲子園出場までは、ほぼ県内二強、東北でもセンバツに出られるであろう学校として、そこを避ける理由が弱いように思える。
「大田さんですよね。全国制覇がしたいってのはありますけど、それ以上に俺は、将来プロになりたいんです」
いきなり前提が崩れた。
「聞いてた話と違うな。何かあるとは思ってたけど」
直史もそれは聞いていないことだ。
「まあ原因から言うと、進路が俺の意思じゃなくて、シニアの監督と高校の間で、勝手に決まってたんですよ。俺は東京の私立から声がかかるのを待ってたんですけど、その話が潰されました。俺と一緒にシニアから何人か入るって条件で」
「あ~……なるほど」
ジンは納得した。シニアの有望選手ではよくあることだ。中核となる選手を一人入れる代わりに、バーターとして他にも何人かの選手を付ける。
「でもそれ、今から切っちゃったら、シニアのメンバーの進路も大変にならない?」
淳に紐付きで入る予定だったメンバーは、何人か切られるかもしれない。それにシニアと学校の関係も悪化するだろう。
だが淳は直史に似た、冷たい表情で告げる。
「そんなののために、自分の将来を犠牲にするのはバカです」
切って捨てた。
「でもあそこの学校でベンチメンバーにまで入ったら、推薦で大学にも行けると思うんだけど。プロへの道だって」
「実際のところ、今の俺がこのまま伸びていっても、高卒でプロで通用するかは怪しいと思うんです。それに万一途中で故障なんかして諦める場合、大卒の方が色々選択肢は多いですし」
なるほど、確かに自己中心的である。
「だから帝都一とか早大付属とか、東京の強豪か関東の付属強豪なら良かったんです。でも俺の意見は無視されました」
「特待生じゃなく、普通推薦でもそっちを選んだってこと?」
「そうです。両親にも話して、ずっとそのつもりでシニアでやってきたんです」
なるほど、と確かにジンは納得した。
プロを目指し、しかし保険もかけておきたいというならば、東京六大学か、東都リーグ一部の大学に行きたいと考えるのは当然だろう。
ジン自身もそうだ。別に甲子園を狙えるチームに入るだけなら、父の関係から帝都一に入ることは出来た。学力の問題もなかったから、一般受験も可能だった。
自分の意思でさほど強くもない公立を目指し、しかもそれにシニアのチームメイトを付き合わせたという点では、ジンの方がよほど罪深い。
東北、特に仙台には、大学野球でも強い大学があるが、それでも色々な伝手やコネを作るなら、東京六大学か東都リーグを目指した方がいいだろう。プロのスカウトの目に止まる機会も多い。
「だから俺は学力も余裕で足りてるし、東京の私立を一般で受けるつもりだったんです。けどそこにまあヤクザの破門状みたいに、色々と俺を止める動きがあって」
強豪シニアの監督と、強豪私立高校が結託すれば、シニアから今後の有望選手を出さないということもありえる。
入学できたとしても、監督は使いづらい選手になってしまう。それに逆恨みされたらデメリットの方が大きい。
だから私立への道はない、と。
聞いてみたら自己中心的と言うよりは、色々とシニアの方に問題があるようだ。
「それで俺は公立を受けるしかないかって状況になったんですけど、通える範囲の公立だと、甲子園を目指すのも難しいし、かと言って学力だけで選ぶと高校の間に腕が錆び付きそうで」
淳は確かにエゴイスティックだ。
だが自分の進路を他人の自由にさせない強さ。それは極めてプロ的な思考だ。
自分の将来は自分で選ぶ。後悔のないように。
高校で成長し、甲子園も目指せて、大学の進学にも有利。
なるほど確かに白富東は、彼にとっては良い進路先に思える。
話は分かった。同情すべき点は多々ある。
だがそれと、白富東に入学が可能かどうかとは、全く別の問題だ。
「それについても、一応解決策は分かったんです」
淳が口にしたのは、確かにそれならというものではあるが、周囲の迷惑や手間を、一切考えないものであった。
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