第6話 王都トトリアは大きいのですね

 デルボッチ商会の商隊は、無事に王都トトリアへ到着した。

 リシェル以外の四人にとっては、初めての王都だから、馬車の中では外の景色が見られないので


「リッドさん、見たいの。前から顔出して良い?」


「あ~お前ら、王都は初めてか…… これから住む街だし良いだろう。だが、乗り出さないようにな」


 リッドから許可が出た途端に、四人は荷台の前方に移動して、御者席側の布を大きく広げた。

 その後ろで、何度か王都に来ていたリシェルは


「ふふ、貴方達はきっと吃驚するのでしょうね」


 四人は息を飲み、王都の景色をその目に焼き付けようとして外をのぞいた。


 そこから見える王都の景色は、町村しか知らない彼女達にとって別世界に来たような感覚だった。

 大通りには、数階建ての建物が立ち並んでいる。

 そして、人や馬車の往来も多く、道は石畳ではなく黒色で凹凸が見当たらない綺麗な道で、ちゃんと人と車の車線分けもされていた。


「わ~。凄い! あの建物何階建てだろ? 道もすごく広いし黒くて光ってる」


「道は、召喚勇者が開発した、アスファルトだな。トトリアでは使っているのは大通りだけだが、勇者を召喚した国は街道までアスファルトになっているそうだ」


 アスファルトの様にこの世界には、召喚勇者がもたらした技術が多数実現されている。電気や、化石燃料は魔力に置き換えて生活用品や機械が売られている。

 コスト面から、まだ平民に手が出る価格設定ではないが、貴族なら賄える価格にまで下がっている。


「王都ってすごい大きい!」


「ははは、ここトトリアは世界からすれば中堅くらいの都市だぞ。大国の首都なんかはもっと大きいぞ」


「わ~。そうなんだ、いつか行ってみたいな」


「まあ、それも良いが、取り合えずここで頑張れよ。ニャマ以外は呆けるくらい吃驚してるぞ。

 おっと、見ている間に商会前についたな。止まったらすぐに降りてもらうぞ」


 馬車が道路脇に停まり、リッドから下車を言い渡されて五人は馬車を降りると、目の前には、大きな建物が建っている。

 入口の看板には、デルボッチ商会と奴隷ギルドトトリア支部の二つ掲げられていた。





デルボッチ商会の建物の中に入ると、リッドに案内されるまま付いて行き、六人ほど座れる机と椅子だけがある会議室の様な部屋に通される。


「あれ? 準備物が無いな。すまんが、少しの間この部屋で待機してくれ」


 そういって、リッドは部屋から出て行く。部屋に残った五人は、空いた椅子に座っていった。

 リシェルだけは、手に持ったトランクを脇に置いている。


「サリーナ、等々付いちゃったね。準備って何をするのかな?」


 ニャマは、待ち時間を利用して、気になった質問をサリーナに投げた


「う~ん。なんだろうね」


「わたくしは、奴隷の資料だと思いますわ」


「それは、文字読めない人もいるから、最初には持ってこないと思うの」


 リリは、リシェルの答えに、カリナの名前を伏せて答える。


「では、他に何かあるのかしら?」


「わからない。でも、私は初めての長旅で疲れました。早く休みたいです」


 カリナは、目的地に着いて安心したのか、かなり疲れている様子を見せている。


「そうね! ずっと座ってばかりだったから疲れちゃったの。わかるの」


「ニャマは、元気いっぱいに疲れたと言っても信じて貰えないよ?」


 サリーナが呆れる様な仕草で言った。


「わたくしも、普段の馬車とは違って荷台でしたから、振動がお尻に直接響いてきて痛かったの我慢していましたわ」


 リシェルは、思い出してお尻が痛くなったのか、掌を尻の下に敷いて座っている。


「そんなに違うものなの?」


「ええ、違いますわ。社交界や魔法学院に行く時に乗った馬車には、振動を和らげるクッションが付いていましたもの。あれが有ると無いとでは大違いでしたわ」


「そんなに座り心地良いんだ。一度ニャマと一緒に座ってみたいかな」


「あはは、わたしと一緒に座ったら、クッションで跳ねちゃうよ」


「ふふ、じゃあ、私も一緒に跳ねちゃおう」


「……それは、幾分かお行儀が悪い事ですけど、楽しそうでございますわね」


 そこ迄話したところで、片手に箱を持ったリッドが戻って来た。その後ろに魔法使いのローブを纏った男が続いて入って来た。


「ここにきて、必ず最初にしなければならないことがある」


 箱を机に置きながらリッドは皆に聞こえる様に言い。直ぐに箱を開けて中身を取り出した。

 箱の中身は、青いベルトの様な装飾品で、ニャマはそれが以前話していた奴隷の首輪なのが分かった。


「それは、奴隷ギルドの派遣奴隷登録だな。書類はすでにできているから、後は首輪と隷属魔法をかけるだけだな」


「あれ? そう言えばしていませんでしたね。直ぐにできないんですね」


「ああ、派遣奴隷の隷属魔法は、当人と隷属魔法使いが一緒じゃなきゃ出来ないからな。

 一般奴隷の首輪だと、契約の首輪をあらかじめ作って置いて、奴隷を買ったら逃亡防止に即付けるものだ。それが出来るのは、隷属魔法が万人に効果のある逃亡防止だからだ。

 だが、派遣奴隷の隷属魔法は、個人、お前たちの情報も必要でな、前もって作るという事が出来ない」


 そう言いながら、リッドは青の首輪をそれぞれの机の前においていく


「では、首輪をつけて、ベイウの前に順番に出てくれ」


「あの、足枷は駄目なのですか?」


「ああ、最初教えた時は足枷も言っていたか、ただ、奴隷の輪は見えている所に付けなければならないから、足枷だと、ブーツ等の履物は履けなくなる。草履や素足しかはけない奴隷がするものなんだよ」


