第14話 魔法の実践……その前に

 翌朝僕が目を覚ますと、すでにリーリスは起きていていくつかの本を抱えていた。


「リーリス、その本は今日使うもの?」

「ん? ああいや、これはまだ使わない。魔法の実践はもっと簡単なものからだ」

「あ、やること自体は確定なんだね」

「当然のことだな」


 どうやら持っていた本は地下の書棚から持ってきたものらしい。僕に教える前に自分で読んでみて、知識の確認を行うという。


「じゃあ、今日から僕がやってみる魔法ってどういうものなの?」

「ああ、それならそこのテーブルの上に何冊か積んでおいたぞ」


 どれどれ、とテーブルの上を見た僕は思わず顔を引きつらせる。そこにあったのは確かに数冊の本、だった。一冊の厚さが辞典ほどはあるけど。


「リーリス、ここにある本、全部やるの?」

「? ああ」

「結構量があるように見えるんだけど、どのくらいかけてやるつもりなのか聞いてもいい?」

「んー、そのくらいの量なら一週間もかからないぐらいだろうか」

「ソウデスカ」


 つまり、少なくとも一日に一冊程度は読破して魔法を習得しなければならないらしい。いや無理では?

 そんな僕の顔色を見て、心配してくれたのかリーリスが笑いかける。


「安心しろあるじ様! 私が作り出す小規模な異界にこもって特訓すれば一週間もたっていないさ!」

「ごめん急に耳が遠くなったみたいなんだけど、もう一回言っておらってもいいかな?」

「む、大丈夫か主様?」

「大丈夫かどうかを確かめるためにも言ってほしいかな」

「? ああ。魔法の訓練は私が作る異界の中で行う。異界の中は時間の進みがこちらとは異なるため、かなり長い間向こうで過ごしても生活に問題はないのだ」

「……異界でやる理由って他にもあります?」

「異界なのでどれだけ広範囲・高威力の魔法を使っても問題なし。さらには異界の主はわたしなのでどんな状況、どんな敵も思いのままに配置して動かすことができるぞ!」

「わあすごい」

「なぜだろう、主様が全然楽しくなさそうだぞ……!」


 どうやらお互いに認識の差があるようなので、実戦に映る前にもう一度話し合うことになってしまった。


「えっと、リーリスが教えてくれようとしているのは、一番低い位階の魔法だよね?」

「うむ、全然違うぞ!」

「初手から食い違っていたのか」

「ぶっちゃけた話、主様の魔力への感度は非常にいい。それを生かして基礎から積み上げていくのも間違ってはいないが、今回はそうも悠長なことを言っていられなくてな。魔法の実践と魂の器の拡張を並行して行う」

「器の拡張って時間がかかるものじゃなかったっけ?」

「本来ならな。だがそこでわたしの出番だ。本来のやり方では魔力をギリギリまで使い、時間をかけて自然に回復させながら拡張していくところ、妾がガンガン主様から魔力を吸い上げつつ、主様には妾の作ったこの魔力回復薬で魔力を回復し続けてもらう。これを一日中やる」

「…………」

「あ、魔力が完全に枯渇すると死の危険があるが、そんなことにはならないように妾がきっちりとギリギリまで搾り取るから安心していいぞ!」

「安心とは」


 予想していた以上にスパルタだ。目の前に置かれた小瓶は、透き通るような綺麗な赤色をしているが、これを一度飲んでしまえば引き返せなくなると本能が叫んでいる。魔力を感じられるようになった今だから分かる。この一本に僕が持つ魔力以上の魔力が込められている。


「あ、回復薬の味はいくつかあるから楽しみにしていてくれよ!」

「…………わぁい」


 しばらく話し合った結果、僕がこれから教わるのは低位階ではなく中位階から高位階の魔法であること、しばらくは異界の中で暮らすこと、そこでの剣の訓練はリーリスが見てくれることが分かった。


「主様ー、準備できたかー?」

「できたよ。といっても僕の荷物はあまりないけれど」


 玄関の外から呼びかけてくるリーリスに答えつつ、靴ひもを結び直す。玄関から出ると、家の前に鏡のようなものが浮かんでいた。


「ここに入るの?」

「ああ、分かりやすいだろう? さて、では異界に向かうとするか!」


 リーリスの言葉と共に、僕は異界に向けて一歩を踏み出した。

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