第29話 僕と黒騎士と、契約と(1)
首をガクリと落としたレオンさんの姿に、僕は慌てて声をかける。
「ちょ、レオンさん! 大丈夫ですか!?」
「落ち着け
「え、それ大丈夫なの?」
「…………主様は心配性だな。仕方ない、『
リーリスがつい、と指を振るのに合わせて緑の光が空き地全てを覆った。その光はレオンさんたちに触れると同時にはじけ、傷を癒していく。その光は黒騎士にも触れてはじけていく。その様子を不思議そうに見ながら黒騎士が声をかけてきた。
「おい、俺も範囲に入っているがいいのか?」
「あん? 別に構わんよ、どうせ主様と
「ハッ、意外と口が悪いんだな」
「性分なもので。それはそれとして、だ。お前に面白いものを見せてやるからちょっと待ってろ」
「は?」
間抜けな声を上げた黒騎士を傍目に、リーリスは僕の方に向き直る。僕は小さくうなずき、右手を彼女に向かって差し出す。それを見てリーリスは剣を抜き、僕の人差し指を浅く斬る。
人差し指に血の玉が浮いたことを確認して、僕は軽く息を吐いて吸い込む。
「我が征くは道無き道
我が征くは荊の道
我が征くは大いなる道」
僕がそう口にした瞬間、ブゥンと低い音を立てて魔法陣が地面に浮かびあがった。
「我が征く道に先人は無く
我が征く後に続く者も無し
我は一人、愚かな旅を続けし者
故に、我は汝を旅の道連れとする」
外側から順に文字列が書かれ、だんだんと魔法陣が形になっていく。黒騎士は何かに驚くようにして体を震わせている。しかし僕はそのことを意識の外に捨て、詠唱に集中する。
*
俺が今回受けた命令は、目の前にいる少女を教主様のところへ連れ帰るというものだった。その際、少年の方は殺しても構わないと言われていた。ただのガキを一人攫うのに使われるのは不満だったが、今この瞬間そんな気持ちはどこかへ飛んでいた。
「ハ、ハハハ、ハハハハハハハハハハハハ――! おいおいマジかよ、まさかこんなところで俺の得物みてぇな
「故に、我は汝を旅の道連れとする
汝の刃は我が道を切り拓くために
汝の刃は我が障害を打ち砕くために
汝の刃は我が願いを叶えるために」
詠唱が進むとともに、空気が粘性を増したかのように動きにくくなる。それだけ、この空間に魔力が集まっているという証拠だ。
「フハハハハハ! こんなに魔力を使わないと契約できない魔剣! いったいどれほどの力をもってやがるんだよ!」
「我が願い
我が祈り
我が想い
全てを込めて汝を振るおう
我が苦しみ
我が痛み
我が絶望
全てを振り払うために汝を振るおう」
詠唱の完成が近い、それを感じた黒騎士――グランツはヘルムの下で口を歪ませた。
*
「全てを振り払うために汝を振るおう
折れず、弛まず、曲がらず
我は我が旅路を進み続けん」
僕の周りにはすでに暴風のように魔力が渦巻いている。荒れ狂う魔力が形を与えられようとしているが、まだ完成はしていない。足元をちらりと見れば、僕らを中心にして半径数メートルはあったであろう魔法陣はほぼ文字で埋まり、今や僕らの足の周りに空白を残すだけとなっていた。
「これを以て、我が誓いとする
全ては、我がためにこそ────!
契約だ!《リーリス》!」
魔方陣が全て文字で埋まった瞬間、魔方陣が一層強く輝き、荒れ狂う魔力が全てリーリスの内へと吸い込まれる。そして全ての魔力を吸い込んだリーリスがゆっくりと口を開く。
「『所有者変更コードを確認しました』
『続いて新たな所有者の生体情報の登録を行います』」
どこか抑揚のない声を出した彼女は、そのまま僕の人差し指を両手で抱え、先端の血の玉を舌先で舐めとる。そしてそのまま白い喉を鳴らすようにして飲み込んだ。
「『生体情報の登録中……』
『不明なエラーを確認』
『再試行中………………』
『登録しました』」
彼女のその言葉をトリガーとして、僕の右手の甲に熱が起こる。見れば、複雑な模様がタトゥーのように浮かび上がっている。そこに意識を集中させると、リーリスの存在を強く感じた。
「リーリス」
「ああ、主様よ」
「その力、僕に預けてもらう!」
「当然。妾の全ては主様が望むままに!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます