第30話 僕と黒騎士と、契約と(2)

 僕とリーリスは黒騎士に向かいあう。黒騎士は身をよじらせるようにして哄笑こうしょうの声を上げている。正直今までで一番怖い仕草だ。そう思っていると、黒騎士はこちらに向き直って手に持っていた剣を地面に突き立てた。


「クックック、まさかこんなところで神造魔剣アリティスに出会えるなんて思ってなかったぜ。魔剣と、そいつと契約したテメェに敬意を表して名乗らせてもらう。俺はジルステント教の正騎士第五席、グランツ・ルジャート」

「ジルステント教……」

「なるほど、邪教集団からの刺客だったか。そうなると目的はわたしだろうな」

「教主様がお前を求めているそうだ。大人しくついてきてほしかったのだが、契約した以上そうもいくまい」

「意外と理性的だなこいつ」

「だからそこのガキを殺して奪う!」

「分かりやすくて大いに結構! 来るぞ、あるじ様!」


 剣を抜いてこちらへ向かってくるグランツを前に、リーリスが右手を伸ばしてくる。その手を左手で握ると同時に、姿。驚く間もなく僕の手に剣同士がぶつかる重たい衝撃が走る。その衝撃に流されるように後ろに飛びつつ僕は剣を右手に持ち替える。着地すると同時に剣からリーリスが姿を現し、僕の後ろに回る。


「筋力増強、敏捷強化、知覚加速、精神安定、自動回復。とりあえずこのくらいかけておけばある程度しのげるか」

「勝ち筋ってあるの?」

「とっておきが一つ。だが使うにはまだ少し足りないものがある」

「何が足りないの?」

「時間と、経験だ」

「要するに?」

「もう少しあの騎士と剣を交えてもらうぞ、主様!」

「了解!」


 その言葉と共に姿を消したリーリスを見送り、僕は改めてグランツに相対する。次の瞬間、彼の足元が爆ぜて僕の方へと突っ込んでくる。いくらリーリスが剣として頑丈であるとはいえそのまま受けるのは得策ではないと判断した僕は、振り下ろされた剣に沿わせるようにして受け流す。しかし、グランツは剣が地面に着く前に翻して再び僕を襲う。これを上体を反らすようにしてかわした僕はそのまま彼の胸当に蹴りを入れて距離をとった。

 グランツの剣は膂力りょりょくと相まって破壊力は高いけど、技術面はユリウスさんぐらいかな? それでも僕にとってはきつい相手だ。今はリーリスにかけられた魔法によって反応できているけど、これがなかったらかなりギリギリだったんじゃないだろうか。


「貴様、その剣は飾りか」

「なんだって?」


 不意にグランツが僕に声をかけてきた。…………普通に剣として扱っていたと思うんだけど。


「貴様の剣からは斬る、という意志が見えん。俺としてもその方がありがたいが、あれだけ大見得を切ったのだ、もう少し俺を楽しませろ!」

「僕は戦闘を楽しむほどジャンキーになるつもりはないんだけどね!」


 言葉の途中で大上段から振り下ろしてくる剣を横に転がるようにして避けながら僕は剣を構える。確かにグランツは僕にとっての悪であり、この世界ならば斬ることが僕にとっての正解なのかもしれない。でもまだ僕はまだ人を斬ることに忌避感がある。でもこのままではいつか。


(なら、斬るしかないだろ?)


 唐突に脳裏に浮かんだその文字列が、僕の心に降りかかる。その言葉を頭を振って追いやりグランツをしっかりと見据える。まだリーリスから反応がないということは、もう少し剣を振り続けないといけないのだろう。

 …………できれば早めに準備できるといいんだけど。

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