第16話 平原の生活魔法

「さすが御手洗会長ですね」


 俺は馬車の車体に背を預けて、伸びをしながら横に居る片桐先輩に声を掛けた。もう、ほとんど終わったも同然。少し気楽な顔をしても良いだろう。


 ……誰も居ないんですけど。


 片桐先輩、凄い勢いで御手洗会長の方に向かってました。


「今更行っても間に合わないと、思うけどな」


     *     *


 彼方で御手洗会長が更に1匹を仕留めるのが見えました。


 残る1匹は従者ぶんたいちょうりました。さすが騎士団分隊長を副業にしているだけの事はある、やるな! だけど馬鹿だね。


 ほら、御手洗会長に叱られた。獲物を横取りするなって言われてるのだと思う。


     *     *


 カイン隊長の方も、そろそろ終わりそうです。所詮コボルト、時間をかければ、こんなものでしょう。御手洗会長の方で3匹仕留めたので攻撃に余裕ができた様です。最後の1匹はカイン隊長が仕留めてました。


 騎士団の方で8匹。御手洗会長で3匹。……んーあれ、12匹いたよね? 俺、ちゃんと数えてたんだよね。ここからよく見えるから。おかしいな1匹、森に逃げたかな?


 森の方を目を皿のようにして探したけどいません。こういう時は全く別の方角を!


 あっ、見つけました?! こっちの方に向かって来ます。


     *     *


 えっ、慌てる? コボルト1匹ですよ? 馬鹿なことを言っちゃいけません。ここにだって騎士達が居るんです。


「済みませ~ん。今、こちらにコボルトが向かって来ま~す!」


 反応がありません。


「あの~。こっちにコボルトが……」


 なる程、皆さん。もう討伐が終わったとばかりに出発の準備で忙しそうです。時間を無駄にしない、その心掛けは良いですが、皆が戻るまでが討伐! 最後まで油断しちゃ駄目だと思うな、俺。


 これはカイン隊長に後で報告をしなければな、などと思っていると、直ぐそこにコボルトが!


「ってか、俺の所に来てんじゃないの?!」


     *     *


 来てます。来てます。何故ピンポイントで俺?


 当然か! 他の人は討伐組と同じフルプレートの騎士達。俺、普段着の子供。俺って馬鹿? 何、余裕ぶっこいちゃてんの!


 来た来た来た!


「誰か助けてー!」と、言ったつもりが声が裏返って言葉になりません。


「テリャヒョテヒャヘレー!」


 って聞こえたかもしれません。かなり正確な発音表記だと自負します。なんて、こんな時に、こんな事を考える俺のバカァー!


 慌てて馬車の下に潜り込みました。剣は持っていません。あれ、重たいんです。持ってても使えません。


 俺、かなり目が良いのでコボルトの表情、滅茶見えます。


 血走った目が怖いです。剥き出しだ歯が怖いです。ベロがベロベロ怖いです。口から垂れる涎まで怖いです。何より俺を殺して食ってやろうとする、その意思に物凄く恐怖を感じます。


 雑魚魔物?


 冗談じゃない! よっく考えれば、その辺のワンコロにでさえ歯をむき出しに吠えられたら無茶恐ろしいのを思い出しました。


 コボルトが馬車の下を覗いて俺を見ます。ガルガル言ってます。モフモフ何て要らねー!


 もう一度、気力を振り絞って声を上げます。


「誰かぁー、タースーテーケー!!」


 やっと、騎士達が気がついたみたいです。こっちに来てくれます。


 ドスドス。遅い!


 遅すぎる。近衛騎士団、使えねー!


 俺は馬車の更に奥に逃げます。あっ、反対側に出ちゃいそうです。コボルトが回り込んで来ます。慌てて、戻りました。傍から見ると喜劇でしょうね。知ってます、さっきまで見てましたから。


 コボルトが、近づいて来る騎士に気がつきました。でも俺の事を諦める気は無いようです。勤勉か!


 あっ、コボルトの歯茎も怖いです!


 何故かって? もう、そこに見えるからですぅー!


「死ぬ、死ぬ、死ぬ! おかぁちゃーん!」


 小さい頃の母親の呼び方が出てきました。異世界に来て思い出した事もないのに。腹の中まで戻りてー!


 痙攣みたいに震えてます。足は内股。手で顔を覆って、目はしっかり閉じて。歯が恥ずかしい程ガチガチ鳴っています。いつまで、この恐怖は続くのでしょう。もう死にます。出来るなら、知らない内に死ねないかなぁ……。さようなら。


 !?。


 死んだら、白い部屋とか? ……無いか!


     *     *


 んー、なんか長くないですか?


     *     *


「タロー君、遅れてご免よ」


 片桐先輩の声?


 ですよね! そっと目を開けました。片目ずつです。いきなり全開で目の前にコボルトの大口とか勘弁ですからね。


 馬車の下を覗き込む勇者カタギリが見えました。横にコボルトの横たわった足が見えます。


「にっ、にいちゃ(ガン!!)……ぐぇ!」


 慌てて出ようとして、馬車の底で頭を打ちました。危うく『兄ちゃん』と叫ぶところでした。兄貴は、いないんですけどね!


 可笑しいですか? みっともないですか? 一度、死んでみて下さい。


 馬車の下から這い出ると先輩は、まだ恐怖に震える俺の肩を抱いてポンポンと背中を叩いてくれました。でもすぐに飲み物でも、と言って離れてくれました。


 に、臭うかな? 俺は内股で急いで馬車の裏に隠れて、唯一使える魔法を必要部分に掛けました。


 3回必要でした。


 マジ、使えて良かった生活魔法!

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