第10話 野兎と丸兎は名前は違うけど同じウサギなのですね
ミネルバに連れられて、冒険者ギルドの裏庭に移動すると、訓練場や解体場、倉庫など広い敷地が取られていた。奴隷ギルドよりも敷地広く、後で聞いた所、隣の区画も買い取って、裏に倉庫、表は冒険者用の雑貨屋を開いているそうだ。
ミネルバと二人は、その倉庫の第一武器庫に来ていた。
「この倉庫にあるものは、鍛冶師見習いが作った物よ。ギルドはそんな武器を、初級冒険者や武器を失った冒険者に渡したり、刃を落として訓練場で使う練習用の武器にしているのよ」
「木製だと重さが違うからです?」
「実際の重さに近い方が訓練になるでしょ。で、貴方達はこの中から好きな武器を一本づつ支給しますね」
「武器ならなんでもいいのですか」
「ん~私の意見だけど、あまり大きい武器は選ばない方が良いと思いますので、おすすめは短剣や小剣、メイス辺りから選ぶと良いと思いますよ」
「ありがとう、サリーナ選んじゃおう」
「うん、でも同じ武器が一杯あって、どれを選べばいいのか分からないね」
「う~ん。どれがいいのかな? ミネルバさん試しに持っても良いですか」
「いいわよ。でも持って気に入らなかったら元の位置に戻してね」
「ありがとう。 ……う~ん。これはしっくりしないね。これも駄目、これは中々」
そして、ニャマは、短剣の棚に有った同じ鍛冶師と思われる二振りの短剣を見つけた。
その刃渡り20cm程の飾り気のない短剣を握ると柄が手に吸い付く様になじんでいた。まるで自分専用に作られたように。
そして、順手から逆手に短剣を持ち変えるのも違和感なく、鞘の装飾も良いこの短剣を非常に気に入ってしまった。この短剣は二振りあったので。
「サリーナ! この短剣すごくいいと思う」
小剣の方を見ていたサリーナに進めてみたら、サリーナも手に持った瞬間には気に入ってしまったようで、二人はこの短剣を貰う事にした。
この短剣は、将来名匠になる人物が見習いの時に作った物であり、短剣の他にも幾つかは、この倉庫に眠ったままになっている。
武器を選んだ二人は、その後ミネルバと最初に会った受付に戻っていた。
「はい、武器も選んだことだし、えっと、出来てるわね」
そう言ってミネルバは二人にカードを渡す。
「はい、これが貴方達の冒険者カードになるわ、無くしたりしないでね」
「無くしたら、冒険者で無くなるのですか?」
「いえ、再発行されるけど、その時はお金が掛かるわ」
「はーい」
「あとは、今日この時間からでも出来る依頼があるけれど、受けてみますか?」
「そんな依頼あるなら受けたいかな、サリーナはどう?」
「私もしてみたいかな」
「依頼と言っても、常に出している依頼なんだけどね。都市外周の草原で野兎の肉集めの依頼なんだけど受けてみるかしら」
「野兎ですか、都市ダンジョンに行くのかと思いました」
「都市ダンジョンはまだ無理ね、せめて防具を整えてから潜った方が良いわ」
「でも、野兎そんなに多いのですか?」
「そうなのよね。トトリアには生命の宝珠があるのよ。その半径10㎞圏内は魔獣結界が張られていて、殆どの魔獣は進入できなくなるし、入れる肉食動物も危険とされ討伐されるわ。その為、天敵の居なくなった草食動物の野兎が増え続けるのよ。だから、生命の宝珠のある都市には大体この依頼が常に出ている状態だわ」
「天敵がいないって、増え放題じゃないの。草原の草全部食べられちゃいそう」
「だから、人族が天敵になるのよ。野兎の肉はそこそこの味だから、宿の食事や、屋台の串焼きに使われたりしているわ。依頼で入手した野兎を解体して、売っているのよ」
「なるほど。じゃあ依頼受けたいけど、何匹ほど捕まえてくればいいの?」
「依頼は一匹からでも受け付けているけど、そうね、五匹ほどを目安に頑張ってみて」
「わかったわ、じゃあサリーナ行こうよ」
「うん、野兎狩りなんて久しぶりだね」
「今年は全然いなかったからね。勘が鈍って居なかったら良いね。それじゃミネルバさん行ってきます」「いてきま~す」
「はい、いってらっしゃい」
門を守る衛兵に冒険者カードを見せてトトリアの門を潜ると草原が広がっていた。
ニャマは草原を見渡すと、すぐに数匹の野兎の姿が確認できたが、その野兎は丸々と太っていて、草むらから背中が見えている。
「あれ? 丸兎が一杯居るね」
