第8話 初めてお風呂に入ったよね ね!

 長いリッドの説明が終ったのは、日が暮れかけている時間だった。そして、会議室から出ると廊下に大き目の鞄が五個置かれていた。そのかばんの側に名前の書かれた札が立てかけられていた。


「取り合えずそのかばんには、適当に見繕った外出着と下着が五着ほどと、生活必需品が入っている。服のサイズは、技能測定から選んでいるので合っていると思うが、合ってなければ、明日に報告してくれ」


「服のセンスはリッドさんですか?」


「違うわ! さっきまで説明していたのを忘れたか? 女性の職員が選んでいるはずだ、問題ないと思うぞ」


「じゃあ、今着ている服は?」


「着やすそうだからそれは洗濯して部屋着にでもしてしまえ。それと、服の無料支給は今回だけだ。これ以降は街の服屋で買うか、支給課に行って経費で貰ってくれ」


「はーい」


「他になければ今日は解散だ、明日からは奴隷ギルドの仕事が始まる。日雇いに行くも良し、指名が来るまで待機もよしだ。あとリシェルは結論が出るまで待機でお願いする」


「わかりましたわ。より良い返事を期待しておりますわ」


「では解散だ! 明日からしっかり励めよ」









「ねえ。一階に大浴場ってあったじゃない。一度お風呂はいってみない?」


「え~。水浴びでも良いんじゃないかな」


 お風呂に入ってみたいサリーナは、ニャマを誘うが渋る声が返って来た。


「そんなことないよ。気持ちいいそうだよ? 一緒に入ろうよ」


「むむ。サリーナがそこまで言うなら良いけど、私達お風呂の常識知らないよ」


「それなら、リシェルを誘いましょうよ」


「リシェルなら貴族だし入ったことありそうね」


 善は急げと、二人はリシェルに会いに202号室の扉を叩く。「はいですわ~」と返事があり、すぐに扉が開き、部屋着を着たリシェルが顔を出した。


「あら、お二人さん。どうかなさったのですか?」


「あ、えっと、私達、大浴場に行こうと思ったのですが、常識を知らないので教えて貰おうかと」


「あら、丁度良かったですわ。わたくしもお風呂に入ろうと思っていた所なので、ご一緒いたしますわ」


「ありがとうございます」


「では早速。貴方達替えの服、そうですわね…… 今日貰った服で一番地味なものを部屋着にしなさいですわ。その服は洗濯するのですから、替えの服と下着が無いと裸でここまで戻ることになりますわよ」


 その言葉を聞いて、慌てて部屋に戻り代わりの服を用意する。彼女達は、風呂に入った後、着て来た服を着るつもりだったのをリディアに指摘されていた。


「そうですわ。身体が綺麗になったのに、汚れた服を着るのは、勿体ないですわ」


「そんなに綺麗になるのかしら」


「貴方達ならそれはもう、驚く位綺麗になりますわ」


 暗に貴方達はそれだけ汚いと言っているのと同義である。

 実際彼女達は村を出るまでは水浴びも出来ない状態でしたし、道中も身体を拭く位しか出来て居なかったので、皮膚の汚れも酷く、髪も汚れでべとべとで櫛も通していないのでぼさぼさなままだった。



 そのような話をしながら、一階の大浴場へと到着した。大浴場は男湯、女湯に分かれていて、ニャマが間違えて男湯に入ろうとして慌てて止める場面もあったが、無事に浴場に入ることが出来た。

 浴場には既に何人か入っていて、入室した際二人の汚れた裸体を見て、そのまま湯船に入られては困ると嫌な顔をされたが


「では、二人とも最初は身体を洗いましょうか」


 一緒に入室したリシェルの言葉に安心したようで、洗い場に向かう二人を生暖かい目で見ていた。


 洗い場に向かったリシェルは、その設備に驚いていた。


「あ、凄いわ。お湯が出る魔装具(シャワー)があるわ。石鹸もあるし洗髪剤すらある。これなら隅々まで洗えそうですわ」


「リシェルの家でも無いものなの?」


「ええ、お湯が出る魔装具は私の家には無かったですわ。家では湯船から桶を使って流して貰っていましたわ」


「私達、そんなすごいもの使えるんだ」


「そうですわね。それでは、最初は頭から洗いましょうか。えっとこの魔装具はこうでしたわね」


 そして、リシェルは、自分で髪を洗いながら、二人に説明をしている。そして、二人はリシェルの真似をして髪を洗い始めた。

 しかし、二人が髪を洗い始めると、洗髪剤を使っても泡が出ることが無く汚れて変色した液が落ちてきている


「あれ? リシェルの様に、泡が起たないよ?」


「それは、髪が汚れているからですわ。それにわたくしは、時折[洗浄]を掛けてますわ」


 [洗浄]は、身体の汚れを落とす生活魔法なのだが欠点があり、長時間汚れたままだと[洗浄]では汚れが落とせなくなるので、二人には[洗浄]を唱えても汚れを落とすことは出来ないのである。