「……首輪で良いです」


 全員納得したようで、首輪をつけてベイウと呼ばれた魔法使いの前に並んでいく。

 ニャマがベイウの前に立って


「えっと。よろしくお願いします?」


「疑問形なのはわからんがの、少し顎を上げて首輪を見せる様にしてくれるとありがたいのう」


 ニャマは言われた通りに顎を上げて首輪を見せる。ベイウ側から見たら顎を上げて睨みつけているように見える。

 慣れているのだろうか、それを気にすることなくベイウは首輪に手をかざし、灰色の無職属性の魔方陣を展開し始める。


「では、[派遣隷属]」


 ベイウがそう宣言すると、展開されていた魔方陣が首輪に吸い込まれていった。


「よし。無事完了したの。ベルトで締りの調整は出来るが外すことは出来なくなている。あと防水で水を弾く素材を使っているから水浴びも大丈夫だぞ?」


「はい、でも、色々話を聞いたからかな? あんまり実感が無いなぁ」


「はは、何日もかけて来たのなら、覚悟も決まっていようて。

 王都で派遣奴隷になる人は即日だからの、覚悟が出来ていない者も多いから、暴れたりするものもおる。

 じゃから今日は楽でいいわ。 ……じゃあ次かいの」


 ベイウは少し寂しそうにしながら、次のサリーナに視線を移していた。




「ねぇ。ニャマは、私もしなかったけど、あれに突っ込まなかったよね」


 契約が終わり青い首輪をつけたサリーナがニャマの隣に座りながら話しかけた


「?? ツッコミって何?」


「水浴びのって、あれのことよ」


 今、契約はリシェルが終わった所で、ベイウが防水の話をしている。


「あら、いやですわ、ベイウ様。首輪を利用して水浴びを覗かないで下さいですわ」


「ははは、未帰還等の緊急時しか使われないから大丈夫じゃよ。そんなことしたら、わしの首が飛ぶわ。わはっは」


 とベイウは機嫌良さそうに笑っている。


「……ツッコミ待ちだったのね。気が付かなかったよ。てかサリーナ気が付いたならいってやりなよ」


「え~。私はニャマへのツッコミで手一杯だからね。


「ひどい!」



 そんなやり取りの間に全員の契約は終わっていた。それを見計らってリッドが柏手を叩いて注目させてから。


「さあ、本来なら、これから技能測定や注意事項を説明するのだが、長旅で疲れたろう、今日はここまでにする」


「え~技能測定楽しみなのに~」


「明日の楽しみに取って置け。で、これから、この建物の裏にある寮に連れて行くから付いて来い」







 リッドの後について商会の裏に来ると中庭があり、中庭を囲う様に建物が並んでいた。


「ここは中庭だ、表通りをに向かうのは、あそこの道から行ける。商会の中を通って出ようとするなよ。

 そして、中庭を囲う様に立つ三棟は、中央に建っている豪華な建物は貴族から来た派遣奴隷用の貴族寮だ


 右手、左手側の建物より明らかに豪華な建物、リッドの話だと、ここは元貴族の屋敷の土地で、ここを接収したときの本邸を改装して寮にしているらしかった。

 商会の支店と左右の建物は、後から庭に建てたものらしく、四角い実用的な建物だで支店は商業ビル、寮はマンションの様だ。

 

「それでだ、右側が従業員が住む会員寮、左が派遣奴隷が住む一般寮で、似ている建物だから間違えないようにな。それと、改めて聞くが、リシェルは一般寮で良いんだな」


「はい、かまいませんわ。大体、魔法学院の寮の方が実家より落ち着けましたわ。仕事も致しますし、下手に豪華な部屋は窮屈に感じてしまいますわ」


「それならいいか。一般寮は六階建てで、二階から四階が女性寮、五階、六階が男性寮になっている。一階は食堂と大浴場だ」


 そして、リッドは、懐から手帳を取り出し確認してから


「おまえたちの部屋は二人部屋で全員二階になる。ニャマとサリーナが203号室、カリナとリリが204号室、リシェルが個人仕様の202号室だな。

 部屋の扉に号室のプレートが貼ってあるから、分かると思う」


「別に、わたくしも皆様と一緒でもよろしかったのにですわ」


 リシェルが少し不満そうに口にしていた。


「こっちも貴族令嬢を相部屋に住まわせるわけにもいかないんだ。分かって欲しい」


「わかっていますわ」


 実際、リシェルの部屋である202号室は安全面を考慮して警報等の改装をされている。それでも貴族寮に住むより安上がりだったりする。

 商会もリシェルの逆方向の要求に出来るだけ答えた形だった。しかし、後のリシェルの要求にさらに頭を悩ませることになる。


「では、俺は二階へは入れないので、ここで解散だ明日までは寮内で自由にしてよし。明日は、時間になったら今日契約した部屋に集まってくれ。以上だ」



 そう言われた私達は、あてがわれた部屋に向かい歩き始めた。


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