第34話 僕と黒騎士と、契約と(6)

 四本の足でどっしりと立ちって大きな咆哮を上げる赤いドラゴンは、こちらをギロリと睨む。その瞬間、僕の体が急に強張って震えした。その影響で剣を取り落としそうになるが、それだけは鍛錬中に嫌というほど叩き込まれた反射でとっさに掴み直す。


(ほう、『威圧』だな。気合いで耐えろそんなもん)

「僕まだそれはできないかなぁ!」

(そういう感じでいいと思うがな)


 威圧から立ち直った僕は、剣を握り直してドラゴンに向かって走り出す。ドラゴンはその太い前足を持ち上げ、僕を踏みつぶさんとしてくる。その足の下を駆け抜けるようにして避け、踏みつけの衝撃から逃げるように飛んで後ろから足を斬りつける。しかし。


「硬った! さすがに剣でドラゴンと戦うのは無理か!」

(できんこともないが、まああるじ様の現在の技量では厳しいかもな)

「…………一応方法だけ聞いても?」

(倒れるまで斬り続ける。ちなみに大量の魔力を持っている魔物はごく僅かずつではあるが回復するのでそれも考えるようにな)


 少し聞いただけで気の遠くなりそうな作戦だった。となるとあとは魔法で応戦するしかないけど、この大物相手にどこまで戦えるだろうか。


(まあ危なくなったら助けに入ってやるから、それまでのびのびとやればよい。期待しておるぞー)

「へ?」

(契約直後はやっぱ休まねばなー。なんとなく体がうまく動かん)

「え、あのいやちょっ」

「GUOOOOOAAAAAAAAAA‼」

「っ、ええい、こうなりゃヤケだ!」


 思いもよらないリーリスの言葉に気を取られていた僕を狙って、ドラゴンが炎のブレスを吐いてくる。それを横っ飛びに回避しつつ、僕は考えをめぐらす。鱗のある所は剣で斬りつけても効果が薄く、比較的柔らかそうな腹を目指すには足と尻尾が邪魔になるだろう。ただ、ここが森である分、尻尾での薙ぎ払いは注意するに越したことはないにせよ、攻撃としてのモーションが大きくならざるをえないはずだ。


「でも今のブレスはキツイな……」


 ここが何もない荒野なら気にすることなく戦えるが、燃料となる木が生い茂っているところでブレスを吐きつづけられると、こちらが先に焼け死ぬか呼吸困難でアウトだ。


「つまり僕が注意するのは、足での踏み付けとブレスを吐かせないこと、かな」


 実際に口に出してみて、そこから方法を考える。足を避けるのはさっきのようにできれば問題はなさそうだが、問題はブレスだ。以前読んでいた小説なら、ブレスを吐こうとするタイミングで上や下から顎を閉じるような衝撃を加えて口の中でブレスを暴発させる、なんて手段もあったな。でも問題点が一つ。


「僕ができる魔法の中にはそれをするのに必要な衝撃を出せそうなものはあるけど、発動に時間がかかるってことだ」


 じゃあどうするか。そんな風に自問自答しながら、ドラゴンの攻撃をかわす。かわす。かわす。そしてドラゴンの正面に戻ってくると、その口の中で赤い光が見えた。その光は一瞬で膨れ上がると、一直線に僕を狙って吐き出される。その膨れ上がってから吐き出されるまでの短い間に、僕は全力で前へ走る。後ろ髪がちりつくような感触を覚えながら、距離を詰めて鱗に向かって左手を突き出す。


「ぃしょぉ!」


 低位階の魔法とはいえ至近距離でぶつけるのはダメージがあったのか、剣で斬りつけるよりも鱗に傷がついている。少なくとも魔法に対する耐性があるようではない、ということが分かったのは大きい。

 そんな風に安心したのがまずかった。


「っ!」


 至近距離に足を落とされ、足場が不安定になっているところに反対の足で攻撃される。とっさに飛んで避けたけど、衝撃で巻き上がって飛んでくる土や石がびしびしと体に当たる。


「あっぶな……油断大敵だな、よし」


 大きく深呼吸して、目の前のドラゴンを睨みつける。


「倒すしかないよな。倒さないといけないよな」

(そうだぜ。目の前にいる敵は、倒さなくっちゃあなぁ!)


 僕に答えるように脳裏に聞こえたその声が、リーリスのものではないと僕が認識する間もなく。

 僕はドラゴンへと走り出した。

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