第4話 リーリスの家

 洞窟を出るのはたやすかったが、その後が問題だった。


「どうした? 早くしないと日暮れまでに村に着けないぞ?」

「…………こんなの聞いてない」


 洞窟を出た先は、なんとびっくり、断崖絶壁だった。いや、傾斜はついているのだが角度にして六十度はあるだろうか、普通に怖い。

 みっともなくも足を震わせている僕の様子を見て、リーリスは眉をひそめるとひょいひょいと僕のところまで戻ってきて、黙ってリュックを差し出した。僕がそれを受け取って背負ったのを見ると、いきなり僕のことを横抱きにして斜面を滑り降りた。


「ーーーーーーーーッッッッ!!」

「黙ってないと舌を噛むぞ、主様」


 自慢じゃないが絶叫系のアトラクションで悲鳴を上げたことなんてなかった僕だけど、さすがにこれは無理だった。

 え? 悲鳴すら上げられないほどのビビりだったんじゃないかって? やめて。

 それから数分後、足を小鹿のようにガクガクサセテ四つん這いになっている僕の背中をさするリーリスという、見る人が見れば笑いそうな状況が生まれていた。


「大丈夫か、主様?」

「う、うん、なんとか…………ぅぇ」


 さすがにリーリスに心配そうな顔をさせてばかりというのも申し訳ないので、僕は全身に力を込めて立ち上がる。ぐぉ、足が、足がぁ……。

 肩を貸そうとするリーリスに断りを入れつつ、彼女の先導で村を目指す。さすがに村に入るときに年下(に見える少女)に肩を貸されているだなんて、僕のプライドが砕け散りそうだからね。

 そんな風にしていたからか、リーリスの言っていた村に辿り着いた時にはすでに日が暮れてしまっていた。


「あー、その、なんかごめん」

「ん? 別に謝ることはないぞ主様」

「でも予定通りなら日が暮れる前に辿り着いていたんだよね?」

「それはわたしが一人だったなら、といったところだろうな。妾が主様の能力を見誤っていただけのことよ」


 なぜだろうか、リーリスからの僕に対する評価がやけに高いというか、そもそも『主様』と呼ばれる理由も分からない。


「さて、今日はもう遅い。家に行って早いところ体を休めようではないか」


 そんなことを考えていたのだけれど、リーリスがあまりに明るく言うものだからなんだか今考えなくてもいいか、という気分になった。


 そのまま彼女の先導で村を突っ切り、村の反対側、というか本当に村の反対の端まで来た。そこにある家のすぐ後ろには鬱蒼うっそうとした森が広がっていて、夜となった今ではその奥を見通すことはできない。いや、この木の量では昼間でも薄暗そうだ。

 そんな森の様子に気後れする僕を置いて、彼女はさっさと扉の鍵を開けて中に入ってしまった。と思うとすぐに頭だけをこちらに出して「早く入ってこーい」と声をかけてきた。


「あ、はい!」


 その声に導かれるように僕は森から視線を切って玄関をくぐる。するとそこには。


「改めてようこそ、妾の家に」

「おじゃましまー……!」


 所狭しと本やらなにやらが積まれている、もはや足の踏み場もないような部屋の前で腕組みをするリーリスの姿があった。

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