第29話 僕と黒騎士と、契約と(1)

 首をガクリと落としたレオンさんの姿に、僕は慌てて声をかける。


「ちょ、レオンさん! 大丈夫ですか!?」

「落ち着けあるじ様よ。単に気を失っているだけだ。ま、かなりひどい怪我ではあるようだがな」

「え、それ大丈夫なの?」

「…………主様は心配性だな。仕方ない、『範囲エリア回復ヒール』っと」


 リーリスがつい、と指を振るのに合わせて緑の光が空き地全てを覆った。その光はレオンさんたちに触れると同時にはじけ、傷を癒していく。その光は黒騎士にも触れてはじけていく。その様子を不思議そうに見ながら黒騎士が声をかけてきた。


「おい、俺も範囲に入っているがいいのか?」

「あん? 別に構わんよ、どうせ主様とわたしでボコボコにするのだからな」

「ハッ、意外と口が悪いんだな」

「性分なもので。それはそれとして、だ。お前に面白いものを見せてやるからちょっと待ってろ」

「は?」


 間抜けな声を上げた黒騎士を傍目に、リーリスは僕の方に向き直る。僕は小さくうなずき、右手を彼女に向かって差し出す。それを見てリーリスは剣を抜き、僕の人差し指を浅く斬る。

 人差し指に血の玉が浮いたことを確認して、僕は軽く息を吐いて吸い込む。


「我が征くは道無き道

 我が征くは荊の道

 我が征くは大いなる道」


 僕がそう口にした瞬間、ブゥンと低い音を立てて魔法陣が地面に浮かびあがった。


「我が征く道に先人は無く

 我が征く後に続く者も無し


 我は一人、愚かな旅を続けし者


 故に、我は汝を旅の道連れとする」


 外側から順に文字列が書かれ、だんだんと魔法陣が形になっていく。黒騎士は何かに驚くようにして体を震わせている。しかし僕はそのことを意識の外に捨て、詠唱に集中する。



 俺が今回受けた命令は、目の前にいる少女を教主様のところへ連れ帰るというものだった。その際、少年の方は殺しても構わないと言われていた。ただのガキを一人攫うのに使われるのは不満だったが、今この瞬間そんな気持ちはどこかへ飛んでいた。


「ハ、ハハハ、ハハハハハハハハハハハハ――! おいおいマジかよ、まさかこんなところで俺の得物みてぇな人造魔剣ニセモノじゃなくて神造魔剣ホンモノに会えるなんてなァ!!」

「故に、我は汝を旅の道連れとする


 汝の刃は我が道を切り拓くために

 汝の刃は我が障害を打ち砕くために

 汝の刃は我が願いを叶えるために」


 詠唱が進むとともに、空気が粘性を増したかのように動きにくくなる。それだけ、この空間に魔力が集まっているという証拠だ。


「フハハハハハ! こんなに魔力を使わないと契約できない魔剣! いったいどれほどの力をもってやがるんだよ!」

「我が願い

 我が祈り

 我が想い


 全てを込めて汝を振るおう


 我が苦しみ

 我が痛み

 我が絶望


 全てを振り払うために汝を振るおう」


 詠唱の完成が近い、それを感じた黒騎士――グランツはヘルムの下で口を歪ませた。



「全てを振り払うために汝を振るおう


 折れず、弛まず、曲がらず

 我は我が旅路を進み続けん」


 僕の周りにはすでに暴風のように魔力が渦巻いている。荒れ狂う魔力が形を与えられようとしているが、まだ完成はしていない。足元をちらりと見れば、僕らを中心にして半径数メートルはあったであろう魔法陣はほぼ文字で埋まり、今や僕らの足の周りに空白を残すだけとなっていた。


「これを以て、我が誓いとする

 全ては、我がためにこそ────!


 契約だ!《リーリス》!」


 魔方陣が全て文字で埋まった瞬間、魔方陣が一層強く輝き、荒れ狂う魔力が全てリーリスの内へと吸い込まれる。そして全ての魔力を吸い込んだリーリスがゆっくりと口を開く。


「『所有者変更コードを確認しました』

 『続いて新たな所有者の生体情報の登録を行います』」


 どこか抑揚のない声を出した彼女は、そのまま僕の人差し指を両手で抱え、先端の血の玉を舌先で舐めとる。そしてそのまま白い喉を鳴らすようにして飲み込んだ。


「『生体情報の登録中……』

 『不明なエラーを確認』

 『再試行中………………』

 『登録しました』」


 彼女のその言葉をトリガーとして、僕の右手の甲に熱が起こる。見れば、複雑な模様がタトゥーのように浮かび上がっている。そこに意識を集中させると、リーリスの存在を強く感じた。


「リーリス」

「ああ、主様よ」

「その力、僕に預けてもらう!」

「当然。妾の全ては主様が望むままに!」

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