第8話 村長ユリウス

 僕が二階から降りてくると、ちょうどリーリスが玄関をくぐったところだった。


「おや、あるじ様、玄関の前で待っているとはよほどわたしがいなくて寂しかったと見える」

「そ、そういうのじゃないよ」


 僕の姿を認めてからかうように言うリーリスに照れくさくなっていると、リーリスの後ろから壮年の男性が現れた。


「そちらがおっしゃっていた契約者の方ですか」

「ああ。ユウキハヤト、という。明日から剣の稽古をつけてもらいたくてな」

「相変わらず急ですなあ。私にも村長の仕事というものがあってですな」

「それを承知の上で頼んでいるのさ。主様をポンと自警団の訓練所に突き出すわけにもいくまい」


 壮年の男性はこの村の村長、つまりはナムルさんの旦那さんらしい。頭に白いものが混じっていて温和そうな顔立ちが印象的だ。


「ああ、ご挨拶が遅れましたね。私はこの村で村長を任せてもらっています、ユリウスと申します。ハヤト殿、どうぞよろしくお願いします」

「ああいえ、こちらこそ泊めていただいたり、いろいろ教えてくださるとのことなので、よろしくお願いします」


 差し出された手を握って驚く。自分の父親の手よりもごつごつとしていて、握る力も強い。そんな僕の驚きをどこか読み取ったのか、ユリウスさんはニコニコとした笑みを崩さずに「これでも鍛えておりますので」と言った。


「驚くのは早いぞ主様。いずれはこうなってもらわねばならんのだからな」

「…………そのことについてはもうちょっと説明が欲しいんだけど」

「む、それもそうか。妾としたことが、久しぶりの契約者ということで舞い上がっていたようだ。そうだな、話は夕食の後でもいいだろう?」


 そう言われたことで、台所の方からいい匂いがしてきたのを感じ、お腹がくぅ、と鳴る。


「うん、わかったよ」

「それにしても先ほどの腹の虫の鳴き声は可愛らしかったな」

「そ、そんなことない!」

「はは、私の妻の料理はどこに出しても恥ずかしくないものですからね。たくさん味わってください」


 ユリウスさんのその言葉に僕のお腹がくぅ、と鳴り、僕は顔を赤くしてうつむくのだった。

 その日の夕食は僕たちの歓迎だということで豪華にしてくれていたらしく、僕は異世界の料理というものに舌鼓を打った。


 その夜、僕はリーリスから「説明」を受けていた。


「ええと、リーリスはこの世界の神様に作られた魔剣なので、この世界のバランスを保つ必要がある。でも魔剣単体では必要な力を得ることができないから、魔剣と波長の合う生物と『契約』を結ぶことでその力を得る、と」

「ざっくりとした認識はそのようなものだな。条件だなんだと言い出せばいろいろとあるが、少なくとも主様が妾と契約するかどうかを判断するには問題あるまい」

「その力って、強いの?」

「ああ」


 リーリスはそこで言葉を切って、妖しい光をたたえた美しい瞳で僕の目を見つめる。


「主様がその気になれば、世界だって手に入れられるほどの力があるであろうな」

「…………!」

「妾と契約して、妾をどのように使うのか。それは全て主様の手の内にのみある。裏を返せば、主様が望まぬことを妾が為すことはない。できない、とも言えるがな」


 その言葉に僕は、ようやく彼女のことを「異質な存在」だと理解した。理解させられてしまった。

 思わず言葉に詰まる僕に、彼女はフッと微笑んだ。


「なにも今すぐに決めろとは言わんよ。主様には剣と魔法を覚えてもらって、この世界のことをもっとよく知ってもらって、その上で主様がその意志によって妾とどう向き合うのか選ぶのだ」

「そう、か」

「ああ。……だから今日はもう寝ようか。明日に差し障っても困るだろう」

「そうだね……。うん、おやすみ」

「おやすみ」

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