第35話 僕と黒騎士と、契約と(7)

(俺はお前で、お前は俺なんだよ。だからその体を…………)

「っ、かはっ…………」


 一瞬飛んでいた意識が覚醒する。どうやらドラゴンの一撃で吹っ飛ばされていたようだ。気絶している間に誰かに話しかけられた気がしたけど……リーリスかな?


(いや、わたしではないな。ふむ、衝撃で幻聴でも聞こえたのかな?)

「怖いことを言わないでくれ」

(集中は切らすなよ。まだ魔法の効果が残っているとはいえ、あまり食らうと死ぬぞー)

「…………だね」


 ふらつく足で立ち上がって剣を構える。感じているよりもダメージが大きいのかもしれない。それでも、と僕はドラゴンを見据えて……意識を失った。



(…………ふん)


 体を休めながら、リーリスは脱力したハヤトの姿を見る。両手をだらりと下げており、うつむいているせいで表情はうかがえない。その姿を好機ととらえたのか、ドラゴンはゆっくりと近づいてくる。しかし。


(何者かは知らんが、妾の力を使おうとしている以上あれもまたあるじ様の一側面、なのかもしれないが……。主様は正体を知らないようだし、さて、誰が仕掛けたのかね)


 そこまで考えて、そんな芸当ができる存在を思いついたリーリスだったが、「なぜ」という疑問を解消できなかった。


(もしも奴がお母様によるものだとするなら、少なくとも敵ではあるまい。お手並み拝見とするかの)



「GYAAAAAAAOOOOOOO‼」

「…………ッ」


 ドラゴンの足がハヤトを踏みつぶそうとした瞬間、ギュンという音が聞こえそうな速度で彼の首が上を向く。同時に、剣が先程とはけた違いの速度で振るわれる。


「GURUOOOOOOOOOO‼」

「シッ!」


 足裏を斬り裂かれ、ドラゴンがこの戦いで初めての悲鳴を上げる。そこに追い打ちをかけるようにして剣が振るわれ、そのたびに血飛沫が飛ぶ。


(ふん、誰かは知らんがいい腕をしているな)

「当然だろ! 俺はあんたを使いこなすためにこいつに植え付けられた人格だぜ?」

(なるほど、やはりお母様の手によるものか)

「話は終わりか? ならちょっと大技を使わせてもらうぜ!」


 その言葉と同時に、彼は剣身を相手に向けるようにして両手で握る。それと同時に彼の周りに複数の剣が出現する。それらの剣は独りでに飛び回り、ドラゴンの羽や喉を狙うようにして突き刺さる。


「フンッ……!」

(ほう、これは……)


 彼が力を込めると同時に、強大な魔力が剣に流れ込んで淡く光り出し、その光が剣身より一回り大きい刃を形作る。


「魔剣としてのリーリスの特性は『斬撃』だ。ハヤトこいつは気が付いてないみたいだが、『斬る』ことに特化しているこの剣は技量うんぬんにかかわらず物を斬ることができる」

(よく知っているな、お母様に聞いたのか?)

「そうだとも言えるし、そうではないとも言える。俺はお前を使いこなすために必要な情報を最初から持っていたからな」

(生まれ持った知識だから親から与えられたものではあるが、聞いたわけではない、ということか)


 彼は小さくうなずくことで反応すると、剣を大上段に構える。気付けば目の前のドラゴンはいたるところから血を流し、息も絶え絶えになっている。その前に立ち、彼は大きく口の端を釣り上げる。


「感謝しよう、俺という存在を光の当たる場所に引きずりだしたことを。そして疾く死ぬがいい」


 そして彼は、勢いよく剣を振り下ろした。



「ん…………あれ?」

「起きたか、主様よ」


 目の前にリーリスの顔があり、頭の下に柔らかい感触がある、ということを認識した瞬間、僕は飛び起きる。


「ご、ごめんリーリス、膝枕してたんだね」

「謝ることはないぞ、主様。妾は主様の剣であるが、その前に旅の同行者であり、主様に仕えるものだ。むしろ主様の寝顔を見れて役得だったさ」

「それならいいけど……。あれ、ドラゴンは?」

「うむ、すでに倒している。主様は止めの攻撃の反動で気絶していたんだ」

「そっか。じゃあ、無事に解決できた、ってことでいいんだよね?」

「そうだな。それじゃあ、森の入り口のレオンたちを回収して街へ戻るとするか」


 差し出されたリーリスの手を取り、僕は立ち上がる。

 無事に終わって本当によかった。


 それにしても、ドラゴンを倒す姿を覚えてないのはなんだかちょっと、悔しいかも。

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