第15話 異界

 鏡をくぐるとそこは森の中だった。

 大きく息を吸って、吐く。森の木漏れ日と、木々の間を流れていくそよ風がとても心地いい。はぁ、落ち着いた、よし。


「ねぇリーリス、この異界、の主はリーリスなんだよね」

「そうだな」

「ということはこの状況もリーリスが作り出したってことだよね」

「そうなるなぁ」

「あっはっは」

「はっはっは」

「なんで到着地点がオオカミの群れのど真ん中なんですかね!?」

「異界に入った瞬間から実戦ができるじゃないか!」


 そう、僕が踏みこんだ異界で初めて目にしたものは、腹ペコそうな狼十匹でした。しかもイメージにある狼より二回りぐらい大きい。リーダーっぽいのとか後ろ足で立ち上がったら僕より大きい気がするんだけど。


「まあ冗談はさておき、だ」


 僕がパニックになりながら震えていると、リーリスが僕の前に立つ。そして、いつの間にか左腰に下げていた剣を鞘から抜いた。


 それは、美しい剣だった。片手用だろうか、それほど刀身は広くない。刃は蒼く、柄が黒い。刃の表面にはうっすらと細やかな紋様が見て取れるが、それ以外にこれといった装飾は見当たらない。いや、柄と刃の間、つばの部分に宝石のようなものがあり、陽光を反射して輝いている。これも、蒼。


 見惚れてしまい、口をポカンと開けた僕を一目見て銀の髪を風になびかせた少女は笑う。そして少女は群れに向かって駆ける。向かってきた一匹目を横に飛んでかわし、首筋を切りつける。同時に左手で火球を作り、後ろから襲い掛かってきた狼の鼻っ面に当ててひるんだところに斬りつける。

 その後も次々と襲ってくる狼を剣で、魔法で倒し、ちょうど今、群れのリーダーらしき大狼も首を落とされた。


「ふぅ、ざっとこのようなものか。どうだったかな、あるじ様」

「うん、リーリスってすごいんだね!」

「魔剣として当然のことだな。ま、このぐらいなら主様もすぐにできるようになるぞ? というかさせるぞ?」

「あ、あはは」

「それはさておき、今のは予行演習さ。最初の関門としてあの狼たちを単独で撃破できるようになってもらう」

「ちなみにどのくらいを想定してます?」

「今日中」

「無理です」

「まあ今日というのは冗談だが、二、三日で撃破できるようになってもらうぞ。その後も考えているからな」


 その言葉にがっくりとうなだれた僕だったが、リーリスは無理やり僕を掴んで森の中を歩きだす。聞けば、こちらで暮らす際の拠点に向かっているという。しばらく歩いていると、森が開けたところに出た。そこには一本の巨木が立っていて、どうやらそれを利用したツリーハウスが僕たちの暮らす拠点らしい。


「ずいぶんと大きな樹だね。両手を広げても全然端まで届かないや」

「この樹はこの森で最も初めにあった樹、という設定だな。魔力による資源をこの付近から同心円状に広げていった結果そうなったらしい」

「異界の作成って、そんなふうにざっくりしたものなの?」

「作成と言っても、わたしが行ったのは作成の魔道具に魔力を注ぎ、こういう世界にしたいという大まかな注文をしたぐらいだからな。妾としても全容を知っているわけではないのだ」

「へぇ」

「さて、主様よ、荷物を拠点に持ち込んだらさっそく魔力を搾り取っていくぞ!」

「うへぇ」


 その宣言通り、荷物を置いて外に出ると彼女はすぐに僕の腕を掴んで意気揚々と歩き出した。


「魔力を搾るのはさっきの場所じゃ駄目なの?」

「正直、主様の魔力をそのまま放出するのは拠点に当たった時に目も当てられないからな」

「え、そんなに威力が出るの?」

「もちろん。まあ妾が手助けする、というのもなくはないがな」

「そ、そうなんだ……」


 そうやって歩いた先には、先程よりは小さいがそれでも走り回るには十分だろうと思われる空き地があった。その中央までやってくると、リーリスはひょいと僕に向かって剣を差し出した。


「さてと、じゃあ主様、これを持ってくれ」

「え? ああ、うん」

「そのまま正面に構えて」

「うん……うん!?」

「どうした主様、構え方が分からないのか?」

「い、いやそうじゃなくて、これ、この剣は」

「妾だな」

「んんー??」

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