第59話 なぜ俺の名を?

 それは森の僅か上空をホバリングしていた。黒に近い濃い紫。光が当たった所が鈍く光る。翼はさほど大きくない。


「思ったより小さいな……」


 それが第一印象だった。ここからは少し距離があるので、そう感じたのかもしれない。


 そいつが……!


 ギュオォォーッ!!

 

 俺を見た!?


 俺はそう感じたし、たぶん下にいる討伐隊の全員がそう感じたに違いない。


 竜の威圧!


 身体の奥の方までビリビリ感じる。なる程、受ける方はこんな感覚になるのか!


 レベルの低い冒険者達がバタバタと倒れていく。100名以上いた人員が、瞬く間に半数になってしまった。


 紫竜。そう呼ばれる紫のドラゴンはユッタリと翼を、こちらに向けた。


 ラムシーさんらは、せっかく配置した人員の再配置と倒れた冒険者達の避難に大わらわだ。


 皆が絶望的な顔をし、檄を飛ばす声も力が無い。討伐隊が、あのドラゴンを止められないのは明らかだ。


 俺は今回も『未就労』でドラゴン戦に挑むつもりだ。今まで13匹のドラゴンを倒しているが『未就労』のまま討伐したことが無い。前回も失敗したしね。問題はアレがコゲ(アースドラゴン)より強いかどうかだ。


 狙いは、あの紫色のドラゴンを殺って経験値大幅アップだ。……だけど命も大事。ヤバくなったら迷わず『勇者』になっちゃうぞ!


 俺は、どのタイミングで出ると効果的かドラゴンそっちのけで考えていた。


     *     *


 紫竜は上空からでも攻撃できるのに門の前に悠然と降り立った。アーチャーが矢を放つが全てはね返えされている。


 国境なき騎士団が前面に出て防御の陣を組んだ。……さて、どこまで通用するのか?


 騎士団の大盾の影から十数人が飛び出す!


 それぞれの得物で渾身の一撃を繰り出すが、さほど効いたようには見えない。しかし、その中でもさすがに鉄の旅団のリッパーさんの剣捌き、カミソン傭兵団のカミソンさんの槍使いが見物みものだった。それでもドラゴンの鱗に傷がつく程度か?


 紫竜は少しだけ人間の攻撃を受けると、もう飽きたとでもいうように長い尻尾を一振り。


 バババババァーン!


 ウワッ。あの攻撃は厄介だ!


 尻尾は先になる程、速くなるから遠い方が危ないんだよな。コゲに何度やられたことか。俺はちょっとだけ、かつての強敵ともを思い出した。まあ、何匹目のコゲかは忘れたが。


 ほぼ一撃で討伐隊は壊滅したようだ。騎士団の大盾のお陰で死人は出ていない。


 さすがに精鋭ぞろいだ。半死半生でも立ち上がろうとしている。しかし紫竜に睨まれ、反撃までには至らない。


 国境なき騎士団は崩壊。かろうじて立っていたのは代表のダムキンさん唯一人だ。


     *     *


 もう良いかな? 良いよね!


 さっきの『威圧』の、お返しをしちゃいます。


 俺は門の上に立って紫竜を指差す!


『自己アピール度=+5』

【-■■■■■■■■■■+】


 ピロピロピロピロピロ。たっぷり紫竜を睨みつけて指向性を持たせてから……。


「嘗めてんじゃねーぞ。この紫トカゲ!」


 紫竜がこちらを見ました。驚いた顔をしたと思うのは気のせいですかね?


 門の上から跳びます。30メートルくらいありますけど余裕です。翼狙いです。アタレー!


 ギュギュオォォーッ!!


 当たった。そして斬れた!


 何だ、斬れるじゃないかこの野郎! 初めて一撃でドラゴンを斬ったぜ。翼の根っこ部分を、ちょこっとだけだけど。


 でも紫竜、びっくりして足を滑らせてけました。


 一方、俺はというと勢い余ってゴロゴロゴロゴロ。5回転目で立ち上がりドラゴンを見据える。あー、目が回った!


 チラリと辺りを見ると全員、俺を驚愕の目で見ている。


 ここだ。叙々ポーズからの……!


「吾は傭兵戦隊セイント・カイン、紺碧のショキ。一宿一飯の義により!」馬車で1泊。


 右手をゆったーりと上げながら、人差し指を立ててから……。


 ビシッ!


「悪しきドラゴンを打つ!」


 決まったかな?


 実は今の俺の出で立ちは青で統一されている……様な感じだ。少し説明しよう。


 服は上下とも、ほぼ青系だ。これは古着屋のジョーンズさんに貰った物だ。ぎがあるのはご愛嬌だ。


 剣はさっき、盗賊の没収品の中に青い鞘の剣があったのでそいつを差している。剣自体はナマクラだ。さっきドラゴン斬ったら、もう曲がっちまった。すぐに取り替えよう!


 青い布があったが、マントにするには小さかったのでショールのように肩に巻いている。実に邪魔クソだ。


 そしてそして今、俺は青いマスクをしている。もちろんショールの余り布だ。


 目を開けるのにハサミが無かったから、仕方なくナイフを使った。だから左右の穴の大きさが多少違っている。でも、そんな事はどうでも良い。謎のヒーローは、このマスクをしているというのが大事なのだ!


     *     *


「ショキ殿なのか……?」


 口から血を流したラムシーさんが俺を呼んだ。なぜ渋いおじさんは、鼻血じゃなくて口から渋く血を流すのだろう?


 ん? 待てよ!


「な、なぜ俺の名を?」


「いや……。今、名乗ったから」

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