「本当? あ、私も見えた。あれ狩って良いのかな?」
野兎は草食動物で繁殖力が高いのと、エサがあると只管食べ続ける習性を持っている。昼行性で危険が迫って逃げるとき以外は、食べるか繁殖してるかだ。
ゆえに食べるエサがあると食べ続け、体重が増え続ける。
太ってくると、素早かった逃げ足は鳴りを潜め鈍重になった野兎をニャマの居た村では丸兎と呼んでいた。
村では丸兎になるまで太った野兎は、野生の肉食動物のエサにするため狩りの対象では無かった。
狩りやすい、丸兎を残すことで、村への被害を少なくするためだ。
その知識が二人にはあった為、狩るのを躊躇していた。ミネルバの説明をしっかり聞いていれば、丸兎を狩って欲しいと言っているのが分かるが、
「サリーナどうする、わたしは感を取り戻すために野兎狙うよ」
「うん、私も戻るまでの時間で五匹は難しいけど頑張ってみるね」
結局野兎の方を狩ることにした。
ニャマにとって食事中の野兎は、逃げ足は速いが食べるのに夢中で注意力が低くて、狩りやすい獲物だった。
膝を付けずに四つん這いになり身を低くして、必死に草を食べている野兎に狙いを付け、じりじりと近づいていく。
草原の中にお尻とピンクの尻尾が突き出てフリフリと動いている。
捕らえられる間合いに入ると一気に接近し右手で野兎の首根っこを余裕で押さえつける。
「ぴぃ」
そして、指の隙間から首筋に短剣を切り込み仕留めた。ニャマは、この方法だと血抜きがしやすいと、お父さんにおしえてもらっていた。
「ふう、まずは一匹ね。それにしても、本当に野兎が多いわね」
ニャマの目には、周りに野兎や丸兎が多数居るのが分かる。選り取り見取りだと、次の獲物を狙いに行った。
一方サリーナも同じようなり方で野兎を捕まえているが、ニャマの様に狙った野兎は必ず仕留められるわけではなく、何回か捕獲に失敗していた。
「あ~また逃げられたぁ。ニャマの様にはいかないなぁ。でも、一杯いるから五匹は取れそうかな」
サリーナが二匹目を捉えたころに、ニャマが近づいてきた。手には野兎を五匹掴んでいる。
「サリーナ。こっちは五匹終わったけど手伝う?」
「このペースなら時間に間に合うし、私に任せてよ」
「わかったわ。それなら、わたしは、短剣の使い心地を確かめてるね」
「うん」
サリーナはそれだけ言うと、野兎狩りを再開し始めた。
ニャマは、サリーナの狩場から少し離れて、血抜きをした後、短剣を自在に振り回して感触を確かめていると、人が近づいている気配を感じた。
近づいているのは、どうやら10歳程度の男の子の様だ、手にはナイフを持っている。
向うは、ニャマを認識していない様で、下を向いて何かを探していると、ナイフを下に付きおろした。どうやら丸兎を仕留めた様で、笑みを浮かべて顔を上げた。
男の子は、顔を上げたことで、視界の結構近くにニャマが居ることに気が付くと
「うお! ビビった! 姉ちゃん! 近くに居るなら声かけてよ!」
「あはは、ごめんね。集中している様だったからね」
「ちぇ。なあなあ。姉ちゃんも野兎狩りなの?」
「そうよ。わたしは終わったけど、友達がまだ狩ってるからね」
ニャマはサリーナの居る方向を指差すと、草原の草に紛れてお尻がじりじりと動いているのが見える。
「?? お尻か? あれ?」
「野兎見付けて近づいているのね。もうすぐ動くわよ」
そう見ていると、じりじりと動いていたお尻が突然2mほど瞬時に動いた。そして、サリーナは右手に野兎を持って起ちあがった。
「やった~。五匹目終わった!」
直ぐに、ニャマの姿を確認したサリーナは、ニャマの元へと走ってきて
「じゃあ、血抜きしちゃいましょうか。それと、その子は?」
「野兎狩りに来た子みたいね」
「うぉぉ! すげぇ! なあなあ。そんなすばしっこい兎どうやって捕まえるんだ」
男の子が興奮気味にサリーナに話しかけている。
「ええ。それは、私よりニャマの方が上手いよ」
「ふふふ、野兎狩りなら、ニャマさんに任せなさい。きみ名前は?」
「はい、イルズです。野兎師匠」
「師匠!? うふふ。このわたしに任せなさい。時間は無いけど鍛錬すれば一端の野兎狩りにしてあげるわ」
元々教え好きなニャマは、この後、帰る時間まで野兎の狩り方を教えていた。
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