第58話 紫の影

ぬしだなや!」とトカチャンペさん。


「紫竜だ!」とラムシーさん。


「あ~あ」と諦め顔のライチューさん。


 お3人の一言で何となく状況がわかったような気がします。


「ラムシーさん、不味いことになったぜ」


 そこに冒険者ギルド側の責任者、豹獣人のマークさんが現れた。この人、元A級の凄腕らしい。


「ああ。今しがた、お宅のコペンから聞いたよ」


「なんだ。コペンの奴、俺より先にラムシーさんに報告してたのかよ」


 少し苦い表情の呆れ顔だ。


「つまり、状況を素早く判断して適格な判断が出来る優秀な斥候って事だなや!」


 トカチャンペさんが、その斥候を擁護する。


「違いねぇ。後で褒めときますよ。ちくしょーめ! それで、どうします? ラムシーさん」


 しばらくすると討伐隊の主だった者達が続々とラムシーの元に集まっていた。全員が彼の事を指揮官と認めているようだ。


     *     *


 さて、ここで本来の討伐隊指揮官であるバーベル男爵が何をしているかというと……。


「盗賊団の討伐は終了した。私の役目は終わったから帰るぞ。あーっ、何も聞かん、聞こえませーん。私は帰るのだ!」


 という事で自分の馬車の中で帰る準備をしているそうだ。もちろん、護衛の騎士達も一緒だ。


     *     *


 この魔物防災砦には森を監視するために森の中までトンネルが掘られていた。


 盗賊共は砦の門が破られた時に破れかぶれで、その通路を使って森に逃げ込んだのである。これにぬしであるドラゴン様が怒っているという状況だ。


「何ちゅう、バカヤローだ。その先にドラゴンがいると知ってたはずなのによー!」


「捕まっても死刑だかんね。一か八かだなや!」


「まったく何でこんな時にヤリカーイの野郎が居ねぇんだよ。バカヤロが!」


「今やリーダーは、デスク仕事と接待で腹ダルダルの腰痛持ちだかんね。戦力にゃなんねーべさ!」


「何だバカヤロー。剛力のヤリカーイが情けねーぞ!」


 へぇ。キルドマスターのヤリカーイさんて、リーダーって呼ばれてたんですね。昔は凄かったって話は本当みたいです。


 トカチャンペさんとライチューさんの話の方が面白かったので聞いてましたが、ちゃんと討伐隊の打ち合わせも進んでいます。


     *     *


 基本、傭兵ギルドと冒険者ギルドの150名ではドラゴン討伐は無理。よって、出来るだけドラゴンを怒らせない様にする。


 冒険者ギルド側はC級以上がドラゴンに対処し、残りの40名は捕らえた盗賊共の監視にあたる。但し、盗賊の幹部以上は即刻処刑。南無南無。そして、本部への応援要請。


 ドラゴンが森から出てこなければ、それでよし。出てきたら砦で防御。何としてもここで食い止める。防御のかなめは国境なき騎士団が務めるようだ。


 つまり、現状は何もしない。


     *     *


 そうかぁ……何もやらないんだ。俺はちょっとだけガッカリしながら、テキパキと人員が配置されるのを見ていた。俺には何の役目も振られなかったからだ。何かと気を使ってくれるラムシーさんも、さすがに俺にかまっている余裕は無いようだ。


「そうだ。もし、ドラゴンが出てきた時の準備をしておこう!」


 やることがないので俺はイソイソと砦の中を物色することにした。


 なーに、落ちている物を拾うだけですよ。『隠蔽』メーキョーシスーイ。


 森の中からは時々盗賊共の悲鳴が聞こえる。魔物かドラゴンに殺られているのだろう。自業自得、しょうがないよね。


     *     *


「あんまり、使えそうな物が無いなぁ……」


 その音は、盗賊共から没収した装備品を見ていた時に起こった。


 スドドドーン。ギュオォォーッ!


 バキバキバキバキ!


 ギュオォォーッ! ドカーン。


 うわっ?! 何か起こったようです。急いで砦の門の上の物見櫓に登ってみました。


 森の中がザワザワ揺れてます。あっ、でかい木が倒れました。何が起こっているのでしょう?


「盗賊団の魔法使いがドラゴンに攻撃しやがったぞ!」


「何?」「馬鹿が!」「来るぞ?!」


 門前がにわかに騒がしくなってきました。


     *     *


 ズバッー!


 森が盛り上がったと思ったら黒い影が、いや紫の影が飛び出しました。

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