第28話 ザンネン

 俺が返事も出来ずに戸惑っていると、ゼクスさんが立ち止まった。地面に割れ目が見える。目的地の間歇スポットだ。


「隙間から出ている魔素が分かりますか? もうステータスでは、私を抜いているのでしょう」


「ええ、まあ……隙間から魔素が噴き出してますね。ちょっと怖いくらいです」


 ゴツゴツとした黒い地面に約5メートル程の割れ目があった。そこから魔素が溢れ出ているのが感じられた。


「まだまだ序の口です。時間が来ると膨大な魔素が噴き出してきます。そうなると魔素が直視できますよ。黒い霧のような感じです」


 こちらにと手招きされ、割れ目の反対側に回り込んだ。指差された騎士団の方角を見ると、陽炎のように揺らいで見える。


「黒い霧になると、向こうからは見えなくなります」


 御手洗会長が、こっちを見てるよう気がした。


「今回の訓練では、これを使います」


 そう言うと、懐から革袋を取り出した。


 訓練? 説明を聞くだけと、言いませんでしたか?


「これが何か分かりますか?」


 口紐を解くと中には黒い石があった。


「いえ、分かりません」


「そうでしょうね。これ高かったんですよ、私の蓄えでは足りず、大事な剣を売らねばなりませんでした」


「あの剣、売ったんですか。大切な物だったのでは……?」


 騎士団の入隊が決まった時、お爺さんから祝いに貰ったと聞いていた。


「祖父の形見よりも大切なものがあると気付いたのですよ」


 形見だったの?! おもっ


「このアイテムは【魔寄せの香】です。使い方は文字通りですが、こういう使い方も出来ます」


 手にした石を袋ごと魔素スポットの隙間にツイと投げ入れた。


「あっ?!」


 たぶん遠くからでは分からないと思うが、割れ目が一瞬震えたように見えた。魔素の噴出量が少し増えたのかもしれない。割れ目を見ていたらゼクスさんが、ゆっくりと近づく。


「君はカタギリ様の言うとおり、お二方には相応しくない人間だと思うよ。聞けば真のの人間でもないそうだね」


 どんどん魔素の量が多くなっている。空気が揺らいで、ゼクスさんの顔半分が歪んで見えた。


「文字通りの平民が、お二人のような素晴らしい方々のお側に居ては迷惑だよ。聖女様は、お優しいから君を排除する気がないようですが、カタギリ様は非常にお怒りだ」


 パッと魔素に色が付いた。黒。ゼクスさんの言うとおりだ。


「カタギリ様は君の排除を、お望みだ!」


 一見ゼクスさんは、俺に語りかけてる様だけど違います。これは所謂、独り言です。この人、こんなにヤバかったっけ?


 魔素の量が凄いです。


「聖女様のためにも、強いては王国のためにも君には死んで貰うよ」


 そうは言うけど殺気なし。力みもなく腰からナイフを取り出す。何なんでしょう。現実感がないのです。


 俺の脇腹に鍵穴でもあるかのように差し込む。そして躊躇なく手首をひとひねり。


「うぐっ?!」


 ゆらりと地面が近づいてきた。間近で見る地面ってそこまで黒くないんだなぁ。倒れた時の痛みはなかった。


 騎士団の方からは、ここは黒くなった魔素で見えません。計算していたんでしょうね。


「即効性の毒だからすぐ死ねるよ。君は本当に良い生徒だったから残念です」


 おいおいマジかよ。ホントにやるとは! イタタタタ。遅れて痛みが俺を襲う。


 ゼクスさん。あんた、片桐先輩のあの小芝居をホントに真に受けてたのかよ? あの設定は、ほとんど俺が考えたんだよ!


 御手洗会長と片桐先輩って、二人とも超絶美男美女だけどザンネンズだよ。ちょっと一緒にいれば気付くよね?!


 御手洗会長もタカビーキャラだけど、どちらかというと騎士団の皆さんとは親しまれてたよね。


 片桐先輩の小芝居だって、あまりにも唐突に始まるもんだから皆さん『又か!』って顔をしてましたよね。


 ハッ?! 若しかしてゼクスさん。本当に従者になりたかったの?


 そこで、俺は気付いた!?


 この人もザンネンキャラだったのか……納得!

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