第32話 僕と黒騎士と、契約と(4)

「雰囲気が完全に変わったな。他者の記憶をコピーして上書きとは、燃費の悪そうな魔法だな」

「燃費が悪いのは認めるが、短時間でお前を倒せば問題ないだろう?」


 剣を重ねたまま、グランツとリーリスが言葉を交わす。僕はその光景を、劇場のスクリーンに映された映像のように見る。体は動かそうとすれば動かせそうだが、抵抗が強くて思い通りには動かせそうにない。多分これもリーリスの魔法の効果なのだろう。

 そんなことを考えているうちに、二人は距離を取って向き合う。さてこれから、といったところで隣にリーリスがいることに気が付いた。


(さて、あるじ様よ。後回しにしていた説明を今しようか)

(グランツの相手をしなくて大丈夫なの?)

(ここは主様の知覚している世界だからな。ここで一日話そうと現実ではまばたきの間しか過ぎないのさ。まあグランツはその隙を狙えるだろうが、わたしはそれを見てから対処できるから問題ないな)

(あまりにも都合のいい能力だね……)

(まあ、これも元は妾の能力ではない。妾の元の持ち主のものさ)

(元の持ち主?)


 考えたことはなかったけど、リーリスはこれまでも誰かの手にあって、その刃を振るってきたのだろう。その人生、いや刃生じんせいのことを、僕はほとんど知らないと言えるだろう。


(そうだな。妾が主様に話していないことも、逆に主様が妾に話していないこともまだまだたくさんあるだろう。とまあ、それはさておき、だ)


 そう言って彼女は僕の方を向くと、ニッと笑う。


(妾が今回コピーしたのは主様の一つ前の所有者。人類最高峰の剣術家。若くして剣聖の称号を手に入れ、そして政争に巻き込まれて暗殺された少女、クレア・アークライトの剣術だ)

(剣聖……)

(ああ、妾が知る限り、最も剣術において優れた人間だった。その剣術を、彼女と主様の体格差を調整して主様の記憶に重ねた。その上で妾が主様の体を動かす)

(なるほど。でも記憶をコピーしているなら体を動かすのは僕でもいいんじゃないの?)

(一応聞くが、自分が一度もしたことの無い動きをぶっつけ本番で、しかも命のやり取りのさなかにミスせずやり遂げる自信はあるか?)


 僕はすぐにリーリスが身体を動かすことに同意した。


「…………さて」

「ァァァァァァァッ!!」

「うん、少し話しすぎたな」


 隣のリーリスがいなくなってすぐ、一時停止されていた映像が動き出す。それと同時に、目の前に大写しでグランツの顔が迫る。どうやら、僕とリーリスが話している間に彼は声を上げながら斬りかかってきていたらしい。

 そりゃ、敵が目の前で突っ立っていたら斬りかかってくるよね。

 しかし、スクリーンの中のリーリスはその一撃を避けることなく受け止める。よく見れば、リーリスの目の前に小さな盾が浮かんでいる。魔法、だろうか? それにしてはやけに発動が一瞬だった気もするが……。


 一撃を受け止められたグランツは、追撃をせずに一度距離を取る。そのまま剣を担ぐようにして呪文を唱えると剣が燃え上がり、その熱が彼の髪を揺らす。再び真正面から剣を振るうグランツと、剣の炎に横顔を照らされるリーリスがスクリーンに映る。

 二人は目にもとまらぬ速度で剣をぶつけ合う。僕の目では追うのがやっとだが、二人の剣がぶつかって散る火花がその剣筋を教えてくれる。

 剛剣を振るうグランツと、流々として舞うような剣を振るうリーリス。正反対のようでいて、どちらも根底とする技術がある。それを理解させられるほどに、二人の剣は素晴らしかった。

 ただ、それは剣のみであった時の話である。


 グランツの背後から剣が飛んでくる。彼はそれを剣で弾くようにしてかわすが、避けたそばから次の剣が飛んでくる。一本だった剣は二本に、二本だった剣が四本に、四本だった剣が八本に。

 気が付けば、僕の周りにはすべての剣先をグランツに向けた剣が、何本も浮遊していた。


「卑怯と言ってくれるなよ。妾は自分にできることをしただけなのだからな」

「当然。むしろなぜそれを初めから使わなかったのかが疑問だ」

「奥の手というものは、勝ちを確信するか圧倒的に不利な状況に追い込まれてから開示するものだろう」

「勝ちを確信したゆえ出したと、お前はそう言うのか」


 リーリスはそれに答えず、右手を上げて、振り下ろした。


 スクリーンには、オブジェが一つ、映されていた。

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