「最初だから、お湯で洗い流してから、もう一回洗髪剤を使って洗いますわ」


 そうして時間を掛けて、髪を洗い終えることが出来た。



「次は身体を洗うのですが、ニャマは石鹸で洗っても良いのか分かりませんわ」


 リシェルがニャマの身体を洗うのを戸惑う理由は、彼女の体毛のせいである。

 今まで彼女が着ていた服は、肌の露出が少ない服を着ていたので「手の甲が毛深いですわね」程度だったのだが、彼女の裸を見ると猫人族特有の毛深さが浮かび上がっていた。


 背中は背骨部分がうなじから尾骶骨から生える長い尻尾のある部分まで、Iの字を書く様に動物の猫の毛を思わせるほどの毛が生い茂っている。

 腕は手の甲側に生えていてそれが肩まで毛が続いている。また手は人間族と同じ手をしていて、肉球などは付いていない。

 脚は、太ももまで毛に覆われており、足の裏まで毛が生えている。又猫人族の足は猫の時の名残があり、足の指は4本で肉球が付いている。

 逆に腹は毛が生えておらず、つるつるで人間族と変わりない。


「わたし、自分の毛ごわごわしてて、あまり好きじゃないから、どっちでもいいよ」

 

「それなら、今回は石鹸で洗いますわ。それから、わたくしは明日は待機ですから色々調べてみますわ」


「リシェルありがとうね」


 そして石鹸で洗い始めるのだが、二人ともかなり汚れていて、白かった体洗い用のタオルが直ぐに汚くなってしまった。特にニャマの毛が汚れていた。


「うわぁ。私達ってこんなに汚れていたのね」


「うんショックだよ。今年は水拭きも碌に出来なかったにしても汚すぎだよ」


 洗いながらどんどんテンションが下がっていく二人


「最初に言ったのですわ。驚く位に綺麗になると」


 リシェルは身体を洗っている二人の後ろに回り込み


「ほら、背中を洗うのは大変ですわ。わたくしが洗ってあげますわ」


 リシェルは、一番洗うのが難しそうな、ニャマの背中の毛を重点的に洗い始める。


「ふぁ。リシェル、背中くすぐったいよ」


「背中は拭き辛かったようですわね。腕や足より汚れているわ」


「そうなの? くすぐったいけど我慢するね」


 実際背中の毛はかなり汚れていて、固まった泥やこびり付いた血なども付いていた。リシェルはその汚れを丁寧に落としていった。

 さらにニャマには尻尾が生えているので、そこもしっかり洗い始めている。

 別に尻尾は性感帯では無いので触られても大丈夫だった。


「これは…… 尻尾もあるからニャマで手一杯になりますわ。ニャマはサリーナの背中を洗ってあげて」


「え? じゃあニャマお願いするね」


「任せて。そう言えば去年は水浴びした時に背中洗い合ったよね」


「そう言えばあったよね。何だかかなり昔見たいよ」


「今年は、大変だったからね」


「うんうん」


 三人で背中を洗いっこ


「ふふ、仲がよろしいのですわね。わたくしはその様な経験ありませんでしたから、望みがかなって嬉しいですわ」


「むむ。そのような打算があって、私達を利用したのね」


「ふふふ、わたくし、意外としたたかですのよ」


「なら、お返しに、私達が背中洗ってあげるよ」


「わたくしは、大丈夫ですのよ」


「問答無用~」


「きゃー」


 騒ぐなと怒られた。



 

 怒られはしたが、しっかりと身体を洗った三人は、湯船に足を入れて肩までお湯につかった。


「ふう。久しぶりにつかるお風呂は格別ですわ」


「初めて入るけどポカポカして気持ちいいよ」


「わ~。わたしの毛って、しっかり洗ったらこんなに明るい桃色だったんだ」


 ニャマは湯船につかると、風呂に入る前はくすんで茶色がかった桃色だった腕の毛を見ながら喜んでいた。


「うん。私の髪の毛も綺麗になったよ」


「ええ、肌も見違えるように白くなりましたわ。言った通りでしたわね」


「本当、綺麗になったよ、リシェルありがとう」


「うん。ありがとね」


「いえいえ、お二人の素材が良かっただけですわ。わたくしも付け焼刃ですが余裕が出来たらおしゃれもお教え致しますわ」


「おしゃれかぁ。部屋に化粧台あったよね」


「あったね。だけど化粧品持って無いし、そもそも化粧とかしたことなかったね」


「うんうん。村じゃ着飾る必要も無かったし、気になる男の子も居なかったから、化粧する気も無かったよ」


「あらあら。でも、わたくしも化粧は侍女に任せるままで、あまり好きでは無かったですわ。売られるのが決まってから一月の間に一人でできるよう急いで勉強いたしましたわ」


「そっかぁ。でも経験の無い私達よりましだよね。だったらいつか教えてね」


「もちろん、かまいませんわ」


「ありがとうね。ふにゃ~ 明日は、冒険者ギルドで、派遣冒険者登録しないとね~」


 ニャマは手を挙げて伸びをしてから、もう一度肩まで湯につかりながら、明日の予定を呟いた。


「ニャマとサリーナは明日ですわね。わたくしは何時になるやら分かりませんわ」


「貴族が冒険者って、そんなに、出来ない事なの?」


「いいえ、冒険者自体には、貴族は沢山おりますわ。まあ、貴族の嫡男が冒険者になる例は殆どありませんが、三男以降の男子や未婚令嬢なら結構ありますわ」


「それなのに、なんでリシェルだけ問題なの?」


「それは、普通の冒険者では無い、派遣冒険者に貴族が登録する例はまだ無いそうなので、揉めているみたいですわ」


「そうなの? 良く分からないよ」


「派遣冒険者の規約関連らしいとまでしか、わたくしも知りませんわ。さて、長湯はのぼせますから、お二人共そろそろ出ますわよ」


 その言葉に二人は湯船から出る。


「は~い。リシェル今日はありがとうね」


「わかったわ。また一緒に入ろうよ」


「ええ、勿論ですわ」


 その時のリシェルの顔は本当に嬉しそうに笑っていた。



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 一応、猫人族の猫耳は本物であり、人間の耳は付いていない設定になっています。

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