家出した、くまさんと女の子

猫眩し

第1話 雨上がり

「こんな家、でていってやるっ」

僕は家を飛び出した。バタンっと一際大きな音をわざと立てて、ドアを閉めて駆け出す。後ろで母さんが何か言っている気がしたけど、何を言っていたのかはよく聞こえなかった。衝動のままに走って、走って、走る。だんだん息が切れてきて、もう限界と感じたところで、膝に手を当てて息を整える。徐々に整ってくる呼吸とは反対に心が暴れだす。

『親に向かってなんだその口聞き方は!』

父さんに言われた言葉。その言葉を聞いた瞬間、それまでコップすれすれまでに抑えていた感情が一気に溢れ出して、気付いたら家を飛び出していた。なんだよ、親ってそんなに偉いかよ。流れてきた水滴を服で拭う。顔を上げると、ブランコに滑り台、鉄棒...いつも遊んでいる公園まだきてしまったらしい。公園には人影がなく、閑散としていた。広い公園に1人だけ。風の音だけが冷たく残る。むしゃくしゃした感情を足元にあった小石にぶつける。カランコロンカツンっ。

「痛っ。」

驚いて声のした方を見ると茂みの中で青いワンピースを着た女の子が蹲っていた。こちらに気づくと困惑した様子でこちらを見上げる。僕の顔を見るとなんとなく状況を察したのか目つきは鋭くなり、その目尻には涙が浮かんでいた。

「ごめんっ...小石...。え、えっと、大丈夫?ごめん...ほんと...」

慌てて茂みの中に足を入れるとその瞬間ヌルッとした感触を足に感じてそのまま世界が回転する。ビシャっと音がして、泥水の匂いとズボンに水が染み込んでくる感覚。目を点にしてこたらを見ている女の子と目があい、とても気まずくなる。

「...大丈夫?」 

「...うん。」

あまりにも情けない。石を当てちゃって、謝まってるところで滑って転んで

挙げ句の果てに逆に心配されるって。

汚れた服を手で払う。泥は、服に染み付いて、払ったところでどうしようもなさそうだ。...母さんに叱られる。

「ごめんね、びっくりさせて。石も、わざとじゃないんだけど当たっちゃって。大丈夫?...泣いてるの?」

「泣いてないし、大丈夫。なんで石なんか蹴ったの。危ない。」

「ごめん、その、むしゃくしゃしてて、つい。」

家出したことは、恥ずかしくて言えない。女の子は呆れた顔でポケットから、ハンカチを差し出した。

「はい、これ使って。」

「いいよ、ハンカチ汚れちゃう。」

「いいから、はいっ。」

押しに負けて受け取る。ピンク色で、周りにひらひらとしたレースがついてて、ウサギの刺繍がされてあった。

「やっぱりいいよ。こんなかわいいハンカチ、使えっこない。」

女の子は渋々ハンカチを受け取ってポケットにしまった。女の子の手は水に濡れていて、よく見ると、ワンピースの裾も水滴を吸って濃い青と水色のまだら模様になっていた。

「あのさ、こんなとこでなにやってるの?」

「探してるの...白い、貝殻のイヤリング。大事なものなの。」

「白い、貝殻のイヤリング?」

「そう、見なかった?」

「いや...」

なんか聞いたことがある気がする...。

「森のくまさんだ」

咄嗟に口に出た。女の子は口に手を当てて笑っていた。

「確かに。そしたら、くまさん、イヤリングを一緒に探してよ。」

「くまさん?僕が?」

「そうだよ。だって、真っ茶色じゃない。」

女の子は僕の服を指差して笑う。確かに、僕の今日の服は茶色のズボンに白い服。それも泥で汚れて真っ茶色。髪の毛は茶髪だとよく言われる。

そしたら、僕は女の子を、お嬢さんと言うべきなのだろうか。いや、それは恥ずかしい。

「イヤリング、どこらへんで落としたの?」

「たぶん、ここら辺だと思うんだけど、さっきからずっと探してるのに見つからないの。」

女の子は、草をかき分け出した。雑草は女の子の身長くらいあって、地面はほとんど見えない。そりゃ、みつからないはずだ。僕も手当たり次第草をかき分けて、探す。探しながら、ふと思ったことを口に出す。

「こんなとこでイヤリングを落とすなんて、いったい、どこに行こうとしてたの?」

女の子は黙々と、草をかき分ける。

「...したんじゃないの。」

あまりに小さい声だったのでよくきこえなかった。

「え?なんて?」

「落としたんじゃないの。...自分で投げたの。」

「へっ?なんで?」

声が裏返った。

「実はね、お母さんと喧嘩しちゃったの。かっとなってつい、イヤリング持って家を出てきちゃって、草むらに投げたの。」

「あー、なるほど。」

僕は親と喧嘩したことを思い出して顔が引きつる。と同時に、少しの間そのことが頭からすっかり離れていたことに驚いた。あんなにむかついていたのに。

「でも、なんでイヤリングを探してるの?」

「このイヤリング、お母さんがお父さんに貰ったものなの。お母さん、このイヤリンずっと大切にしてたのに...。」

草むらをかき分ける音が止んだ。話を聞いて、僕もなんだか、話をしたくなった。

「...実は僕も親と喧嘩して家出してきちゃって。いや、いつもしてる、喧嘩なんだけど、今日はなぜか、今までにないくらいに、むかついて、家出してきちゃった。」

「そうなの。そしたら、一緒ね。」

「うん。」

草むらをかきわけていると、掌サイズの青い箱が落ちていた。開けてみると、中に2つの真っ白な貝殻のイヤリングがはいっていた。

「ねぇ、ねぇ!あったよ、これでしょ!」イヤリングを片手に、女の子に見せに行こうとした途端、勢い余ってヌルッとした感覚とともに、また世界が回転した。駆け寄った女の子は僕の持っている青い箱を見て、受け取る。

「そう、このイヤリング!ありがとう!それにしても、ほんとうにドジなくまさんね。」と言って笑いながらハンカチを渡した。僕はつられて笑いながらそのハンカチを受け取った。









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

家出した、くまさんと女の子 猫眩し @necomabushi11

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