第13話 リーリスの指導(魔法式編)

 それから僕はリーリスに手を掴まれたまま、魔力を流す感覚を何度も体験させられた。


「なんか変な感じだよ……。手の周りに温かいものがまとわりついているみたいな感じって言えばいいのかな」

「うむ、手の周りに魔力が集まっているがゆえの感覚だな。あとはそれを事象として変換するだけだぞ」

「それが一番難しいんだけどね…………」

「魔法の発動準備より、その発動の段階の方が複雑であるのは当然のことだな」


 その言葉を受けて、僕は魔力を流されながら耳元でささやかれ続けた言葉を思い出す。


「魔力の収束、安定化が魔法の発動準備、事象の選択、固定、魔法式の展開、術式への魔力充填、解放で発動、だったかな」

「その通り!」

「まだ僕は安定化までってことだよね。やっぱり先が長いなぁ」

「そうでもないぞ。事象の選択、固定は要するにイメージの問題だからな、そこには特段難しいことがあるわけでもないな」

「展開と充填がネックになりそうだね」

「ん? 首がどうかしたのか?」

「そんなこと言ってないよ?」

「……翻訳の魔法具にも翻訳できない言葉があるようだな。それで、今のは何を言いたかったんだ?」

「ああ、魔法式の展開と魔力の充填が難所になりそうだなって言いたかったんだよ」


 それを受けて、リーリスは顎に手を当てると「それは首が弱点になるといったような話なのか?」と尋ねた。


「いや、どうなんだろう。僕もしっかり考えたことはなかったから詳しくは知らないよ」

「ううむ、気になる。しかし今はそれよりもあるじ様の質問に答える方が先だな。先に言ってしまえば、主様の懸念はもっともなものだ」


 そう言うと彼女は部屋を離れ、戻ってくるときに黒板を引きずってきた。そして僕の前にそれを置くと、チョークで丸や四角や三角やらが踊る図形を書き表した。


「さて主様よ、これが何の魔法式か分かるか?」

「いや、さっぱり」

「うむ、わたしにも分からん」

「はい?」


 眉をひそめた僕を横目に、彼女は図形の中にさらに文字を書き込んでいく。よどみなく図形の中にびっしりと書き込まれた文字は、遠目からでは白い図形にしか見えない。


「さて、これで分かるようになったか」

「いや、僕はこっちの世界の文字を読めないから分からないと思うよ?」

「まぁまぁそう言わずにとりあえず読んでみるんだ」

「はぁ……?」


 急かされるままに僕は席を立ち、黒板の前に立つ。気分はまるで急に先生に当てられて黒板の前で必死になって答えを考えているようなものだ。

 とりあえず、目の前の図形をじっと見つめてみる。魔法式、と言うぐらいなのだからここにあるものは全て結果を導くために必要なものであるはずだ。そう考えて、僕はじっくりと隅々まで図形を見ていく。


「…………ダメだ、全然分からない」

「まあそうだろうな。最初から主様が読み解けることを期待してはいないよ」

「じゃあ何のためにこれを見せたのさ」


 飄々ひょうひょうと口にした彼女に対し、僕はジトリとした目を向ける。しかし彼女はそんな目線を気にも留めずに、黒板に何かを書き込んでいく。そこに目をやると、隣の魔法式に比べれば簡素だが白くなるぐらい書き込まれた小さな魔法式が出来上がっていた。


「そっちの魔法式も読み解けとか言い出さないよね?」

「安心していいぞ、こっちは説明用だ」


 そう言うと彼女は、手のひらに広げた布を乗せた。見ると布には先程の小さな魔法式と同じものが描かれている。そして彼女が集中したと思うと、布が光って小さな火の玉を吐き出した。


「おお!」

「さて、今見てもらった通り、この魔法式は火球ファイアボールのものだ。この魔法で変換する事象は、『火を生み出す』『火を球状にする』『火球を打ち出す方向を定める』『火球が飛ぶ距離を定める』といったところだな。これら全てを書き示したものが魔法式となる」

「な、なるほど」

「当然だが書き込むことが多くなればなるほど魔法式は大きく、複雑になっていき書き上げるのに時間がかかるようになる」

「うんうん」

「しかし主様にはこの複雑になった魔法式を簡潔に、素早く書き上げられるようになってもらう」

「うんうん……え?」

「というわけで今日はもう少し魔力操作の訓練をしてから寝るぞー。明日からはお待ちかねの魔法の実践だ。楽しみで寝られないなんてことがないようにな」

「…………え?」

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