第17話 器の拡張、そして

「よし、行くぞ!」

「うん!」


 さすがに何度も繰り返していると、だんだんと回復する速度も速くなり気絶する回数も少なくなってきた。


「ふむ、このくらいか」

「っ、はぁ、はぁ、はぁ」


 それでも、吐き気がするような気持ち悪さと鈍い頭の痛みは治まらない。これは典型的な魔力欠乏症の症状らしく、これを感じなくなるのはむしろ危ないらしい。


「はい、これ」

「うー、ありがとう。これ、回復するのはわかるんだけど自分の魔力がどのくらい増えているのかはいまいちわからないんだよね」

「そりゃあもちろん、全回復する前に搾って、回復させて、また全回復する前に搾って、を繰り返しているからな。魂に魔力の上限を誤認させることが目的だ」

「結構危ないのでは?」

わたしに任せろ」

「…………」


 思わずジトリとした目を向けてしまう僕に、リーリスは慌てた様子で弁解する。


「さ、最初は加減が分からず思いっきり搾ってしまったが、さすがにこれだけ繰り返せば加減も分かってきたぞ! 妾のことを信用してくれ!」

「…………ふふっ」

「なんで笑うんだ!」

「いや、リーリスがそうやって僕に感情をぶつけてくれることってあんまりなかったからさ、なんだか嬉しくて」

「言われてみればそうだったか? まあ妾としても突然現れた主様との生活に追われていたのかもしれないが」

「…………改めてこれからもよろしく」

「こちらこそ。しかし主様よ、そんなことを言っていても魔力を搾られることに変わりはないからな?」

「お手柔らかにお願いします!」


 それからしばらく魔力を搾られては頭痛をこらえつつ回復薬を飲んでまた搾られてを繰り返し、気が付けば高かった太陽もかなり傾いていた。


「うむ、今日のところはこの辺で打ち止めにしておくか。じゃあ最後にもう一回行くぞー」

「…………はぁい」


 構えると同時に、身体の奥深くからマグマのような力が手に集中する。そのまま、握っている剣に向かって吸い込まれていく。脈打つように震える剣がぶれないように握り締め、自分の魔力が無駄にならないように、取りこぼさないように制御しようとする。


「ん、このくらいか」

「ふぅぅぅぅ……」


 リーリスの声と共に、魔力が吸い上げられるような感覚が霧散する。同時に、熱を持った手のひらを覚ますように手を振りながら、魔力を散らして体の中を循環させるようにする。自分の全ての魔力を、と言われるとまだ無理そうだが、減らされた状態ならばそれもだいぶできるようになってきた。

 気持ち悪さをこらえながら体を伸ばしていると、リーリスが回復薬を一本投げてきた。


「今日はもう終わりってさっき言ってなかったっけ?」

「そのつもりだったが、主様の成長を見ていて楽しくなってな。まだ先だと思っていたが、少し魔法の手ほどきをしてやろうと思ったのだ」

「本当に!?」

「今からやるのはそれなりに高位の魔法でな、魔力をごっそりと持って行くやつだから覚悟するんだな」


 そう言っていたずらっ子のように笑ったリーリスは、僕の手から剣を受け取ると鞘に納め、僕の背中に手を当てた。


「いいか、まずは両手を広げて前に上げるんだ。掌が太陽を向くように、うん、そんな感じだ。じゃあ、今から主様の魔力を使って魔方陣を描くぞ」


 僕は全神経を耳に傾け、リーリスの声を聞く。彼女の声はそよぐ風と相まって、僕の心を落ち着ける。


「まずは現象の大枠を定める。今回は剣を作るぞ。地味だと思ったかもしれないな? ふふ、主様の驚いた顔が今から楽しみだ」


 僕の目の前に、僕が二人ぐらい手を広げたぐらいの大きさの円が生まれ、端から順に文字が書かれていく。


「そして次の現象。この剣を上から下へと落とす」


 円の中に三角が生まれ、その中にも文字が書かれていく。


「剣には雷でもまとわせようか」


 三角とは別の場所に四角が生まれ、同じように文字が。


「そしてこの魔法陣を空高く上げる。近くでやると危ないからな」


 魔方陣が僕の目の前を離れ、空へと上がっていく。そして、かろうじて見えるぐらいの大きさで静止した。その最中も、魔法陣が完成していくのを五感ではない感覚で感じる。


「それじゃあ妾のカウントで魔法を発動しよう。……その前に結界を作ろう。妾は大丈夫だが主様には危険そうだ。あ、こっちは妾がささっとしておくぞ」


 そう言ってすぐに僕の足元に魔法陣が展開し、半透明の壁によって僕たちは世界と切り離される。


「では行くぞ。五、四、三」


 急激に魔力を吸い上げられる感覚。先程までとは比べ物にならない強引さに、慌てて手綱を握るように制御する。


「二、一、発動」


 魔法陣が光り、一筋の光が地上へ落ちる。轟音と巻き上げられた土砂で周りの様子はうかがえない。


「よし、邪魔だな」


 そう言ってリーリスが手を振ると、風が吹き荒れて土砂を裂く。そして開けた視界には、広範囲にわたってすり鉢状に抉れた土地と、その中心にそびえたつ一振りの大剣があった。

 夕暮れ時から夜へと変わる短いひと時。僕の後ろから出てきたリーリスは、大剣に歩み寄るとくるりと振り向いて僕の顔を見据えた。


「これが魔法だ」

「…………」

「いずれ、主様はこの景色を否応なしに見ることになる。覚悟しろとはまだ言わない。だが、この光景を目に焼き付けておくんだ。きっと、それが主様を導くことになる。魔法は万能ではない。だが、限りなく多くのことを成せるすべとなる」

「…………うん」


 言われなくても焼き付けるつもりだった。だってこんなにも――リーリスの姿が美しかったのだから。

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