墓場で夏祭り

笑子

蛍の葬送

 真夜中。ひたすらに続くのではないかと思う一本道を、私は歩き続ける。紐が絡まったような白いサンダルの踵を、土道と小石ににぶつけながら。

 左手には一度入ったら抜け出せないような森林が、右手には小川が流れていて、土手が続いている。もちろん街灯なんて無い。前日に雨が降ったのか、はたまた一昨日か、音から察するに水かさは増えているようだった。

 この山奥に、いったい何があるのだろう。もうここまで来ると、昼間でも来たことのない場所だ。草木は生い茂り、雑草が私の脚に絡みつく。背後うしろは振り返れない。この先への好奇心、恐怖心、何故かわからない使命感が、ごちゃ混ぜになって、もう訳が分からなくて、全部無くしてしまいたくなった。

 白いシャツワンピースの裾が、歩く度にふわりと揺蕩たゆたう。小ぶりの革鞄には、なんにも入っていない。なんにも。だから、家の鍵だけがちゃらちゃらとポケットのなかで音をたてるのが鬱陶しくて、わずらわしくて、川に投げ捨てた。でもどうでもいい。月光のもとできらきら光った鍵がきれいだったから。

 私に帰る場所はない。それだけが頭の中にはっきりとあって、それ以外のことは何もわからなかった。でも、わからなくていいと思った。



 そういえば、さっきから蛍が飛んでいる。きらきら光るあの虫は、どこへゆくのだろう。あの虫たちには、ゆく宛があるのだろうか。きっと考えてもわからないけれど、同じ道を辿ってみようか。伸ばした自分の手は、同じように光を発して透けている。

 墓場が見えた。真新しい墓標が見えた。そこに向かわなくてはいけない気がした。そこには、無数の光がある。漂う光のなかを、私も同じように漂う。もうすぐ、朝日が昇る。

 静かなこの場所で、私は透けた手足を振り回しながらくるりと回った。ああ、愉しい。何もかもから解放された光たちが、愉快に躍る。さながら夏祭りのような賑わいに、憐れ、誰も気づくことはないのだ。私はそっと泪を流した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

墓場で夏祭り 笑子 @ren1031

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る