第23話 訪問

 ある日、僕のもとに人のよさそうな笑みを浮かべた初老の男性とその秘書のような女性が尋ねてきた。男は市長のモーリシャスと名乗り、聞きたいことがあるのだと告げた。


「聞きたいこと、ですか」

「ええ、最近この街の近くで見られるようになった黒い騎士のことなのですが」

「!」

「やはり、君は何か知っているのだね?」

「い、いえ、僕たちもあいつにいきなり襲われましたし、襲われる理由も特に思い当たりません……」

「本当に何もないんだね?」

「はい」


 いきなりのことに目を泳がせながら答える僕を彼はじっと見つめたあと、女性の方を振り返った。彼女が首を横に振ると、モーリシャスさんはため息を一つ吐いて僕に向き直った。


「どうやら本当に何も知らないようだね。疑ってしまってすまなかったよ」

「いえ、別に…………」

「あの黒い騎士、目撃情報が出たころは馬車を通していたくせに最近になって襲うようになってね。まだ消耗品には余裕があるが、このまま襲われ続けていては敵わない」

「は、はぁ…………」

「しかし奴の目的がさっぱりわからなくてね。そこで奴の出現時期とその近辺でここを訪れた者を調べていたところ君に行き当たったというわけだ」

「そうですか……」


 僕が寝ている間にそんなことが起こっていたのか、という驚きと僕たちを狙っている執着心への恐怖がわき起こる。狙われる理由に思い当たりがないだけになおさら恐怖心がつのっていく。


「しかし、君も知らないとなるといったい奴の目的は何なのだろうな」

「それは僕たちも気になりますね」

「さて、時間を取らせてしまってすまなかったね」

「いえ、そんなことは」


 少なくともあの黒騎士が僕たちを狙っているということが、第三者から見ても証明されたというのは進展だといえるだろう。


「聞けば君は冒険者になるためにこの街に来たそうだね。君がよい冒険者になれることを祈っているよ」

「ありがとうございます」


 モーリシャスさんが病室を出ていきしばらく経ってから、僕はリーリスに話しかける。


「ねえ、リーリス」

「どうした、あるじ様」

「僕のせいでいろんな人が困っているのかな」

「そうだな、悩みの種の一つくらいにはなっているかもな」

「……そっか」

「主様はどうしたいんじゃ?」

「僕が?」

「うむ」

「どうにかしたいとは思うけれど、今の僕じゃどうしようもないよ。鍛錬しているとはいえ、あいつに勝てるほどの力が僕にはまだない……」

「力、か。力ならあるぞ」

「え?」

わたしという力が、な。妾なら奴を倒せるだろうよ。もちろん主様が望むのならば、だが」

「それは、前に言っていた契約、ってやつ?」

「そうだ」

「………………考えさせて」

「焦らなくていい。まだ時間はあるのだからな」

「…………うん」


 その日の夜、僕はいろいろなことを考えた。力があればできること。力を手に入れたときに起こるであろうこと。僕にできること。できないこと。できるのにしようとしていないこと。


「ねえリーリス」

「ん、まだ起きておったのか主様よ。体のためにも早く休むべきだぞ」

「そう、だね。……でも、聞いてほしいことがあるんだ」

「…………答えが出たのか」

「うん。だから、伝言をお願いしたいんだ」

「引き受けよう。して、内容と相手は?」

「ありがとう。内容はね…………」



 モーリシャスの朝は早い。いつも役場に一番に来て執務室を掃除し、淹れたての豆茶を飲むのが毎朝の習慣であった。彼がいつものようにそうしていると、ドアがノックされた。


「入りたまえ」

「朝早くに失礼する」


 ドアを開けて入ってきたのは、昨日の少年――ユウキ・ハヤトと共にいたリーリスという少女だった。


「まだ私も仕事前なのだがね」

「貴様の事情など妾は知らん。ただ主様からの伝言を預かっている」

「伝言?」

「『僕を囮にして黒騎士をおびき出し、倒してください』だ。確かに伝えたぞ?」

「ま、待ってくれ」

「なにか主様に伝えることがあれば聞こう」

「本気、なのか? 言っては悪いが、彼はまだ冒険者ですらないただの少年だろう? 何が彼を突き動かすんだ。それがもし責任感だというのなら、それはあまりにも愚……「それ以上言うようであればその首をねる」……!!」


リーリスはどこからともなく現れた剣を彼の首に当てていた。モーリシャスは彼女の瞳を見て本気だと悟り、再び慎重に口を開いた。


「…………ならば君の主に伝えてくれ、もう一度しっかりと話し合いたい、と」


 それを聞いたリーリスは剣を消すと、ただ一言「心得た」と答えて部屋を出ていった。

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